七、虚しかった風は通りすぎ

 目が覚めると見た事のある天井だった。

 医務室にいるた理解した瞬間、布団を剥ぎ取る。

 そこには警戒してたドライアドの姿はなく、包帯だらけの全身だった。


「俺、生きてたんだ」


 秋祐はあの時に自分は死ぬんだと思っていた。

 二度目の意識が持っていかれそうなほどの痛みが全身を襲っていたのだから、いつ意識が途切れてのおかしくはなかった。

 だから生きていることが秋祐にとって非常に不思議だった。


「君の身体は不思議が詰まっているね」


 カーテンが開かれドライアドの教師が現れる。

 秋祐はベッドから飛び降りて警戒する。


「何であれで生きていられるんだ君は」


「知らん。治療が終わったならもう出る」


「行ってらっしゃい。また身体触らせてね」


「触れずに治療しろエロ教師」


 そう言って出ていく秋祐を見送るとドライアドの教師は一人ごちる。


「本当に彼の身体は本当に不思議だ。離れてた骨と筋肉をくっ付けただけなのに関係ない所の腱も一緒に大きくなるのかね」


 闘いで秋祐の身体は成長してたのだ。これを知るのは今ここにいるドライアドの教師だけ、


「今後の彼が楽しみだ~」



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 秋祐は結果発表の掲示板を見ていた。日付はあの死闘から一週間経っている。秋祐は一勝その他、全て不戦敗。仕方がないだろう。秋祐が意識戻らず眠っている間にも試合は行われていたのだから。そしてデブラから勝ち取った一勝もデブラの退学処分で無効。つまり全敗で最下位となった。


「ねえ、おかしいと思わない?」


 誰もいないと思っていたこの場所に魔王の娘がいた。


「別におかしくはない。お前に唯一勝てるかもしれなかったあの刀はあの魔族に使わされた後に消えたから……。たった一本だけの特別な刀。それを失った俺は無様な姿を晒すしかできない」


「私は納得できないかしら」


 魔王の娘は秋祐が何か隠してると勘違いしているのかわからないが不満を露にする。


「秋祐は気付いてたかしら。貴方と私が闘ったあの時、貴方の一撃で私の鎌に罅が入ったことを」


 知らない。秋祐はあの時、必死になって魔王の娘を退けようとしていた為、殆どのことを覚えてない。

 だけど唯一覚えていることを秋祐は問う。


「一ついいか?なんであの時避けなかった。お前なら避けなくても叩き落とすくらいできただろ」


 そう、秋祐は気付いた。圧倒的な力を前に死にかけのボロボロな身体で力を入れることすらままならない状況で、別の力が加わったら死んでいた。そんな死に際に立っていた。


「なんでわざとあれを受けた」


「わざとではないわ。あの時私は貴方に見惚れてしまっていたの。死が近付いているにもかかわらず立ち向かうその姿に惚けて油断したわ」


 やはり、力を持て余していたのか。


「でも後悔はしてないわ。絶望の中で挑もうなんて誰も思わないのだけど、貴方は違った。絶望そのものを恐れながらも立ち向かった私はその時の貴方の姿に惚れたわ。だから好きよ秋祐、貴方のことが」


 誰からも言われたことのない言葉。でも秋祐には人の好意は届かない。


「分からねえ。何でみんな簡単に好きなんて言うんだ」


「今は分からないでしょうけど、いつかは身も心も私のもの。私一色に染め上げて魅せるわ」


 そう言うと魔王の娘は去っていく。その時魔王の娘の手に握られている紙に目がいく。その紙にはこう書いてある。


 デブラ・レヴィタリ死亡。


 トドメをささなかった秋祐には知るよしもないのだが。


「んで、お前らは」


 秋祐は一点を鋭い眼光で見詰める。


「趣味が悪いな。盗み聞きとは」


「あはは、アキにはバレてたか」


 勇者一行が隠れてた茂みから出てくる。


「魔王の娘にもバレてたと思うぞ」


 なぜなら春樹がいた所の後ろの茂みから主の下へと飛び出して行ったから監視でもしてたのだろう。

 そこで、あることに気付く。桜が小刻みに震えてた。


「アキさんはバカです。アホです。頭悪いです」


 涙流しながら秋祐を睨む桜。他人の気持ちなど知るはずのない秋祐は何故怒っているのか理解できていない。


「なんで逃げなかったんですか。死にたいのですか。生きることがそんなに辛いんですか」


「辛いな」


 言葉を考えるより先に本音を口にしてしまう。桜の表情は怒気からだんだんと暗くなる。


「だから少しでも後悔が無いように立ち向かう。傍観するより悔いで強くなる方がマシ。悔いで強くなるよりも当たって砕けて当たって砕けて、そしてより強くなる。今までそういう生き方をしてたからやり方はもう変えられない」


 その言葉を聞いた桜は秋祐に届かない思いを口にし微笑んだ。


「やっぱりアキさんはかっこいいです」

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