第9話 妹について
自宅に戻って、吉川の観察記録が記されたお手製のノートを開く。
今回は吉川更生計画とは関係ないが、彼女が俺の頼みにどんな反応をして、どういう受け答えをするのかは興味がある。
ましてや、重大な秘密(ド変態野郎)を知ってしまった今、交渉にあたっては俺の方が有利なのではないか?
ふふふ……いける! 可能性はある!
「お兄(にい)〜」
扉がノックがされたかと思ったら、返事も待たずに妹の優子が顔を出した。
「お風呂あがったよ〜、って何やってんの?」
「別に」
「顔がすんげぇ悪代官面になってるよ。ろくでもない事考えてたんでしょ」
タオルで頭を拭く手を止めてそう言い放つ優子。薄目で睨むような顔するのはやめて! 身内の拒絶って結構辛い!
「なぁ優子。いきなり明日から門限な、って言われたらどーする?」
「なんでもしますから門限だけは勘弁して下さい!」
唐突な質問に優子は角が揃う程綺麗な土下座を披露した。
「いや、所感を聞いてるだけ」
「なぁんだ。ちょー焦るわ」
土下座から一転、なんという豹変っぷり。
しかし、あの反応を見るにやっぱり堪えるのか。
5時だけど、どう思う? と改めて門限について聞くと、優子は大袈裟なくらい目をひんむいて、
「はぁ!? 5時とか、今どき小学生のクソガキでもありえないでしょ」
「お前も2、3ヶ月前までそのクソガキだったんだぞ」
「ダンシング3日合わざればニッカポッカしてみよって言うでしょ?」
「男子3日合わざれば刮目して見よ、なら知ってますけどね。ニッカポッカ履いてダンスはちょっと難しいと思うよ」
「2か月前なんて私にとっちゃ2年も前の話と同じだし」
「犬みたいな時間感覚してんだな」
とにかく、優子が小学生以下の知能である事は分かった。相談したのは限りなく間違いだったようだ。
「ま、参考にはなったよ……あっ、ちゃんと髪乾かせよ。髪、短くしてから杜撰(ずさん)すぎだぞ」
「へーい、わかってますよぉ」
生返事をして優子は部屋を出ていった。
さて、本当にどうしたものか。
吉川にはどんな作戦が効くんだろう……泣き落とし? いや、イメージしたら俺がすんごく惨め。スカートにしがみつきながら泣きじゃくる男なんて俺が嫌だ。
それとなく諭して同情を誘うとか……?
「うーん」ザバーン
「うーん」シャカシャカ
「うーん」ポン
はっ! 気付いたら風呂入って、歯磨いて、寝床にINしてる!?
しっかりしろ! どうやって吉川を人尽部に誘い込むか考えて──
「カァァァァァァァ」
目が覚めると、朝だった。
めちゃくちゃ寝たせいで、おめめパッチリ! こんなに気持ちのいい朝はいつぶりかしら!
「……朝飯作ろ」
今日の事は今日考えよう。
「おはよう、お兄」
「おはよう。今日はちゃんと1人で起きれたな」
「もう中学生だもん。いつまでもお兄の世話になるあたしじゃないよ」
ふん、と得意げに鼻の下をこすって、これでもかと胸を張る優子。
一昨日起こさなかった時はめちゃくちゃ咎められたんですが、あれはなんだったんだろうか……
「あっ、今日は玉子焼きある! お兄の玉子焼きが世界一ぃ〜」
現金なヤツめ。俺は知っている。こいつはこう言うと、俺が喜び勇んで本当に大好きな佃煮のりをサービスしてくれるのではなかいかと頭の中で計算してやっているのだ。
妹よ。お前もまだ若い。自分は賢くなったつもりでいるのだろうが、同じように俺もまた賢くなっているのだ。そう簡単に術中にハマるような間抜けでは──
「美味しぃ! いつもありがと! お兄!」
……くっ!
「……ちょっとだけだかんな」
「えっなに? くれんの? サンキュ〜」
決して優子が可愛くてマジ天使だからとか、笑顔に屈したわけじゃない。佃煮が勝手にスプーンに乗って羽ばたいて行っただけだ。
「ったく、早く兄離れしろよ」
「こっちのセリフなんだけど」
「え? なんか言った?」
「別に〜」
箸をくわえて面白そうに笑う優子。
大体、人が言う「別に」が何も無いという意味を果たした所を見た試しがない。
「ちゃんと言いたいこと言えよ」
「ほんとに何もなんだも〜ん」
なんなんだよ一体……
飄々としているというか、掴みどころがないというか……藤本優子はそういう妹なのである。
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