09:キュウビの過去(一人称視点)

 ちょうど四年前、私が小六の時、妖力が覚醒した。その数日前から、突然おでこだけが熱を持ったり気分が悪くなったりして、覚醒する兆候はあったんだけど。


 またおでこが熱くなって、今までにないくらいの熱さで……触ったらヌメってして。

 髪の色が金色に変わってるし、鏡で見たら目の色が青っぽくなってるし、おでこには第三の目が現れていた。


「私は……『化け物』になっちゃったの……?」

 最初は、そう思った。


 そこに置いてあるペンダントあるでしょ? 雪の結晶の形をしたやつ。それが急に目の前に現れて、するっと首にかかった。そしたら頭の中にたくさん景色が浮かんで……忘れてた過去の記憶だった。


 美晴ちゃん、その記憶を追体験できるけど、やってみる? ……うん、分かった。じゃあ私の手をにぎって。



 ◇  ◆  ◇



「二人のために頑張ってくれて、ありがとう」


 私の傍らで、誰かが言った。おそらく、私の父だ。私は誰かの上に乗せられている。


「こうなることは覚悟していたわ。魔法使いと妖怪の子ども、宿すことすら難しいけれど、こうやって元気に生まれてきてくれたことだけで嬉しい。もう何も思い残すことはないわ」


