18:二人の睦み合いと美晴の手料理

 ああいう風に言われてしまえば、私も気にせざるを得ないでしょ。

 麻里菜は一人、ソファに寄りかかり腕を組んで考えていた。


「麻里菜、一緒にお風呂入ろ!」


 トイレから帰ってきた美晴は、リビングに入りざまにそう言った。


「ええっ!?」

「いいじゃん、女どうしなんだし」

「さっき私に告っといて?」

「いやいやいや、別にそういう、そういう目で見るつもりはないから!」


 ぜってぇウソだろ……。めっちゃ焦ってるし。


「あと五分でお風呂沸くからね」


 まさか双子の妹が美晴で、しかもレズビアンだなんて。探してるときなんて、そんなの思いもしなかったなぁ。

 疑うような目で、着替えやらバスタオルやらを用意する美晴の背中を追っていると、あっという間に五分が経ってしまった。


 絶対そういう目で見る気満々だろうし……服脱ぐのも恥ずかしいんですけど!!


 麻里菜はそぉっと洗面所をのぞいた。……いた。気づかれた。きびすを返そうとしたが、


「ちょっとぉ〜逃げないでよぉ〜!」


 がっしりと腕を捕まれ、ズルズルと引きずりこまれてしまった。緊張と羞恥から抵抗する力も出ない。

 麻里菜はあきらめた。






「ホントに……『合法、合法』ってさぁ……」

「だって麻里菜の反応がかわいいんだもん」

「まだ会ってから一週間だよ?」

「麻里菜、慎重すぎるってば」


 ドライヤーで髪を乾かしながら、大声で美晴に文句を言う麻里菜。美晴のおもちゃにされてのぼせてしまったのだ。あらかた乾いたので美晴にドライヤーを手渡す。


「麦茶、勝手にいれて飲んでいい?」

「いいよ〜」


 コップ一杯の麦茶を飲み干して、はぁ……とため息をついく。

 私だったら絶対にありえない。まぁ……悪くはなかったけど。






「麻里菜、どこで寝る? 部屋別々の方がいい?」


 あ、てっきり「いっしょの部屋で寝よ!」とか言われると思ってたけど、『部屋を別々にする』っていう選択肢、あるんだ。

 二階は三つにしきられた部屋があった。階段をのぼって右の部屋はお父さんの部屋らしい。


「それなら別々……」

「とか聞いておいてなんだけど、こちらで強制的に同じ部屋にしておきましたー!」

「ちょっと!」


 さっきから完全に美晴の手の中で転がされてる気がするけど……もういいや。


「い、嫌だった?」

「嫌というか……告られた上に風呂であんなことされたら、誰もがためらうだろうが!」

「ふふふ……大成功」

「えっと、その手はなに? だんだんこっちにのびてきてるような……」


 横からがっちりと体を拘束され、またもズルズルと引きずられていく。

 あぁ、なかなか寝させてくれなさそうだな……。






「さっきお風呂入ったときに思ったんだけど、麻里菜のおっぱい大きいよね」

「そ、そうかな? Eカップだけど……」

「ほらほら、デカいじゃん! 触り心地よきだったから触らせてよ」

「ちょっと、やめてって」

「女の子どうしは合法〜」

「相手の同意なしじゃあ犯罪だからね!?」


 しばらくして。


「麻里菜、変化してよ〜。あのもふもふを触りながら寝たい」

「さんざん私の触っておいて……! 私はぬいぐるみじゃないんだから」


 渋りながらも「妖怪変化」と唱えると、キツネの耳としっぽがピョコンと出現した。


「やったあ! もふもふ、もふもふ〜!」


 まぁ触られるのは構わないんだけど、耳としっぽのつけ根はくすぐったいんだよ……。って!


