三、刻みし戒めは無を縛る

 あの日の夢を見ていた。


『あき、貴方は人を好きでいなさい』


 そんな言葉を唐突に言うお袋。

 この頃から親父の浮気を知っていたのかもしれない。それとも笑顔が作れない俺に愛情を無くしたのかもしれない。

 でも、まだその頃は人の悪を知らない幼い頃の話し。


『なんで好きでいないといけないの』


 幼かった俺は分からずに聞き返す。


『人を好きになれば相手も好きになって、きっといいことがあるかもしれない。あき、貴方は優しいけど、分かりにくい優しさなの』


 何かを思い出したのかお袋はクスリと笑みを浮かべる。


『隠れるのが上手い優しさは誰にも理解されないかもしれない。だから理解してくれる人がいてくれるようにお母さんからのおまじない』


 このおまじないを俺は守ることができなかった。




 秋祐は重たい目蓋を開け、ボヤけた視界の中、夢でのお袋の言葉を思い浮かべる。


「途中で気絶してたのか………。いつだったか、俺が人間嫌いになったのは」


 父親だったアイツの裏切りが原因だったのは間違いないはず。しかしそれ以前に既に嫌いだったような気もする。


「やっと起きたか」


 近くで女の声がし、隣りを見るとベッドに入ったまま秋祐を見詰めるアリサがいた。


「あんたって身体丈夫なのね」


 あれだけ焼かれて黒焦げになっても生きているのだから丈夫な方だろう。


「普通みんな魔力を持ってるからあんなに焼き焦がれることはないけど、焼き焦げた人で生きてる人なんて今までにいなかったわ」


 それはそうだろう。秋祐は魔力がないから焼き焦げ、命の生命線が絶たれてもおかしくなかった。それでも根気強く生きていた。


「俺に魔力がない代わりに何かの特別があるんだろうな」


 あの時、侍女をどうやって振り切った?


