第12話 女神の回想 後編

 新たな眷属候補の誕生。

 その吉報にミストラルは表情を引き締める。


 眷属候補の誕生。それ事態は神の視点からすれば、それほど珍しい事柄ではない。

 しかし、眷属にまで成長する事は極めて稀である。

 その魂を何代もかけて磨き上げ、鍛え上げて、ようやく眷属になるのだ。

 

 実際、眷属まで至れるのは百人に一人いれば良い処だろう。

 大抵の場合――魂がその過程に耐えられずに摩耗しきってリタイアか、最悪だと消滅してしまう。

 しかも、この確率は神々に変態じみたシステムと言われているミストラスの場合でだ。他の神々なら千人万人に一人と言った処だろうか。


 変態じみたシステムと神々が言うのは当然であろう。


 このミストラスが創り上げたシステムで一番優秀な処を上げるのなら、ミストラス自身が干渉する必要が無い事であろう。――これが、他の神々のシステムだと、転生先の選択、与えるクラスの選択に魂の休息時間など――神自身がやらなければならないのだ。

 

 ぶっちゃけると......不確実過ぎのうえ――メンドクサイのだ。大抵の神は投げ出すか短気を起こしてダメにする。しかも、根気よくやったからと言って成功する確率がほぼ皆無。かと言って、ミストラスの様なシステムを用意するには、つぎ込むリソースを考えるとバカらしい。


『儂らが負けるか? 別に眷属なんて居なくても困らんじゃろ? ならもう娯楽につぎ込まんか?』


 これが大抵の神々の意見である。

 少々脱線したが、ミストラスのシステムは、ほっといても眷属が生まれるという事だ。


 それなのに何故ミストラスが眷属候補の誕生をシステムに報告させているかと言えば――


「さて、どんな子かしら? これでスキル創りの暇潰しになるわね」


 ただの暇潰しである。

 まあ、さすがに理由は他にもある。自分の眷属になるかもしれない存在だ、どんな存在か興味がわくのが普通であろう。


「ふむふむ......へぇ『剣神』なのね。なかなか私好みの顔だけど......転生したらどうなるのかしらね?」


 空間に映し出された女性の姿を見て、ミストラスはそう評価する。

 引き締まった身体ながら女性らしいラインを損なう事なく残している。絹のようにキメやかな黒髪をポニーテルで括った女の顔は現在......憤怒で歪んでいるが、それでも素の顔が美しいのは間違いないだろう。


「ああ、なるほどね。子供が殺されて......ああ、まだ生きてるわね。まあ、ありきたりなパターンの覚醒ね」

 

 そう、これはシレンが五歳の時のバカ公爵に誘拐された時の場面。

 『剣神』ケイトリンが怒りの余りに全力で力を振るった時だ。


「ふむふむ......この時点でこれなら、期待できるかしら?」


 優雅に椅子に腰掛て足を組み紅茶を飲みながら女神は映像を見続ける。


「あら、この子供......この状態で助かるのかしら? ......システムが必要だと判断したのかしら?」


 教会の礼拝堂で......己の子供を抱きしめ涙を流しながら恫喝混じりの懇願をするケイトリンの望みに『聖女』を持つ少女が答えようとしていた。


「うーん......ここは死んでくれた方が覚醒が早まると思うのだけど......?」


 ミストラスの予想通り死にかけていた子供――シレンは命を取り留める。


「なんで助けたのかしら? こんな身体障害しか残らない子? あえて足枷?」


 この世界の回復魔法はスキル世界のように一瞬で治るものではない。

 魔法一つで後遺症もなく治るものでもない。

 骨折が歪んで接合されたり、怪我事態は塞げても神経は断絶されたままだったり、リハビリに長期間の時間を必要となったりする。

 言ってみれば、現代医療の知識が無い人間が、表面的な治療をしているようものだ。


 だから、ミストラスは......『これなら死んだ方がマシよね。ちょっと可哀そうね』と思ってしまい......本来ならケイトリンの子供という付加価値しかないシレンに興味をしめしてしまった。


「......あら? この魂......何処かで?............っ!! え!? え!? なんで!? ありえないわよ!!」


 驚愕の声を上げるミストラス。

 ミストラスからすれば、この魂が存在している事はあり得ない事だからだ。

 今現在も自分を不快な気分にさせていた魂を――ミストラス自身の手で消滅させたからだ。


「なんで!? なんでよ!?」

 