「隙あらばそうやって手を伸ばして……、仕返しっ!」


 フニッ


「あー! 麻里菜、私の胸触った!」

「そっちだって何遍もやってきたくせに。ただ一方的じゃ嫌だよ!」

「ほう? なるほど……」

「えっ、ちょっと…………うわわわわ!」






 翌朝、麻里菜は目を覚ます。ぼやけていた視界がだんだんと焦点が合ってきて、目の前で像を結んだ。


「うわぁっ! ち、近っ!?」

「麻里菜、おはよ〜」


 美晴はエプロンをしていた。そこの開いたドアからおいしそうなにおいがしてきている。

 部屋の時計は九時を指していた。


「きょ、距離感っていうのはないの?」

「"麻里菜だから"ない」


 ほほをつつかれた麻里菜は、自分に覆いかぶさっている美晴をどけて布団をたたむ。


「麻里菜、塩対応すぎない〜? 昨日の夜はあんなことしてくれたのにさ〜」

「あれはいわゆる深夜テンションで……というか、今になって恥ずかしくなってきたわ!」


 つつかれたほほを赤らめ、ブンブンと首を振った。

 美晴は麻里菜の肩を後ろから持ち、前に押して廊下を歩かせる。


「朝ごはんできてるからね。一時間半前から起きて麻里菜のために作ったんだから!」

「一時間半前から! ……ありがとう」


 とてつもなく朝が弱い自分には一生できなさそうだと思い、お礼を言っておく。

 ダイニングテーブルには、ご飯・みそ汁・鮭の塩焼き・切り干し大根の煮物・卵焼き、と朝から一汁三菜が守られた豪華な食事が並んでいた。


「こ、こんなに食べられるかな……」

「今日は頑張ってみた。麻里菜がうちに来なかったら私一人だったし、もともとはシリアルくらいで済ませようと思ってたくらい」


 夕食ならこれほどの品数の料理を作ったことがある麻里菜。だが慣れていないこともあり、二時間以上はかかった記憶がある。


「私もお腹すいたし、いっしょに食べよ!」

「うん、冷めないうちにね」


 湯気がのぼる食事を挟んで、二人は手を合わせる。


「「いただきます」」


 まずはみそ汁を口に含んだ。わかめと豆腐のいたって普通のみそ汁であるが、美晴が作ってくれただけで十分だった。小林家よりは少し濃いめである。いや、うちが薄味なのである。


 鮭の皮を四分の一ほど外し、箸を入れた。うん、ご飯が進む。でもしょっぱすぎなくて絶妙なバランス。あ、骨があった。


「この鮭って、甘塩のやつ? それとも自分で塩振った?」

「甘塩だよ。これを買ったスーパーの鮭の塩加減がベストなの」


 まるで主婦のような発言をする美晴。


「お父さんって何か家事やってくれるの?」

「あー、休みの日はやってくれるよ。平日は、朝早くて帰りは遅いからあんまりできない。夜のお皿洗いはしてくれるけど」

「じゃあ、平日の家事はほぼ美晴がやってるってこと?」

「そういうこと」


 でもそうなるよなぁ。一人娘のために働いてくれてるから、自分は率先して家事をしなくちゃいけないって……。


 切り干し大根は小林家よりシンプルなものだった。切り干し大根と油揚げのみ。油揚げではなく厚揚げで、にんじんやしめじが入っている食べ慣れたものとは違った。

 朝だから、そんなに手間かけられないか。


 麻里菜は味を楽しむために黙々と食べ続けている。卵焼きを一切れ口に入れる。


「そういえば、全体的に茶色っぽくなっちゃった。もうちょっと彩りを考えた方がよかったかも」


 美晴が箸を止め、テーブルの上を見回す。


「いやいや、十分すぎるって。どれもすごくおいしいから」

「ほんとに? それなら作ったかいがあったよ!」

「ごめん、そういえばおいしすぎてしゃべるの忘れてた」


 麻里菜は屈託のない笑顔を見せると、美晴は安心したように胸をなで下ろす。そして、その笑顔をうっとりと眺めていたのだった。

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