五、不条理と闇に招かれ無謀に足掻く

 イベント当日。

 ついにこの日が来てしまった。重軽傷、死人続出の学院の政。


「おっ!いた。アキ」


「来たか。ほら刀だ」


 左腕のマジックボックスから三本の鞘に納まった刀を取り出す。


「いつもお前ばかりに負担かけてすまない。有り難く使わせてもらうよ」


「あぁ」


 秋祐と春樹が話していると雪斗が顔を傾けた。


「にしても刀ってすっげぇ重かったんだな」


 雪斗は鞘から刀を抜いて振ってみているが、扱い切れず振り抜いてしまっていた。


「身の丈に合った武器を使え、お前らに刀はまだ早い」


「せっかくアキが作ってくれた剣なのに使わない勿体無いな」


 春樹も刀を使うのを楽しみにしていたのか肩を落とす。


「死にたければ使え」


「いやいい、これはアキが預かっててくれ。まだ僕達は武器に扱われる側だ。死ぬつもりはないからな」


 そう言って刀を秋祐に差し出す。

 そこにもう二本。


「私のもいいか?それと冬馬のは没収してくれ」


「あー俺の刀!!」


 いつの間にか雪斗の刀を奪い取ったのか神楽坂千羽耶の手の中にあった。


「返せ!!「ふんっ」ぐへぇ」


 神楽坂は雪斗の腹に拳を減(め)り込める。まるで夫婦の漫才を見てるようだ。


 秋祐は刀をアイテムボックスにしまいながら、


「夫の世話は大変そうだな」


 と小さい声で呟く。その際、神楽坂に睨まれたことは言うまでもなく、秋祐は素早くそっぽを向く。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆



 勇者一行と別れた後、対戦表を見ていた。

 対戦表見る限り、参加者全員と対戦するように組み込まれていて、勝利した数で順位を決めるようだ。武芸学科は全員強制参加。そして生産商業学科は希望者のみだが、秋祐以外生産商業学科で参加する者は誰一人としていなかった。

 秋祐の視線は一戦目に勝った後の二戦目の相手に向いていた。


 ノエル・ディアボリック


「できればあいつとは最後に闘いたかった」


「あらメインディッシュは最後に取っておきたいの?でもダメよ力尽きた後じゃ詰まらないの」


 いつの間にか魔王の娘は秋祐の後ろに居て指が身体を触れてきた。


「それにしても私は秋祐と初戦で闘えるように言ったはず、誰が細工したのかしら」


 魔王の娘の笑顔は顔だけで、笑っていなかった。


「あの男かしら」


 誰のことか分からないが、取り敢えずそいつに感謝でもしておこう。


「気を付けなさい秋祐。貴方が最初に闘う相手は私の侍女達を苦しめた相手でもあるの」


 その言葉を聞いて秋祐はさっそく黒星が付くことを理解したのだった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆



 そして第一試合、魔王の娘と尖った長い持つエルフの男子生徒が入場した。


「これより第一試合を始めます。両者、準備のほどは?」


「愚問よ」


「私も問題ありません」


「では始め!」


 開始の合図とともに魔王の娘は間合いを詰めて大鎌の刃を対戦相手の首に当てて止まり睨み付けた。


「これはどういうことかしら」


「いえいえ、これは降参のポーズです。私は貴女様の美しいその二つの大きな膨らみを間近で眼福できただけで満足です。寧ろあんな価値の無い人族じゃなく、私と幸せになりましょう」


「んふ、貴方にペラペラの紙以上の期待と興味は持ってないわ」


 エルフ男子生徒の足下に魔力が集まり、一気に黒い焔が舞い上がりアリーナ全体を覆い尽くそうとするが、魔王の娘が立っている場所は見えない膜で覆っているフィールドバリアのお陰で観客席にまでは届かない。


