第4話

 冒険者学校の学長であるバスゴッドの自宅のリビングで、現在二人の男が向かいあって酒を飲んでいる。

 一人は、この家の持ち主であるスキンヘッドの初老間近でありながら、衰えをまったく感じさせない筋骨隆々のバスゴッド。

 

 もう片方の男は


「......ありえねぇ......ありえねぇ......何だってんだっ! あのガキはっ! 狂ってやがるっ!!」


 学長の秘蔵の酒を煽りながら、くだを巻いている、二メートル近い体格と錆びた赤髪が特徴のザイードである。


「.......」


 数本しか所持していない秘蔵の酒を、安酒のように煽るザイードにバスゴッドは顔を顰める事もなく、同じように手に持つグラスの中身を一気に飲み干す。

 残念な事に......まったく酔えそうにない事実に――これなら安酒にしとくべきだったと思いつつ......バスゴッドはお互いのグラスに酒を注ぎ足す。


「......しかし、魔道具とはな......生徒達は?」


「......すまねぇ......誤魔化す事は無理だった」


「......まあ、その状況では仕方なかろう、お前に責はない。それに、直ぐにバレるだろうしの」


 バスゴッドの言う通りザイードに責任は無いのだが、ザイードにはその言葉は慰めにならなかった。


「まったく顔に似合わず優しい男だの」


「はん、そりゃ、オッサンの弟子だからな」


「はっ、儂は弟子など取った覚えはないな。駆け出しのヒヨッコが余りにも酷くて目に余ったから、少しだけ冒険のイロハを教えただけだ」


「ああ、だから俺は今でも――ここで酒を飲めている」


 呆れ混じりに揶揄った言葉に揶揄り返されたバスゴッドは顰め面で返したが、真面目に返されてしまう。

 その様子に、少しは落ち着いてきたかとバスゴッドは思いつつ――


「――まあの、儂やお前の時は冒険者学校など存在していなかったからの」


「......ああ、あの頃の新人なんて使い捨てにしかならなかった。死んでいく仲間の死から学んでいくしかなかった......。だからアンタには感謝している」


 そう言ってグイっとグラスを煽るザイードに、バスゴッドは本当に顔に似合わず優しい男だと思う。

 若くしてB級に到りA級以上は確実、いずれはS級冒険者と言われていたこの男が、二十半ばだというのに一線からしりぞき冒険者学校の教師についた時は誰もが驚いたものだ。

 

 当時、まだ教師の一人であったバスゴッドが驚いて理由を尋ねると「金は、そこそこ貯まったしな。残りの人生は安全確実にだ」と悪ぶれずに言ったが、そんな言葉を信じる程バスゴッドはバカではない。


 本当の理由など、この男を知れば簡単に分かる事だと思い、それを口にする野暮な事はバスゴッドはしないだろう。


 そんな信頼関係を持つ二人だ。

 二人で飲む酒は、いつも美味い。強面のザイードが怖い顔で相談が在ると来た時も――今日は美味い酒が飲めそうだと思っていたバスゴッドだったが......現実は上等の酒を消費しているだけであった。


「......ふぅ、魔道具を使用するのは別に問題は無いんだがなぁー」


「ああ、試合じゃねえんだ。冒険者が魔道具を使った処で文句を言われる謂われはねえ」


「だがなぁー、魔道具が無けれは戦えん。というのは問題だろうよ」


「しかも、あいつのは自分で魔道具を手に入れた訳じゃねえ、親からの貰いもんだ。まあ、他の生徒からすれば面白くねぇだろうよ」


「......だろうな。ただでさえ目立っておるのに......更に自分から目立つ真似をするか......。まあ、幸運な事に、あの嬢ちゃんの息子だ最悪の事態を起こそうとする者は出ないだろうが......孤立はするだろうな」


「まあな。まあ、その点に関しては、あのガキは気にしねえだろうが......」


「ハァ、言ったろうが、その事にお前に責任はないと。そもそも、ここは幼年学校じゃねえんだ。友達作りじゃなく将来の仲間を作る場所だ。――得意とする戦闘スタイルを隠す方が問題だろうよ」

 

 バスゴッドは(まったく、この男は冒険者学校より幼年学校の教師の方が向いているのではないか?)と思ったが、その考えはすぐに打ち消した。――(こんな強面で口の悪い男が来たら子供が泣くな)と。


「しかしまあ、あれだな......『修行の玉』をそんな風に使うとはな。しかも、お前の一撃を受けて微動だにせんとは......確かに狂っておるな」


「ああ、確かにあれなら体重差なんて無視できる。あれは所持者に常に重力を掛けるアイテムだからな。だが、俺の一撃に耐える程の重力で――なんでだ!? なんで動ける!? 二倍三倍じゃありえねぇっ!! あのガキ何て言ったと思う!? ――「慣れました」だと!! ふざけんなっ!! そんな簡単なもんじゃねぇっ!! 血反吐を吐いた筈だっ!! 骨も折れた筈だっ!! 慣れましただとっ!! ふざけんなっ!! そんな軽い言葉で終わらせるな!!」


