33:そういうのはいいから放っておいてくれ。
麻里菜の顔はたちまち青くなった。
この投稿につけられた動画。かなり見覚えのある人が映っていた。顔も隠されておらず、そもそも着ている制服で特定は容易い。
「…………美晴」
しかも彼女は変化している状態で、妖力を封印するその瞬間までばっちり押さえられている。
「昨日の遅延、美晴が人助けをしてたからなんだ……」
あの後一限の途中に美晴が遅れて学校に来たが、電車の遅延ということで麻里菜も詳しく尋ねようとはしなかった。まさか妖怪に変化して線路に飛び降りて、転落した人を助けていたなんて考えもしない。
変化が銀髪までならまだ『髪を染めている女子高生』で済んだが、耳とヘビつきではそうはいかない。『化け物』である。
あっ、だから帰りの電車で何か視線を感じたのか。
L|NEで美晴に何かを送ろうとしたその時、向こうからちょうどメッセージが来た。
『麻里菜…ごめん。人前で妖力使っちゃった…。しかも顔までバレちゃった…』
『しょうがないよ。バレたからって私も分身も、美晴を責めないよ』
とっさに思いついた言葉で美晴を励ましてみる。
『ただバレるだけなら、この間妖魔界に行って覚悟してきたばっかだからいいんだけど…』
『うん』
しかし、既読がついて一分経っても『…』のあとのメッセージが来ない。美晴はフリック入力が速いはずだ。
『どうした? 大丈夫?』
『ごめん、やっぱり通話しよ?』
そんなにダメージが大きいのかと、麻里菜の胃までキリキリと痛んできた。
すぐに電話がかかってくると、麻里菜はつばを飲みこんでから応答ボタンを押す。
「はいはーい」
「ま……麻里菜……」
美晴は鼻をすすり、涙声だった。
「……たぶんうちの学校の人だと思うんだけど、たまたま見ちゃったの。うっ、うぅぅ……私がレズビアンだってこと、キモいとか人生終わってるとか書かれて……」
は、はぁ? マジかよ。
「どういう書かれ方したのかはその投稿見ないと分かんないけど、それはないよ。それで泣いてるの?」
「うん……。あの時に言われたことを思い出しちゃって」
「そうだよね」
麻里菜が患っている睡眠障害・ナルコレプシーも、なかなか他人に理解されにくいもので、特に頭の硬い顧問には最後まで理解してもらえなかった。『居眠り=やる気がない、我慢が足りない』で通ってきたからだろう。
「前に話したことあると思うけど、私は中学の時に睡眠障害でいじめられて二回不登校になった。今も時々思い出してつらいって感じる時もある。でもさ、言われた言葉を受け流すことも必要なんじゃないかなって。もう分かってるかもしれないけど」
「それが受け流せないの。どうしたらいい?」
うう、困った。私は病気だからって開き直れるんだけどなぁ。
「そっか……じゃあ」
麻里菜は思い切って言ってみることにした。
「いくらレズビアンのことを悪く言われても、私はそんなこと思ったことないし、私を好きならそれでいいじゃん。誰に何言われようと関係ないし、他人にあれこれ言われる筋合いはないよ」
それっぽく言ってみたけど、ちょっとくさすぎたか。
しかし美晴に「うぅぅ……やっぱり麻里菜好きだよぉぉぉぉ!」と大泣きされてしまった。
「だってそうでしょ? それこそ放っておいてくれっていう話。ね?」
「うん」
麻里菜もあれこれと言ってくる同級生に「そんな私の粗探ししてる暇あるなら、自分の楽器の練習すれば?」と突き返したことがある。私が寝てても放っておいてくれ。私が何回寝たか数えてる暇あったら、少しでも授業聞いてテストで点取れよ。と。
ちなみに美晴が見た例の投稿は、『これ、うちの学校にいるレズじゃん! 立てこもり事件の犯人捕まえたからって、調子に乗って同じクラスの人とベタベタしてるのマジ無理! キモいし、男を好きになれないとか人生終わってるww』だった。
