31:私たちの使命が向かう先に……

 果たして、このことは言うべきだろうか。

 麻里菜は勉強机にひじをつき、傍らにサフィーを置いて考えていた。


「本当に生物兵器バイオテロだったら大騒ぎのほどじゃない」


 さっき調べたところ、生物兵器の保有すら禁止しているらしい。そりゃあそうだよ。

 しかもアメリカに旅行しに行った日本人が、現地でポラマセトウイルスを発症して病院が大混乱していると。


 ついに海外に持ちこまれてしまったのだ。


「持っちゃいけないっていう約束なのに、持ってるどころか使っちゃってるから……」


 じわじわと広がりつつあるヤツに、麻里菜は妖魔界と繋がる者として焦りしかない。

 マイは『麻里菜が人間界に持ちこんだ説』を否定したが、必ずしもそうであるとは限らない。まだ決定したわけではない。


 無意識でL|NEを起動させるが、すぐに閉じてしまった。が――


 ピコン


 今まさに閉じたばかりのL|NEのアイコンに赤いバッヂがつき、画面の上の方にバナーが表示される。


美『まりな、これから通話できる?』


 いつもと変わらぬ文。美晴からだった。


麻『いいよ。ちょうど暇だったし』

美『わかった! 今からかけるね!』


 おそらくいつものように「寝る前に麻里菜の癒しの声を聴いてから寝たい!」という理由だと思うのだが。

 ……果たして、美晴からあの話題をふられても言うべきだろうか。


 そんな迷いを断ち切るがごとく、着信音が鳴り響く。


「はいはーい」

「よかった〜出てくれたよ〜」

「ん? 通話オッケーって言ったんだから出るよ」

「いや、分かってるんだけど……。何か今日は出てくれない気がして」


 妙に勘がいい美晴のことだから……何か感じてる?

 まぁ、いい。


「ところで、インスタの投稿は大丈夫だった? 返信とか捌ききれた?」


 返信がたくさん来て通知が止むことがないと言っていたからだ。


「もちろん無理だから、今日、もう一個投稿しておいたよ。『昨日の投稿についてですが、他の方のご意見のとおり、もう少し発言に気をつけます』って。DMは基本的に無視してる」

「そうだよね。その投稿でまとめてっていう感じかぁ。クソリプとかで傷ついたりしてない? 大丈夫?」


 たくさんの『いいね』がついたり拡散されたりしたものは、何かしらイチャモンをつけたい人の目にも止まる。


「全然大丈夫! だいたい意味不だから! ……ていうか女王様すごいね! ポラマセト……ウイルスだっけ?」

「そう。ポラマセトウイルス。本来は抵抗力がかなり弱った人にしかかからないし、症状も出ないウイルスらしいんだけど」

「そうなの? それなのに何でお年寄りばっかかかるの? 私たちの年代にも体の弱い人とかいるのに、何でかからないんだろ?」


 いきなり核心をつく質問をされ、麻里菜は少し言葉に詰まってしまう。

 いつもの授業中も思うけど、やっぱり頭がいいし回転も早いんだなぁ。


「何でかはまだ分からない。でも……言っていいのかなぁ……」

「何が?」

「憶測にすぎないけど、分身が言ってて……」

「……そんなに言いづらいやつ?」


 麻里菜は小さく「うん」と言い、唾を飲みこんだ。


「いや、一応美晴の耳に入れておくね。……ウイルスって人から人に感染する時に、変異することがあるんだよ」

「じゃあそれでお年寄りだけに?」

「ううん、そうやって自然に変異したんじゃなくて、人工的に変異させたんじゃないかって……」


 美晴は「人工的に……」と反芻はんすうしたあと、ヒェッと叫び声にもならぬ音を出す。


「それじゃあ誰かが意図的にやったってことでしょ? わざとってこと?」

「かも……しれない」

「えっ、ヤバいって、ヤバい!」


 布団をガバッとはいだような音が、スマホのスピーカーから麻里菜の耳に届く。

 眠気覚ましちゃったか……?


「あ、あくまでも憶測だからね。決まったわけじゃないし……」

「ぜったいそうだよ! 今まで女王様が言ってたこと外れてないじゃん!」

「まぁ、根拠のないことは言わないから、よく当たると言えば当たるけど」

「麻里菜ぁ……これホントだったらどうするの?」


 妖魔界女王のマイから頼まれているのは、テロリストから人間を護ること。事件が起こる前、または起こっても最小限に食い止めるというものだ。ウイルスから人間を守ってくれとは言われていない。


「私たちは『ルイナ』から人間を護るってことしか言われてないんだよ。ポラマセトから守れなんて言われてないし……」

「でも、妖魔界から出てきちゃったウイルスなんでしょ?」


 マイから頼まれていないことを勝手にやるのにはどこか迷いがある。


「もし分身からそう頼まれたとしても、そんな目に見えないものからどうやって守れば……?」

「そういうことだよね。妖力とかで見えるようにはならないの?」

「……考えたことなかった。聞いてみる」


 時間も遅いので、二人は「おやすみ~」と言い合って通話を切った。

 スマホの代わりにサフィーを持ち、麻里菜は声を吹きこむ。


「あのさ、美晴から『妖力でウイルスって見えるようにならないの?』って聞いてきたんだけど、そんなことってできる?」






「妖力じゃなくて『妖魔力』ならできないことはないけど、見えたところでウイルスを攻撃できるものがないとね。と言っても直接攻撃するにはミクロサイズに小さくなきゃできないから、実質不可能」


 マイから返ってきたのは、切り捨てるような答えだった。


「じゃあまた聞くけど、私と美晴は『ルイナ』だけじゃなくて、ポラマセトからも人間を守らなきゃいかないの?」


 ナルコレプシーの薬が切れてきて睡魔に襲われつつも、麻里菜はイスに座ってスマホを見てなんとか耐えている。二分ほどして返事がきた。


「さっき人工的に変異させたかもしれないって言ったでしょ? それが『ルイナ』の仕業だったら私たちが動かなきゃいけない。でも、そうじゃないなら人間界の警察に任せるしか……」


 生物兵器を作ったのが『ルイナ』だったら、人間界を護るっていう使命――アルカヌムの巫女の使命の中に入るけど、そうじゃないなら何もできないってこと?


「なにそれ」


 麻里菜は長いため息をつく。


「確かにそうだけどさぁー、こんだけポラマセトのために動いたのにそれ以上のことができないって、うそだろぉ……。何でそういう…………はぁ」


 なんとなくカーテンを開けて空を見上げる。湿気のせいで夜は曇りがちな季節だが、うっすらと半月が見えている。日ごとに形を変えながらも、障害物さえなければ誰でも見られる月。


「ウイルスって平等じゃないのかよ……」


 妖力が覚醒した時に見えた月よりも、その月は小さく冷たく見放しているように感じられた。

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