第12話 夢
「ごめんなさい。私、猫アレルギーなの」
タライが頭を叩きつけた。
吉川の宣告はあまりも残酷で、猫アレルギーというリアルすぎる言葉は俺を消沈させるには十分過ぎた。
「嘘だろ? なぁ、嘘だって言ってくれよ……」
縋る俺を吉川は蔑むような目で見やる。
「そんな目で見ないで……俺がどんだけ猫カフェを楽しみにしてたか知らないくせに!」
「とばっちりよ。勝手に期待しておいて逆ギレ? あなた相当醜いわ」
腕組みをして強い語気を放つ。
気のせいかな? 今日の吉川、なんかいつもと雰囲気が違う。まるで下民を見下す貴族というか……言葉の節々に刺がある。
「どうしたんだよ……? 今日なんかおかしいぞ」
「おかしいのは藤本くんの方でしょ? いきなり私を誘うなんて失礼にも程があるわ」
「……は? ちょっと待てよ。元はと言えばお前方から俺に縋ってきたんだろ」
キッ、と吉川の眉間にシワが寄る。
「縋る? 私があなたのようなゴミに頼ったというの?」
なんて言葉遣いをなさるのかしら? こんなはしたない吉川さん見たことありませんのよ。
心の中で思わずお嬢様口調になってしまう。
しかし、不思議なことに怒りはほとんど湧いてこない。
いや、さすがにゴミは酷いよ? けど、普段の吉川と言動がかけ離れすぎて理解が追いつかないっていうか……
「お前、ほんとにどした? なんか悪いもんでも食った──」
「もう結構。皆の者、お殺りなさい」
「え?」
吉川の号令で、どこに隠れていたのか一面を覆う程の従者が現れた──って、廊下で何回か見た事ある奴らばっかり。
……ちょっとストップ。見間違いであると願いたいんですが……
刃物持ってません?
「おいおい、いつから武装オッケーの校則が出来たんだ? 世紀末ですか……って、はぁ!?」
さっきまで制服を着ていたハズの周りの取り巻きが中世を思わせる麻の服装に変わっているではないか。
吉川も吉川で高飛車なお嬢様みたいな黒いのドレスを纏ってるし……いよいよ演劇部だな。
なんて、悠長すぎた。
背中に走る強烈な違和感。そして腹から突き出た剣の刃。
滴る血液が刃を辿って、足元に血溜まりを作る。
おずおずと振り返ると、
「雪見……先輩?」
「あなたが悪いんだよ。私を愚弄するから」
酷く冷めきった声色が鼓膜を震えがらせる。
俺、何かしたっけ……?
「『俺なにかしたっけ?』って正気? あなたの
「心の中読まないで下さいよ……」
ぐりぐりと剣が押し付けられる。強い怨恨が宿っているのが分かる。
しかし、ほんとに思い当たる節がないな……
思考を巡らせても渋滞するだけなので、正直に聞くことにした。
「教えて貰ってもいいですか? 俺のギルティ」
「──!? ……いいわ、教えてあげる! あなたのギルティは──」
「俺のギルティは──!?」
その時。
急に地面が崩れ落ち始めた。真っ暗で底の見えない螺旋の中に飲み込まれゆく────
────はっ!
