第7話
ここは、シレンが試験を受けに来た冒険者学校の会議室。数人の男女が会議の議題に付いて話し合いをしている。
議題の中身は、先日行われた試験の結果である。
「まあ、今年も基本的に、素行に問題のある生徒はいませんでしたね」
「そうですね。多少の素行の悪さは、冒険者を目指すなら寧ろ無いと困りますからね」
「ええ、充分に卒業するまでに去勢できる範囲でしょう」
ここまでは彼らにとってほぼ毎年交わされる言葉であり、後は簡単な雑談を交わしてから帰宅するのが通例であったが、今年はそうはいかなかった。
「......さて、問題は彼ですね」
「学長......両親からは?」
「いや、何も聞かされておらんな。合格させろとも不合格にさせろとも何も言ってきとらん」
「はてさてそれは困りましたな。こちらとしては『剣神』の怒り等ごめんこうむりたいのですが......困りましたね」
「ですよねぇ。前代未聞のマイナスクラス『無能者』ですからねぇ。流石に合格さす訳にはいきませんよねぇ~」
「一体、あの女は何を考えているのでしょうね?」
そう。シレンの合否を決めなければいけないのだ。
本来では余程の事が無い限り不合格者が出ることは稀である。その証拠に一番新しい不合格者が出たのは十年以上も前の事である。
そして能力不足での不合格となると――学校の歴史を紐解く必要があるだろう。
五体満足で健康体。
それでもシレンの合否は議論を要するのである。
最も......シレンが『剣神』ケイトリンの息子でなければ議論される事もなかっただろう。
「......取り合えず合格としときますか?」
「いや、それは駄目だろう? 訓練には実地もあるのだぞ?」
「そうですね。実地はパーティを組む必要がありますからね。まず、組みたがる相手は居ないでしょう」
「だからといって、足で纏いとなると分かっている子を無理やり押し付けるのはアレですしねぇ」
「ああ、それで死亡者等が出たら笑い話にもならん」
「では、やはり不合格で?」
「......ですが...大丈夫ですかね? ......流石に九年前の事件のような事にはならないと思いますが......」
「「「.....」」」
結局の処、結論はそこに帰結するのだ。
唯々『剣神』の怒りが恐れるゆえに、彼らは無駄に時間を過ごしているのだ。
まあ、それを情けないと言うのは酷だろう。例え彼らが元C級以上の冒険者だったとしても――いや、だからこそ『剣神』の恐ろしさを良く分かっているのだから。
「はぁー、情けないの貴様ら。まあ、気持ちはわかるがの」
結論の出ない議題を続く中、それまで目を瞑り腕を組んでいた往年の男が声を上げた。
「儂らは規定に沿って結論を出せばいいだけだ。そこに嬢ちゃんの意向は関係なかろう」
「そうは申しましても学長。入学申請書に彼女のサインがあるわけでして......やはりその事も検討しなければ」
「そりゃお前、保護者がいればサインするのは当然だろうが?」
「確かにそうですけどぅ~。入学させる気が無ければサインなんてしないんじゃないんですかぁ~?」
「......いえ、逆に落とされる事で冒険者を諦めさせるつもりかもしれませんよ?」
「......そうですね。確かにそれもありえますわね」
「これは本当に困りましたね。どちらが正解なのか?」
(はぁー、シグの奴め、こうなる事くらい分かっておったろうに......一筆つけるなりしておけってんだ! バカ野郎が!)
