07:妖力覚醒! ヌエの化身・美晴

 額が燃えるように熱くなっている。

 自分でもよく分からない。妖怪か何かになった麻里菜でも太刀打ちできないなら、何でもない私じゃムリなのに。

 それでも、自分とよく似た顔の麻里菜を、優しさが垣間見えた麻里菜を、助けたいと思った。


 気を失っていた麻里菜が目を覚ます。目の前に、男と対峙する美晴の姿があった。


「美晴ちゃん、どうして!」

「麻里菜! お願い、もう麻里菜が傷つくのはいやなの!」

「ダメだから……うっ!」


 全身に痛みが走って起き上がれない麻里菜。


「お前も殺されてぇのか?」

「いいえ」

「ふん、とっととくたばれ!」


 至近距離で、美晴に向かって発砲した。

 バンッ!

 麻里菜もクラスメイトも、ギュッと目をつぶった、その時。


 ボンッ

 美晴は紫色の煙に包まれた。弾は煙に跳ね返されてポトンと床に落ちる。


「何だ……?」


 美晴に向けた銃を下ろす男。


 煙が晴れると、中には輝く銀色の髪を腰より長くのばした、桔梗色の目の少女が立っていた。おまけにタヌキの耳が生え、尾はヘビのような形をしている。

 麻里菜と同じ場所に『第三の目』も現れていた。


「……ヌエだ……。」


 苦痛に顔をゆがめながら、麻里菜はつぶやく。


「……ど、どういうこと!?」


 後ろを向いて麻里菜に駆けよる美晴。しかし、背中を見せても男は動かない、いや、動けない。

 尾のヘビが、男をにらみつけているからだ。


「同じにおいを感じた……本当だったみたい」

「……そういうこと!」


 美晴は血でぬれた麻里菜の手をにぎる。そこから妖力が流れこみ、麻里菜の全身の痛みが少しよくなった。


「ありがとう」

「えっ?」

「今、妖力を分けてくれた」


 口角を上げ、机につかまりながら麻里菜は立ち上がる。


「まず、銃を」

「オッケー」


 次の瞬間、美晴の姿は男のそばにあった。

 誰がどう見ても――いや麻里菜以外には――瞬間移動だった。


「なにっ!?」


 美晴は男の右手首をつかむ。ありったけの力をこめて、男のにぎる銃を払いのける。

 ぐっとにぎっていたのにもかかわらず、美晴のチョップで床に落とされてしまった。


「パーシティ・カープス!」


 男が焦っている間に、麻里菜は呪文を唱える。麻里菜の手の中から植物のツルが生え、男の手首どうしをしばりつけた。


「今です! 手錠を!」


 ツルをにぎった麻里菜が男を静止しているうちに、警察官が2人駆けより、ギィーと音を立てて手錠がはめられた。


「十時五十二分、監禁容疑などなどで現行犯逮捕」

「ほら、外に出るぞ」


 警察官が男の腕を持ち、教室を出ようとした。


「えっと……そのツルみたいなやつ、取ってくれないかな?」

「あっ! すみません」


 麻里菜は「レディタス」と唱えてツルを消す。

 男は警察に囲まれながら階段を降りていった。


 恐怖の時間が、終わった。






「……みんな、助かった……」


 ケガをしたのは麻里菜だけだった。


「マーニャ・ビス」


 磁力を発生させる魔法で、麻里菜は肩の傷口に刺さったままの実弾を引き寄せて、取り除く。


「麻里菜、うちらやったよね! やっちゃったよね!」


 美晴が興奮した声で、また麻里菜の手をにぎった。


「やっちゃったけど、やりとげた」


 ドヤ顔をした麻里菜は、左手を美晴の額にくっつけた。

 美晴はもとの、茶髪のポニーテールに明るい茶色の瞳に戻る。額の第三の目もタヌキの耳も尾のヘビも消えていた。

 麻里菜も自分の額に手を当て、もとの姿に戻った。


「えっと……とりあえず病院行こうか」


 ようやくドアの前に来た担任が、手招きをしている。


「大丈夫です。さっき弾も取りましたので」

「いやいやいや……そのケガで?」


 麻里菜が大丈夫というには、もちろんわけがある。妖力を持つもの――妖怪は、ケガをしても治るのが驚異的に早いのだ。

 すでに傷口の広い、肩と頭からの出血は止まっている。


「あのね、学校は生徒を預かっている立場なんだよ。学校にいる時や登下校中に何かあったら、学校はしっかり対処しなきゃいけないんだ。だから……とりあえずは病院で手当てをしてくれるかな?」


 そう言われちゃ、そうか。


「……わかりました」


 麻里菜は渋々うなずいた。


「他にケガをした人はいないか?」


 クラスメイトは互いに見て聞き合う。


「大丈夫だよね?」

「うん、あの子が守ってくれたから」

「大丈夫です」


 ここで、別の制服を着た警察の人が入ってきた。


「今からすぐに現場検証を行いますので、生徒のみなさんは一旦教室を出ていただけますか?」

「じゃあ、君はあそこのストレッチャーに」


 教室を出てすぐ、ストレッチャーと救急隊の二人が陣取っていた。足を引きずることなく歩いてきた麻里菜に、救急隊の一人が声をかける。


「自分で乗れる?」


 うなずいて、麻里菜は左手をついてストレッチャーに寝転がった。低くしてくれているので、ケガをした左肩にそれほど力を入れずに済んだ。


「動きます」の合図でストレッチャーが上がり、自分の頭を前にして動き出した。


「生徒用玄関は色々メディアの人たちが来ているので、裏の職員用玄関から出ます。ああ、外に出てから救急車に入るまではブルーシートで隠してくれます」


 学校で生徒を人質にして男が立てこもってるなんて、そりゃあ来ちゃうよなぁ。

 い、一ミリの隙間も開けるなよ……。


 外のガヤガヤした声が聞こえてきた。ストレッチャーのキャスターがガラガラと鳴る音で、気づいていた。


「あ、ただ今、ケガをしたという生徒が出てきました!」

「今、救急車の中に入っていきました!」


 ああ、いるいる。

 麻里菜はサイレンとともに病院へと向かったのだった。

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