08:復活のキュウビと目覚めたヌエ

 レントゲンなど色々な検査を受け、麻里菜は病室で体を横たえていた。


「検査結果ですが……頭蓋骨ずがいこつ骨折と上腕骨じょうわんこつ骨折、全身の打撲で、全治一ヶ月くらいですね」

 カルテを持った女性の医師が告げた。


 今、麻里菜は頭と右腕を包帯でぐるぐる巻きにされている。


「救急隊から聞いたんですが、骨折と全身打撲で本当に歩けたんですね……」

「はい。頭と腕は痛かったですけど、足はそこまでじゃなかったので」

「いやぁ……そう、ですか」


 ごもっともという表情に、医師の方が引いている。麻里菜はさらに言葉を続ける。


「お言葉ですが、二日経てば骨はくっつくと思いますよ」

「えっ、何でそんなことが……」

「……治療に関わることなので言っておきます」


 麻里菜は左手を額に当てた。


「きゃっ」


 医師は小さく叫び、数歩後ずさりする。


「私、妖怪なんです。人間よりケガの治りが早いんです。あの……絶対に他の患者さんとか、外部の人に言わないでください」

「は、はい」


 医師の顔に決意が現れると、麻里菜は左手を当ててもとの姿に戻る。

 こんなことが話せるのは、病室が相部屋ではなく個室だからだ。


「安静にしていてくださいね」


 麻里菜は個室に一人、残された。

 夕方だが、さっき昼食を食べたばかりで夕食が食べられそうにない。

 麻里菜はテレビをつけた。ちょうど六時になった。


「こんばんは。まずは最初のニュースです」


 すると、『○○高校で立てこもり"慰謝料がほしかった"』というテロップが流れた。


「トップニュースじゃん……」


 麻里菜の鼓動はさっきと同じくらい速くなっている。


「埼玉の高校で立てこもり事件です」


 ここでVTRが流れ始める。


「本日の午前十時半ごろ、○○高校に銃を持った男が侵入し、生徒を人質にして立てこもりました。人質にされていた生徒が男を押さえこみ、午前十一時ごろに、監禁容疑などで現行犯逮捕されました。男は『娘がこの学校でいじめられ、それから娘がおかしくなった。先日自殺し、慰謝料がほしかった』と供述し、容疑を認めています。なお、押さえこむ際に生徒が一人、頭と腕の骨を折る大ケガをしましたが、命に別状はないようです。他の生徒にケガはないようです」


 コン、コン、コン


 三回ドアがノックされて、さっき見たような人が二人、入ってきた。麻里菜はテレビを消す。


「埼玉県警察の者です。事情聴取をお願いしたいのですが、体調は大丈夫そうですか」


 警察手帳を見せてきた二人に、麻里菜はうなずいた。


「名前は、小林麻里菜さんですよね」

「はい」

「ここに来る前に、他の生徒さんや先生方から話を伺いました」


 えっ……どこまで話されちゃった?

 麻里菜の鼓動がまた速くなった。


 その後、入学式が終わった後から順に、あったことを説明していった。

 男が教室の中に入ってきたこと、人質にすると言われたこと、降伏させようとしたこと、警察の勘違いで事態が悪化したこと。


 そして、ここからだ。

 自分が変化したことを言うべきか、言わないべきか。

 他の人は言ってしまったのだろうか。

 麻里菜の口が止まった。


「それで男を止めようとしたら、左肩を撃たれて、投げ飛ばされた……そういうことですか?」

「……そうです」


 お願い、辻褄つじつまが合ってくれ……!


「やっぱりそうなんですね。でも『歯向かう奴は死んでもらう』って言われたのに、どうして止めようとしたんですか」


 ギクッ……

 麻里菜は少し考えてから口を開いた。


「男はそもそも、警察に変な恐怖心を持っていました。それに、『あなたが抵抗しないなら、私たち警察もそんなことはしない』って言われたのに飛びかかってこられました。男からすればうそをつかれたと言えます。しかも私を信じて降伏しようとしたのに……」


 麻里菜は二人の目をじっと見た。


「信じてもらえたのにうそをつく結果になってしまったからには、私が責任を負わなければいけないって思いました。だから止めにいきました。死んでもいい覚悟で」


 あとは……


「でも、私を助けてくれた人は美晴ちゃん……高山さんしかいませんでした。誰かの勘違いさえなければ、私が骨を折ることもなく、男に罪を重ねる必要もなかったかもしれないのに……」


 麻里菜はうつむいた。警察の二人は何か言いかけた言葉を飲みこんだようだった。






 事情聴取の直後、夕食が運ばれてきた。利き手の右腕が使えないので、スプーンとフォークがついていた。


「ほんとは左で食べるのも痛いけど……しょうがないよなぁ。……いただきます」


 コン、コン


 そっと、誰かが入ってきた。


「麻里菜〜来たよぉ〜」


 その姿を見て、麻里菜は目を疑った。


「美晴……ちゃん?」

「麻里菜!」


 今日出会ったばかりなのに、どうして。


「よかった……普通にご飯食べられてるんだね」

「まぁ、左肩ケガしてるから左で食べても痛いけど」


 美晴は涙目で麻里菜の手を握ってきた。午後七時過ぎ。面会時間ギリギリである。


「美晴ちゃんはもうご飯食べたの?」

「軽く食べてきた。今日、何がなんでも麻里菜に会いたかったから……食事中ごめんね」


 そう言ってほほ笑む美晴。


「あのさ、色々聞きたいことがあるんだけど、いい?」

「……いいよ」


 麻里菜は分かっていた。きっとあのことだろうと。


「……私、妖怪になっちゃったの?」


 なっちゃった……か。

 何か引っかかり、スプーンを置いた。

 私は自分が妖怪であることを誇りに思ってるけど……。


「なっちゃった……そうかもね」


 それだけ言って、またスプーンを持った。


「麻里菜のはすぐ分かるよ。キツネの妖怪だから……キュウビだよね? 私のはなに?」

「美晴ちゃんは……ヌエだと思う。タヌキの耳とヘビみたいな尻尾があったから」

「ヌエ?」


 美晴はサッとスマホを取り出して調べた。


「『猿の顔、たぬきの胴体、虎の手足を持ち、尾は蛇』『一説には雷獣である』……こんな妖怪いたんだね」

「『こんな妖怪』が、美晴ちゃんなんだよ」


 麻里菜はあえて言ってみた。


「でも、私はこれからどうしていけばいいの? 今までどおり生活できるの?」

「……それは……できなくはないけど……」


 しばらく黙った麻里菜。しかし、美晴はその先の言葉を待っているようだった。


「美晴ちゃん、これから私が体験したことを言うけど、いいかな? 私が妖怪であることで起きたこと」


 少しためらった美晴だったが、「分かった」と言って緊張した面持ちになった。

 麻里菜は静かに話し始めた。

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