19:高校生ハッカー&情報屋・蓮斗

 麻里菜は洗面台の鏡を見ながら歯磨きをしていた。さっき直したはずのアホ毛がまた起立している。


「今朝やっとあいつから返信が返ってきてさ」

「あいつ……あぁ、レント君だっけ?」


 美晴が見せてくれたスマホの画面には、左上に『蓮斗』と表示されていた。


『午前中ならいつでも来ていいよ。午後からは寝る』

 ……らしい。


 口をゆすぎ、しっかり話せる状態にする。


「どんな人なんだろ……。ハッカーやってる人なんて想像できない」

「ハッカーって言っても見た目は普通だよ。ただ、通信制の高校だからかあんまり校則がなくて、そこら辺の男子高生よりは髪が長めかもしれないけど」

「ふぅん」


 美晴はスマホをポケットに入れ、ポニーテールをしばりなおした。






 今日は曇っているが、雨が降りそうなどんよりとした雲ではない。一日中こんな天気だろう。

 美晴の家の敷地から出た瞬間、向こうが手を出てきた。


「麻里菜、手つなごう」

「つ、つなぐの?」

「だって告ってオッケーしてくれたじゃん」

「オッケーとは言ってないんだけど……いっか」


 差しだされた手をにぎりかえす麻里菜。


「違う違う、恋人つなぎで!」

「恋人つなぎ……?」

「こうだよ」


 ひじを曲げて手が見えるようにしてから、美晴は自分と麻里菜の指を絡ませるようにしてにぎった。

 これがそうなのか! 学校の最寄り駅の周りで見かけるカップルがやってたやつ!


「やっぱりいいね〜最っ高」


 私も……嫌じゃないしこのままでいっか。

 しかし、つないでいた時間は二・三分ほどだった。蓮斗の家は、美晴の家の裏の通りだからだ。


 ピーンポーン


 インターホンを押すが応答はしてくれない。こちらに歩いてくる音がして、ガチャっとドアが開いた。


「来たか」


 ドアガードをしている。防犯のためにはした方がよいと言われているが、実際にしている人を見たのは初めてだ。


「やべぇ話っぽいから中入れ」


 ドアガードが外され、家の中に招かれる。


「「おじゃまします」」


 靴を脱ぐと、蓮斗は玄関のそばの階段をのぼっていく。


「俺の部屋。ここなら大丈夫だろ」


 暗い廊下にまぶしいほどの光が差しこむ。麻里菜の『ハッカー』というイメージが覆された。


 暗い部屋でパソコンの光だけが唯一の照明……ではなく、オタクな私物で散らかっていないどころか、女子である麻里菜よりも整頓されている部屋だったのだ。

 パソコンが置いてある机にはメガネがたたずんでおり、レンズにうっすら色がついているので、ブルーライトカットのメガネだろう。


「うわぁ……」


 いかにも高スペックのパソコンであることは、素人の麻里菜でも分かる。


「ほら、ここに座れ」

「失礼します」「はーい」


 麻里菜と美晴は長方形のガラステーブルを前に、濃い緑色のラグに腰を下ろす。

 ただ、これはハッカーのイメージと合致していた。蓮斗が飲み物として持ってきたのは、『モンスターエナジー』と『コカ・コーラ』二本だったのだ。モンスターエナジーは蓮斗に持たれ、開栓される。

 蓮斗もガラステーブルのところに座った。


「美晴から言われてると思うが、俺は蓮斗。晴山はれやま蓮斗れんとだ。美晴の友だちが確か……麻里菜だよな?」

「あ、はい。小林麻里菜です」


 蓮斗は、地毛なのか染めているのかは分からないが、美晴と同じくらいの髪色をしている。目にかかりそうなほどの前髪、耳をほぼ覆うほどの髪の毛でえり足は肩についている。普通制の高校では確実に校則違反だ。

 表情があまり変わらないので近寄り難い雰囲気だが、決して人間嫌いというわけではなさそうである。


 すると美晴が「こいつは呼び捨て、タメでいいよ」と耳打ちしてくる。


「ああ、タメでも呼び捨てでもいい。美晴、コソコソ話しても聞こえるんだからな」

「そうだったそうだった」


 一瞬、蓮斗も何かの能力を持っている人なのかと思ったが、すぐに取り消す。考えすぎ、考えすぎだって。


「美晴と麻里菜、二人ともこの前の立てこもり事件に巻きこまれたんだろ? 生徒二人が犯人を取り押さえたっていうのは……二人のことだよな?」


 やっぱり分かってるんだ。もう知ってるんだ。


「そう。私が最初に取り押さえようとしてたら、美晴が手伝ってくれた」

「まぁ、そうだよな。美晴は自分から危険を冒してまでやるヤツじゃねぇから」


 幼なじみらしいセリフを吐く蓮斗。


「それで、一つの疑問が浮かんでくる。果たして、銃を持った犯人の男に女子高生二人で太刀打ちできるのかってこと」


 ゲッ……!