 秋祐には内から未知なる者が現れた時の記憶が全くなかった。


「それより」


 アリサが秋祐がいるベッドに移動し迫る。


「私の神剣を使いこなせただけじゃなく、どうやってあんな力を発揮させれたの」


 秋祐はあの時の事を思い出し、右腕を見せ付ける。

 その腕は痛々しいほど皮膚が剥けていて筋繊維が見えている箇所があった。


「あれは俺が拒絶を無視して無理矢理振るったからああなっただけだ。これはその代償だ」


「君の言う通り、代償だねその傷。二度と治らないよ」


 男性の声が秋祐達の耳に入る。

 その声の方向は秋祐のいるベッドの中からで、勢い良く剥ぐとドライアドの教師が秋祐に密着した状態で姿を露にする。

 悪寒が走る。


「てめえ、人が寝てるベッドに何潜ってんだよ」


 秋祐はドライアドの教師を蹴飛ばした。


「はあ~ん」


 その後、教師は意味ありげに秋祐の右腕を摩る。


「はぁんこの腕、なんて逞しいんだろう。嘗めてみたい」


 二度目の悪寒に襲われ、身の危険を感じ右腕を引っ込める。


「もしかしなくても寝てる間なんかしたな」


「いいや、寝てる間は何もしてないよ」


 少しは安心した秋祐はホッと胸を撫で下ろす。


「だって寝てる間はなんの反応もないから詰まらないんだよ。反応があった方が楽しめるじゃないか」


 秋祐とアリサはベッドから降りて身構える。


「アリサ君は安心して、僕は男にしか興味ないから」


 アリサは目の前の男が自分に興味ないと知ると身構えた身体を解き、ドライアドの教師の横を通りすぎた。


「じゃあ、頑張ってね」


 教師と二人きりになり対峙する。


「さあ僕と交わろうじゃないか」


「いや、やめ、やめろおおおおおおおおおおおおおお!!」



 ◇◆◇◆◇◆◇◆



「あの野郎抱きついただけじゃなく変な所まで触りやがって」


 あの後、教師が満足するまで振り切ることができず、解放されたときにはもう放課後で下校する時間だった。

 性癖は人それぞれ、冬馬雪斗なんて「攻めるなら双丘の先っぽからだよな」なんて教室で言って女子から冷めた視線を送られ避けられてたことがあった。


「はああぁぁ」


 秋祐は気分を落とす。

 寮への帰り道の道中、夕日を背に数人のシルエットが見えた。

 誰なのか理解した瞬間、秋祐は茂みに潜り込み隠れた。


 が、


「ねえ、なんで隠れるのかしら」


 後ろから魔王の娘の声がして振り向くとその本人がいて、直ぐに見つかってしまった。

 秋祐は身構えるでなく、即座に逃げるを選択した。

 が、いつの間にか侍女達に包囲されていて逃げ場はなかった。


「チッ」


 侍女と魔王の娘はどんどん秋祐に詰め寄る。

 秋祐は周囲を見渡し、一人だけ怯えている侍女がいた。その侍女は朝、秋祐と対峙して鳩尾を深く受けた小柄な侍女だった。

 秋祐はその侍女に向かって走り出す。

 その侍女は腕で顔を隠し、縮こまる。秋祐はその侍女を飛び越えて逃げる。一心不乱に逃げる。捕まったらその瞬間死ぬ。だって魔王の娘の顔は恋人を前にした顔ではなく、旦那の浮気を目の当たりにし復讐を誓ったような歪んだ笑顔だったのだ。




「ソフィア、何で逃がしたのかしら」


「ソフィアー、あの人族は怖い」


 ノエルは人族が走り去った道を眺める。

 彼の姿はもうない。そんな彼に疑問が浮かぶ。

 彼はソフィアと対峙した時にソフィアを一度振り切っている。

 ソフィアは弱いわけではない。逆に武闘派で身体能力が高く近接戦では負け無しの実力だった。

 だが、一瞬だけソフィアの能力を上回った瞬間があった。彼がソフィアに接近してからソフィアが倒れるまでの間だった。その間だけ彼の能力が跳ね上がっていた。


「あの人族には何かありそうね」


「ノエル様、やはりあの人族を殺してしまいましょう。ソフィアが怯えるなんて尋常ではありません。今すぐ、私に命令すれば即実行致します」


 青い髪の侍女は人族の非難する。


「ダメよエリス、あれは私の未来の旦那なのだから」


 それでもエリスと呼ばれた侍女は納得できず食い下がる。


「しかし」


「私が欲しいモノを手に入れるのに文句があるのかしら」


 ノエルはイラ立ちを包み隠さず露にし持てる魔力を全て放出し圧力を掛ける。


「い、いえ、とんでもございません。ただあの人族のこと危険だと感じております。なのでどうかお気をつけください」


「私が人族に遅れを取るとそう言いたいのね」


「いえ、そういうことでは──」


「いいわ、貴女もあの人族から違和感を感じてるのでしょう。ソフィアを斥け、私に一撃見舞ったのだから」


 侍女は全員驚いてノエルを見る。

 それはそうだろう。侍女達は剣によって吹き飛ばされ気絶していた。そしてノエルは膨大な魔力を持ってるだけでなく近接戦もこなす。敵が何処にいようが攻撃は届き、小の力で大の威力が放たれる。それにあの時ノエル魔力で学院全体を覆っていた為何処で何が起こっているのか敵どんな動きをしているなどの状況を把握していた。つまり彼は死角のないノエルに攻撃を成功させたからみんな驚いていたのだ。

 初めて黒髪の侍女が口を開く。


「あの人族にそんな実力があるとは思いませんが、私から見て彼は空っぽ人族にしか見えませんでした。魔力を全く宿してませんでしたので」


 さらにみんな驚いた。

 魔力が無いということは魔法が使えない。

 彼は常に不利な状態で闘わなければいけない。

 その状態でソフィアやノエルに挑んで斥けたのだ。

 一つ間違えれば彼は死んでただろう。


「益々あの人族を気に入ったわ。何としてでも私のモノにするわ」


 ノエルの頭の中は彼が側にいる想像しかできず、あれこれと策を練っていた。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆



 翌日、秋祐は身体が重く魘されていた。

 

