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 あれからしばらく経って。


 ようやく、自分ひとりで、歩けるようになった。


 呻き声。今もまだ、聞こえる。恐怖は、たぶん、これからもずっと、消えない。


 それでも。


 生きていかないといけない。


 彼女のいない部屋。


 僕ひとりだけが、残された。


 それでも、彼女にもらった分まで。崩落事故のときに飲んだ、彼女の血の分まで。


 生きないといけない。


 階下に降りる。


「おはよう」


「おはよう。今日は寒いわねえ」


「平均気温だよ、母さん」


「そんなときはほら。この父さんの厚い脂肪に頼りなさい」


「あたたかいわ」


「そういえばさ、父さんと母さんって、なんで結婚しようと思ったの。決め手は、なんだったの?」


「これよ、これ」


 母さんが、父さんのおなかをゆびさす。


「この、厚い脂肪に触るとね。安心するのよ」


「いくらでも触れるがいい。このむちむちぼでぃに」


「夏場は暑くてだめだけどね」


「そっか」


 彼女の、おなか。感覚が、まだ指に残っている。


 彼女も。


 そうやって、僕を安心させようとしてたのかも、しれない。


「今日は、公園まで、行ってみようと思うんだ」


「父さんも母さんもついていかなくて、大丈夫?」


「うん」


 ひとりで。歩かないと。彼女のぶんまで。


「しばらく経っても帰ってこなかったら、なんとしてでも連れて帰って来るからね。安心して挑戦しなさい」


「うん。ありがとう」


 昼下がり。


 外に出た。


 暑くも寒くもない、気温。大丈夫。


 歩き出した。


 隣。


 彼女の姿が、見えた気がした。

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