05:住宅地に響き渡る銃声

 入学式が終わった直後、駅の方から小走りで校門の前までやってきた男がいた。背広を着ているあたり、誰かの父親なのであろう。年齢は五十代くらいというところだろうか。

 腕時計を見て「もう終わっちゃったか?」と言いながら、息を切らしている。


 門の前に立つ二人のおじいちゃん警備員が、その男に話しかける。


「生徒さんが退場されたので、おそらく終わったと思います」

「そうですか……やっぱり間に合わなかった……」


 男は警備員の間を通り抜けた。


「出てくるまで、待つか」


 完全に学校の敷地内に入った、その瞬間。


「あーあ、ここの警備は手薄だなぁ〜」


 男が急に態度を変えた。表情も変えた。


「何にも怪しまないなんて、女子校なのにな」


 男は薄く笑うと、持っていたカバンから黒い物体を取り出して、にぎった。


「やめなさい!」

「銃を下ろしなさい!」


 警備員は、後ずさりして男と距離をとる。


「こんな能なし警備員、消しておいた方が学校のためか?」


 男はスライドを引き、銃口を片方の警備員に向ける。人差し指はフレームにそえられている。

 その警備員はいやいやと首を振りながら、後ずさりしていく。

 男が引き金に指をかけた。警備員はぎゅっと目をつぶる。


 カチャッ


「……………………え?」

「から撃ちだよ! お前ら危機感なさすぎなバカだから、生かしておいた方が面白そうだからよ」


 我に返った警備員たちは、男を取り押さえようと飛びかかる。しかし、男は軽い身のこなしで避ける。


「さて、次はもう本物が入ってるよ。試しにどこか撃ってみるか?」


 今度はもう片方の警備員に銃口を向ける。その時。


「き、きゃあ!!」


 体育館との渡り廊下を掃除していたおばちゃんが、モップを落として悲鳴をあげた。


「じゅ、銃よ……!」

「チッ……」


 男はおばちゃんに銃口を向ける。が、すぐに下ろして後ろを向く。そして、横に飛んだ。


「「クソっ!」」


 警備員がまたつかみかかろうとしていたのだ。警備員が体勢を崩したスキに、男は銃を構えて引き金を引いた。


 バンッ! バンッ!


 二発、学校内に、住宅街に銃声が響き渡る。警備員の横に実弾が二つ転がった。

 警備員が気づいた時には、男が渡り廊下を土足で走っていた。持ってきたバッグを捨てて。


「追いかけますよ!」

「いや、私は学校と警察に連絡します」

「分かりました。私が追いかけます!」


 男を追いかける警備員と、トランシーバーやスマホを取り出した警備員。

 男はそのまま校舎内へと侵入していった。






 この数分前、麻里菜たち八組の人も教室に戻り、担任が来るのを待っていた。


「さっきいなくなった人って、麻里菜の前の人だったんだね」


 保健室で休んでいるのか、麻里菜の前の席はぽっかりと空いている。


「うん、校長の話の時、すげぇ顔色悪そうだったから、『座ってもいいんじゃない』って言って座らせた。そしたら何分かして保健の先生みたいな人が来た」

「いやぁ、すごいよ! ほぼ初対面でそう気づかってあげられるって!」

「そうか……?」


 これはある種、職業病なのかもしれない。同一人物・マイナーレは医師である。もとはひとつの魂で、分割した今も、少しは通じあっているのもな。


「麻里菜って、この学校に知り合いとかいるの?」

「えっ、たぶんいない。中学の先生はここ数年、この学校に行った人はいないって言ってたし。同級生もいない。」

「そっか、てことは麻里菜、単願?」


 麻里菜はうなずく。


「私ね、ここ併願で受けたの。公立落ちちゃってここに来た。わらび高校受けたんだけどね」

「わ、蕨!? それなら何でこのコースに?」


 蕨高校は偏差値六十八くらいの高校だ。そのレベルなら、この学校では『難関国立大学クラス』に入れるレベルだ。

 それなのに、どうしてここの『進学クラス』に……?


 美晴は小声で、麻里菜に顔を近づけて言った。


「ほら……私立ってお金持ちばっかでしょ? 特に上のクラスは。そういうのに巻きこまれるのはごめんだから、一番下のクラスにしたの」


 っっっって!! 美晴ちゃん家、勝手にお金持ちだと思ってた!


「確かに。勉強熱心な人が集まってそう」


 麻里菜の家も、決して裕福というわけではない。


「やっぱり、麻里菜、私と同じにおいがする」

「ど、どういうこと?」

「顔も似てるし、うーん…………なんとなく?」


 ズッコケて、机に顔を伏せる麻里菜。


「じゃあさ、中学の時の部活は?」

「吹奏楽部」

「高校で何部入りたい?」

「……帰宅部」


 淡々と麻里菜が答えると、美晴は目を輝かせて麻里菜に抱きつく。


「いっしょ〜!! ほら、共通点見つけた!」

「なんか、無理やり感ハンパないけどなぁ」


 抱きつかれる腕の中で、苦笑いをする麻里菜。

 その時。


 パンッ! パンッ!


