第6話 吉川夜明は神の使いにすら楯を突く
「神社?」
「おう」
俺は、次の休みの日に神社に行かないか? と吉川を誘った。
狙いはもちろん、吉川に取り憑く悪魔を取り払うためである。
それにしてもこの光景は何度見ても慣れない。
あぁ〜、と男子トイレの個室で用を足し終えた余韻に浸る吉川を俺は見守っている。……うん、明らかにアウト。しかし、人間は恐ろしい。だって慣れてしまうのだから。
「神社ね……うん、大丈夫だと思う」
「そっか。なら良かった」
いよっし! これで吉川の正常化計画を進めることができる!
俺は夜なべをして書き留めた手作りのノート(作成時間5分)──その名も、『ここが変だよ!ヨアケちゃん』──のページを捲った。
まず、1ページ目にはこのノートの目的と作成に至るまでの理由が書かれている。
目的──吉川夜明の正常化。
作成に至った理由──吉川夜明の男子トイレ侵入事件をきっかけとし、俺は吉川の欲求を満たすための手助けをする事になった。
一見地獄だが、これはかえって好都合である。全男子憧れの吉川夜明を取り戻すべく、俺──藤本直樹が彼女を本来あるべき姿に昇華させてみせましょう!
「何読んでるの?」
「これはな、全校男子諸君の希望が詰まったノートなんだ。だから、吉川は絶対見ちゃいけないぞ」
「……はぁ」
なんだその顔は……全く納得してないような顔じゃないか。
吉川のめんどくさいポイント①
基本的に頭はいいので、自分の事以外になると、突然慧眼を発揮しそうになる。……変態のクセにだ。
どうせなら、周りにも無頓着であってほしかった。中途半端に知識をつけた動物ほど面倒な相手はいない。犬とじゃれ合う時みたいに、遊んでやってたと思っていたのに、気付けばこっちが楽しくなって遊ばれてました、なんて状況は避けなければ。
「でも、なんで神社なの?」
吉川は首を傾げた。
が、次の瞬間には思考が答えに辿り着いたらしい。パン、と手を叩き、
「わかった。神社は二礼二拍手一礼。でも、お寺は合掌して一礼。私を試そうとしたって、そうはいかないわ」
今どき、神社の参拝作法如きでマウントをとる奴なんて、コイツぐらいだろう。
吉川のめんどくさいポイント②(これは完全に私怨)
普段は物静かであるせいか、ドヤ顔してくるとなんかムカつく。俺の前でも淑女であれ。
「あっ、でも……神の前で礼儀を欠くのも悪くない気がしてくるわ……どうしましょう藤本くん。なんだか、体が熱くなってきたかも」
吉川のめんどくさいポイント③
どこでも興奮する
致命的すぎる。
酷く生きにくそうな体だ……吉川の日常に果たして平穏はあるのだろうか?
俺はノートの2ページ目を捲る。
「いいか、吉川。もうお前に一般的な治療法はそぐわないんだ。いきなり神頼みさせるなんて、さすがだよ」
「ありがとう……?」
「褒めてない」
そう、『ここが変だよ! ヨアケちゃん』に記して行くうちに分かったのだ。
──あっ、もうコイツ手遅れだわ、と。
考えてみてください。放課後の人気が少ない時間を選んでるとはいえ、男子トイレに侵入して、おしっこをしちゃうような女の子ですよ?
人の手に負えないでしょうよ。
その結果、2ページ目に書かれた文言はたった一行。
『天に祈るべし』
「じゃあ、まだ日曜に連絡するから」
「わかったわ」
覚悟しろ、吉川夜明。
お前の変態街道は俺が止める。
日曜日。
真っ白なブラウスにロングスカートという、清楚を絵に書いたような服装に内心ガッツポーズを決めた。
ズバリ、120点。
「それだよ。それでいいんだ。お前に無駄な装飾は必要ない。たった1枚のシャツとスカートひとつでレッドカーペットを歩く女優のように美しい。高級ぶどうだってそうだろ?ひと房ごとに木箱に入ってはいれど、決して飾らないシンプルなデザイン。主役は君であり、パッケージじゃないんだ。そうだ、吉川。お前は光り輝くひと房のぶど──」
「最近の藤本くんは饒舌なのね。さあ行きましょう」
最後まで言わせろ。めっちゃくちゃ褒めてんだぞ。なんなら、もう容姿ぐらいしか褒めるとこ無くなってるから全力でフォローしてるんだぞ。
「時期外れな気もするけど、意外と混んでるのね」
訪れた神社は相当立派な本殿を構えており、お焚き上げや、御祈願、厄祓いといった行事を受け付けているらしい。
無論、ここに来た目的は厄祓いだ。
「さあ行くぞ」
「御守りは?」
「後でだ」
小春日和と言う言葉が相応しい昼下がり。
別に神社に用がなくとも散歩がてらに立ち寄る年寄りの気持ちが分からんでもない。
特有と言ってもいい線香や焼香の香りで満たされている。ここが特別とされるのも普段嗅ぐ機会が少ないこの匂いが一因だ。
「では、ここにお名前と住所を書いて待合室でお待ち下さい」
白い装束を着た神職さんに紙を貰い、名前と住所を書き記す。
「なんで厄祓いなの? 藤本くん、何か不幸でも?」
「ああ、今とんでもない不幸が舞い込んでいるんだ」
「なら、今のうちにしっかりやっておいた方がよさそうね」
ぼそっと「神頼みしか方法がないなんて、よっぽど辛い不幸が降り注いでいるのね……」と聞こえた。
そうだ。だが、それも今日でキレイさっぱりだ。
俺の心境は見上げた青空のように清々しく、一点の曇りもない。
どうぞ、と本殿に案内された。
高い位置にある本殿は、神社の鏡内を見渡せるほどで、年甲斐もなくはしゃぎそうになる。
一方、吉川は落ち着き払っていて正座をして俺を待つ姿は、言葉ではなく振る舞いで子供を躾ける母親のようだった。
コホン、と咳をして吉川の隣に座る。
あっという間に同じく厄祓いに訪れた人でいっぱいになった本殿。
現れたおっさんがこの場を取り仕切る宮司であることは間違いない。
間もなくして、ここに来た人達の名前が呼ばれる。かつては住所も一緒に読み上げられるという、クソ迷惑な仕様だったらしいが、近年の情勢的に自粛する所もあるらしい。
「藤本直樹」
俺の名前が呼ばれた。
宮司の威厳ある声で呼ばれると、なんだか別物みたいに感じる。平然としておけばいいのだが、ここですよー、と、ちょっと体を動かしてみたりしたくなる。
それは他の人も同じなようで、変に意識して頭が動いたり、咳払いをしてみたり。あの人なんだろうなぁ、と分かるほどにはその一瞬だけ仕草に現れる。
さあ、順番的に次は吉川だ。
相変わらずピンと伸びた背筋のまま、正面をじっと凝視している。デッサンのモデルとか依頼したら、相当捗りそうだ。
「よし、……よ? よし?」
ん? どうした?
突然宮司がどもり始めた。
まさか、吉川夜明が読めない訳ではあるまい。全部小学校で習うハズだぞ。
辺りがざわつき始める。
「どうしたのかしら?」「トラブル?」「確か、ちゃんとフリガナ振って提出したよね?」
「ゴホン!」
わぁ〜、絵に書いたような『黙れ』のサイン。
宮司の目論見通り、ざわめきは一瞬のものと化した。
改めて紙を見た宮司が名前を読み上げる。
「ヨシリバ・デイ・ブレイク」
「──はぁ!?」
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