「これは私の夫を侮辱した罰よ」


 夫になったつもりはねえっと心で呟く。アリーナは頭上に無数のモニターが映る為、会話や戦闘スタイルがアリーナにいる全員に知れ渡る。

 そしてエルフの男子生徒が最後に「ありがとうございます」と小さく呟いた言葉も皆に知れ渡った。



 第二試合


「逃げずにノコノコとやって来たな魔力が無い無能。あの時の屈辱を忘れてはいないぞ」


 秋祐の前にいるのはいつかの双子の姉妹に無理難題を吹っ掛けていた魔族の男子生徒だった。

 昨日とは違う剣を手に持っている。


「完全に錆びきった後に銀を塗っただけの剣を修理できない。大方手入れもせず気付いたら錆びていたんだろ。俺が打った刀は刃毀れすらしなかったからな」


 普通は刃毀れはするはずなのだが、使った素材があの洞窟の鉱石だからだろう。

 秋祐は刀をアイテムボックスから手に取り出す。


「キサマまだ言うか。だがまあ今日がキサマの最後の日だ」


 魔族の男子生徒は審判と頷き合う。


「これからデブラ・レヴィタリ対アキヒロ・カザキリの殺し合いを始めます」


「なっ」



 ◇◆◇◆◇◆◇◆



「殺し合いを始めます」


「そんなこと許されるわけないでしょ。職員は何しているのかしら」


 ガタッ


 ノエルは音がした方を見る。そこには丁度前方の位置に座っていた勇者一行の一人、名前は日之影桜。その女が両手で口を押さえて立っていた。

 その他の勇者一行も驚いて茫然としていた。

 その時、悲鳴が響き合う。周りを見渡すと魔族の生徒が他種族の生徒を襲っていた。


「エリス、ヨナ、ソフィア」


「ノエル様。全ての出入口を確認しましたが、結界が色んな所に張り巡らされている為、どこからも出られません」


 ノエルの前に侍女三人同時に集まり跪く。その内の一人、エリスは聞いてもいない一番欲しい情報を呈示する。


「仕事が早いわね。この状況を打開するには──」


「はっやはりあの人族の相手、デブラ・レヴィタリがこの件の黒幕だと思われ始末するしか方法はないと考えますが、フィールドバリアの所為で中に入れずあの人族に任せるしか………」


 エリスは苦虫噛んだような顔になる。

 それに対してノエルは不敵な笑みを浮かべていた。


「勝手に死んだりしたら許さないわ」


 そう言って攻撃を行っている魔族の生徒を排除しに駆け回る。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆



「おい、殺し合いとはどういうことだ」


 秋祐は殺意を込めた睨みを審判に向けた。しかし返答は別の位置から返ってきた。

 こいつは目の前の敵に買われた魔族か。


「殺し合いは殺し合い。そのまんまの意味だ。俺様かキサマのどちらかが死ぬまでは終わらない」


 デブラ・レヴィタリが迫り剣を振るう。秋祐はその剣を弾き返していく。


「イカれてやがる」


「なんとでも言え。そもそもノエルが悪いのだよ。俺様が一度傷付けたのに結婚しないと言い、俺様を無視し続け、終いにはキサマみたいなザコを婚約者と認めた。これまでにない屈辱をノエルは俺様に投げつけた」


「それは嘘だな」


 魔王の娘が悪いと言うデブラ、しかし秋祐にはデブラの言葉全てが真っ黒な嘘に聞こえた。

 秋祐が聞いた許婚の条件は万に一つ助からないと思う不利な状況で魔王の娘に触れること。距離があっての攻撃はただの当てるだけになる。そうではない。魔王の娘は命が尽きそうで意識が朦朧としてるなか自分の眼前まで近付いて、触れるの意味とは違うが魔法以外の攻撃で傷一つ付ければいいということだろう。

 それに対して秋祐は右肩と左足を負傷し頭痛と朧気な視界で黒い焔に包まれた後、魔王の腕を掴み一撃逆転の一手を加えた。こんな厳しい条件を錆びるほど剣を扱っていないデブラには無理だ。


「どうせ、すきだらけの時に魔法をぶっ放して偶々当たっただけだろ」


「そうだ」


「なら、条件を満たしていないからあいつはてめえを許婚にはしないだろ」


「いいや満たしている」


「自分の都合がいいように逃げてんじゃねえ。その逃げ方じゃ強くはなれねえぞ」


「うるさいお前に何が分かる?」


 デブラは魔法を行使しようと手を翳す。


「わからねぇな」


 秋祐は昔のことを思い出す。

 自分と同じ経験をした人がいた。その人は親を亡くし哀しんでいたが、なんで哀しむのか分からなかった。

 自分の時はどうだろう。哀しいなんて思わず、何も感じなかった。


「自分のことは自分しか分からない。他人が分かるのは本人の気付いてない部分だけだ」


 秋祐は回避行動をとる為態勢を整える。

 しかし、思わぬ方向から攻撃を受けてしまう。視線で後ろを見て犯人を捉える。

 

(チッ審判を敵として見ることを見落としてた)


