三、渦巻く激情も闇へと誘う

 秋祐が教室に戻ってくると皆ザワザワと秋祐を見ながら話し出す。

 席に座ると後ろからレインが声かける。


「お、おいアキヒロ、何そんなおっかねえ顔になってんだ?」


「ぁあ?イラつく場面を見たからだ。気にするな」


 そう言って机に突っ伏せる。


「そ、そうか。あんまり抱え込むなよお前のその顔でみんな怯えてるから」


 伏せてる顔を少し周囲を確認しウルティナ以外が秋祐をチラチラ見ながら恐れていることが窺えた。


「善処はするが一時いっときは無理だ」


「それってなんでかな?君にとって嫌なことなのかな?」


 ニヤニヤしながら訊ねるウルティナ。秋祐は再び顔を伏せながら答える。


「気に食わないヤツがいる。そいつに、そいつがイラつくから消してやる」


 その時ウルティナは般若が脳裏に浮かび、背に悪寒が走った。

 反射的に秋祐を見る。が、彼は顔を伏せてる為どんな顔してるか分からない。


(まさかねぇ)


 しかし突っ伏せた秋祐の顔は教室に戻る時になった表情のそれだった。



 授業が終わって放課後。

 寮に戻ろうと支度をし立ち上がった瞬間、机に黒い鉱石が大量に置かれ、秋祐の目の前には不機嫌な魔王の娘の侍女のエリスがいた。


「これはお前の為に持って来たわけではないからな。ノエル様に頼まれたから持って来てやったのだ。勘違いはするな。そして感謝しろ」


「はいはい」


 秋祐はそれだけ言って鉱石をアイテムボックスに収納し、どこかに消えろと片手をひらひらさせてたが、一向に去る気配がなく侍女を見る。


「気持ちが足りてない。大袈裟なくらい感謝しろ」


「ありがとさん」


「ふざけてるのか」


 侍女は秋祐の態度に怒りだす。


「めんどくせー、どうだっていいだろが」


「良くない。ノエル様は偉大で神々しくさらに寛大なのだ」


「寛大ならいいだろ」


「もっとノエル様を崇めて供物を捧げろ」


「うるせぇ、そんなんじゃ男なんて一生できねえぞ」


「なっ!」


 男ができない。その言葉で侍女は固まる。


「私に男ができないと?」


 侍女は肩をわなわな奮わせながら秋祐を睨む。


「できないな。男は面倒くさいことが嫌いだからな」


「なんだと」


 そして侍女も負けてられないと秋祐に対抗する。


「だが、面倒くさがりな何もしない男は女が寄ってこないがお前はどうだ?」


 その問いに秋祐は鼻で笑う。


「はっ愚問だな。例外以外は俺がしてもしなくても避けるからクズ共がいなくて楽だ」


 秋祐は鞄を手に取り教室を出る。


「その例外の中に、私は入っていますか?」


 出た瞬間に声かけられ振り向く。

 そこにドアを背に寄り掛かる第二王女のティナがいた。


「知らん」


 秋祐は素っ気ない態度をとりその場を離れる為足を前へ出す。

 王女の俯く姿を片目で見て一言。


「クズ共と同じじゃないなら」


 秋祐のことを嫌っているはずの王女が何故教室の近くにいて、寄り添ってみてもいいですか?と問いかけているも当然の言葉を投げてきたのか秋祐には理解できなかった。

 心境が変わることがあったのだろうか。

 秋祐は頭を捻りながら帰ることとなった。





 王女のティナは秋祐のことが気になり、秋祐がいる教室に向かっていた。

 先日の事件、デブラ・レヴィタリが計画し起こした殺し合い。クーデター。

 その時ティナは何もできず、魔王の娘、ノエルの侍女に助けてもらっていた。

 その時の侍女も秋祐が怖いと言っていたが、側にいれるようになりたいことも言っていた。

 そして勇者様方も秋祐を信頼していた。特に日之影桜は他を逸脱して信仰してるかのように見えた。

 教室に着いた時、秋祐と誰かの話し声が聞こえた。


『めんどくせー、どうだっていいだろが』


『良くない。ノエル様は偉大で神々しくさらに寛大なのだ』


『寛大ならいいだろ』


『もっとノエル様を崇めて供物を捧げろ』


『うるせぇ、そんなんじゃ男なんて一生できねえぞ』


『なっ!私に男ができないと?』


 秋祐の言葉に自分にも向けられているように感じ胸が少し痛くなる。


『できないな。男は面倒くさいことが嫌いだからな』


 ティナは俯く。

 こんなに胸が締め付けられるように痛いのは何故だろう。秋祐の言葉だからだろうか?それとも無意識に自分は面倒くさい女と自覚しているのだろうか?


『なんだと──だが、面倒くさがりな何もしない男は女が寄ってこないがお前はどうだ?』


『はっ愚問だな。例外以外は俺がしてもしなくても避けるからクズ共がいなくて楽だ』


 ティナは秋祐が怖くて避けた。

 そしてティナは下を見ながら言葉を発した。


「その例外の中に、私は入っていますか?」


 秋祐が教室を出てきたのが分かったから言った。

 知りたい。自分は秋祐にどう思われているのかを。


「知らん」


 その言葉でティナは自分が例外に含まれていないことを悟った。


「クズ共と同じじゃないなら」


 それを聞いた瞬間、ティナは俯いたまま驚いた。

 自分にチャンスがあるんではなく、機会をくれた。そう思った。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆



