二、全ての前兆に無は訪れる

 夕方、部屋の確認が済んだ秋祐は食事処に足を踏み入れてた。

 ここでも秋祐は浮いていて誰も近くに座ろうとしなかった。店員も注文を取る際、三メートル離れてた。

 注文の飯が秋祐の前に運ばれ、そして腹を満たす為口に運んでた手が止まる。

 その時店がざわめき、深い青の髪をサイドに纏めた美人な女性が入ってきた。

 そしてそんな女性を放っておかないのが男のさがなのだろう。女性が椅子に座った瞬間、秋祐以外の男が女性に戯れ始めた。


「なあ姉ちゃん、この後俺と遊ばない?」


「俺と今度デートしない?」


 秋祐は見てられないと思い口を挟む。


「てめえら手を出すのはやめとけ」


「あぁぁん?」


「なんだ?ガキやんのか?」


「非力な人族がイキがってんじゃねえぞ」


 秋祐は男共を止める力がない。無理に止めても返り討ちにあうだけだ。刀を今使えば自分への被害最小限に抑えることができるだろうが他への被害が出る。それだけは避けたいところだ。自分の無力さに溜息を吐き、男どもを見下す。


「一応忠告はした。死にたければ好きにしろ」


「んじゃあ許可も貰ったことだし、遠慮な……く」


 リーダー格であろう獣人族の男は手を前に出そうとしたが、もう遅い。

 彼の右腕は既に床に落ちているから、

 短い悲鳴を出し仰け反る。


「なんだよぉ、何が起きたんだよぉぉ」


 男が喚いている間に飯を食い終わった秋祐は代金を払い店を出ようとする。


「ねえ貴方」


 しかし女性が急ぎ足で出ようとした秋祐を呼び止める。


「何故私ではなく彼らを助けようと思ったの?」


 女性は秋祐を射抜く勢いで目に力が入る。


「てめえが強いからに決まってるだろが、無駄に終わったが」


「お前の仕業か」


 血が出る失った右腕があった所を押さえて男は秋祐を睨む。


「おばさん、これ建て替え代と迷惑料」


「お、おば」


 そう言って金貨を二枚投げ渡す。

 そして店主の女性は受け取った金貨に驚く。

 

「白金貨二枚は貰いすぎだよ。せめて一枚にしときな」


 そう言って一枚返してきた。


「俺の腕を斬り落としやがってタダで済むと思うなよ」


 男は身体が大きくなっていき、やがてライオンの姿になる。

 男の鋭い爪が伸びた前足で秋祐地面に叩きつけ左腕を押さえる。そして秋祐を噛み砕かんと牙が迫る。それを秋祐は刀をマジックボックスから出して塞ぐ。


「てめえが手を出さなければ良かったんだろが、それとももう片腕を斬られたいか?」


 男の腕に刀を刺す。そして男はその痛みで仰け反って秋祐から離れる。


「魔法に頼ってばかりの人族が!偉そうにしてんじゃねえ!」


「てめえがそう言うなら俺はこう言わせてもらおうか」


 再び仕掛けてくる男。秋祐はそれを迎え撃とうと刀を構える。男の攻撃を避けて懐に入り刀を振り、殺す気のない秋祐は顔の数ミリ近くで刀を止める。


「知りもしないで何か一つでも持ってるヤツが何も持ってないヤツに向かって特別なんて言うんじゃねえ」


 秋祐は静かにそう告げる。

 男は目の前の死の恐怖に堪えきれず失神し倒れた。

 秋祐は男の連れを見ると男達は金を置いて失神してるヤツを無視して出て行った。


「ねえ貴方」


 今度は何かと振り返る。


「私に雇われてくれない?」


「断る」


 そう言って秋祐は店を出て行く。


「あらら、振られちゃった。彼を調べてくれる」


 彼女がそう言うといつの間にいたのか結構な歳だろう執事が彼女の後ろに立っていた。


「なんで彼は私の実力を把握できたのかも含めてちょうだい」


「畏まりました」


「気をつけおきなさい。彼、貴方がいたことも気付いてたみたいだから」


 そう言うと執事は驚いた顔をする。

 それもそうだろう。彼は私が拾った元暗殺者なのだから、魔王の娘のノエル以外に面白い人がいたのね。



  ◇◆◇◆◇◆◇◆



 あれから魔王の娘に依頼された大鎌ができあがり、届けにいく所だったが、先日の竜族の生徒が絡んでくる。


「俺の武器を作る気になったか」


 その言葉に周りが反応して秋祐がいることに気付くと、自分のもっと要求してくる。


「誰がてめえらの武器を作ると言った」


 冷たく放った言葉は自分の意識よりも殺気の籠った怒気だった。


「当たり前みたいに言ってんじゃねえ」


「何を言っている。力無き者が俺に働きかけるのは当然のことだろ」


 違う。そうじゃない。そんなことしたら下の者に待つのは無だ。


「ノエルとやらも下っ端連れていい気になってるじゃねえか。そういう世界なんだよ」


 もうダメだこいつはイラつくだけだ。いや、こいつの下っ端っていうヤツらよりも下のゴミだ。

 秋祐は右手を握り締めた。


「あら、私は下っ端を連れてないのだけれど」


 秋祐の右手が動くより先に魔王の娘の声が制する。


「私は対等だと思う者を対価を支払って側にいてもらってるだけよ」


「ノ、ノエル貴様いつからいた」


「最初からよ。ねえ秋祐」


「ああ」


「貴様、人族の分際で愚弄しようとして」


「ハッ、ゴミの分際で偉そうな態度のてめえが悪い」


「貴様、覚えておけ。いつか絶望に閉じ込めてやる」


 そう言う竜族の生徒、秋祐は無視して魔王の娘に身体を向ける。


「言ってたやつができたから届けに来た」


 そう言ってマジックボックスから漆黒の大鎌を取り出し、魔王の娘に渡す。


「ありがとう」


 魔王の娘は受け取ると軽々しく振り回す。その光景に秋祐は驚愕した。秋祐でさえ両手で持って保つのがやっとだったからだ。


「いい鎌ね。残った鉱石だけじゃ報酬として足りないわね。他の物をエリスに用意しとくわ」


「おい、何故ノエルには作って俺には作らない。おかしいだろ」


「黙りなさい」


 竜族の生徒は秋祐が自分に武器を作らず、他人には作った。それが許せないのか暴れだそうとしたが、魔王の娘の殺気を乗せた発言で押し黙る。

 秋祐は竜族の生徒など視界に入れず無視してた為、魔王の娘との話しを続ける。


「その大鎌を作るのに骨が折れたが、あれだけ貰ったから十分だ」


「人族、マジで覚えてやがれ」


 竜族の生徒はその言葉を残して去っていく。


「ふふっ断っても報酬は渡すわ。受け取るまで秋祐の横で報酬を持って立っているから」


 そうしたらこいつの新たな扉を開きそうだ。


「貴方の困る顔をずっと眺めていたいわ」


 思っていた扉とは違う扉だった。


「でも、そうするとエリスが怒り狂って貴方を排除しようとするかもしれないわ止めないけど」


「くっ分かった受け取ればいいんだろ」


 渋々了承する秋祐。

 教室戻る途中、秋祐の耳に微かな声が届いた。

 その時の秋祐の表情は自覚してないだろうが、この世で最も人を怯えさせるような顔だった。

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