10:探し求めていた双子の妹
美晴は食い入るように話を聞いていた。
「なんか……すごい」
完全に語彙力をなくしている。
「私が覚醒してよみがえった記憶、思い当たる節はある?」
麻里菜の問いに、美晴は首を横に振る。
「果たすべき使命が、人間界と妖魔界を守ることだった。使命は果たしたけど、一つだけ分からないことがあって」
情報量多すぎな話だから、まだ理解が追いついてないかもしれないけど……
「よみがえった記憶の中で、私の隣にはほとんど、私とそっくりな人がいた。それが誰なのか、妖魔界中を探してもいないんだって。だからまだ人間界にいるんじゃないかって言われたもんだから……」
美晴の表情がだんだんと堅くなっていく。
「もしかして……私が?」
「たぶん……」
お互いを見つめ、口を閉ざす二人。
麻里菜が何か思いついたようだ。
「もし美晴ちゃんがその『探している人』なら、私の双子の妹ってことになる。名前は……フェリミア」
「フェリミア。フェリミア……」
美晴はその名を何度か唱える。
「私も、今住んでいる親とは血がつながってない。もとは施設に住んでたから。もしかして、麻里菜が双子のお姉ちゃん……?」
顔を上げた美晴の表情には曇りがなくなっていた。その時。
枕のそばに置いてあった雪の結晶型のペンダント『サフィー』が、ひとりでに浮遊し始めた。ふるふると震えながら美晴の前まで移動し、止まった。
「麻里菜……どういうこと?」
「えっと……『話を聞いてる時の反応から、限りなくフェリミアに近い』って言ってる。『これからあるものを渡すから受け取って』だって。」
不安そうに「うん」と言った美晴は、両手を受け皿のようにしてサフィーの真下に伸ばした。
淡く光っていたペンダントは強い銀色の光を帯び、サフィーから離れていく。光は手の平サイズの玉となり、ゆっくりと美晴の手の中に収まった。
「……時計?」
そこにあったのは金色の鎖がついた懐中時計のようなものだった。浮遊していたペンダントは、電池が切れたようにベッドの端に落ちた。
「やっぱりか……これもそうなんだ」
麻里菜が持っているペンダントは父が使っていたもので、代々自分の子どもに受け継がれてきたものである。
「『私の双子の妹は金色に輝く懐中時計を持つ者。それは妖界の王家に代々伝わる宝である』……そう言ってた。私の分身が」
麻里菜は、マイが調べて分かっていることを口にした。
「この時計、初めて見たはずなのに懐かしく感じる。よく分からないけど『やっと会えたね』って言いたくなるような……」
そう言いながら美晴は時計を裏返す。裏には『Felimia』の刻印と九つの紫色の石が円状に並んでいた。
しばらく見ていると、九つの石がぼんやりと光り始める。懐中時計は美晴の手から浮き上がり、鎖が美晴の頭を通って首にかかった。
「うぅっ!!」
「美晴ちゃん!」
頭をかかえてベッドに手をついた美晴の背中を、麻里菜は左手でなでる。少し妖力を分け与え、痛みを和らげる。
「……麻里菜がさっき話してくれたこと、そのまんま思い出してきた。そうだった。何で忘れてたんだろ?」
「やっぱり美晴ちゃんも記憶消した?」
「ちょっと待って…………うん、私もまったく同じやり方で。その……妖力を使って」
急によみがえった記憶により、美晴の頭は一夜漬けのテスト前の状態より圧迫されている。
「別に、私に誰かの記憶を植えつけたんじゃなさそうだし、何か腑に落ちた」
頭の回転が速いのか、もう整理し終わったようだ。
コンコンコン
看護師さんが入ってきた。
「あの……面会時間すぎてます。高山さんのお父様が迎えにこられているので」
「すいません。今すぐ行きます!」
時計は八時十分を指していた。
「麻里菜、急いでLINE交換しよ!」
「分かった」
麻里菜が美晴のQRコードを読み取り、追加した。高校に入学してから初めての『友だち』になった。
「じゃあね! お大事に!」
くせで右手を上げようとした麻里菜は、顔をしかめながらスマホを置き、左手で手を振った。
しんと静寂が訪れる。テーブルの上には冷めきった夕食と、美晴のプロフィール画面のままのスマホ。
「美晴ちゃん、フルート吹いてたんだ」
彼女のアイコンはソロでフルートを吹く、淑やかな雰囲気の美晴だった。
