28:姉(魂)と妹の初顔合わせ!(後編)

 マイは往診の時に使う診察カバンから、メモ用紙くらいのサイズの紙を二枚取り出す。もっとマシなバッグなかったのかよ。


「ぜひぜひ二人には、妖魔界でしか食べられないものを味わって欲しくて。だからあえて家庭料理も混ざってるよ」

「それって、これのことだよね?」


 麻里菜は大きめの器に入った、具沢山のスープを指さした。

 覚えてる。これはミレガノッシュっていうやつ。鶏ガラベースにじゃがいも・にんじん・きのこ・ほうれん草(いずれも『みたいなやつ』)がさいの目切りにされてるこのスープ。

 ここは内陸国だから、やっぱり山の幸がうまいんだよね!


「私とマイが分かれる前、魔法学校の近くのお店で食べたスープってこれ?」

「あっ、覚えてた? そう、そこの店長こそがこのメニューを一緒に考えた、うちのシェフだよ」


 え、えぇっ⁉︎ めっちゃ出世したじゃん!


「ということで、これはこの国では有名な家庭料理の『ミレガノッシュ』。主菜は隣の国から取り寄せた――」


 一つ一つあらかた説明すると、「じゃあ詳しくは食べながら。冷めないうちに召し上がれ」と、にこやかに促した。


「「「いただきまーす」」」


 似た顔ものどうし三人は、人間界の作法で食べ始める。

 






「それじゃあ、本題に入るよ」


 食事も半分ほど終えたところで、マイが話を切り出した。


「麻里菜からの話だと、『ルイナ』から人間界を護ることをすんなり受け入れてくれたって聞いたけど」

「すんなり、というよりかは『そうせざるを得なかった』だけかな〜」


 美晴としては、「テロ組織に目をつけられたし、妖力も持ってるからちょうどいい」という口実にしか聞こえないだろう。


「私はもうn回目だから抵抗ないけど、やっぱり嫌だよね……。昨日、言葉に詰まってたし」

「麻里菜も最初は嫌じゃなかったの?」

「最初……まだマイと分かれる前だけど……それをできるのは私しかいなかったから、運命さだめだと思って受け入れたよ。嫌ではなかった」

「……そうだよね。麻里菜もそうだったんだ。いっしょだ」


 美晴はほぼ冷めきったスープの手を止めて、切なそうに笑う。


「でも、もし私が麻里菜の立場だったら、その『最初』の時は麻里菜みたいに受け入れられなかったかもしれないなって。私は、麻里菜と一緒だからやりたいって思ったの。麻里菜と一緒なら……ね」


 マイは「なるほど。ずいぶん麻里菜を信頼してるんだね?」と口角を上げる。

 ホントだよ……私もここまで頼られてるとは思ってなかった。


「こっちは頼む方だから『やらせられてる』っていうのは嫌なの。とりあえずは大丈夫そうかな」


 麻里菜もマイも、美晴に協力をお願いしようという話が出てから、ずっとそれを気にかけていた。

 いくら『アルカヌムの巫女』という特別な存在だからといって、必ずしも特別なことをやらなければならないことはない。 何事もなければ普通の生活をしてもいいのだ。……何事もなければ。


 妖魔界に何度も行ったことのある麻里菜ならまだ分かる。だが、妖力が目覚めたばかりの、しかも知ったばかりの異世界から来てしまったテロリストだなんて、そんな話はない。


「それともう一つ。これは麻里菜でさえ動揺してたことだけど、自分たちが妖怪だってバレそうになった時、美晴はどう思ってたの?」


 犯人が妖魔界のことを供述し、おとといのニュースで報道されてから瞬く間に状況が変わった。お互いの気持ちを整理するため、通話を切ることになってしまった。


「もし顔までバレちゃったらっていうのを考えてて。きっと、街ゆく人たちが向ける視線は痛くなるだろうなって。そう考えてたら、小学生中学生の時に『レズ』って馬鹿にされたことを思い出して苦しかった……」


 ああ……その時に向けられた視線……奇異な目で見てくるのが一緒だってことか。


「マイ、もし私がああいう過去を持ってたら、私へのアドバイスは変わってた?」

「そうね……でも、麻里菜もナルコレプシーでおんなじような境遇だったわけだけど……」


 マイはステーキをもぐもぐしながら、目線を斜め上にそらす。


「でも、変わってなかったかな。麻里菜だから。美晴にアドバイスしろって言われたらたぶん変えてた」

「私と美晴じゃあ何が違う?」

「麻里菜は生まれてからずっとの関係だから、ここまで言っていいっていうのが分かってる。でも美晴はまだつかめてないし、聞いてる感じ、麻里菜よりはメンタル弱いかもなぁって」


 美晴ははぁ……とため息をつき、「確かにメンタルは弱いな〜。麻里菜が強いってのも、あの事件で痛感したし」と苦笑した。

 麻里菜のメンタルが強いのは幼い時からだったらしいが、妖魔界と人間界を護る旅を(マイが)して、より強くなったのだと麻里菜は考えている。


 そりゃあ犯人目の前にして、降伏させるよう誘導するなんて、普通じゃできないかも。私だってマイがあの旅をしてくれなかったらやろうとしなかったし。


「話を戻すけど、 美晴が妖怪だって知れ渡っちゃってもいいと思ってる? それとも、それは絶対に避けたい?」


 最後に、マイは二人が直面している問題についてふった。麻里菜はマイに諭されてからは、『知れ渡ってもいい』と思っているが。

 今日の話を聞く限りでは『絶対避けたい』ように思える。


「うーん……麻里菜はどうなの?」

「私がこうだからっていうのに関係なく美晴の気持ちを聞きたいから、言わない」


 マイは少し驚いたような顔をして、麻里菜を見てうなずいた。


「クラスの人はもう分かってるし、先生も分かってるし、あの場にいた警察の人だって知ってる。だから……もう隠さなくてもいいかなって。結局はそう思ったよ。 一人だと怖いけど、麻里菜が一緒なら心強い」


 半ば諦めだった。麻里菜も美晴も、行き着く先は同じだった。

 おそらく今ごろ、ネット上にいる特定班が二人のことを暴こうと、あの手この手を駆使しているだろう。さすがに蓮斗が一人で守りきるのは限界がある。


「人間界って人間と喋れる生き物が人間しかいないからさ。妖魔界みたいに色んな生き物がいればいいのにね。『伝説上の生物が実は存在していて、しかも喋れる』だなんてこと、日常茶飯事だから」


 マイの皮肉に「それなー」と棒読みで返した麻里菜は、「多様性の欠片もない」と皮肉の代弁をしたのだった。

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