六、闇と死の別れ道

 人々は秋祐を指さした。

 あいつが悪い。人殺し。不良。関わってはいけない。

 そしていつの間にか遠くにいる人々を追いかける。


「違うんだ俺は何も悪くは……」


 秋祐は追うのをやめる。


「やっぱり人殺したんだ」


 いつの間にか後ろに一人、秋祐を指さして言った。


「違う。俺は誰一人殺してはいない」


「「嘘つき」」


「「「嘘つき」」」


「「「「嘘つき」」」」


「「「「「嘘つき」」」」」


 いつの間にか周りに人々がいて秋祐に誹謗する。


「違う!」


 そう言った時にはもう誹謗する人々はいなかった。


「ここは……」


 気付いたら見覚えのある洞窟の中だった。


「あの岩の下敷きになる前に移動させたわけか封印された精霊、お前の仕業だろ」


 秋祐の近くに埋まっている剣の柄があり、気配を感じる奥の方に視線をやる。

 が、何の姿も無かった。


「ここから出せ」


 眼光が鋭く光る。

 前来た時とは違う出口が無い洞窟になっていた。


「俺にここでみんなが死んでいくのを待ってろっとでも言いたいのか」


 秋祐は地面に埋まっている剣の柄を握る。


「こうしてる間も一人一人傷付いていく。それなら俺を安全圏に連れてくるぐらいなら力を寄越せ」


 秋祐は全力で剣を引き抜こうと力を込めるがやはりびくともしない。


「力を寄越さないなら最初からお前の前に連れてくるんじゃねえ」


 手が滑り後ろに盛大に倒れた。


「クソックソックソックソックソックソックソッ」


 喚きながら地面を殴る秋祐。その右手の治らないと言われた傷が開き再び血が流れ出す。

 封印されし精霊もまた自分を絶望させるために閉じ込めているのだと秋祐は悟る。


「世界はどれだけ俺を憎めば優しくなる。どれだけ俺を疑えば許す。どれだけ諦めたら救ってくれるんだ」


 精霊は秋祐を助けたがった為に閉じ込めた。もしそうだったとしても秋祐には決して届くことはない。

 前の世界での人の心の決め付けが秋祐を歪ませた。

 だからもう秋祐には他人の温情など知ることできないだろう。


「もう一度問う。ここから出せ」


 ──この時、磔され封印された一人が目を開けていた。


「ぬし、こやつをここから出せ。でないと我が相手になるぞ」


 その言葉と同時に光の粒子が秋祐の身体を包み姿が消える。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 周りに何もない洞窟。一歩出れば鉱石等の山。

 一歩も踏み出せずにいる精霊。

 そんな精霊が感じた秋祐の危機。


 秋祐が危ない。


 そう思い秋祐を呼び寄せた時には彼は気絶していた。

 気絶してるなか何か見ているのか魘されていた。

 手を伸ばしても彼には届かない。近くにいるのに届けられない。

 お気に入りの人間が苦しんでいるのにどうして私は助けられない。


「違う!」


 否定の言葉が飛び、私の思い込みを否定してくれたかのように聞こえた。


「ここは……」


 彼は場所を把握するとすぐに私へ的確に視線を向ける。


「ここから出せ」


 彼の睨む目は正直人を殺す勢いで精霊は怯むが、彼を守る為ここからは出せない。そうしないと彼は死んでしまう。彼は紙より薄いガラス玉だから。


「俺にここでみんなが死んでいくのを待ってろっとでも言いたいのか」


 違う。他の人族たちはそう簡単には死なない。だからあの場が収まるまで待って。


「こうしてる間も一人一人傷付いていく。それなら俺を安全圏に連れてくるぐらいなら力を寄越せ」


 そう言って私をこの場から動けなくしている剣を握り抜こうとしている。だけどそれは微動だにしない。


「力を寄越さないなら最初からお前の前に連れてくるんじゃねえ」


 手が滑って後ろに倒れた彼はそう言う。

 私は封印されている。自分でこの枷を外してはいけない。

 それに私は彼に死んで欲しくないが為ここに呼び寄せた。

 彼の嘆きの声、地面に打ち付ける音。


「世界はどれだけ俺を憎めば優しくなる。どれだけ俺を疑えば許す。どれだけ諦めたら救ってくれるんだ」


 ごめんなさい。私は世界が彼をどう思っているのか分からない。どれだけ彼が苦しみもがいてきたのか分からない。どれだけ諦めて失ってきたのか分からない。

 でも──、


「もう一度問う。ここから出せ」


 その時、彼から異様な空気を感じた。まるで元の彼以外の誰かが目の前にいるみたいだ。


「ぬし、こやつをここから出せ。でないと我が相手になるぞ」


 秋祐ではないのね。きっとこれは別の魂がこの子を助けているのね。

 なら、元々いた場所に返してあげる。

 だけど──、


 秋祐の身体は光の粒子に包まれて消える。

 もし、秋祐を死なせたりしたら容赦しないから。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 魔王の娘は自分達の身を守りながら揺れる岩の山を見つめる。


「秋祐、貴方が生きていることを私は知っているのだから」


 知っている。その言葉と同時に岩が次々にひび割れ始め粉々になる。その中から脱兎の如く動く影。

 古城秋祐だった。


「あの精霊のように過保護だと成長を邪魔する。我が手助けするのはここまでだ。右腕は残しておいた。後は好きにするがいい」


 秋祐がそう呟くと左手で持っていた刀を落とし崩れ落ち跪く。

 クソ、左腕が痛いし動かねえ、油断したら気絶しそうな痛みだ。


 だけど我慢だ!