 力のない弱々しい声で、母らしき人はそう言った。


「これから……この子たちを大事に守って……。狙われているから……」






「その赤子に第三の目がないとは言わせねぇぞ」

「とっとと渡せ!」


 私は泣いていた。怖い。


「さて、その赤子を手に入れたら何しよう? まずは赤子の力を使って王族を蹴散らすまでだな!」

「さんざん王族に振り回されて嫌気がさしてたけどよ、第三の目を持つ子を、二人も生んでくれちゃうなんてな!」


 父の太く威厳のある声が響いた。


「あなたたちには渡しません」


 しかし、父の声を聞いたのはこれで最後だった。怖い人たちに連れ去られはしなかったけど。

 私は母の顔に似た人の腕に抱かれていた。


「殿下、マイナーレ様とフェリミア様をを引き取ってこられて、どうするおつもりですか」

「ああ、狙われているからといって、めいであるこの二人をあやめるわけにもいくまい。第三の目を封印して、人間界に送るほかないだろう」

「に、人間界に!? お二人はまだお生まれになって間もないのに!」

「この世界にいる以上、ずっと追われることになる。人間界に送って、生きられなかったら仕方がない。直接私が殺めず争いが起きない、唯一の方法だ」


 手を前に出すと、人間界への道が作られた。

 私は聞き逃さなかった。人間界に吸いこまれる直前に聞いた言葉を。


「本意ではないが、すまない」






「えっ、こんなところに赤ちゃんがいる! しかも二人も!」

「マジ!? きゃ、かわいい!」

「顔そっくりだよね。双子ちゃんかな?」

「うーん、捨てられたってこと? 周りにお母さんはいなさそうだし」

「どっかに届けた方がいいかな……警察?」


 私は二人のお姉さんたちに抱きかかえられて、どこかに連れていかれた。


「親が誰なのか、まったく情報が出てこない……」

「これは児童養護施設行きかぁ……」


 今度は大人たちが何人か来て、どこかに連れていかれる。


「これから二人が暮らすところだよー!」


 私よりはお兄さん・お姉さんの人たちがたくさんいた。


「赤ちゃんだ!」

「先生、双子ですか?」


 私の顔をのぞきこんでくる。


「そうみたいね。これからすぐにミルク飲ませなきゃだから、ちょっと向こうに行ってるね」

「えぇーっ」


 私はお兄さん・お姉さんたちの輪から抜けた。それから、この人たちに囲まれて生活するようになった。大きくなってから分かったが、ここは『施設』というところらしい。

 私は『まりな』と呼ばれるようになった。なぜかは知らん。何でこの名前なのかも知らん。






 私が二歳になるころ、里親希望の夫婦が施設を訪れた。小林さんと言うらしい。私は夫婦の前に出された。


「この子がまりなちゃんなのね」


 この夫婦は二年前、待望の赤ちゃんを授かり出産したものの、生まれて一週間後、赤ちゃんの容体が急変し、亡くなったという。その赤ちゃんの名前は『麻里菜』だった。


「……あの子と顔がよく似てる。まるであの子と双子のようね。」

「ほんとだ。麻里菜とそっくり。年も同じようだし」

「そうね。この子の里親になりたい」


 私はこの夫婦と一緒に暮らすことになった。


「名前は、麻里菜でいい? あの子と同じで。」

「ああ。俺もそう思ってた。」


 二人は顔を合わせてうなずいた。


「よろしくね、麻里菜ちゃん。」


 新しいお母さんが私の頭をなでると、新しいお父さんは私を抱き上げ、たかいたかいをしてくれた。

 お母さんが聞く。


「あの…この子の『まりな』という名前って、誰がつけた名前なのですか?」

「えっと、確か……名前が分からなかったので、私たちがつけました。」

「そうでしたか」






 そして、ここを去る日。

 私はお父さんに抱っこされて、久しぶりに施設の門を出た。

 新しい家に着くと、私は布団の上に寝かされた。こんなきれいな家は初めて見た。


 そういうことにしてしまいたい。私のありったけの妖力で。


 実は第三の目を封印しただけでは、妖力までは封印しきれていなかった。大人の言っている言葉が、生まれてからずっと分かっていたから。


「麻里菜ちゃん、ちょっと待っててね。」


 お母さんが目を離したすきに、私は両手を握って封印しきれていなかった妖力をすべて使った。


「思い出を、変えて。」


 私はすべてを忘れた。

 私に関わった人の記憶も、書類も全て改造した。

 お父さんとお母さんの記憶の中には、『娘が生まれてすぐに亡くなった』ことは消えてなくなった。そうした方が都合がよかった。


 私は「小林家」の実の長女となったのだ。


 私は普通の人間と同じくらいの能力になり、もはや魔法使いの父と妖怪の母との子であることすら感じないほどだった。

 五歳くらいからの記憶は断片的に出てくるが、それ以前はまるで霧がかかったかのように出てこなくなった。普通の『人間』と同じになった。



 ◇  ◆  ◇



 どう? これがよみがえった記憶なんだけど……。そういう反応になるよね、そりゃそうだ。

 これから覚醒したあとの話をするけど、いい?


 えっ、グロいのあったらダメ? ……でも、これは言っておかないと……今の私に関わることだから。

 あ、うん。大丈夫なら話すね。






 私は妖怪に覚醒したあと、妖魔界っていう異世界に行った。あのペンダントの導きで。


 あっ、ちなみにあのペンダント、しばらくはしゃべっててたんだよ。そう、ペンダントが言ったんだよ。『あなたはアルカヌムの巫女で、果たすべき使命がある』って。

 ちなみにペンダントの名前は『サフィー』っていうんだけど。


 サフィーが『まずはお城に行って』って言った。お城だよ! そんなところに行っていいのかって思うじゃん? そしたら『名前を言えば分かってくれる』って言うもんだから、本名の『マイナーレ』って答えた。


 そしたら門番とかの警備の人、本当に通してくれて。「ま、マイナーレ様!?」ってびっくりされて、「広間はあちらでございます」ってすごい丁寧に言われたから、こっちが戸惑っちゃった。『様』だよ、『様』。


 広間には玉座に座っている王様がいて、私を見た瞬間言葉を失ってた。


「そなたが……マイナーレか」

「はい」

「あぁ、そうかしこまるでない。第三の目を持つ子よ」


 よみがえった記憶からも分かるかもしれないけど、私の実の両親が王様と女王様だったから、かしこまらなくてもいいとか言われちゃって!


 この王様は私の父方の叔父で、妖魔界の『魔界』で、ある国を治める王様なんだってさ。


「衣食住はこちらで負担する。妖力は使えるようだが……魔力はまだのようだな。そこの魔法学校で勉強するとよい」


 王様から勝手に決められちゃって。まぁ、仕方なく従うしかなかったよね。私が魔法を使えるのはそういうことなんだ。


 でも、妖魔界で暮らすわけにはいかなかった。里親といえ家族がいるし、人間界では学校もあるしね。

 だから、昼間は学校に行って、夜中は妖魔界の魔法学校に行ってたんだ。


 そんな生活、続くわけがないでしょ?

 それで、妖力を使ってサフィーにも手伝ってもらって、妖魔界に私の分身を作った。ちょっと難しい話になるかもしれないけど、いい?


 生き物にはみんな『身体からだ』という入れ物と、内面の性格を作る『魂』があるって言われてて。人間界では身体の中に魂がないと身体は腐っちゃうんだけど、妖魔界は魂だけでも生きられるんだって。


 それで、人間界には『身体』と最低限の『魂』を入れて、残りはぜんぶ妖魔界に送った。


 そうそう、妖魔界に私の分身がいるってこと。それからは力がなくなったのか、サフィーはしゃべんなくなっちゃったけど。


 魂を分けてからは、向こうであったことは分からない。でも、最初にして最大の事件に巻きこまれたことはある。


 それが、人間界をめぐる戦争が妖魔界で起きたことなんだ。

 知らなかったでしょ?


 その人たちは、私が赤ちゃんのころに連れ去ろうとしたあの人たちで、まず妖魔界を乗っ取って人間界にも手を出そうとしてた。


 人間界育ちの私の分身は、そりゃあもう怒って、妖魔界と人間界を守るために立ち上がった。

 こっちではありえないけど、あっちの戦争ってサドンデスなんだよ。どちらかの敵がいなくなるまで戦い続ける。人間と違って、一人になっても何かしらの能力でリカバリーできるからかな。


 私の分身は、一対一に残ったところで、『身体』と残りの『魂』を召喚して完全体になった。

 要は私も戦争に駆り出されたわけ。


 そして、分身――まぁ完全体になったから『私』はね、唯一生き残った敵を倒すことなく戦争に勝った。そう、実は敵たちを改心させて戦死した人たちをよみがえらせる、ものすごい力を使ったんだ。おまけに、戦争で荒廃した土地でさえ元通りにしちゃったんだって。そういうつもりはなかったみたいだけど。


 その代償に、私は自分の命を投げ出した。


 うん、私一回死んでるんだ。


 今私が生きてるのは、生き返った人たちが必死に私に呼びかけてくれたから。


「どうか、あの英雄も生き返らせてください」

「あのお方なら新しい世を築けたはずなのに……!」

「リーダーなくして、私たちは前に進めません」


 私は目を覚まして初めて、分身が本当に信頼されていたことを知って。その後、私は人間界に帰り、分身は妖界と魔界を統べる女王になった。


 それからは狙われてた人間界も平和になって、万が一のために持ってた妖力と魔力が必要なくなった。

 それで、今朝までは分身の方に力を預けてたんだ。


 まぁ、こんな感じかな。

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