その週のうちに、これを投稿した生徒は親とともに呼び出しを喰らい、一週間スマホを学校に没収されたのであった。
それだけではなかった。美晴が人前で変化したことにより、ネット上で話題になっていた『妖魔界とやりとりしている人』が美晴ではないのかとうわさされるようになったのである。
麻『うわぁ、美晴が妖魔界からウイルス持ってきたんじゃないかって言われちゃってる』
蓮『そうなんだよ。俺が書いた記事から抜き取って、「妖魔界とやりとりしている人がウイルスを運んできた」って前々から考えられてたらしいから』
美『違うのにー! 何でー?』
麻『やっぱり異世界と関われるのは普通の人じゃないって考えるからね。そうなるかぁ』
確かに普通ではない。正解である麻里菜は、人間界と妖魔界を自由に行き来でき、魔法も妖力も使え、妖魔界の女王と同一人物である。
むしろこんな人など他にいたら会ってみたいほどだ。
蓮『それは勝手に言わせるとして、麻里菜からもらった資料をもとに考えてたんだけど、妖魔界より人間界の方が技術って進んでるんだよな?』
麻『そうだよ』
蓮『それなら人間界にあって妖魔界にないものなら、ウイルスを死滅できるかもしれない』
美『マ?』
麻『マジで!?』
どうしたらそんな発想になるんだよ……。
蓮『女王に相談してくれないか? ポラマセトウイルスが苦手なものというか、弱点というか』
麻『なるほど……言ってみる』
ここ二週間ほど蓮斗から目立った情報は入ってきていなかった。そのことを考えていたのかもしれない。
麻里菜は雪の結晶型ペンダント・サフィーに、声を吹きこんだ。
「蓮斗が『人間界にはあって妖魔界にないものなら、ウイルスを死滅できるかも』って言ってたの! ポラマセトがこういうのに弱いとかあったら教えて!」
そしてマイから返ってきたのは意外なものだった。
「あるにはあるといえるかもだけど、重要な情報が手に入ったからこっち来てくれる?」
わざわざ呼び寄せるということは、かなり重要なことなのだと確信する。
ぜひ人間界にも広めてほしいという情報だという。そんなに重要な情報なのに広めて大丈夫なのか?
麻里菜はいつものように王城の医務室に赴き、白衣姿のマイと対面する。
「まずは麻里菜からの質問に答えようか。あるにはあるって答えたけど、ポラマセトはどうやら電波に弱いらしいの。電波っていっても特定の周波数に限るんだけど」
「電波に弱いなら、人間界じゃすぐにポラマセトなんて殺せちゃいそうだけど?」
「それが違うの。弱かったはずなんだけど、遺伝子操作で耐性がつけられたらしい。それで電波には強くなっちゃって」
マイは「遺伝子操作の話が出たから言っちゃうけど」と前置きをして続いた。
「人間界から戻ってきた、元『ルイナ』の組員からついに吐かせられた。やっぱりポラマセト、バイオテロのために妖魔界から持ち出したんだって!」
「やっぱりかぁ……!」
ついに口実ができあがった。麻里菜の中でもやもやしていたものが一気に吹っ切れる。
どうして高齢者をターゲットにしたのかは、まだ分かっていないらしいが。
この後、マイは妖魔界で行った新型のポラマセトウイルスへの実験結果を話してくれた。
まず、遺伝子操作されたウイルスの耐性をなくすには、遺伝子そのものを壊せばいいと考えたらしい。もともと弱点である電波に、ノイズを加えることで遺伝子を破壊し耐性をなくせることを発見したという。
周波数が高いほどノイズが出やすいので、より強いノイズを求めた結果、妖力で練り上げた『音』が一番高いものだと分かった。
「さっき私も一瞬だけやってみたけど、普通にできたから麻里菜もできると思うよ」
「いやいや、妖力で音を出すってやったことないんだけど」
麻里菜は左手を裏ピースさせ、立っている二本指の間に電流を走らせた。
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