32:宙に舞い尾をひく銀髪のヌエ
次の日、学校の最寄り駅で電車を降りると、いつものように美晴が出迎えてくれた。
「まーりなっ、おはよ!」
抱きついてくる(下心あり)までがセットである。
「おはよう」
「どうしたの? 何かテンション低いけど」
「詳細は学校着いてから話す」
「そう……」とおもむろに手をどけた美晴は「昨日のこと?」と耳元でささやく。
「うん。ここじゃ話せないから」
「分かった」
美晴でなければ、あのことで不機嫌だったとしても顔や態度に出すことはない。
「ていうか、こしょこしょ話されるとすごいくすぐったいから……!」
「へぇ……耳弱いの?」
どう見てもニヤついているので、ハグと同様『(下心あり)』だろう。
「は、はぁ?」
半分呆れ顔の麻里菜に美晴が追い打ちをかける。耳にかかっている髪の毛を持ち上げ、フゥーッと息を吹きかけた。
「わっ、だからくすぐったいって!」
「へへーん! ……あっ麻里菜」
またも耳元で「顔、赤いよ」とささやく美晴。
「あ、赤いって、それよりホントにやめてー。ムズムズするからぁ!」
右耳をふさぎ、ほてった顔を美晴からそらしてあおぐ。
というか、美晴ってSなんかい。最近すごいからかってくるし、私も私で自分から弱点教えて「ぜひやってください」って言ってるようなもんだし……。
やっぱり――いや、ホントに私のこと好きっぽいんだけど。まぁぼっちでいるよりは、こうやってかまってもらえるからいいか。
麻里菜はリュックのポケットからパスケースを取り出し、美晴と同時に改札を出た。
「昨日美晴が言ってた『妖力でウイルスが見えるようになるのか』についてなんだけど」
学校に着き、朝のホームルームを美晴とおしゃべりしながら待っている。
「分身に聞いたらぐうの音も出ない返しをされちゃって」
「ありゃ」
「妖力と魔力を練り合わせた『妖魔力』ならできなくはないらしい。でも、できたところでウイルスを直接攻撃することはできないから……ね」
美晴はあごに指を当てて、数秒考えこむ。
「そうだね、できないね。あはは……」
「それと、私は美晴と一緒に人間界を護ってくれって言われてるけど、妖魔界からポラマセトが来たからといって、情報提供までしか私たちは関わることはできないらしい」
「そうだよ、妖魔界から来たのに?」
麻里菜は小さく「うん……」としか言えなかった。
私もだよ。何か悔しいよ。
「でも、それ以上踏みこめる可能性はある」
「……そうなの?」
「もしポラマセトを人工的に変異させて、わざとばらまいて、その犯人が『ルイナ』だったら動ける」
キーンコーンカーンコーン
この絶妙なタイミングでチャイムが鳴り響く。美晴の返事が聞けないまま。
「はい、ホームルーム始めるぞー」
「今のはまたあとで」
「うん」
チャイムと同時に教室に入ってきた担任の声によって、お返事は保留となった。
しかし、ホームルーム中の美晴の横顔は険しいままだった。
ネット上ではポラマセトウイルスだけでなく、ある人物が話題になっている。
「ところで、例のネット記事にある『妖魔界とやりとりしている人』って誰なん? そいつがウイルス持ってきたんじゃね?」
この投稿が発端となっているようだ。
蓮斗が書いたネット記事には、『この記事を書くにあたって、知り合いの妖魔界とやりとりしている人から入手した資料(以下の画像とPDF)を基にしています』という前置きがしてある。
記事を書いた人も『妖魔界とやりとりしている人』も、ネット上では年齢不詳。もし『妖魔界とやりとりしている人』が高齢なら、その可能性はある。
「だから……かかる人を特定するような変異の仕方は普通じゃないんだって。しかも私は高校生なんだから、かかって広めることもないんだって」
麻里菜はひとりため息をついた。
翌日。いつもどおりの朝。
定刻どおりに着いた電車のドアが開く。……いつもの美晴の姿がない。
あれ、遅刻? 休みか?
