第9話
冒険者学校の帰り道。
数多くの商店が立ち並ぶ王都の西通りを手を繋ぎ歩く私とアリス。
一見すれば、剥れた妹に困っている兄という構図でしょうか?
まあ、その通りなのですが......。
......もしかしたら違うのかもしれませんね。
私の容姿は客観的に見て......悪くはないが優れているとは言えません。身長も歳相応です。逆にアリスは子供らしさの柔らかさを残しつつも母様似の鋭さを感じさせる美貌です。
母様に似た絹のような黒髪をポニーテールで括り、私より二歳年下ながら身長は私と余り変わらないアリスは私より年上に見えるかもしれません。
どうでも良い事ですが......少し悔しいですね。
「おっ、今日は二人かい?」
「おや、アリスちゃん久しぶりだね。シレン君は相変わらずだね」
「丁度いいや、セーラの嬢ちゃんに例の物が入荷したって伝えといてくれ」
「あっ、シレンの兄ちゃんだ」
等々、多くの顔見知りに道すがら声を掛けられます。冒険者学校とは違い友好的な彼らの様子にアリスも徐々に機嫌を戻してくれましたが.....。
「兄さま......私は......彼らの為に戦いたくありません」
やはり、学校での件をそう簡単には忘れる事はできないようです。ここで言う彼等とは当然、冒険者学校の生徒の事でしょう。いえ、これは、それだけでは無いようですね......もっと根源的なもの――『勇者』についてですね。
さて、ここで『勇者』について――先にシステムとしての『勇者』を説明しましょう。
歴史を紐解いてみれば、この世界のシステムでは『勇者』と『魔王』は対となるもののようです。――『魔王』が誕生すれば『勇者』が現る。その逆も然りです。
これが、この世界のシステムで定められているようです。
そして『魔王』を倒せるのは『勇者』だけだと定められているそうです。
例え『剣神』である母様でも『魔王』を倒せないと定められているのです.....が......普通に倒せそうです。――とか思っていたりするのですが......。
母様、なにげに神の領域に片足を突っ込んでいるのです......本人は気付いていないようですが......稀に次元を切り裂いていますから......当たれば、この世界の女神程度なら普通に殺せます。
その女神が用意できる『魔王』なら、高く見積もっても『絶対障壁』でしょうから......倒せちゃいますね。
まあ、さすがに女神もバカじゃないでしょうから母様を無効化する手を打ってくるでしょう。
この世界のシステム的に『勇者』と『魔王』の戦いの過程が重要であり――停滞している生命体を刺激さす事が目的の筈ですから。
――真正面からズンバラリン。
これでは何の意味もありません。
その事を踏まえて考えると......母様という――システムが求める存在が居る現在に置いて『勇者』と『魔王』を生み出す意味がない筈なのです。
さすがに、ここまで話せば分かって貰えたでしょうか?
......私の可愛い妹のアリスが『勇者』等に選ばれたのは――私に対する嫌がらせでしょう。
蛇足も入りましたが、これがシステムとしての『勇者』の意義で――アリスが『勇者』の理由です......。
「ククク............とても愉快ですね......女神ミストラス。いつか貴方を――魂事、原子の塵に帰してあげましょう」
さて、勿論アリスが聞きたかったのは別の事でしょう。まだ十二歳の子供ですから色々悩み迷うのは当然でしょう。裏側を知っている......いえ、知らなくても私の考えは世間一般とは違うのでしょうが......ここは誠実に答えるべきでしょう。
さすがに、この先の会話は人に聞かれてよいものではないので、私達は近くにある小さな公園のベンチに移動します。
「アリス、戦いたくないなら戦う必要はありませんよ」
「え?」
「『勇者』だからと無理に戦う必要はありませんよ」
「え? え? でも『魔王』が――」
「ええ、そうですね。『魔王』はアリスにしか倒せませんね」
「......では私が戦わないと......」
「何故ですか?」
「いや...だって...そうしないと...」
「アリスにしか出来ないからと言って、アリスがする必要は無いですよ」
「......」
「確かに『魔王』の存在が明らかになれば、非難する人や懇願してくる人も出てきましょう――追い詰められれば何かしらの危害を加えようとする人も出てくるでしょう」
「......」
「そんなのは無視をすれば良いのです。煩わしいのなら、排除なり逃げだせば良いのです。戦うかどうかはアリス自身が決めれば良いのですよ」