「なんでキサマが生きている」


 秋祐は右手で刀を掴みアイテムボックスに収納する。そして別の刀を右手に出す。

 たった一本、成功した刀。魔王の娘と闘う時に使うはずだった刀。刃からは冷気のような白く細かい靄がゆっくり下に落ちていた。


「まさかテメェのような小者にこれを使わざるをえないなんてな」


 秋祐はゆっくりとゆっくりと足を進めデブラとの距離を詰めようとする。

 その間に魔法が、岩が秋祐を襲う。

 が、秋祐が刀を振るうと同時に半分に分かれる。


「お前正面から衝突したことないんだろうな。だからお前は弱く剣は錆びる。そして心も錆びる」


「く、来るなー」


 そう言って無闇に魔法を放つがそれら全てを秋祐の刀が打ち消す。


「来るなーやめろー殺さないでー」


 そこで審判だった魔族の教師がデブラに助言する。


「何を言っている。おいデブラ!そいつの剣を狙え罅が入ってるぞ」


 そこに目を付けるのか。


「おいおい剣は大事に扱うんじゃなかったのか」


 二人からの挟み撃ち攻撃の大抵を回避しようとするが避けきれない時はさすがに剣で打ち消すしかできない。

 刀身全体に罅が広がり、万事休すかと思われた時、秋祐の瞳は鋭い牙になる。


「弱点に付け入って甚振ろうとしてただろうがもう遅い。既に賽は投げている」


 その瞬間、刀から破片が散らばる。

 魔族の教師は笑い出し、デブラはもう勝敗が決まったかのように傲慢な態度をとる。


「そらどうした。キサマの大事な剣が砕け散ったぞそれでどうやって────!」


 デブラは言葉が詰まり審判をしてた教師は笑っていた顔の口が開いたまま固まる。

 破片は地面に落ちている。砕け散ったはずの刀の刀身は顕在で小さな稲妻が地面に落ちていた。

 それは次第に大きくなり暴れ狂う。


「卑怯な手段に目を眩ませ強さを捨てたヤツに、強さを偽り続けたお前にゼッテエに負けられねえ」


 そうじゃなきゃあの世界で蔑まれ嫌われてた俺が惨めで憐れ過ぎる。

 どんなに頑張っても報われず、諦めるしかなかった俺が可哀想に思えてくる。そんなのは思いたくない。

 だからまだ意識があるうちにヤツを倒したい。

 秋祐は身体の痛みを堪えて足の動きを速めていきデブラの所まで魔法を打ち消しながら走る。


「く、来るなー」


「弱者を舐めるな、下にみるな、笑うな。弱者こそが誰よりも心に牙をも持つ強者(つわもの)だ」


 デブラの下まで来た秋祐はこの闘いの中でヤツの行動全てに対しての苛立ちを発散するように刀を振るう。

 刀に斬られたデブラは一瞬で壁に衝突し埋まる。

 デブラが起き上がらないことを確認できた後、秋祐は右手に握った刀を見て「ありがとう」と言う。そして刀は暴れていた稲妻が弱まっていき灰となって消えていった。

 それを見届けた後、秋祐は意識を手放した。もう限界だった。


「やっと大人しくなったか」


 そう言って秋祐に近付く影があった。


「なんで力を持たない人族が魔王様の娘に気に入れられるんだ。我々魔族に力なき邪魔は不要だ」


 この試合の審判をしていた魔族の教師だった。

 教師は秋祐に手を翳し、その手に魔力が集まっている。

 このままでは秋祐は教師の手によって死んでしまう。


「「「だめえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」」」


 桜の声と、双子の姉妹らしき声が響き渡る。

 魔法が放たれた時、それを見ていた誰もが思った。秋祐は死ぬっと──、

 しかし魔法は秋祐を巻き込む寸前で四散した。

 そして誰もが疑う光景を目にしていた。

 倒れている秋祐の身体の周囲をたくさんの光の粒が浮かんでいたからだ。


「何故だ。何故力の無い汚ない人族を精霊が守る。それも弱い微精霊が人族を守るだけの力はないはずだ」


「それは常識になっているが、精霊ってのは謎ばかりだ。なら力を隠していたとしても何も不思議ではない」


 答えが返ってくるはずのなかった問いに答えが返ってきた為驚いて振り向く。


「ベルセリア先生ではありませんか」


 秋祐の担任教師が秋祐達に向かって歩いてきてた。


「どうしたんですか?まだフィールドバリアは解除してなかったはずですが」


「そんなもの無理矢理抉じ開けたに決まっているだろ」


 ベルセリアが来た方向を見ると一部光景が歪んで見えることが分かる。


「貴女前から思っていたが人族のくせに化け物ですね」


「他人の人生を壊そうとしてるヤツには言われたくないな」


「壊そうとはしてない。私は正そうとしているのだ。そのためには汚物は浄化しないといけない。分かるよなベルセリア先生」


 ベルセリアは秋祐を見て溜息を吐く。


「それは分かるが私にも消さなければいけないモノと消す必要のないモノ、そして消したらいけないモノは決めるが、そこに転がっている生徒は明らかに死なせてはいけないと思うが?」


「それは微精霊がこうして彼の回りに現れているからですか?貴女は精霊教徒の人族ですもんね。でも私はこの人族を殺します」


 殺すと、そう言った魔族の教師は死んだ。


 彼の胸から生えるように出てきた氷の柱が彼を絶命させた。


「風斬を殺そうとしなければ、私の手を汚さなくて済んだはずなのに」


 秋祐を抱えると医務室に向かう。

 その際ベルセリアはこう呟いた。


「私もいつかお姫様抱っこされたい」


 秋祐はベルセリアにお姫様抱っこされていた。

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