06:妖怪変化! キュウビの化身・麻里菜

 警備員も分かったようだ。これ以上刺激したら、人質にされている生徒に何があるか分からない。

 廊下からは大人数が歩く音が聞こえる。先生か誰かが誘導しているのだろうか。

 ああ、他のクラスみたいに逃げたい。


 少し遠くからサイレンの音が近づいてきていた。


 ウーーーウーーーウーーー


「警察だ!」


 クラスメイトが小さく叫ぶ。


 ウーーーウーーーウーーー


 パトカーのサイレンの音が大きくなり、止まった。すると、拡声器を介して警察の人が何か言っている。


「警察だ! 立てこもってないで、出てきなさい」

「人質を解放しなさい」


 そう連呼する警察の声は、ぐるりと校舎の周りを移動している。


「あぁ……うるせぇ……!」


 男は銃を持ったまま、両耳に手を当てた。ドアにいる警備員から離れるように男は窓側に歩いていき、閉まった窓から外をのぞいた。


「ゲッ!」


 すでに窓側、校庭側にもたくさんの警察の姿があった。


「容疑者確認!」


 麻里菜の心臓はよりバクバクと動いていた。

 だんだん気が荒くなってる……。これ以上刺激するな……!

 男は窓から離れ、またドアの方に歩いていく。


「ゲッ!」


 廊下の方にも数人、警察の姿があった。男は頭を抱え、また窓側に歩いていって窓を開けた。


「ああ! もう、死んだも同然だ!」


 男は片足を窓の桟にかける。


「願望などどうでもいい! 俺はどうせ警察に殺されるんだ! 殺されるくらいなら、ここから飛び降りる!」

「「「やめなさい!!」」」


 今度は、ベテランぽい太い声が拡声器をとおす。


「あなたが抵抗しないなら、私たち警察もそんなことはしない」

「うそだ! この前、現行犯取り押さえようとして、犯人殺したくせに!」


 そういうことか。

 つい一ヶ月前、強盗を現行犯逮捕した時、犯人が大人しくなるまで取り押さえていたら、呼吸が停止して犯人が亡くなってしまったという事件があった。

 ……それなら何で立てこもっているんだ……? やっぱり、何かしらの理由があるはずなのに。


「だったらなぜ立てこもっている? わざわざ学校を狙うなら、理由があるだろう?」


 警察も同じことを考えていたようだ。


「言うか!」


 男はまた同じ言葉を吐き捨てる。

 麻里菜は美晴に目配せし、うなずいて男に言った。


「死にたくないんですよね。お願いします、立てこもってる理由を教えてください。もしかしたら、あなたのことに共感してあげられるかもしれないので」

「……共感? 俺はお前らを人質にしている犯罪者だぞ?」

「いいんです。あなたに危害がないよう、私も協力したいんです」

「……変わったヤツだな」


 後ろにいるクラスメイトも、麻里菜の言葉に驚きを隠せないようである。


「俺の娘がここの卒業生なんだ。ここの校舎になってから最初の新入生でな。でも、娘はいじめにあった。先生に訴えてもなかなか対処してくれず、結局卒業まで解決できなかった。何とか大学に入って、いや、学校側から入らされたけど半年で中退した。就職してもうまくいかずに、先月の三十一日に自殺した。」


 男は憎しみの顔でほほをピクピクさせる。


「中学の時はそんなこと一切なかったのに、高校になってから娘がおかしくなった! 高校でいじめられなければ、今も娘は生きていたはずだ! だから、さっき校長を呼べと言ったんだよ! なんにも対処しなかった学校側に、慰謝料を出してほしいんだよ!」


 なるほど。

 麻里菜は今度こそ理解して、男に語りかけた。


「娘さんがいじめられていたんですね。私も、いじめられていました。中学の時。」


 麻里菜は男に一歩歩み寄った。


「私も小学生の時は、いじめられたことはありませんでした。ですが、中学生になって部活に入って、いじめられました。睡眠障害で、授業中も部活中も寝てしまう病気なんです。毎日、一日一日をを過ごすのが本当にキツくて、学校にも行きたくなくて。」


 胸に手を当て、こみあげてくる感情を抑えこむ。


「だから、娘さんの気持ちが痛いほど分かります。先生に相談してもうやむやにされて、結局解決しないまま卒業しました。なかなか分かってもらえなくて、何度も頭にきました。」