「(身体が重い。なんかいい香りがする。………ん?)」


 男が住む部屋に香りがするわけない。自分の知らない香りが漂っているわけないのだ。

 秋祐は起き上がろうとするが手足が動かない。目を開けてみると、自分の身体が布団にぐるぐる巻にされその上から縄で縛られていた。


「は?」


「あら、起きたかしら」


 この部屋には秋祐以外いないはず、なのに女の声が耳に入る。

 視線を声のする方へ向けると昨日の魔王の娘が傲慢な態度で立っていた。


「何しやがる。ほどきやがれ」


「嫌よ。何の為に縛って動けなくしたと思ってるの」


「知るか。いい加減ほど──」


「黙れ愚物、ノエル様がお前を迎え入れてやると言っているのだ。大人しく喜べそして顔をノエル様の足に擦りながら舐めろ」


 青い髪の侍女が秋祐を侮蔑しながら言う。


「ふざけるな、誰がするか」


「そう、なら私からお前に寄ればいいのね」


 そう言うと魔王の娘は秋祐に近付き素足を晒す。


「さあ舐めなさい」


 魔王の娘の素足が近づくにつれ秋祐の意識が遠退いていくのを秋祐は感じた。


「(こいつ、魔法を使ってるのか)」


 意識を保とうとする秋祐、限界に達しそうになった瞬間小柄な侍女が魔王の娘を突き飛ばす。と同時に秋祐の意識が戻る。

 魔王の娘は自分が従えてる従者に何故突き飛ばされたのか理解できず、呆気にとられていた。

 そんな時でも青い髪の侍女は即座に反応した。


「ソフィア、これはどういうことです?」


 ソフィアと呼ばれた小柄な侍女は怯えて身体が震えていた。

 青い髪の侍女に怒られているからか?しかし、小柄な侍女の視線は秋祐に向いていた。


「答えなさい。何故ノエル様を突き飛ばしたのですか?」


「そ、れ、は──」


 そこでやっと口を開く小柄な侍女は怯えているからか上手く言葉を繋げていない。


「この、人族から、あ、のと、き、の、け、はい、を、かんじ、たから」


 魔王の娘は理解したのか微笑み、そして問う。


「正直に答えなさい。ソフィアは私が負けるとでも思うのかしら」


「負ける」


「貴様ノエル様が負けるはず──」


「そう、ねえ貴方の名前は?」


 魔王の娘は秋祐に名前を問うが教えてもいいのか一瞬迷う。教えてしまったら面倒事が増えるのは確実、しかし教えなかったら消し炭になる可能性だってある。


「秋祐、風斬秋祐だ」


 状況に脳の処理が追い付かず、つい日本にいた頃の名乗り方をしてしまった。


「ん、私はノエル・ディアボリックよ貴方の名、覚えたわ」


 そう言うと縄をほどき解放し、右手を差し出す魔王の娘、秋祐は左手でその手を取る。そして──


「我と汝を繋げ、戒めの焔よ」


 握りあった手は黒い焔に包まれ、無条件反射で手を離す。ノエルの右手に対し左手で握ったため握り返されることがなく、すぐ離れた。


「おい、何をし──」


「秋祐、貴方はもう私から逃げられない。逃げたらその分追い掛けてあげる」


 そう言うと侍女を連れて出て行く。その際青い髪の侍女が一睨みし出て行く。

 秋祐は左手を見る。見るだけでは変わった所は全くない。見た目だけは、しかし、


「あいつの魔力、なんで消えずに残ってるんだ?」


 そう、秋祐は左手から感じる魔王の娘の魔力に困惑していた。その感覚が秋祐にとってとても嫌だった。


「あいつが隣にいるみたいで気持ち悪い。いっそこの手を切り捨てたい」




 一方、魔王の娘一行は、


「ソフィア、ノエル様が先ほどの行為を許しても私は決して許しません。」


「……でも」


 エリスから説教を受け今でも泣き出しそうな顔をしているソフィア。エリスは筋金入りのノエル様絶対主義だ。このままほっといていたら明日になっても続きそうだ。


「エリス、ソフィアを許してあげなさい」


「はーい畏まりましたー。ノエル様の許しが出たから今回だけ許してあげますが、次はありません。覚悟しておくように」


 エリスの見事な手のひら返し、ノエル様の言うことはなんでも絶対実行。

 そんな侍女たちを他所にノエルは秋祐のことだけを考えていた。

 そんなノエルの思考の中は、


 ──秋祐と夫婦になったらどうしようかしら。まず子供作って、家建てて、デートして、やること沢山あるわね。


 と、順序は逆だが秋祐との将来を見据えていた。

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