「あっ、やっと起きた。お兄が寝坊なんて珍しいね」
「……ゆめ?」
見慣れた天井……を隠す優子の顔。
「貴様、優子ォ……」
「そんなに震えてどしたの? あっ、優子が優しすぎて震えるほど感謝してるとか? まぁ、たまには私だって役に立つというか──」
「俺のギルティを聞きそびれたじゃねぇかァァァァ……ッ! 起こしてくれてありがとおぉォォォォォォ!!」
この後、めちゃくちゃ早く準備した。
学校への道すがら、今日見た夢を思い出す。
正直、途中で夢だって気づいてはいましたよ? 刺されたって全然痛くないし、吉川の態度が違いすぎるし。
……まぁ、猫アレルギーって結構ガチでありそうだから今日の放課後が心憂い。
ちゃんと猫カフェ行けるかな……? わくわく。
「おはよう、藤本くん」
「あっ、大福先輩。おはようございます」
昇降口で顔を合わす。
ふと、今日の夢で豪快に背中からぶっ刺してくれた雪見先輩のセリフがリフレインする。
『あなたの罪は決して許されるものでは無いのに』
「先輩、俺の罪を教えて下さい」
「はぁ? 朝から何を物騒な……いや、1つある」
カチャと眼鏡をかけ直した。そのレンズの奥には、今にも俺を断罪しようとする強い意志を持った目が覗く。夢で見たのと同じだ。
ごくり、と生唾を呑む。
「それは……」
「それは?」
「私を大福先輩とかいう、意味のわからないあだ名で呼ぶこと!」
「…………」
「おい! 無視するな後輩!」
無言で背を向けた俺を引き止めた。
後輩と呼ぶなら、せめて先輩らしい振る舞いを見せて欲しいものだ。
と、思っていたんだけど。
「それに、随分顔色が悪い。相談なら乗るよ?」
想定もしてなかった上級生的発言に驚きを隠せない。
「熱でもあるんすか?」
「そんな訳ないでしょ。一体、藤本くんの中で私の評価はどうなってるのかな?」
「他力本願、
「わー、辛辣ぅ」
評価がめちゃくちゃ低い事は分かった、と納得した様子で……しかし珍しく真剣な面持ちで。
「今日は吉川さんと猫カフェでしょ? どうやって口説き落とすつもりなの?」
俺が最も頭を悩ませている問題について、ピシャリと言い当ててきた。
昔(と言っても付き合いは短いけど)から雪見先輩は他人を観察する能力には長けていたと思う。
普段はへらへらとしているようだけど、時たま見せる人を見る目が、身ぐるみ全部剥がされたみたいに強烈で熱っぽい。まるで、眼鏡はそれを隠すためにかけているんじゃないか、って邪推を働かせた事もある。
だって、雪見先輩と出会った入学式の日。
『君が一番、暇そうだから』
人尽部の勧誘チラシを受け取りながら言われた言葉はあまりにも直接的で遠慮無く、人を小馬鹿にした……勧誘とは真逆の言葉選びだった。
けれど、彼女の発言は的を得ていて、俺は部活に参加する気が無かった。
そして気づいた。
周りにも生徒は沢山いたのに、彼女がチラシを渡したのは、後にも先にもこの1枚だけだったのだ。
初めから俺だけに渡すように仕組んでいたみたいで──。
それが妙に脅されているようで──。
うちの部に来なさい、と強制されている気になった。
気づいたら、入部届けを持って人尽部に足を向けていた。
入学して間もない俺は、部室棟の4階なんて当然行った事がなかった。だから、初めて人尽部を前にした時は、雰囲気がダークすぎて『あの世の入口?』なんて思いもした。
でも人尽部って書いてるし……
恐る恐る扉を開けると、なぜか文芸部みたいに読書に耽る雪見先輩がいた。
「来ると思ってた」
チラシを持っていた俺を見ると、本を閉じて微笑む。
この時、雪見先輩に隠し事なんて出来ないんだろうな、って本能的に思った。
「1つ聞いて欲しい事があるんですけど、いいですか?」
「もちろん……と言いたいところだけど、朝は時間が押すからね。昼休み部室で、なんてどうかな?」
雪見先輩の提案を飲んで別れた。下級生と違って、3年生は校舎が反対側にある。
必然的に背中見せる事になるのだが、やけに先輩風を吹かす彼女が気になって振り返って見ると……
目が合った。
俺が振り向くなんて予想だにしなてかったのか、雪見先輩は大きく目を開いて固まってしまったが、やがて何も無かったように顔を逸らし、早歩きで階段を登っていった。
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