 麻里菜と美晴の顔が強ばった。


「そして女子高生のうち一人は無傷で、もう一人は頭と腕の骨を折っておいて、今ここにいる。これは……どういうことなんだ?」

「あ……思ってたよりも割と早く治って……」

「腕の骨がくっついて完治するまでは一ヶ月以上かかるはずだ」


 ウグッ……


「まぁまぁ、ただ自白しろとは言わねぇよ。俺もいろいろ事情のある人間だからな。俺が言うから、そしたら二人からその矛盾してる部分を説明してもらうよ」


 普通は「お前が言ったら俺も言う」じゃないのか? それで相手にだけ吐くだけ吐かせて、自分は言わないのがよくあるパターンじゃ……。


「三年半前にあったバス事故、覚えてるか? 修学旅行生を乗せたバスが崖から転落した、あの事故」

「ああ……うん。全員が助かったっていうやつ?」

「そう。あのバスに、俺乗ってたんだ」


 麻里菜はしばらく頭で整理していた。当時、自分も六年生で修学旅行に行こうとしていたころだったはず。


「俺がいなきゃ、ほとんどのヤツらが死んでただろう。事故現場はあまり車通りのないところ。それに三組だったから、俺の学校のバスはあのバスが最後尾だったんだ」


 俺がいなきゃ……? 前を走っていた他のクラスのバスは、三組のバスが落ちたことを、目的地に着くまで知らなかったっていうのはよく言われてたよなぁ。


「俺が助けたんだよ、これを使って」


 蓮斗はさっと右手を出した。


「サニターティム」


 その手の中に緑色の光の球体が生まれ、回りながら形が崩れていく。数回回ると弾けるように光が散っていった。


「……回復魔法だ……何で蓮斗が?」

「呪文しか言ってないのに、『回復』魔法だって分かるんだ」

「ゲッ」


 いたずらっぽく笑った蓮斗は「これでクラスメイト、担任、運転手、乗務員を助けたんだ」と自慢げに言う。


「どうして魔法が使えるの?」

「あー、それは私が説明する!」


 今まで黙って話を聞いていた美晴がしゃしゃり出てきた。


「蓮斗が魔法を使えるのようになったのは、確か幼稚園のころだったよね? 年長だから……六歳の時、車とぶつかって意識を取り戻したら、いつの間にか呪文が頭の中に浮かぶようになって使えるようになってたんだって」

「まぁ、そういうことだ」


 麻里菜は疑問に思ったことをぶつけてみる。


「蓮斗も気づいてるとおり、私も魔法が使えるの。でも、私は魔法学校で勉強して使えるようになった。だけど……私と蓮斗が使う魔法、どうして流派が一緒なんだろって」

「流派とかあるんだね」

「流派って言っても方言みたいな感じ。私が使うやつは正統派で、標準語にあたるのかな」


 正統派の人口は一番多いのだが、学ばずに気づけば使えるようになっていたというのは初耳だ。


「話は戻すけど蓮斗は事故の直後、一番最初に目を覚まして、三組の人たちを崩れそうなバスから出したり、魔法を使ってケガの手当てをしたの」


 逆さまに落ちたバスは、救急隊が駆けつけた時には乗客全員が外にいた。最初は投げ出されたのかと思われたが、そう思うにはあまりにも不自然だったという。


「あ……思い出した。蓮斗の顔見たことあるって思ったら、テレビに映ったことあるよね?」

「何回かある。しばらくは家の前にマスコミが張りついていて、外にも出られなかった」

「だよね……」


  今回のことは学校側が徹底したのか、そもそも麻里菜の家を特定できていないのかは分からないが、家にそのような人が来たことはない。


「蓮斗、すごいでしょ? あの後、県知事と消防組合から感謝状もらったんだって」


 美晴も蓮斗も普通に『やべぇ』ヤツだった……。元中学生一のフルート奏者と、バス事故の当事者で乗客の命を救った魔法使いだったのだ。


「マスコミどものせいで外に出られなかった時、俺はハッキングに興味を持った。今はハッキングで得られた情報を売る商売もしている。本当は二人から金を取りたいところだが、美晴と幼なじみだから特別にタダにしてやる」

「話が分かってる! ありがと!」


 へいへいと言った蓮斗は、空になったエナジードリンクの缶を握りつぶし、部屋のすみのゴミ箱に投げ入れる。


「やべ、ジェスタラム・イビ」


 明らかに横にそれていく空き缶はカクっと向きを変え、金属音とともにゴミ箱のど真ん中に着地した。


「物体移動の魔法……でも横着に使うもんじゃない」


 呆れ顔でそうつぶやいた麻里菜だった。

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