12:人間界と妖魔界への危機、再び

 次の日、麻里菜が起きるとサフィーがぼんやりと光っていた。これはサフィーが何か伝えたいことがある印である。

 毎朝必ず確認する。なぜなら、『同一人物』とのやり取りもこれでするからだ。


 サフィーを手に取ると、中心にある大きなサファイアが強く光り、自分とよく似た声で話しかけてきた。


「麻里菜、今日こっちに来られる? 色々聞きたいことがあるんだけど。私はもう寝るから、そっちでいうと……夕方から夜なら来ていいよ」


 こっちが合わせるんかい。ほんとさ……


「何で人間界と妖魔界って時差がちょうど十二時間あるわけ!? 時差そんなになかったら今からでも行けるのに……!」


 ただいま午前十時。確かにこれから朝ごはんを食べて、向こうに行く支度をしたら、確実に一時間はかかる。


「しょうがない、女王としての業務も医者としての業務も、時間は過ぎてるし。向こうは向こうの生活があるし」


 麻里菜はまた寝転がり、スマホを手に取った。






 それから約十時間後、夕食を食べ終わった麻里菜は、テレビも見ずに自分の部屋に戻った。正直なところ、見たい番組もないのだが。


 首にかけてあるペンダントを外し、左手に乗せて高く掲げる。向こうが『道』を開けてくれていれば、麻里菜は自分の力を使わずとも妖魔界に行ける。が、


「……あれ?」


 例のワープホール的なものが出てこない。


「ちょっと……!」


 まさか、忘れてるってことはないよなぁ?

 もう一度ペンダントを掲げてみても、反応なし。どうやら本当に開いていないようだ。


「はぁ…………妖怪変化」


 麻里菜は額に手をあてて第三の目を開眼させ、金髪に紺碧色の姿に変化した。


「自力かよ、まったく」


 たまにこういうことがある。自分から「来てほしい」と言ったくせに開けてくれないことが。

 麻里菜はまたまたサフィーを掲げると、呪文を唱える。


「我はアルカヌムの巫女なり。我の力を使い、道を開き給え」


 いつものダルそうな声ではなく、低くも凛とした声が響いた。

 掲げた手の真上に黒々とした穴が現れると、麻里菜は手を下ろす。目を閉じると、その体は穴に吸いこまれていった。






 このワープホールがつながっていたのは、王城の医務室だった。もうすぐでマイは、医者としての業務の時間である。

 ワープホールの出口は、指定しない限りマイのいる空間に設定されるらしい。

 着地するやいなや、麻里菜は足を組んでカルテに目を通す同一人物をにらみつけた。


「……忘れてたでしょ」

「あ……ごめん」

「ごめん、じゃないだろ……自分で私を呼んだくせに」


 妙に自分と似ていて、改めて寒気がした。こういう、ちょっと抜けているところが……。

 麻里菜はさっそく本題を切り出した。


「ところで、私に聞きたいことってなに?」

「聞かれなくても分かると思うけど……人間界で大変なことをしてくれたね?」


 マイは麻里菜の顔を指さし、「事情は分かってる。ありがとう」と笑った。麻里菜はふぅっと胸をなで下ろす。


「いきなり怒られると思った……」

「人間を守って、誰が怒るって言うの?」

「それもそっか」


 かつて人間界を守るために立ち上がった彼女にとって、麻里菜の行いは怒るどころか賞賛すべきものだった。そもそも、もとは同一人物。別々に生活する二人であるが、『正義』の理念が変わることはないだろう。


「茶番はさておき」


 マイは白衣の襟を正す。


「今、かなーりマズいことが起きてて」


 その言葉から麻里菜の頭によぎったのは、『よみがえった記憶』の中にあった、第三の目を持つ子を狙う人たちのことだった。


「とうとう人間界へと行ってしまったの、あやつらが」


 こ、こっちに?


「人々を巻きこんで事件を起こす過激な人たちが、妖魔界から逃げ出した。そう言えば伝わる?」


 ……え?


「ちょっと! 『伝わる?』って呑気に聞いてる場合じゃないでしょ!! 過激な人たちって……」

「おとといの事件を起こしたのも、そのうちの一人。人間界で言う、テロリストと同じような人たちね」


 あ、あの男が……


「国際テロ組織『ルイナ』。立てこもり犯の男はルイナに感化されて、実行したらしい」

「確かに……思いつきでやってるようには見えなかった。計画的な犯行……ってことか」

「そう、男はルイナに犯行計画を教えてもらって、そのとおりに実行した。ルイナは『娘を亡くした』という男の弱みに漬けこんだ。となると麻里菜、あなた自身にかなり危険が迫っているのは分かる?」


 私自身に危険?

 ……男はルイナの計画のもと、立てこもり事件を起こした。男は慰謝料がほしかった。でも、私と美晴ちゃん……じゃない、美晴によって捕まってしまった。


「…………あ」


 背筋が凍りつき、冷や汗が流れ落ちるのが分かった。


「国際テロ組織に、狙われてるってこと……か」

「あなたも、その……美晴も」

「確かに、かなーりマズい」


 何とかこの状況から逃れようと、麻里菜は口角を上げる。が、目は笑っていない。

 自分だけならまだしも、他人……じゃなかった、双子の妹まで巻きこんでしまった。まだ妖力が目覚めたばかりの美晴を。


「三日前にヤツらが人間界に逃げ、それが分かったのがおととい。さっそく人間界で事件を起こしやがって……!」


 マイは握ったこぶしを机の上に落とした。麻里菜にしか見せない、女王の裏の顔である。


「それで……麻里菜と美晴には人間界を護ってほしいの。事件を未然に防ぐか、起こっても最小にまでとどめられるように……」

「言うと思った」


 二年前の戦争でも、私を『いいように使った』んだからなぁ。


「……それはそうとして、こっちは普通の高校生なんだから、テロ組織のこと調べる余裕もないと思うけど?」

「それはこっちでも調べるから大丈夫。有力な情報が手に入り次第知らせるから」

「じゃあ、もう分かってることもあるでしょ?」


 もちろん、と言ったマイは何枚かの紙を机の上に出した。


「まずは『ルイナ』の活動の目的を。社会的弱者に手を差し伸べ、あらゆる差別や待遇差などを解決するため活動している。創立メンバー全員、元捨て子らしいの」

「そう聞くと響きがいいけど……それは暴力的解決なんだね」

「そういうこと。元捨て子っていうのもあって、窃盗とかはプロ中のプロ。生きていくためなら何でもする、自分の欲のためなら何でもする。そういう人たち」


 麻里菜の心に影が落ちた。『元捨て子』という言葉が頭から離れない。

 自分も人間界に捨てられたようなもの。


「私たちも一歩間違えれば、そういう道に行ってしまったかもしれないから……」


 麻里菜の考えていることをくみ取るように、マイはそうつぶやいた。


「だからなおさら、麻里菜にやってほしいの。妖魔界と唯一つながりのある人だから。私を含めて、アルカヌムの巫女の『第二の使命』になる」


 アルカヌムの巫女の……第二の使命。


「美晴にもこのことを伝えて。二人で一つだから。」


 麻里菜は口を真一文字に結んでうなずいた。

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