15:アルカヌムの巫女、再来

「美晴……本題に入っていい?」


 麻里菜は米粉パンのおかわりをほおばりながら尋ねる。


「いいよ」


 そう言うと美晴はヨーグルトの器をテーブルに置いた。


「あのさ……この前、私の分身から呼ばれて妖魔界に行ったんだ。そしたらとんでもない頼まれごとをされちゃって」

「そんなにヤバいの?」

「うん……『テロリストから人間界を護ってくれ』って」


 数秒間、美晴は目を見開いていた。


「て、て、て、テロリスト!?」

「しかも、妖魔界から逃げてきちゃったテロリスト」

「もしかして……」


 美晴は人差し指を自分自身に向ける。麻里菜はうなずく。


「私も!? そんなのムリだって!」

「それが、ただ『護れ』って言われたんじゃないんだよ。先週のあの事件を起こした犯人、実はそのテロリストと関わってたんだって」

「マジで!?」


 突然立ち上がった美晴は、「ヤバいってヤバいって!」と言いながらテーブルの周りをうろついた。


「……ていうかさ、麻里菜の分身って妖魔界の女王様でしょ? それは女王様の責任じゃないの?」

「…………あ」


 確かにそうだ。私はマイの同一人物として引き受けたけど、美晴には何にも関係ないか……いやいや。


「えっと……その犯人、逃げてきたテロリストから指示されて事件を起こしたらしい。でも犯人は捕まった。犯人からすれば、私や美晴のせいで成功しなかった、って考えたら……」

