第6話

「おかえりなさいませ」


 冒険者学校の試験を終えて、帰宅した私を出迎えてくれたのはメイドのセーラさんでした。


「......試験の方はどうでしたか?」

「そうですね、筆記の方は自信はありますが......実技の方は、お世辞にも誇れませんね」


 私が苦笑混じりに答えると「......そうですか」と複雑な顔をするセーラさん。

 彼女からすれば――いえ訂正します。彼女に限らず、私の冒険者学校の入学を家族は母様を除き誰一人望んでいないのです。微妙な反応になるのもしかたないでしょう。


「父様はいますか?」

「はい、現在は書斎の方です」

「アリスと母様は稽古中ですか?」

「はい」

「なら先に父様に会いに行きます。母様達には、その後で報告しますね」

「分かりました。では書斎の方に、お飲み物をお持ちしますね」


 お辞儀をして立ち去るセーラさんを見送った私は、父が居る書斎に向かいます。


 コンコンとノックすると直ぐに返事があったので私は書斎の中に入り客用の席に座ります。


「父様、只今帰りました」

「ああ、もうこんな時間になっていたのか?お帰りシレン。試験の方はどうだった?」

「......私でなければ、合格だと思います」


 今だ慣れない書類仕事に#眦__まなじり__#を揉む父に正直に答えます。


「......そうだろうね。シレン何度も言ったけど、君は『無能者』だ。何をやっても正当に評価はされにくい。特に冒険者は厳しい。君の失敗は君一人の命だけで無く他人の命にも大きく影響する。アリスの為にという君の考えは父としては、とても誇らしいけど冒険者に拘る必要は無いだろ? 私が今している事だって、そもそもシレン、君の発案じゃないか、君もこちら側でいいんじゃないか?」


「父様、それは、もう何度も話した事です。私はアリスの旅に付いていきます。アリスの旅に付いていくには冒険者が一番です。それに、私も引き際は心得てます。足手まといになってまで我を通すつもりはありません」


「......それに気づく前に死ぬかもしれないよ?」


 何度も交わした平行線。

 申し訳ない気持ちはありますが、私も譲るわけにはいかないのです。

 アリスの旅は、恐らく危険極まりない筈です。

 アリス自身で、どうしようも無い危険に陥った時、私には助けられる手段があるのですから傍を離れる訳にはいかないでしょう。


 今のでも一度だけなら大抵の危機から、アリスを守る事は可能なのですから。


 ......まあ、使えばに捕まり、この世界から連れ去られてしまうのでしょうから......タイミングだけは間違えないようにしなければいけませんが......。


 ふぅー、まったく厄介な事ですね......いつもの事ながら、ままならないものです。


 そんな事を考えつつ、お互い続ける言葉が見つからず沈黙する書斎に、コンコンとドアを叩く音の後が響き「旦那様、お飲み物をお持ちしました」とセーラさんが部屋に入ってきました。


 父様は「ふぅー」と頭を振りながら溜息を付き「丁度いいね」と仕事机から立ち上がり私の前の椅子に腰を下ろしました。

 セーラさんは私にはジュース、父様にはコーヒのカップを置き父様の後ろに控えます。


「すまないね、何度も同じ事を言って。でも許して欲しい、愛する一人息子なんだから」

「......旦那様」

「いえ、私が父様の立場なら同じ事を言うでしょうから謝らないで下さい」

「はは、君は本当に我が子ながら大人だね。もう少し子供らしくても良いと思うんだけどね」

「そうですね、もっと甘えて欲しいものです。最近ではアリスお嬢様も余り甘えてくれなくて寂しく思います」

「ふふ、充分に甘えさして貰っていますよセーラさん。このジュースも、わざわざ絞ってくれたんですよね? 作り置き在りましたよね?」


 そう言うと二人は呆れた顔で私を見て。


「「そういうとこだよ(ですね)」」


 まあ、そうは言われましても、前世だけで七十年近く生きていた訳ですし......下手に子供の演技をし過ぎてもボロが出てしまうだけでしょうからね。私にはこれが限界ですね。


「ところで、さっきは詳しく聞かなかったけど......試験の方はどんな感じだったんだい?」

「......そうですね、一人印象に残りました」

「へえ、それは受験者かい?」

「いえ、戦闘試験の試験官です」


 私は試験での事を二人に話ました。


「っな! なんと無礼な!」

「へぇ、随分と優しいと言うか......苦労人というか......良い人だね」

「......」

「ええ、父様の言う通り――嫌な役目をさせてしまいました」

「......」

「そうだね、その人の名前は何て言うんだい?」

「......」

「名前は聞いていませんね。四十歳程で赤毛で大柄な戦士でした。たぶんですがB級クラスだと思います」

「お二人とも......口を挟んで申し訳ございませんが、どうして、そういう評価になるのでしょうか? わたくしには、ただ無礼な人物にしか思えませんが? キュっとしては駄目なんでしょうか?」


 あー、これは困りましたね。どうもセーラさん私の事になると変なスイッチが入りますね。これが私の事でなければセーラさんにも分かる筈なんですが。

 ここは、ちゃんと説明しとかなければ本気でキュっとしてしまいますね。言葉は可愛いのですがシャレになりませんから。

 父様も私と同じ思いらしく私と視線が合いました。どうやら父様が説明してくれるようです。


「うん、そうだね、まずはキュッはしないようね。お願いだからね」

「......はい」


 はい、表情は変わってませんが、とても残念そうな返事を頂きました。


「うん、信じるよ......? さて、その試験官だけど、どうしてシレンに厳しくあたったんだろうね?」

「それは、シレン様が......」

「うん、そうだね『無能者』だからだね」

「......」

「それを踏まえて試験官の言葉を良く考えて見ると...まあ、最初はシレンが遊び半分だと思って怒っていたみたいだけど...途中からは、冒険者を目指すシレンの心を折りたかったようだね」

「......それは? シレン様を笑いものにしたかっただけなのでは?」

「まあ、その可能性もあるけど、この王都の冒険者がケイトリンに考えなしで喧嘩を売るような事をするかい? 居たとしても、そんなバカは流石に冒険者学校は雇わないよ」

「......」

「彼は気づいたんだろうね――シレンが本気だって事に」

「......」

「別に冒険者になるのに冒険者学校を卒業する必要はないからね。冒険者は誰にでも慣れる。普通に考えて『無能者』が冒険者に、しかも十四歳の子供が冒険者になればどうなるかなんて簡単に想像できるよね」

「......はい」

「うん、もう分かっただろ。彼は赤の他人のシレンの為に悪役を演じてくれたってことさ」


 まあ、そういう事ですね。流石に初対面の私の動機については検討違いでしたが......。

 母様を目指したりしてませんよ?

 そんな無茶はアリスに任せます。


 私が冒険者を目指すのは戦闘力以外を手に入れる為です。実際、戦闘に関しては父様と母様に教われば良いだけですからね。

 私が欲しいのは知識と経験です。

 『無能者』のおかげで身体能力にハンデはつきますが知識や感覚的なものは、アレのお陰でハンデはありません。

 

 確かに冒険者と言えば戦闘。仕事は主ににモンスター退治が主でしょうが、それだけではありません。

 モンスター退治にしても、そこに至るまでの情報収集に準備が必要なのです。人探しや護衛に探索。採取なんてものもあります。


 え? 父様と母様に教授して貰えばいいのでは? ですか?

 ......はは......無理です。


「ケイト。オークの集落が発見されたらしいよ」

「......潰してきたぞ」


「ケイト、遺跡のモンスターの掃除のクエストだけど――」

「うん?その遺跡なら、この間、散歩がてらに殲滅したぞ。罠も多分、全て踏みつぶした筈だ」


「ケイト、もう少し覇気を抑えよう。護衛対象が怯えてしまっているからね」

「ケイト、どうやら、この森には迷いの結界が掛かっているね。目的の花は、ここを抜けなくちゃいけないみたいだ」

「なら、森の木を全て切り倒せばよかろう」


 ......この二人に何を教われと?


 こんな訳で私は、知識と経験を得たいのです。


 ――『勇者』アリスの旅に同行する為に―― 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る