「……お前もか。それなら、立てこもっている俺の気持ちも分かるよな?」

「気持ちは分かります。でも、行動には移しません。私でも、私の親でも」


 男は話しかけられたことに、初めて黙りこんだ。


「……俺は立てこもった以上、いずれはここから出なければいけない。そしたら警察が……ああ!」


 落ち着いたと思った男だったが、急に涙を浮かべてくずおれた。


「降伏する、という選択もありますよ」

「……降伏か。そうすれば、死なねぇか?」


 麻里菜は首を縦に振った。


「どうやってやるんだ?」


 男は立ち上がって麻里菜の方を向いた。


「まず、その銃を床に置いてください。」


 男は銃をじっと見た。離したくないのだろう。しかし、そっと床に置いた。


「そしたら、両手を上げてください。こういう風に」


 麻里菜はひじを曲げ、顔と同じくらいの高さで手を上げた。男も麻里菜のまねをした。

 くるっと麻里菜の顔が美晴を向いた。


「あそこのドア開けてきて」

「わかった」


 美晴は小走りに駆けていき、ドアを開ける。


「私についてきてください」


 両手を上げたままの麻里菜は、開いたドアに向かっておもむろに歩みを進める。後ろは見ず、前をじっと見て。

 外からは、金属の何かがぶつかり合う音がした。


 麻里菜は信じていた。それに応えるかのように、自分の後ろから足音が聞こえている。このまま、誰もケガすることなく終わらせなければ……。


 この人に、より罪を被せるわけにはいかない。


 麻里菜があと一歩で教室の外に出ようとしたその時。

 男の目には、さっきまで数人だったはずの警察官が何倍にも増えて、こちらをにらんでいる姿が映った。


「ひぃっ」


 男は、両手を下げてしまった。

 警察が飛び出した。

 後ずさりした男は床に置いた銃をつかんだ。


「ほら、うそじゃねぇかよ。俺につかみかかって殺すんだろ……!」


 銃口はクラスメイトに向けられる。

 マズイ……!

 パニック状態になった男は引き金を引く。麻里菜はサッと男とクラスメイトとの間に入りつつ、額に手を当てた。


「妖怪変化っ!!」


 麻里菜の踊る髪が根元から、輝く金色に変わり、銃口に向けられた鋭い目が紺碧色に変わる。額の手を離すと、そこにはもう一つの目、『第三の目』が現れていた。


「フェルム・ムルーム!」


 両手を前に出し、壁が築かれたと思われた。が、実弾は壁を貫いて麻里菜の左肩に直撃した。しかし、壁を作ったことにより弾の勢いを抑えられ、麻里菜の身体は貫通しなかった。


「うっ……!」

「「「きゃぁっ!」」」


 真っ黒なブレザーでもわかるほどの真っ赤な血がにじむ。麻里菜が左肩を押さえると、男は麻里菜の首根っこをつかむ。


「どうして金髪になって青い目をしてんのかは知らねぇが、うそついたな! 一旦安心させて、俺を陥れようとしたんだろ!」


 麻里菜の頭に銃口が突きつけられる。


「違います。……どうして……この人に……飛びかかったんですか……うっ……」


 麻里菜は動けないでいる警察官に青い目を向ける。


「ヤツが手を下ろしたから、また別の銃か何かを取ると思ったんだ」


 うなずき、麻里菜は穴が空くほど男を見た。


「離してください」

「歯向かう奴はこれで死んでもらうって言ったよな?」

「それなら」


 麻里菜は目を閉じる。


 ボンッ


「うわっ!」


 青い煙が上がり、思わず男は手を離した。麻里菜の頭にはキツネのような耳が生え、前から見ても分かるほどの立派な、金色に輝くキツネのようなしっぽが生えていたのだ。

 しかし、煙が薄くなって麻里菜の姿があらわになったとたん、また麻里菜は首根っこをつかまれてしまった。


「!」


 どうして……いつもなら避けられるのに! しかも人間相手に!


「俺が手をおろしたとか関係ねぇ。お前を信じすぎたんだ!」


 男は麻里菜を振り飛ばす。

 ガシャン! バンッ!

 頭から机に突っこんだ麻里菜は、一瞬気を失った。金色に輝く髪が鮮血で染まっていく。


「麻里菜!」


 美晴が飛び出した。血がつくのも構わず、麻里菜を起き上がらせた。


「ダメ……美晴ちゃん……下がってて」


 右手をついて起き上がろうとすると、右腕に激痛が走る。


「グッ……!」

「おう、金髪の隣のガキも俺に歯向かう気か?」


 銃口を美晴に向けた男は、ふんと笑って引き金を引く。

 バンッ!


「フェルム・ムルーム!」


 瞬速で美晴の前に立ち、壁を作った。

 カンッ

 今度は弾を跳ね返せた。が、またもや首根っこをつかまれる。


「お前、弱ぇな! 妖怪か何か知らねぇけどよ」


 本来ならば、もちろん魔力を使って相手を攻撃することもできる。しかし、相手は人間。1発攻撃魔法を食らえば、種類や当たりどころによっては死なせてしまうこともあるのだ。

 だから、麻里菜は攻撃できないでいる。


「このままじゃ……あなたが恐れていたことを……されるかもしれないですよ……」

「うるせぇ! もういいんだよ! 今こうしてる時点で、もう俺は殺されるんだ! それなら最期に暴れ回ってやろうじゃね――」


 麻里菜は男がしゃべっているスキに、浮いた足を振り上げ、男の急所を蹴りあげる。

 妖力で体勢を立て直し、着地する。


「……よくも!」


 次の瞬間、麻里菜の腹に男のこぶしがひと突き、入った。

 麻里菜は自分で、飛ばされているのが分かった。

 ガシャン!


「「「きゃぁっ!」」」


 今度こそ麻里菜は気を失ってしまった。口からも血が流れ、全身のいたるところから出血している。

 美晴は机をかき分け、涙目で麻里菜の肩を叩いた。


「麻里菜、麻里菜! 目開けてよ……!」


 悲しみとともに、美晴の中にフツフツと沸き上がるものがあった。額がじんと熱くなり、自分の中に得体の知れない力が湧いてくるのが分かった。


 美晴は立ち上がった。


「これ以上、麻里菜を傷つけないで!!」

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