 ミストラスは軽くパニックを起こしつつもシレンの魂を確認するが......間違いなく自分が消滅させた魂だ。

 一体どういう事だとアカシックレコードからシレンの魂の軌跡を隅から隅へと確認しだした。


したのが、の『日本』で十五歳で病死。次が私の『スキル世界』.....おかしな処はないわね」


 念のために三度見直しても、シレンの魂と軌跡におかしな処は見当たらない。

 それ故にミストラスは自分の納得できる答えを口にする。


「......間違えちゃったのね」


 ......ポンコツと評すべきだろう。


 シレンの魂を消滅さす事など女神であるミストラスには余りにも簡単な事だ。例えれば水道の蛇口を閉めたつもりで締め切っていなかった時の感覚に近いだろう。

 ほぼ無意識化で行われた行為故にミストラスは、こう結論したのだ。

 

 ......ミストラスは気付かなかった......一つだけは確実に気づけた筈なのに。

 ――最初の誕生が――魂の休息所の『日本』だった事に。


「......でも、これはこれで面白いわね。前世では家族愛だけしかないような男が......一生、家族のお荷物になるなんて、どう歪んでくれるのかしら?」

 

 この時点でミストラスの興味はシレンに向く事になった。

 

 ...


 ......


「って! 何やらかしてくれてんのよぉおおおおおおおおおおおおっ!! この中二病!! 何、聖女に現在医学の知識教えてんのよぉおおおおおおおおお!! てか! 何で記憶があるのよ!? ウホッ! 歪んだ骨治すのに、自分で折るって!! ヤバっ! 聖女がチート化しかけてる!! ......何で一年で元気になっているのよ......」


 退屈を嫌い、刺激を求めているミストラスだが......これは困る。

 いつでもリセットできるスキル娯楽世界と違い、こちらの世界は多大なリソースをつぎ込んでおり現代医学でのチートなど広まれば困るのだ。

 それにミストラスとしては、シレンが家族に疎まれ、徐々に歪んでいくのを期待していたのだ。


「い、い、いえ、この程度なら大丈夫ね......。瞬間的に治るわけでもないし、本当にヤバくなればシステムが排除する筈よ」


 脂汗を浮かべながらも、自慢のシステムを信じて心を落ち着かせる。


「でも、まさか記憶持ちだとわね......排除しときたいとこだけど......そんな事すればシステムに影響するわよね......?」


 ミストラルの疑問通り、彼女が創り上げたこのシステムは完璧ゆえに繊細すぎる欠点があった。ミストラル自身ですら下手に干渉した時にシステムにどう影響するか想像がつかないのである。

 かつて、田舎の村人一人を、うっかり殺しただけで......スキル世界の一つの世界を滅びかけさした黒歴史を持つミストラルが、慎重になるのは当然だろうが......


「でも......この中二病が幸せそうなのはムカつくわ」

 

 やめとけばいいのにミストラルはシレンに対して、何か嫌がらせが出来ないか思案する。

 女神からすれば人の一生など瞬きな筈、シレンが生を終えるのを待てば――


「待てないわ」


 ......はい、そうですか。


「それに、この中二病をギャフンと言わすなら、生きている今しかないわ」


 ......ギャフン、ってアナタ......と、言うかメタらないで下さい。

 まあ、そんな訳でミストラル的には......システムに干渉しない方法を考え出した。


「そうね、これならリソースも殆ど必要ないわね』


 創るのは一つの『クラス』

 使用するリソースは極微量。

 当然だろう、その『クラス』の効果は最低ランクの『クラス』より影響を与えないのだから。

 だが......それを与えられた個人のみには絶大な効果を与える。


 創り上げた『クラス』を見て慈母の笑顔に邪悪さを滲ませるミストラル。


「自分で言うのはアレですが......私......天才ですか?」


 思わず自画自賛してしまう程に、素晴らしい『クラス』だと満足するミストラルだった。――が、それでも直ぐにシステムに投入するような事はしなかった。


 完璧なシステムに新たなクラスデータを注ぎ足す危険性を考える......。

 この『クラス』によって『クラス世界』に与える影響を。

 

「......システムが必要とするのは現代知識でしょうから問題ない筈よね?」


 若干の疑問を残しつつも結論を出したミストラスは――シレンシステムに『無能者』を与えたのだ。


「ふふ、『剣神』の息子が『無能者』だなんて家族はどう思うのかしらね? 家族は良くても周りは間違いなくアナタを笑いものにしてくれるわよね? 何時までアナタは愛されているのかしらね?」


 女神は、慈愛に満ちた表情で愉悦混じりの声でつげたのだった。 


 ***


 それから二年後


「はっ? なんで勇者システムが発動するの?」

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