「......私が決める......ですか?」
「そうです。役目や使命感なんてものは、あくまで理由の一つです。それに納得できないのならば放り出せば良いのです。――人の心は自由なのですから」
「......人の......心は自由ですか?」
「ええ、そうです。それだけは、何者にも侵されてはいけないのです。――私はそう考えています」
「......」
エゴイストと呼ばれようが、これが私の考えです。
困難に足踏みし、諦めるのも自由。
他者に頼まれ、その通りにするのも自由。
どんな行動だろうが最後に決めるのは己の心であるべきでしょう。
その自由を侵そうとする者とは断固と戦うべきでしょう。
私の言葉にアリスは真剣に考え込みました。
考えの邪魔をしないように黙って待っていましたが、五分程するとスッキリした顔で言ってきました。
「正直に言えば、クソ......コホン。女神様が与えた『勇者』などムカ、いえ、要りませんでした。寧ろクソ......んんん、お前が...ゴホゴホ、それでも女神様から授かった使命ですから、やってら......ケホンケホン。皆の為に頑張らなくてはと思っていました」
ふむ、意訳すると
「何、かってに勇者にしてくれとんねんクソ女神!! お前から授かるもんなんていらんわっ!! お前の願いなんて知るかっ!! でも皆の為だ、しかたいからやってやるわ!っ!!」
と、言うところですかね?
ふぅー、あいかわらず、女神の事となると粗野になりますね。本音がまったく隠せていません。まあ、あの女神がクソなのは事実ですから気持ちはわかるのですが......もう少しなんとかなりませんか? せめて『聖女』様の前だけでもなんとかならないものでしょうか......。
「兄さま、私は守りたい人達の為に戦おうと思います。それ以外は知りません」
「そうですか、それで良いと思いますよ。そもそも全てを救うなんて事は、どんな存在でも無理ですからね」
「どんな存在でも......ですか? ク...女神様もですか?」
「当然ですよ。例え敵ですら救った彼等でも――全てを救う事はできませんでした。寧ろ、そう努力して――多くの大切な者を取りこぼしてしまいました」
「? ......彼等? お知り合いですか?」
「ん? ......ああ、違いますよ――只のおとぎ話です」
「そうなのですか? なんだか興味が湧きました、題名は何というお話なのですか?」
「......さて、読んだのは随分と昔の事ですから、覚えていませんね」
「......そうですか......残念です。思い出したら教えて下さいね、兄さま」
「分かりました。思い出せたら教えましょう――さて、そろそろ帰りましょうか、セーラさんが昼食を作って待っていますよ」
帰宅を促す私に「そうですね」と腰を上げたアリスは私の手を握り機嫌良く歩き出すします。今日の昼食は何だろう? 最近父様は老けましたよね? 母様は化け物です。魔法は苦手です。そんな他愛無い会話をしつつ家路についてる中――
「兄さま......私が一番守りたいのは兄さまですよ。だから兄さまは――」
縋るよう告げられた言葉を、私は最後まで言わせませんでした。
「却下です。私はアリスを守ります――生涯アナタを守ると決めているのです」
私の言葉の聞いたアリスは「はぅ!」と胸を撃ち抜かれたよう胸を押さえたかと思うと......何故か手のひらを前に組んでモジモジしだしました。
(――しょ、生涯!! こ、これはもう――告白!? 告白!? なのでわ!?)
「......えーと、それは......私の事を......あ、あ、あ、あ、愛して......いるから......ですか?」
頬を赤く染めて上目遣いで問われた私は、一瞬、眼を見開いてしまいました。
――それ程に驚きました。
確かに世の中には、いがみ合い、憎み合い、殺し合う家族等いくらでもいますが......私達家族には無縁な話です。
不甲斐ない!
まさか、アリスが家族の愛に疑問を持っていたとは......。
私は、その不安を払拭さすために、嘘偽りな無い言葉を自信を持って答えます。
「当然です。アリスは可愛い私の妹です。にいちゃはアリスを愛していますよ」
その日
......アリスの機嫌が治る事はありませんでした。
あえて、にいちゃ、と言ったのが悪かったのでしょうか?
あの場ではベストだと思ったのですが......どうにも解せません。
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