「あばよ。恨むなら俺様の嫁を奪った自分に恨めよ」


 秋祐は壁際まで飛ばされ、無数の岩の下敷きになった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



「ぃやあああああぁぁぁぁぁぁぁ」


 日之影桜の悲鳴が響く。


「いやあぁいやいやいやいやああぁぁ」


 彼女はモニターを見ていた。そしてそのモニターに映っている壁際に山のような積まれた岩の下に秋祐がいるのだろうか。

 ノエルは彼女に近付く。勇者一行は勿論警戒して身構える。しかし腹の綿が煮えたぎる以上に怒りを露にしているノエルに気圧されてその場で固まる勇者一行。

 今は絶望し地に崩れ座り両手で顔を隠し泣いている彼女は魔力が荒れ狂うノエルが近付いても気が付かない。


「ねえ貴女」


 ノエルが声をかけても反応と返事は返ってこない。


「秋祐は死んだのかしら」


 そう言うと彼女の身体は大きく跳ねる。そして両手を顔からゆっくり離す。

 その顔は真っ赤で涙で濡れ崩れていた。

 彼女はノエルを認識すると小さな悲鳴が出る。


「泣いてるだけなら何も変わりはしない。でも苦しい過去を持ってそうな素っ気ない秋祐はこう口にはしなくても思うはずよ。『泣いたほど強くなれ』と」


 彼女は『泣いたほど強くなれ』という言葉で秋祐の彼女にとって大好きなあの儚く何も期待せず優しさが隠れた素っ気ない顔を思い出し、台詞と重なり秋祐が言ったかのように見えていた。


「アキさん……」


 それでも秋祐がいない現実を信じたくない、認めたくないのか動こうとしない。


「エリス、ヨナ貴女達は秋祐が戻って来るまででいいからこの女を守ってなさい」


「えっ」


 今なんて?言葉が頭を過る。

 アキさんが戻って来るまで……、嘘よそんなの。魔力がないアキさんはもう……。


「ソフィアはそこの王女を守りなさい。手段は問わない。抱えて逃げ回るなりなんなりしなさい」


「りょーかいなのー」


 そう言うと王女を背中に抱えるとどのように動いているのか分からない身動きで走り去る。


「あ、あのソフィア様」


「ソフィアでいー」


 ソフィアは王女に目線を向けながら敵の攻撃を器用に避けている。そんななか彼女に訊ねる。


「なんであの方はあそこまでアキ、様。秋、祐、様を信頼しているのでしょうか。私にはアキ、様が怖くて怖くていつも見かける度に怯えてしまいます。なのに何故」


 日々秋祐が視界に入った時の恐怖。自分の身体は彼を受け付けない。それに加え邪念を抱いてしまう。


「ソフィアーもあの人族は怖いー」


 意外だった。魔王の娘の侍女は近接戦と遠距離戦どちらもこなすと聞いていた。

 侍女の中でも近接戦をもっとも得意とするソフィアが近接戦しかできない秋祐を怯えている。

 王女は秋祐の危険性を考え直す必要があると判断する。


「でもー、あの人族があの時ー、頭を撫でて行った時のあれは心地好かったー」


 その瞬間は秋祐がソフィア達に囲まれた時、その時も秋祐を怖く思い怯えていた。それに気付かれ彼はソフィアに向かって全力で走ってきて思わずしゃがんでしまった。その時彼がソフィアを飛び越えて行った時に頭に何か触れた感触があった。


「だからソフィアー克服してもっと撫でてもらうのー」


 王女にはソフィアが眩しく見えた。

 自分はあの男が怖くて死んで欲しいと願った事さえある。恐怖さえ克服しようと思ったことない。思わない。回避できる恐怖の危険から逃れることができなくなるから。


「私はまだ目を瞑っているだけ……」


 今まで自分から行動したことがない。

 勇者様方は凄い。自分で決めて行動している。アキ、様も皆を巻き込んでいく……あれ?


 その時声がモニターを通して響く。


『さあノエルそろそろ俺様の物になりたくなっただろう』


 不愉快な声。それもそうだ。見ていたから分かる。審判と結託してアキ、様を攻撃して死に追いやった人物の声。楽をしようと卑怯な手段に手を染めながら秋祐を殺そうとした者の声。気味の悪い声。


『そこの侍女も情けなく逃げ回っているだけで何もできないんだ。もう諦めろ』


 自分も何もしてこなかったから言えた立場ではないけれどアキ、様は──。


 ドゴオオォォォォォォォン


 観客席がある一箇所に大きなクレーターができていてそこに魔王の娘が大鎌を振り下ろした姿があった。


「寝言は寝て言いなさい」


『は?』


「逃げる姿は情けなくないわ。秋祐の逃げる後ろ姿は傷だらけでかっこよかったのだから」


 頬を染めながら秋祐がノエルに一撃見舞った後の逃げる後ろ姿を思い浮かべながら言った。


『またあの忌々しい人族。もうヤツはいないいい加減俺様を見ろ』


「いやよ。それとソフィアが全力で逃げるのは待っているからよ」


『は?』


 それと同時に岩が揺れ始めた。


『まさか』


「そう、秋祐は生きているわ」

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