「私たちのせいで慰謝料をもらえなかったってことだよね」


 美晴は椅子に座り直して腕を組む。


「その、テロリストから目をつけられたってこと?」

「そういうこと」

「ヤバいって、ヤバいって!」


 美晴はまたもや立ち上がったが、ふいにピタっと歩みを止める。


「私たちがこの間みたいに妖力を使って、テロリストから人間を護って……そういうことか!」


 やっぱり飲みこみが早いんだよなぁ。


「麻里菜から色々話は聞いたけど、まだ自分で変化する方法とか知らないし、変化してからの戻り方も分からないし。この間は麻里菜に戻してもらったから」

「それはあとで教えるよ」

「じゃあお昼ご飯食べ終わってからでいい?」


 うなずいた麻里菜は、おかわりのパンの最後の一口を口に放りこんだ。






 食べ終わり、麻里菜は昼食を用意してくれたお礼に二人分の食器を洗った。


「麻里菜はお客さんなんだから、そんなことしなくていいのに」


 と美晴は言っているが。

 その間に、美晴は麻里菜が持ってきた例の資料を見ていた。


「ねぇ、うちらさ、学校行きながらこの人たちから護らなきゃいけないの?」

「そう。妖魔界から来た人たちに対抗できるのは、私たちしかいないって言われちゃったもんだから」

「兆候をつかまなきゃいけないんでしょ? どうやって?」


 美晴もおんなじこと考えてる。

 麻里菜はタオルで手を拭いて、美晴の元へと歩いていく。


「一応、向こうで有力な情報がつかめたら、分身が教えてくれることになってるけど」

「それじゃあ間に合わなくない?」

「そうそう、そうなんだよ」


 それぞれの違う世界、その間の空間はかなりの時差を生むことになるだろう。ましてやこっちが昼なら向こうは夜。情報の遅れはどうしても避けられない問題だ。


「それなら……あいつに頼んでみる。一日中パソコンにはりついてるようなヤツだから」

「えっ? テロリストの情報だよ! 簡単にアクセスできるわけ……」

「もしかしたら、存在はもう知ってるかもしれないけどね」


 まだ世間には、テロリストの関与は報じられていない。男が自白していないのだろう。


「あんまり公には言えないんだけどね、高校生にしてハッカーやってるの」

「へぇっ!?」


 麻里菜が思わず変な声を出すと、美晴は「私と同級生で幼なじみで、レントっていうの」と、さらに驚きの情報がつけ加えられた。


「幼なじみが、しかも同い年でハッカー……!」


 ほ、ほんとにいるんだ……悪いイメージしかないけど。


「ハッカーっていうと悪い人みたいな感じだと思うけど、あいつは違う。この間、国会議員の経歴詐称が発覚したでしょ? あれ、あいつがバラした」

「そ、そうなの!?」


 それなら確かに……もう知っててもおかしくないかも。


「LINE送っとくから、明日にでも会えるかどうか聞いてみる」

「今日いきなりはダメ?」

「当日いきなりは嫌がるんだよね」

「まぁ、そっか」


 麻里菜は消し忘れていたキッチンの電気を消しにいった。






 麻里菜と美晴の二人はソファに座っている。


「麻里菜、ちょっと変化してみて」


 美晴に変化の仕方を教えることになったのだが、そう言ってこちらを見ながらニヤニヤしているのだ。


「えぇっと……一応、変化には二段階あるんだよ。先週のあの時も、後から耳としっぽを出したからさ」

「じゃあ、耳としっぽまでいっきに!」


 そこは普通、段階分けするだろ……。わざわざ二段階あるって教えたのに。

 麻里菜は左手を額に当て、第三の目を封印している妖力を吸い寄せる。


「妖怪変化っ!」


 ボンッ


 麻里菜の体が青い煙に包まれた。


 黒髪が根元から金髪に変わり、額から手が離れると、そこには第三の目が現れていた。前髪のすき間からこちらをギロっとにらみつけている。

 金髪に溶けこむような色の狐の耳が生え、毛並みの豊かなフサフサのしっぽが、麻里菜のスカートの下から強い主張をしていた。

 麻里菜は閉じていた目をゆっくりと開く。


「ほぉ……こんな間近でみられるとは……」


 紺碧色の目で美晴を見つめ、ニコッと笑ったその時、美晴は麻里菜のケモ耳やらしっぽやらを触り始めたのだ。


「もふもふ……かわいい」


 完全にペットを愛でるような目で触ってくる美晴に、麻里菜は身動きがとれずにいる。


「えっと……いつまで触ってくる気?」

「えーっ、しばらく触ってたいよ」

「美晴、変化の練習するんじゃなかったの?」

「そうだった」


 教えてくれって言ったのはそっちだろーが。


「まず、この前第三の目を封印した時、妖力を使って封印した。だから、変化するときはその妖力を吸収しないといけない 」

「妖力を、吸収?」

「そう、じゃあ、こうやっておでこに手を当ててみて」


 麻里菜のまねをするように、美晴は右手を額に当てた。


「わっ……すごいエネルギーを感じる」

「そのエネルギーで、第三の目を封印してるんだよ。それを手に引き寄せる感じで」

「手に引き寄せて……」


 そうつぶやく美晴の髪が、根元から銀髪に変わっていく。慎重で真剣になっている目は桔梗色へと色を変えた。


「わっ、できた!」


 離した手の下には麻里菜と同じような目がのぞいている。


「一発で! やったじゃん!」


 ここに再び、アルカヌムの巫女が本来の姿を現した。


「それが第一段階。もっと妖力を引き寄せると今度は私みたいに、より獣っぽくなるから」

「も、もっと……!?」


 あまりよろしくない反応をする美晴に、麻里菜はクスッと笑う。


「……やってみる」


 ボンッ


 美晴が紫色の煙に包まれた。

 頭にはタヌキのような耳、そして、こちらをじっと見てくるヘビ。シャーッと音を立てて威嚇しているように見えるヘビ。


 紛れもない、ヌエの姿だ。


「今日のヘビさん、ご機嫌ナナメ?」

「あはは、そうかも。……じゃなくて、麻里菜が変化してるから怖いのかな?」

「そ、そういうこと?」


 麻里菜は美晴のヘビにそっと指を近づける。


「私、美晴の双子のお姉ちゃん。これから一緒に人間界を護っていくから、よろしくね」


 ヘビの目が動き、ヘビは胴体を麻里菜の膝に横たえた。


「つ、通じた?」

「そうっぽいね」

「そういえば初めて変化した時、このヘビさんが男をにらみつけて美晴を守ってくれてたような」

「そうそう。敵じゃないって分かれば優しいのかも」


 麻里菜はヌラヌラと光るうろこをなで、ヒヤリと表面が冷たい爬虫はちゅう類を可愛がっていた。小さいころからそこまでヘビを怖いと思わない麻里菜である。


「自力で変化ができるなら、元に戻る方が簡単だから大丈夫かな。今度は第三の目に妖力を流しこんで封印するんだけど」

「わかった、やってみる」


 美晴はじっと手を見つめて集中し、その手で額に触れた。

 美晴の髪がもとの明るい茶髪に戻っていき、白い肌に溶けこむような茶色に変わっていった。スっと耳やヘビも姿を消した。


「よし、できた!」

「これからもう、一人でできる?」

「うん、できそう」


 頭での飲みこみも身体での飲みこみも早い美晴。もう分かったと言わんばかりに、変化したり元の姿になったりを繰り返す。


「か、完璧」


 得意げに姿をコロコロと変える美晴に、教えた麻里菜の方がたじろいてしまった。

 二人は妖怪姿のままでいた。


 この後、麻里菜は魔法学校で習った魔法の数々を披露した。さすがに攻撃魔法を使ってしまうと、この家はおろかこの一帯を葬り去ることになってしまうので、あくまで観賞用として魔力を弱めている。


「私も魔法って使えるの?」

「お父さんが魔法使いだったから、素質はあると思う。」


 しかし、第三の目をもつアルカヌムの巫女は、魔力や妖力をも凌駕りょうがする力を持っていると言われている。実際にその力で人間界と妖魔界を救っている。美晴にも使えないことはないだろう。


「じゃあ麻里菜、一緒に楽器吹こう!」


 美晴に手をとられて三階にある、重厚な扉がある部屋へと招かれた。

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