麻里菜の家族が麻里菜のもとを訪れたのは、それから三十分後のことである。麻里菜は笑顔を見せ、「遅い」とふくれたのだった。
麻里菜はクラスラインに招待された。
『まりなが参加しました。』
一番上にメッセージが表示されている。まずは決まり文句のこの言葉を送った。
『小林麻里菜です。よろしくお願いします』
直後、数人が立て続けにメッセージを送る。
『あの後大丈夫?』
『たしか、頭と腕骨折でしょ?』
『文字が打ててるってことは大丈夫なのかな』
麻里菜はドギマギしていた。クラスラインでここまで自分の話題になったことはない。いつも、とりあえずグループに入っているだけの『空気』だった。
『今は何とか左手で打ってるよ。夜ご飯も食べられたから心配しないで』
すると、
『よかった!』
『@まりな ほんとにありがとう!』
『お大事に!』
名前を見ても顔と名前が一致しておらず、まだ誰がメッセージを送ってくれているのかは分からない。が、そんなのは関係ない。
麻里菜は『ありがとう』のスタンプを送ってLINEを閉じた。
ようやく長い一日が終わった。
次の日、担当医が傷の状態を見にきた。
「本当なんですね……もう抜糸できそう」
まだ縫ってから半日ほどしか経っていないが、開いていたはずの傷口はきれいにふさがっていた。撃たれた左肩の深い傷も、かさぶたができて治りかけている。
「そんなに早いもんなんですね。痛みはどうですか」
「もうほとんど痛くないです。その……かさぶたのところがかゆいだけです」
「もしかしたら骨もくっついているかもしれないので……レントゲン撮ります?」
昨日は少しでも動かすと痛かった右腕も、うそのように痛くなくなっているのだ。
今の時間なら空いているからと言い、念の為ギプスをしたまま放射線科へと連れていかれた。
撮り終え、すぐに診察室に通された。
「やはり、骨くっついてました。昨日のと比べれば……ほらここが」
右腕と頭部の全八枚の写真が並べられた。どの写真で見ても、今日撮ったものは全て異常なしだった。
打撲でできたあざは昨日寝るころには治っている。食欲は変わらずあり、朝食は米一粒も残さず食べた――いつものことだが。
「この後抜糸したら、すぐ退院できそうな感じですが……」
「えっ、本当ですか!」
麻里菜自身も驚きを隠せない。治っても大事をとって、もう二日くらいは入院かと思っていたからだ。何といっても、頭を打っているのだから。
「脳の損傷も昨日の時点で見受けられませんでした」
普通に食事できたし、歩けたし、記憶がないってこともないし。記憶なかったら昨日、美晴ちゃんに説明できなかったし。
「親御さんにお電話させていただきますね」
退院できるのなら、嬉しいの言葉より他はない。だが、気がかりなことがある。
「ここに、メディアの人とか来てますよね……たぶん」
「……来てますね」
「昨日の今日で退院したら『骨折したはずなのにおかしい』って思われちゃいます。表上はまだ入院していることにできますか?」
医師はもう分かっていると言うようにうなずき、声をひそめて言った。
「こちらも、そうするつもりでした。小林さんが妖怪だってことは、病院側の守秘義務になったので」
麻里菜は思わず目がうるむ。
「ありがとうございます……!」
「お帰りになる時は、病院の裏から出ていただくことにするので」
病室に帰って荷物を整理し始めた麻里菜。スマホを取り出し、美晴とのトーク画面を開く。
『今日退院になったよ!』と送った三十秒後、
『マジで!! おめでとう🎊』と返信がきた。
『もう治ったってことは妖力のおかげ?』
『うん』
『どんな傷を負っても妖怪は治るのが早いらしいよ』
『じゃあ私もそうなのかな』
『たぶん』
立て続けに話が続き、一分ほど向こうからの返信が止まる。
『家に帰ったら通話しよ! もっとまりなと話したい』
サムズアップのスタンプを送り、『荷物整理するからまたあとでね´ω`)ノ』と返す。スマホをテーブルの上に置いた。
この美晴の言葉がまさかあのような意味で送ったとは、今の麻里菜には知る由もなかった。
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