学長は、自分の言葉を無視され結局さらに無駄に迷走する教師達に心の中で悪態をつきつつ怒鳴り声をあげた。
「貴様らぁっ!いい加減にしろ!合格か不合格かハッキリしやがれっ!どっちにしろ理由がちゃんとしてりゃ、あの嬢ちゃんは文句は言わねえよ!」
(まったく、いくらなんでも恐れられ過ぎだろうが、嬢ちゃん)
「そうですねぇ。それに、彼女本人に聞かないと、どちらが正解か分かりませんからねぇ~。サクッと決めちゃいましょうかぁ~」
「......分かりました学長。それでは不合格という事で皆さん構いませんね」
そう、細身で狐顔の男が皆に同意を求めると、同意の声が皆から上がる。
ようやく帰れると心の中で安堵の息を吐いて、家に帰ってから飲む酒の事を考えていた学長だったが、憮然と挙手する男の姿が目に入った。
そう言えば、この男、今日は一度も発言していなかったと思いつつ声を掛ける。
「ん? ザイード何か言いたい事があるのか?」
「ええ、残念ながら、あるんすよ」
ザイードと呼ばれた男。彼は戦闘試験を受け持っていた、あの男である。
「あー、まずは、あの小僧の試験の成績を見てくださいよ」
帰り支度を初め、すでに何人かは席を立っていた。やっと帰れると思っていた数人の教師は顔を顰めたが、しかたなしに席に戻り言われたようにシレンの成績に眼を通す。
「普通だな」
「普通ですね」
「『剣神』の息子としては残念としか言えんな」
「んん? あれあれぇ~?」
「...これが?」
「...ふむ、これは」
「平凡ですわね」
殆どの教師は気づかなかったが、狐顔の男、ほわほわと喋る女、学長だけは気付いた。
「おい、ザイード? これは合っているのか?」
「俺が受け持ったとこに関しては、間違っていませんよ」
「....おい、試験を受け持った教師に聞くが、これは間違っていないんだな?」
学長に問われた教師達は、戸惑いながらも確認をし、間違い無いと答えた。
「えーと、ザイード君どういう事なのかな?」
「いやね、規定に沿って合否を決めるなら、不合格にする理由がないんですよね」
「は?」
「何、言ってるの君? 彼は『無能者』なんだよ?」
何やら考え込み出した学長に、理由が分からない教師の一人が理由をザイードに問うと意味が分からない返答が返り、その教師に限らず、それを聞いていた教師も戸惑いはじめたが――
「そうですね。ザイード君の言う通り、この成績なら普通に合格ですね......何とも無駄な時間を過ごしました」
と、狐顔の男が言うと、場は更に混乱を始める。
「......しかし、今が普通だとしても彼は『無能者』ですよ? すぐに落ちこぼれますよ」
「ですわね。せめて魔法が使えればと思いますけど......」
「使えれば『無能者』等、授かるまい」
今だ、分かっていない教師達に思わず舌打ちが出るザイード。思わず声を荒げてかけたが、先に言いたい事を言われてしまう。
「え~とぅ~、どうして彼は平凡なんでしょう~?」
「そんな事は決まっておろう『無能者』だからだ」
「そう『無能者』なんですよねぇ~。どうして『無能者』なのに平凡なんでしょうねぇ~?」
「「!!!!!!」」
そこまで言われて、ようやく教師達全員が気付いた。
そう『無能者』なのに平凡普通。
それが、異常な事に。
「ふむ、これは確かに不思議ですね? 実は『無能者』なのは嘘?」
「そんな嘘をつく必要があるとは......」
「ふん。試験ではそう見えただけだろう。女神が定めたのだ! 奴は『無能者』以外の何者でもあるまい!」
「それは流石に暴論だと思いますわ。クラスはあくまで補助的な効果ににすぎませんから――」
「はっ! そもそも女神から『無能者』等授かるような者等――ろくな者ではないだろ!」
と等々、声を荒げる者も出だす程に、場は喧噪の様子を見せていたが......一人の教師が「学長と副学長はどう思います」と喧噪に混ざらずにいた二人に声を掛けた。
「そうですね。取り合えず今は合否をどうするかですね。学長はどう思います」
「あー、そうだなー。正直どうすりゃいいのかわからん。どう考えても冒険者には向かんクラスだが......落とす理由が無いってのはな......困ったな」
狐顔の副学長に問われた学長は途方にくれた顔で天井を仰ぐ。
「ふむ。学長は反対ですか......? 私としては合格で良いと思うのですが?」
「そうなんだがな......今は大丈夫でも先の事を考えるとヤッパリなぁ。早い内に諦めさせた方が良くないか?」
「それは、当校は関係ないかと? 彼は現在、基準を満たしています。この先、落ちこぼれようが冒険者になり命を落とそうが、それは彼の自己責任でしょう。それに、これは全ての生徒に言える事かと」
「はぁー、まったくお前さんはお前さんだねぇー。まあ、お前の意見は分かった。――ザイードお前は意見は?」
「ん? 俺ですか?」
ここで自分に声が掛かるとは思っていなかったザイードだったが、問われたからには答えない訳にいかず、ガシガシと頭を掻きながら答える。
「まあ、合格でいいんじゃないですか?」
「......ふむ。そもそもお前が言い出した事だが......何でだ? お前なら寧ろ追い返すこと位しかねんだろ?」
「まあ、最初はそのつもりだったんですがね......ありゃ駄目だ。追い返したら、そのまま冒険者登録に向かいますわ」
「ほぅー、それ程か? あの母親を見ていれば普通は折れそうなもんだがな? ......まあ、まだ子供だしな」
「ああ、そりゃ違う。あれは憧れとかそんな綺麗なもんじゃないですね」
「ん? なら、何だって言うんだ?」
「......あれは追い詰められた獣ですわ。生きるのに他にもう道が無いって感じでしたわ」
(......分からんな? 金なら三代は遊んで暮らせるだろうし。あの嬢ちゃんが息子の為に何処までもする事は既に実証しとる。その息子が十四歳という若さで、それ程の覚悟を持つ理由はなんだ?)
「ふむ、良く分かった。皆すまんが帰るのはもう少し遅れそうだ」
この日。一人の生徒の合否を決めるのに掛かった時間は、過去最長であった。
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