 手加減はした、確かに手加減はした。シレンに打ち込んだ一撃は確かにザイードの全力の一撃からは程遠い威力であった。しかし......吹っ飛ばす気は充分にあった。良くて脳震盪、悪くて盾を持つ腕の骨折、オーク程度なら殺せる威力で打ち込んだ。


 それをシレンは余裕で片手で受け止めたのだ。その場に居た誰もが呆然としていたが、一番驚いたのは打ち込んだザイードだった。

 

 そして、一番に正気に戻ったのもザイードだった。

 

 S級をも期待されていたザイードは経験から、今の結果のカラクリは魔道具しかありえないと結論つけた。障壁タイプの魔道具当たりだろうと......普通の学生では高価過ぎて手に入れる事は不可能だが『剣神』の息子であるシレンなら簡単に手に入れれるだろう......。


 その考えに到ったザイードの頭は一瞬で煮え上がった。

 当然であろう。魔道具は確かに便利だ。便利だが永続的に使える魔道具は限られて大抵は使い捨てだ。障壁タイプの魔道具は一度使えば壊れてしまう。――あくまで緊急時に使う物だ。


 そんな物を持ち出して何の覚悟か! 金に飽かせて戦うつもりか!?  


 頭に血が上ったザイードはシオンの胸倉を掴み持ち上げようとし......持ち上がらなかった。

 さすが、ザイードとここは言うべきだろう。彼は数瞬で自分の勘違いに気付いた。......が、信じる事が出来なかった。何故ならそれは余りにも常識外れだからだ。だがそれしか考えられない。


 ザイードの口から思わず漏れた。


「......重力球......」


「ええ、その通りです。重さの問題は解決済みです」


 事もなげに言われた言葉に、流石のザイードも呆然としたのだった。


 ***


「しかもだ!! あのガキ、魔道具を何処に隠したと思う!?」


「......腹の中だそうだな。......まあ、落ち着け、落ち着いて腰を下ろせ」

 

 興奮して立ち上がっていたザイードを宥めつつ酒を勧めるバスゴッド。「すまねぇ」と腰を下ろしグラスを煽るザイードだが憔悴の色が隠せていない。


「しかし腹の中だとはな......確かに盗難や戦闘中の破損の事を考えれば......最も効率は良いだろうが......あれは常時発動型だ......狂っておるとしか言えんな。......あのシグムントの奴が良く許したもんだ」


「はっ、ちげぇよオッサン。あのガキは自分で腹を掻っ捌いたかっさばいたんだよ」 


「ッ!? なっ!! それは本当なのかザイード!?」


「ああ、『聖女』の目の前でやったらしい」


「狂っとる!! いくら妹の為だと言っても、度が過ぎとる!!」


 シレンのやらかしに、思わず漏らしてはいけない言葉を漏らしてしまったバスゴッド。当然それを聞き逃すザイードではなく。


「妹の為? おい、オッサン! 何か知ってやがるのか?」


「......っ」


 追及の声に思わず舌打ちがでる。バスゴッドはアリスが『勇者』だという事を知っている、シレンの目的も知っている。シレン達家族が『魔王』に備えて何をしているのかも知っている。

 

 それを知ったのは、ごく最近だ。シレンの入学の是非を問うた翌日にシレンの父に聞いたのだ。入学さす事は決定したが、流石に『無能者』のシレンを冒険者学校に送った両親の考えが分からなかった。だから会いに行くことにした。


 幸いな事にシレンの両親とはそれなりの中だったので、直接問いただしに行った時に、その事を知ったのだ。本来なら冒険者学校の学長程度の自分に伝えるべきでは無かったのだろうが......シグムントはバスゴッドに打ち明けたのだ。


 正直、バスゴッドは聞いた事を後悔した。「『無能者』を冒険者にしてどうする! 諦めさせるのが親の責任だろ!」とか怒鳴っていた自分を呪いたくなった。余りにも話がデカくなりすぎだ。いや、それこそシレンを諦めさせるべきだとも思ったが......腹の中の重力球の話を聞いては......。


 まあ、そんな訳でバスゴッドにとって、ザイードの話は既知であったので落ち着いて話を聞いていられたし、自分もシグムントに話を聞いた時は似たような反応をしていたので、ザイードの気持ちは良くわかり宥め役をしていたのだが......最後の言葉は初耳だったのだ。


(まあ、息子が自分から腹を掻っ捌いたなんて言いたくはないわな。――完全な狂人じゃねえか......いや、狂人だからこそ、あそこまでの準備を仕込めたのか? 狂っているからこそ......最効率と最適な行動を選べるって事なのか? なら、あそこまでしてアリスの嬢ちゃんに付いていかなければダメな理由があるのか? てか、そもそも、これで『無能者』ってのはどういう事なんだ? これで『無能者』でなければ、どうなっていたんだ? これではまるで......女神が坊主の能力を恐れたみたいじゃねえか)


 女神ミストラルがこの考えを聞けば『狂人じゃなく只の中二病よ『無能者』は只の嫌がらせよ』と答えただろう。


 だが、当然そんな事は分からないバスゴッドは真面目に検討する。


「オッサン!! 黙ってないで知ってる事があるなら吐きやがれ!!」


 苛立つザイードにバスゴッドは溜息を一つ落としてから、自分の知る事実を告げた

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