 麻里菜はハッと廊下の方を向いた。運動会で使うピストルのような乾いた音が、二発聞こえたからだ。


「麻里菜、どうしたの?」

「何か、廊下の方から音がした。外か? パンッ、パンッって」

「うそ? 聞こえなかったけど……」

「なんだ、気のせいか……」


 麻里菜と美晴は一旦前を向くと、ハッと顔を見合わせる。


「やばくね!?」「やばくない!?」

「何か外で事件あった系!? うちら、帰れない?」


 美晴の気が動転している。二人の声に、周りの人が反応した。


「どうしたの?」

「なんか、麻里菜が『廊下か外の方から、パンッ、パンッっていう音が聞こえた』んだって!」


 その言葉で、一気に教室がざわめき出した。


「いやいや、空耳かもしれないから!」


 麻里菜はあわてて取り繕おうとするが、ざわめきにかき消される。

 教室の外から、誰かが階段を駆け上がってくるような音が聞こえてきた。もはや階段全力ダッシュの勢いだ。


「おっ、やっと先生来た?」


 立ち上がっていたクラスメイトは、自分の席に戻る。

 麻里菜は違和感を覚えた。駅の階段でもないのに、コツコツと革靴のような硬い靴の音。あの下っ腹が出てるおじいちゃん先生が、こんなに速く来られるわけ……


 いや……疑いすぎか……。


 麻里菜だけ怪訝そうな顔をして前を向く。


 ガラッ


 教室の前の扉が開いた。


「……誰?」


 麻里菜はつぶやく。ドアにいたのは担任ではなかった。

 背広を着た、白髪混じりのおじさん。不自然なのが、室内なのに革靴をはいていることである。


 いや、それよりも。


 おじさん――男の右手には銃らしきものがにぎられているのだ。男は銃を生徒たちに向けた。


「「「キャーーーーーーーーッ!!」」」


「これから……この教室に立てこもる。お前らには人質になってもらうぞ。歯向かう奴はこれで死んでもらう」


 この学校が、この教室が、一瞬で事件現場と化した。


 クラスメイトはおびえきった顔で、男とは対角線上の教室の隅に逃げ出した。麻里菜はクラスメイトを壁によせ、自身は一番前で男を見つめる。


「麻里菜……怖いよ……」


 美晴は麻里菜の腕にしがみつき、顔を見た。麻里菜の目はキッと前を見すえ、口は固く結ばれていた。

 異様な雰囲気をまとっている。


「麻里菜……?」

「大丈夫」


 麻里菜だけ、なぜか落ち着いているのだ。しかし、そう見える麻里菜も鼓動が速くなり、ガチガチと震えそうな歯をかんでいる。


 妖力と魔力を持っていた時のクセで、みんなをかばう感じになっちまったけど……、今は何の力も持っていない。

 ……そうか、こういう時か。


 預けていた妖力と魔力を取り戻す時だ……!!


『マイ、あなたに預けていた力を取り戻す日がやってきたようです。この人間たちを助けたいんです!』


 麻里菜は同一人物のマイナーレ(愛称:マイ)に、心の中で呼びかける。その直後、あの時のような力がみなぎってくるのが分かった。


 よし、これでいつでも……!


「こらっ……! はぁ、はぁ、どこ行った……!」


 廊下から何やら大声が聞こえた。すぐあとに、警備員の姿がドアの窓ごしに確認できた。五階までの階段がかなりしんどかったのか、男よりはだいぶ遅く来た。


 ピーンポーンパーンポーン


 校内放送のチャイムが鳴った。


「ただいま……銃を持った男が……校舎内に侵入しました。生徒と保護者のみなさんは……今いるところから動かないでください。もう一度繰り返します――」


 この声は、さっきの入学式で司会をしていた副校長だ。途切れ途切れの声からは動揺を感じさせる。


「今すぐ出てきなさい!」


 前の扉の窓から、息があがっている警備員が呼びかける。


「まずは校長を呼べ!! 俺の願望が果たされるまでは出るもんか! 俺に何かしようものなら、大事な大事な生徒を殺すぞ!」


 ……願望?


「麻里菜……うちら、帰れない?」


 自分をつかむ手が、またぎゅっと強くなる。


「大丈夫。このまま大人しくしてれば」

「でも、今『願望が果たされるまで出ない』って……。しかも『校長を呼べ』って……」


 美晴はゆっくりと麻里菜をつかんでいた手を離した。


「あの……」


 何と、美晴は男に話しかけたのだ。


「あぁ?」

「その、『願望』って何ですか? 私たちを人質にしている以上、目的があるんでしょうから――」

「言うか!」


 男は声を荒立て、美晴にガンを飛ばした。

 美晴はうなだれる。


「ダメだ……」

「今はとりあえず刺激しないで。あれ以上怒らせたら何されるか分かんないから」


 いったい、麻里菜にどんな知識があるというのだろうか。どこか冷静で、一歩引いている。


 美晴の目には、麻里菜がアニメの主人公のように写っていた。

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