27:姉(魂)と妹の初顔合わせ!(前編)

「ふあぁ……めっちゃ眠い。結局 平日起きる時間と一緒じゃん」


 ただ今の時刻は午前六時半。妖魔界の時刻は午後六時半。土曜日なのにゆっくり寝られない上、平日の疲れで麻里菜の目は意識しなくとも死んでいた。


「何でちょうど時差が十二時間あるんだよ……。ふあぁ」


 起き上がってから三十秒もしないで二度目のあくびをする。

 朝食という名の夕食は向こうで用意されているらしく、ご飯を食べる時間がカットできるだけまだいい。


「美晴は朝強いし、もうお父さんの朝ごはんとか作ってそう。洗濯とか」


 着替えて歯磨きをして顔を洗うものの、まだまぶたは重たいままである。別名『居眠り病』とも言われるナルコレプシーのせいだ。


「いちおう八時間は寝たんだけどなぁ。話し合いの途中で寝たらやばいから、薬持っていかないと」


 昨日用意しておいたバッグに突っこみ、リビングの掛け時計に目をやった。


「あと五分」


 麻里菜はバッグとスマホを持って自分の部屋に戻る。美晴にL|NEで『今から行くよ』と送ると、数秒で返事が返ってきた。


『こっちも準備万端!』


 やっぱり、朝型人間のテンションは違うなぁ。……人間じゃないけど。

 麻里菜はスマホをポケットにしまうと、右手を額に当てる。目を閉じ、封印にこめられた妖力を引きはがすようにすると、カッと目を開いた。


「妖怪変化!」


 手を離し第三の目が現れたとたん、髪は根元から色素が薄れて金色になり、瞳はフェードがかかるようにして紺碧こんぺき色へと変わっていく。


 妖怪の姿にならないと魔法は使えない。いや、ふとした時に間違って魔法を使わないよう、第三の目で魔力も一緒に封印していると言ったほうが正しいだろう。


 麻里菜は、美晴の家の三階にある防音室を頭に浮かべる。この場所から見えないところに行くには、なるべく具体的に行きたい場所を想像しなければならない。

 瞬間移動の呪文を唱えた。


「モメート・モービレ!」


 麻里菜の姿が一瞬で消え去った。






「っと……あ、ちょっと失敗」


 惜しくも、麻里菜が降り立ったのは防音室のドアの目の前。部屋の外だった。

 おそらく中にいるであろう美晴に向かって、ドアをノックする。ドアノブのハンドルが下がった。


「なにー? って、麻里菜!」


 美晴は茶色の髪をいつものようにポニーテールにし、フリルがあしらわれたワンピースを着ていた。首には金色の鎖の懐中時計がかかっている。


「ごめん、一メートルくらいズレた」

「えっ、そんなに瞬間移動の魔法って難しいの?」


 お互いに笑いながら部屋の中に招かれる麻里菜。


「そうだね。これくらい遠いところだと、魔法学校の先生でさえちょっとはズレるよ」

「じゃあ麻里菜はすごい方なの?」

「たぶん。あと三十センチズレたら壁の中にめりこんでた」


 タイムラグのあと、美晴はこらえきれずに吹き出した。


「か、壁にめりこむとか……! マジで……⁉︎ 麻里菜が壁の中に……!」

「えっと……かなり馬鹿にしてる?」

「してないって! でも、壁にめりこんで出られなくなってる麻里菜を想像したら……ちょっと、やばい!」


 確かに魔法を使えない人からしたら、瞬間移動してきた人が失敗して壁の中でしゅんとしているのって、わりと滑稽だよなぁ。私はいつも成功するか、めりこみ回避をしているんだけど。


 数十秒経って美晴が落ち着くと、「ごめん、麻里菜。妖魔界に案内して」と手を合わせた。


「よし、じゃあここの真上に妖魔界への道を開くよ」


 うなずいた美晴は麻里菜の手を握る。

 麻里菜は首からサフィーを外すと、左手に持ち替えてまっすぐ上に掲げ、唱える。


「我はアルカヌムの巫女なり。我の力を使い、道を開き給え」


 防音室の天井に直径二メートルほどの黒い穴が現れた。


「うわぁ…………!」


 黒々とした穴を見上げ、興奮している様子の美晴。

 麻里菜の手からサフィーが浮き上がり、二人を先導するかのように穴の中へと入っていく。次の瞬間には、二人の姿は穴の中だった。






「着いたーーーー!!」


 二人は『道』からスタッと降り立つ。数十メートル先には王城の門が見えている。すでに王城の敷地内に入っている。


「私がちっちゃい時に行ったイタリアみたい!」

「それってお母さんの演奏旅行みたいなやつ?」

「そう! 懐かしいな〜」


 海外にも演奏しに行っていたという、プロフルート奏者の美晴の母。かなりの実力の持ち主だったのだろう。


 門の近くまで歩いていくと、門番に声をかけられた。


「麻里菜様ですね。お連れの方は?」

「妹です。ついに人間界で見つけたんですよ」


 二人いる門番の両方が固まった。


「い、妹ということは……フェリミア様?」

「ほ、本当ですか……って、その懐中時計は!」


「麻里菜〜、そんなにびっくりされることなの?」

「そりゃあびっくりでしょ。まず人間界に流しておいて今も生きてること。それに美晴は妖魔界への道を開けないのに、今ここにいること。あと、アルカヌムの巫女が二人そろっていること」


