第11話 作戦会議
「で、みすみす逃がしちゃったの?」
「……はい」
「ダメだよ藤本くん! 押して押して押し切らないと!」
こ、この大福女……自分は何もしてないクセに態度だけは大きいな……慰めてくれたっていいじゃないか。
部室のホワイトボードに貼られた入部届け。
これにどうにか名前を書いてもらわないと。やはり、吉川以外に当たるしかないのか?
「いいかい藤本くん!」
向かいに座っていた雪見先輩がぬるっと体を伸ばして顔を近づける。
「残念ながら君の顔では中の中が関の山。なら、もので釣るのもひとつの方法だよ!」
なんかすっげーディスられたような気がするけど……雪見先輩は吉川を諦めないのか。ちょっと意外だ。キッパリ切り捨てて次の宛に手を伸ばすのかと思っていた。
あと、吉川に面食い設定を勝手に……いや、あってる可能性もあるか。
「もので釣るって言っても、具体的に何が?」
吉川に物欲があるとは思えない。どちらかと言えば、人の道理に背いたという罪悪感こそが彼女を引きつける最もな要因だと思う。
「世の中、物で溢れすぎているというのも事実。大体の物は手に入る。でもだ! いくら豊かになろうと唯一手に入らないものがある!」
「なっ、なんですかそれ! めちゃくちゃ気になりますよ!」
なんだろう……ミステリアスな雰囲気がある雪見先輩だからだろうか。ついつい引き込まれている。
「それはね……経験だ!」
「経験?」
「そう! 例えば、初めて学校帰りに食べた肉まん! 家で食べる肉まんとは違う、特別感があったとは思わない?」
「確かに……小学生の時とか1回家にランドセル置いてからじゃないと、みたいなルールがあったから、中学の時、初めてカバン背負ったまま食った唐揚げは未だに覚えてる」
「でしよ!? 経験という形なきモノで彼女を一本釣りしちゃいなさい!」
はっ! まさか雪見先輩──策士!?
よくよく考えればメッセージも『れ』が2つあったのは、一度断られたとしても諦めんな! 2回目があるだろ! という遠回しのエールだったのかァ!?
俺は姿勢を正す。
「先輩……俺、脱帽ですよ。平仮名の『れ』にそんな深いメッセージ性を込めるなんて、さすがです。頭が上がんないですよ」
「ん? ……よくわかんないけど、多分そうだね!」
ああ……この間抜けな顔も今日は全てを包み込むマリア様のようだ。もう二度と大福なんて呼びません。敬愛します。尊敬します。
「で、俺は何をすればいいんでしょう?」
きっと、目が飛び出でるようなすんばらしいアイデアがあるんだろうな。
期待感は高まる一方だ。
さあ、マザー雪見。我が道を照らす啓示を。
「…………う、うん…………それはそっちで考えて……ね?」
「この大福女がァ!!!!」
「だっ……大福!?」
頭を抱えて机に突っ伏した。
散々期待させといて無策ってマジかよ! このままじゃほんとに人尽部が無くなってしまうかもしれない。やっぱり1年生に当たってみるしかないのか……
「はぁ……」
「あまりため息は吐かない方がいいよ。幸せが逃げていくから」
「そうですね……じゃあそろそろ俺帰ります……ってあれ?まだ5時になってない」
結構話し込んだ気がするんだけど、時刻は15時を回った所だった。吉川の門限まではまだ2時間もある。
「今週は短縮授業だからね」
「どおりで授業が終わるのがあっという間に感じた訳だ」
待てよ……これはチャンスじゃないか?
これだけ時間があったら放課後の甘い誘惑に現を抜かすことも可能。
「藤本くん、今すごい悪い顔してる……」
「大福先輩! いけますよ! まだ吉川を入部させられる可能は残ってる!」
「もう雪見先輩とは呼んでくれないんだ……」
今週は丸々短縮授業……つまり後4日間、吉川を日常に住まう誘惑の毒牙にかけるチャンスがあるという訳だ。
門限などという非日常を俺の前で堂々と披露しやがったお嬢様に見せてやりますよ。平民の力を。
となれば、まずはリサーチだ。
「放課後に行って楽しいところってありますかね?」
「……す、すたぁばっくす? とか?」
呆然とする俺に雪見先輩は諦めず続ける。
「ク、クレープとかもイイヨネ。プリクラ? だっけ? なんかワイワイしながらパシャと写真撮ったら顔が削れるやつもあるしー、あとー……あとー……」
「すいません。まだ妹の方が役に立ちそうです」
残酷な現実は先輩を傷つけたのか、項垂れてぐすん、と鼻をすする音が聞こえた。
先輩はインドア派ですもんね、と必死のフォローでなんとか事なきを得たが、果たして流行りに疎い俺達では手詰まり状態だ。
「遊園地なんてどう?」
「今ググッたでしょ」
「うっ」
放課後に遊園地って重すぎないか? 体力有り余りすぎて逆に学校で何やってるか心配になるんだけど。
俺もググッてみるか。いざとなったグーグル先生だよな。まじ偉大。
映画──移動の時間等を含めると2時間以内で収まりそうにない。却下。
カラオケ──音痴だから歌えない。一生マラカスマン。そんな相手といって楽しいハズがない。よって却下。
お家──ありえない。却下。異性を家にあげるとか、付き合ってるかそれに等しい奴が許された特権だからね。
なんとか1時間程度で、程よい距離感を保ったま楽しめるようなスポットは……
「……猫カフェ」
諦めムードが漂う部室にボソッと放たれる完璧な語感。
猫カフェ……だとっ!?
頭の中──もふもふで小耳がピンと立ったネコが顔を擦り付けてきて、四方八方耳をすませば甘い声でにゃあにゃあ泣きわめく。
紛うことなき、
「それだ! ナイスです大福!」
「貢献したはずなのに、とうとう先輩でもなくなった……今日一日で呼び名が変わりすぎじゃない? その内、一文字とかになりそうだね……」
猫が嫌いな人間がいると思うか? いいや、いないね!
小さくて流れるように美しい体躯。愛らしい耳と丸々お目目。ちょこんと付いたお鼻。引きつけるように揺れるしっぽ……はあっ! マジかわいい!
早速、スマホで近くの猫カフェを検索。
「あっ、ありますよ! 近くに2件もあります! こりゃあ楽しみで眠れませんなァ!」
「本来の目的忘れないでね?」
「分かってますよ! 時間いっぱい猫を撫でます!」
「これはダメかもしれない……」
学校からの帰り道は足取りが軽かった。気づけば家に着いていて、夕飯の時も、風呂の時も、寝床に着いたってもう頭の中は猫ちゃんでいっぱい。
明日の放課後が楽しみだなぁ〜
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