第4話 吉川夜明は図書館でナニを揉む?①

 


 ──むにっ


「っん」


「お……おい、吉川……。変な声出すなよ。見つかったらどうすんだ」


「だって仕方ないじゃない……あっ……気持ちイイ」


 昼休みの図書館。奥行きは深く、天井は見上げるほど高い。そんな空間に、規則正しく本棚が並んでいる。

 賑やかさとは程遠い場所であるが、それでも多くの生徒達が訪れている。


 いつ見つかってもおかしくない状況の中。最も死角が多い場所を選び、俺と吉川は隣合って座っていた。

 その距離は肩が触れ合うほど近く、吐息の熱を感じられるほどだ。


 ──ぴちゃ


「あっ……」


 この僅かに湿った水音と、吉川の甘い声が零れるのはもう何度目だろう。その度に、声を抑えてくれ、と耳元で囁いた。


 上気してとろける顔、荒い呼吸、ハーブを爪弾くような優しい指先で吉川はソレを弄っている。


「ねぇ、藤本くん……私もう我慢できないわ。ヤってもいいかしら?」


 身をよじらせて、誘うように覗き込んでくる。


 くっ……吉川ぁ……


「いい──わけないダロォ!?」


「え?」


 俺は吉川がいじり散らしていたスライムを取り上げた。


「ああっ、返して藤本くん!」


「返せるかァ! 一体どこに図書館でスライムを揉み揉みする女子高生がいるんだ!? しかも、いちいち変な言葉選びしやがって!」


 取り返そうと手を伸ばしてくる吉川。

 届かないように半身になってスライムを遠ざけた。


「返してっ!」とおもちゃを取られた犬みたいに必死になっている目じりには涙のような水滴が見える。


「お願いだよ、吉川。図書館でスライムをこねる職人なんて目指さないで……。やるなら科学部にでも入ってください……」


 事の発端は15分前に遡る。


 待ちに待った昼休み。

 空いた腹を満たす為に弁当の蓋を開けたその時。スマホが吉川からの通知に震えた。ついでに俺の体も恐怖で震えた。


『図書館で待ってる。楽しい事が待ってるから、今すぐ来て』


 文面から伝わる嫌な予感。


 楽しい事があるよ、と期待させられて楽しかった試しが人生の中で一度でもあっただろうか。俺の知る限りではそんな経験はない。それがたとえ、吉川夜明という全男子憧れの美少女だとしても、例に漏れるとは思えない。


 訝しげにスマホの画面を睨んでいると、よっぽどの剣幕だったのか、


『般若みたいな顔になってる』


 と追加のメッセージが送られてきた。


 怖っ! いつからこのアプリに顔バレ機能が……


 メッセージ画面の向こう側に、昨日も見せた小悪魔フェイスで笑う吉川の顔が安易に想像できる。


「はぁ……」


 ウインナーをひょいっと口に放り込んで、弁当を片付けた。


 吉川よ、人のランチタイムを邪魔した罪は大きいぞ。食の恨みは時に殺人まで発展する可能性があるのだ。


 しかし、お前の可愛さに免じて一旦不問とする。




 吉川は図書室の入口で待っていた。

 壁にもたれて物思いにふけるような表情は、年上の女を思わせる色気があった。


 くっ……この顔で男子トイレに入ってさえいなければ……っ!


 悔やまれるぞ神よ。どうして美少女と変態をミックスしてしまったのか。よりによって、その組み合わせにしてなくてもよかっただろ。


「あっ、藤本くん」


 こちらに気付いた吉川は頬を綻ばせる。

 つられてニヤニヤしそうになるが、必死に堪えた。


「楽しい事ってなんだよ。図書室なんて楽しいとは真反対の場所だと思うんだけど」


「すぐに分かるわ」


 得意げに鼻を鳴らして吉川は図書室の奥の奥。誰にも目がつかないような死角に潜り込んでゆく。


 嫌な予感は最初からしていたけど、この照明すら届かない陰鬱な場所に連れられると、余計に動悸が止まらない。


 吉川はスカートのポケットに手を突っ込んだ。


「これを見て」


 俺は唖然とした。

 ナゾだ。吉川が手に持っていたのは100円ショップで見る、チープなスライム。


 それをなぜ、嬉々として俺に見せつけるのか。


「まぁ、座って」


 指示されて吉川の隣にかけると、グイッと椅子を近づけてきて肩がぶつかった。


「これはなんの儀式ですか?」


 いつの間にか分厚いカバーの本まで用意した吉川は、机の上にスライムと共に並べた。


 錬金術でも始めるのか……?


「ねぇ、藤本くん」


 俺の名前を呼ぶ吉川は、目を細めて唇に指をあてがった。

 荒い呼吸で肩を揺らし、これから起こる出来事に興奮を抑えられない様子だ。


「イケナイコト、してみない?」


「……へ?」





 そして、15分後──


「返して! 私のスライム!」


「返してたまるか! 図書室でスライムとか意味わからなすぎだろ!」


 俺と吉川は揉みあいになっていた。

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