 そっか、と美晴はケロンとした様子である。


「どうぞどうぞお入りください」

「次からは美晴って呼んであげてくださいね」

「承知いたしました」


 去り際に一言添えた麻里菜は、美晴とともに王城へ入っていった。






 麻里菜たちは王家に勤める使用人の案内で、応接間に案内された。

 真ん中に円いテーブルが置かれていて、同じ形のイスが三つ、それを囲んでいた。


「どうぞお座りください」


 本来、食事も兼ねた話し合いをする時は長方形の長テーブルを使うらしいが、なぜか今日に限ってこれらしい。

 角がない、まるい、上座・下座がない。おそらくマイの計らいなのだろう。


「ごめん、お待たせ」


 そう言って颯爽と現れた女王に美晴の目は点になる。麻里菜は少しにやけている。

 マイはイスに座らず、美晴のもとへと歩んでいく。


「はじめまして。よろしく」

「高山美晴です。よろしくお願いします」


 握手を交わして軽くハグをすると、マイは自分でイスをひいて座った。


「麻里菜と話すからって思っていつもの格好で来ちゃったけど、ドレスくらいは着たほうがよかったかな?」

「まぁ、いいんじゃない。美晴、マイってこういうヤツだから」

「あっ、はい。女王様なので、たいそう煌びやかなお召し物をされるのかと思っていました」


 美晴が驚いていたのはそれだけではない。


「そんなにかしこまらないで。私がタメ口なんだし、美晴もタメ口で全然いいよ。私のことも気軽に『マイ』って呼んで」


 まるで初対面の同級生と話しているような感覚なのだ。確かに同級生であることは間違いないが、女王だということを忘れそうになるのである。

 麻里菜と同一人物のはずなのに、話し方や声のトーンも違っている。そこは女王らしいところだと美晴は思った。


「そろそろ料理が運ばれてくると思うよ。二人ともお腹空いたでしょ?」

「やった! 何が出てくるかなぁ」

「妖魔界初の食事が、こんなところでの食事だなんて」


 起きてから一時間経つので、さすがに腹の虫が鳴き出した。


「お待たせいたしました」


 さっき入ったドアが開き、そこからおいしそうな匂いが漂ってくる。


「あっ、言っておくけどコース料理とかじゃないからね。でも、いつも私が食べてるものよりはいいやつだから」

「美晴、言っておくけど、三度の飯で朝と昼はマイが自分で作ってるんだよ。そういう感覚だからよろしく」


『妖魔界一、一般人に近い王様』と言われるとおり、女王でありながら豪華絢爛な生活をしていない。自炊をし、一般人と変わらない服を着て、医師として社会に貢献する。


「……いい意味で女王様らしくないね」

「どうしてこういう生活してるか、聞きたい?」


 目の前に次々と料理が到着しながら、マイは美晴に尋ねる。自分から話したさそうな感じなので、美晴は少し困り顔でうなずいた。


「それはね、自分が暴走しないようにコントロールしてるからなんだよ」

「ぼ、暴走……?」

「麻里菜から聞いてると思うけど、麻里菜の身体から離れる前までは、もちろん普通の一般人として生活してた。けれど、妖魔界に来てからは衣食住のすべてを王家に保証してもらってたの。お金には困らないから、ついつい貧しい人を見下すようなことを言いそうになっちゃって。それから自分が怖くなった」


 マイは手のひらを見つめた後、ぎゅっと噛みしめるように握った。


「だから、お金を稼ぐ大変さを知りたいと思って医者になった。女王になってからも一般人の感覚を忘れないように、医者を続けて、自分でご飯を作って、稼いだお金で生活をやりくりしてるんだ」


 美晴はこの目の前の人は本当に女王なのかと疑った。また疑いたくなった。豪華に着飾って一流シェフの料理をたらふく食べ、威張り散らすのが王ではないのかと。

 庶民の心を忘れない努力をしているこの人に、美晴は激震した。


「それでは本日のお料理のご説明を――」


 テーブルにすべてが並び終え、使用人が言おうとしたところ、


「あっ、いいですよ。私が説明します」

「かしこまりました」


 マイが制止し、「またあとでよろしくお願いします」と使用人を見送ったのだ。


「このメニュー考えたの、私だから。うちのシェフと一緒に考えた料理だから、私が説明したほうが早いでしょ?」


 できることは自分でやってしまうのも、女王らしくない。


「ふん……相変わらずマイらしいね」


 腕を組んでイスに寄りかかった麻里菜は、マイの先の言葉をよだれが垂れそうになりながら待つのだった。

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