すると、ホームで放送が流れる。
「下り方面の電車は、先ほど西川口駅にて非常停止ボタンが押されたため、七分遅れで南浦和駅付近を走行しております。お急ぎのところ、電車が遅れまして申し訳ございません」
ありゃりゃ。七分遅れなら待ってあげてもいいけど、先行っちゃってもいいか。
だが、美晴は朝のホームルームが終わっても現れず、担任から休みの報告もないままだった。
◆ ◇ ◆
美晴は家から最寄りの西川口駅で電車を待っていた。麻里菜とは違い、余裕をもって駅に到着している。
英単語帳を開く美晴の目は真剣そのものだった。
カン、カン、カン、カン
規則正しくコンクリートの床を叩く音が、こちらに迫ってきている。点字ブロックの直線の方を踏みながら歩く男性の手には、白杖が握られていた。
あの感じだと結構見えてなさそう。よけないと。
美晴は数歩後ろに下がり、また英単語帳に目を落としたその時。
「うわぁ!」
「きゃあ!」
男の人の悲鳴のすぐ後に女の人の悲鳴が続き、にぶい音が耳に入った。美晴は脊髄反射でそっちを向く。
数秒前までいた白杖の男性がいなくなっていた。
ホームドアは点検中で、常にドアは開いたままなのだ。
まさか。
「まもなく二番線に、普通 大宮行がまいります」
電車の接近放送が流れる。
「誰か線路に落ちた!」
すぐそこに電車が来ちゃってる! どうしたら……!
美晴はそばにある柱を見上げると、非常停止ボタンに目がいった。そのボタンを押すとすぐに、バッグと単語帳を置いて駆けだした。
ブザーが鳴り響く中、美晴は額に手を当て小さな声で唱える。
「妖怪変化!」
踏み切って宙に浮かび上がった美晴の結われた髪が解かれ、銀色に変わっていく。強く封印が解除されたため、タヌキの耳とヘビの尾も顔を出す。
第三の目が開眼された。
美晴の桔梗色の目は『人間』をとらえていた。落ちていたのはやはり白杖の男性だ。
地上の線路に降りても感電しないって聞いたことあるし!
うまく枕木との間に着地した美晴は、白杖をホームに置きながら「ホームに運びますね」と声をかける。
「う……ああ」
うつろながらも返事ができているのを確認し、男性をお姫様抱っこする。「せーの」の合図で、なんと美晴は跳び上がった。
明らかに自分の体重を超えているであろう男性を持ち上げるどころか、ジャンプしてホームに上がろうとしているのだ。しかし見事に両足で着地を決める。
妖力がなせるパワーである。
「下ろしますね」
ゆっくりと足から男性を横たわらせたところで、ブザーを聞きつけた駅員が何人か駆けつける。
「線路に落ちた」と叫んだ男の人が、駅員の一人に報告した。
「あの髪の長い子が、この人を線路から出してくれました」
「ほ、ホントですかって、えぇっ!?」
駅員の視線の先には、制服とは似つかない銀色の髪に、丸い茶色の耳と鮮やかな緑のヘビが生えた少女がいるからだ。
「どこが痛いですか?」
「ひ、左肩が……」
うん、しゃべれてる。
男性は痛みで、目の前の女子高生の見た目など気にしている場合ではないだろう。
ようやく美晴が駅員の存在に気づき、第三の目を封印した。
「君が、この人を線路から?」
「……はい」
「お礼は言うけど線路の中は危ないから入っちゃダメだよ」
「分かってます」
そんなの幼児でも分かるから。
「自分の持つ力であの人を助けたかっただけです」
明るい茶色の瞳は澄んだまま、おじさん駅員の目をまっすぐ貫く。
線路内に人転落があったのにも関わらず、ダイヤの乱れはたった七分にとどめられた。
美晴は非常停止ボタンで止めてしまった電車に乗りこんだ。
◆ ◇ ◆
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます