第15話 約束
45分が過ぎた頃、コーヒカップをソーサーに置いた吉川が「ところで」と話題を切り出した。
「藤本くんは、いつもこうやって過ごしているの?」
「……なに? わかってて聞いてる?」
俺に放課後一緒に遊ぶ友達なんている訳ないだろ!
嫌なものでも見るような俺の視線に、吉川は頭に疑問符を浮かべた。
素で聞いたんかよ……。余計たちが悪いわ。
しかし、強がってうそぶく必要も無い。ありのままを伝える。
「いや、こうやって放課後に誰かと寄り道するのは初めてだよ」
「そ……そうなのね。意外だわ。何だか手馴れていたから」
「そ、そうか? そんなつもりはなかったんだけどなぁー」
猫カフェが楽しみすぎて道順やらサービス内容を読み込んでたなんて言えない! なんかここだけは男のプライドが邪魔してくる!
すると吉川が肩を擦り付けるように縮こまって、ソワソワし始めた。
トイレか……? 今飲んでるコーヒー2杯目だし──ってお前、まさか……っ!?
店員の目を盗んで男子トイレに入るつもりじゃあるまいな? 吉川の事だ……それも十分有り得る話。釘を刺しておかないとな。
ちょいちょい、と口に手を添えると、条件反射で吉川が耳を近づけてきた。
「分かってると思うけど、外ではちゃんと女子トイレにいけよ? 公衆の面前で見張りはさすがに出来ないからな」
「さすがにそこまでの勇気はないわ」
吉川は目を丸くした後、ふふっと笑ってそう言った。
なんだ……外では意外と普通なのか。じゃあなんで学校だと弾けちゃうんだよ……。尚更、意味がわからん。
吉川が生きてる世界は学校で、バレたらそれこそ居場所を失いかねないのに。
「あ……あのね、藤本くん」
「ん?」
「もし良かったらでいいんだけど……明日とかもどこかに連れて行ってくれると嬉しい……」
チラッと答え窺った俺があまりに呆然としていたからか、吉川は激しく動揺した。
「いやっ……! ほんとに、良かったらと言うか……半ば命令というか、そうしなきゃ毎日靴箱の靴をひっくり返しておくというか……」
何それ、毎日靴出す時に半回転させてからじゃないと履けないとか地味に嫌なんだけど。
顔を赤らめて……自分の欲求解消以外でもそんな恥じらうような表情するんだな。
「いいよ。明日も付き合ってやる」
「えっ!?」
突としたリアクションに辺りのネコが飛び上がって逃げていった。
店員からいきなり大声をあげないで、と説明を受けたハズなのに……。忘れてしまうほどだったのか。
「い、いいの……?」
「いいよ。というか、吉川から誘われるなんて思いもしなかった」
『俺じゃなくて他の女子のほうがよくない?』と断るのは簡単だった。
しかし、さっきの顔を見ていれば分かる。恐らく吉川は常に遠慮の中に身をおいている。
別クラスの彼女が普段どんな交友関係を築いているのかは知らないが、少なくとも『放課後は男子トイレに忍び込んでます』なんて打ち明けられる間柄の友人は限りなくいないと思う(いたらいたで困るが)。
俺を選んだのはきっと一番気を遣わなくて済むし、ある意味でどうにも思っていないからだろう。
良かった。1年の時勢いに任せて告白しなくて。してたら玉砕もいいとこ。わんわん泣くわ。
「今日は本当に楽しかった。こんな機会でもないと直ぐにうちに帰らなきゃいけないから。せめて時間がある今週は羽目を外したいの」
「優等生は大変だな」
「ええ、優等生を演じるのは大変よ」
微笑みながら「お手洗いにいくわ」と言い残して席を立った吉川を目で追いかける。
なぜなら、
『今、彼女から目線を外してはいけない』
頭では理解できない──言うなれば俺の本能がそんなざわめきを感じ取ったからだ。
そして、案の定……
「おいいいいいいッ! そっち男子トイレだから!」
「はっ! いけない!」
これは素なのか、演技なのか……。演技であってください、お願いだから。
吉川といると、危機察知能力がすこぶる磨かれそう。高校を卒業する頃には、就く仕事がボディーガードとかになってるかもしれない。
こんな暴走列車なクライアントのお付にはなりたくないけど……。
今日の記録をノートに書き記している最中、妙に頭がスッキリしない事にモヤモヤが募る。
ネコに囲まれてマジ幸せだったんだけど……なんだろう? 絶対忘れちゃいけない大切な……というより本題がそれだったような……。
その時、スマホが短く震えた。
雪見先輩からのメッセージだ。俺のスマホには家族以外に雪見先輩の連絡先しか入っていない。
……と思ったけど、吉川の連絡先もあったんだったな。
雪見先輩は会って話す時と比べて、文面ではかなりかしこまってる。打つ文字数が多くなってしまうというのに、その苦労を惜しまない。
理由を聞くと、『書いた文字は自分が思っている以上にうまく伝わらないから』らしい。
殊勝な人だ。気の知れた仲の俺にまでそ無駄な気を遣わなくていいのに。
「どれどれ……雪見先輩は何用で」
『こんばんは。吉川さんは無事、人尽部への入部を認めてくれましたでしょうか? 返事は要りません。明日、昼休みに部室で待っています。きっと祝報を届けてくれるのでしょうね。楽しみです』
「あっ……ああっ……わわわわわわ忘れてたァァァァッ!!」
雪見先輩。丁寧な文面はいいのですが、逆に怖いです。僕は明日、この世から葬られてしまうのかと気が気でありません。
二度と大福などと人を舐め腐った呼び方はしないので、どうかご慈悲を頂けないでしょうか?
「お兄、うるさ……ってどうしたのその顔!? 舞妓さんもびっくりな真っ白顔だよ!?」
扉の隙間から顔を出した優子が俺を見るなり、部屋の中に飛び込んできた。
すまん、と謝って続ける。
「優子……俺、明日から帰ってこなくなるかもしれないけど、ちゃんとご飯は食べるんだぞ?」
「い、いきなりどうしたの? 優子心配だよ? ──!? まさかお兄……」
何かを察した優子。椅子に座る俺の膝にしがみつき、涙混じりに見上げてくる。
見てますか雪見先輩。こんな健気な妹を残して死ぬ訳にはいきません。だから俺は。
『このメッセージを非表示にしました』
見なかったことにしよう。
俺は勧誘活動に注力するあまり、すっかり油断していた。
彼女がどの立場に位置している人間であり、彼女と一緒に──まして隣を歩くという行為がどのような波乱を巻き起こすことになるのか。少し考えれば、すぐに分かる話なのに。
俺のヒロインが変人すぎてまともに恋愛させてくれない件について おもちDX @omotidx
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