 翌日、秋祐は右目を手で押さえていて、その手は色のない液体で濡れていた。


「もう一度訊く。俺の武器を作れ」


 しつこく秋祐に武器を要求してた竜族の生徒が秋祐に危害を加えていた。


「何度も断っているだろが」


「そうか、なら残念だがもう片方の視界も奪おうか」


「それは困るんだよねえノエルちゃんがキレちゃうから」


 !言霊


 第三者から発せられた言葉で竜族の生徒は身体を動かすことができなくなり力を入れている右腕は痙攣したかのように震えていた。


「じゃあ、おやすみ」


 その言葉と同時に竜族の生徒は倒れる。


「さて、ふっふっ」


 秋祐は何故か準備運動をし始める。


「何してるの?」


「保健室に行くついでにこいつを蹴り転がすからその準備運動だ」


 秋祐は準備を終えると竜族の生徒を蹴りながら走る。

 クラスメートに会うたび秋祐の行いに参加し、次第に大所帯となった。

 竜族の生徒は途中で目が覚め、悲鳴を上げていた。





「楽しかった」


「元気なら教室に戻った方がいいけど、君なら僕は大歓迎だよ」


 保健室に踏み入れた瞬間に極寒の吹雪に晒されているかのように背筋が凍る。


「おや、おやおやおや?僕に診てもらいたくて来たのだろう。自分からその足で」


 身体をくねらせて近付くドライアドの教師。しかし、そんな気持ち悪いやつを迎えてくれたのは秋祐の渾身の拳だった。


「変な言い回しすんじゃねえクソ教師」


「酷いじゃないか僕はこう見えても心だけは女なんだよ」


「うるせえ、キモい動きで近寄るな」


「じゃあ普通に近付いたら襲わせてくれるのかい──あああ待て待て待て謝るからその拳しまって、殴らないでーー」


 ドライアドの教師は近付いた距離を戻った。


「ならさっさとこの目を治せ」


「それならもう治癒魔法は行ったよ」


 その言葉には納得できなかった。

 何故なら秋祐の右目の視界は光を映さず真っ暗なままだったからだ。

 秋祐がドライアドの教師を睨むと補足する。


「君、呪いを受けたね。その所為で完全に治せないよ。君の右腕みたいに、って恐ろしい顔になってるけど君」


 ドライアドの教師は顔が引き攣る。


「あのヤロー、絶対に殺す。殺して生かせてやる」


 秋祐の心情から湧き出た怒気は顔に表れていた。

 ドアに向かって歩き出ようとした秋祐。しかし、手を掛けていないドア勝手に開き、一人の少女が入ってドアを閉める。


「すみません。先生具合が悪いの、で──」


 少女は、秋祐に気付くと顔を一気に青ざめさせた。

 その少女のことを秋祐は知っている。竜族のレイラ・ファンベル。兄のアズガルを最も恐れていたあいつだった。


「もう、○○○○」


 レイラが呟く。それに秋祐はさらに激昂する。

 そしてレイラの顔の横に拳を打ち付ける。打ち付けた拳からは血が滴る。

 壁ドンならぬ壁パン。ロマン溢れるはずのその光景は怒気と恐怖と絶望しか感じられない光景になっていた。


「てめえ今何て言った」


 その言葉に誰も答えず、目の前の少女は恐怖で身体が震え口もまともに動かせないように見える。


「てめえは俺のモノにする。拒否はない」


 レイラは瞳に涙を溜めて、そして頬を流れていく。


「ダメ、私はもうダメ」


「大丈夫だ」


 目に力を入れて言うがレイラは怯え続ける。


「どうしたら、いいの。優しかったお兄様も、私を、いじめ、て、怖い人には──」


「大丈夫つってるだろうが。俺が大丈夫て言ってんだからてめえは大丈夫だ」


 秋祐の声はとても大きく脳が揺れている感覚を覚えるほどだった。


「誰がてめえの敵でも、てめえがてめえの敵でも、俺だけは敵の敵だ」


 レイラは恐怖が頂点に達したのか自分の身体を抱いて床にへたばる。

 言い切った秋祐はドアをあけて保健室を出て行った。


「ねえレイラちゃん」


 顔を上げて声の主を見る。

 そこにはさっきまで男性だったドライアドの教師が女性になっていた。


「レイラちゃんはさっきの男の子が怖い?」


 その問いにレイラはコクコクコクと頷く。


「でもねえレイラちゃん、さっきの子はレイラちゃんよりも生きてることに絶望してると思う」


 驚いたレイラは恐怖した顔から色が取れ始めた。


「さっきの子のあの態度は褒められたものではないけど、自分のことが信じることができないで嫌いになった人の行動だね」


 そんな、そんなのあり得ない。


「そんなのあり得ないって顔してるね。でも周りから嫌われ疎まれ続けてたら僕も自分のことが嫌いになるよ。最初は自分は何もしてない。悪くないって言ってても次第に全てを自分の所為にする」


 それは私もなってしまう。けど分からない。


「だからレイラちゃんが入った時に言った言葉に怒ってたの、自分だけじゃない。他の誰かも思っている言葉が聞きたくなかったから」


 そうかもしれないけど──


「伝えないと分からないことも伝えずにごみ箱に棄てる。そんな子だから助けたりしても気付かれない。そう隠すのが上手すぎる。だからねレイラちゃん。見逃す前にあの子をしっかり握り締めてなさい」


 レイラは走り出し保健室を飛び出した。

 具合が悪いことなんて今は関係無い。元々仮病なのだから。

 走り続けて色々考えていた。

 大丈夫という言葉の意味。

 あの人が誰よりも絶望していること。

 あの人自身が自分を嫌っていること。自分に嘘を吐いていること。

 確かめたい。そう思っていると声が聞こえた。

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