四畳半開拓日記 09/18



 次の土曜日だった。

 今日も爽やかな朝だ。

 とはいえ、ゆっくりばかりもしていられない。

 岬との約束は昼前だ。

 それまでに部屋の掃除くらいはしなきゃな。

 適当なやつに着替えると、さっそく準備にかかった。

 長らく休日に予定があるということもなかったので、こういう日常は新鮮でいい。

 掃除機をかけていると、すぐに約束の時間になった。

 チャイムが鳴る。

 財布をポケットに入れて、玄関のドアを開けた。

 予想通り、私服の岬が立っていた。

 今日は妙に大きなボストンバッグを抱えている。


「おはようございます」


「ああ、おはよう」


 返事をしながら、サンダルを突っかける。


「じゃあ、さっそく行くか」


「…………」


 しかし、おれの服装を見て。


「ジャージ……」


 とても不満そうだった。


「変かな」


「変っていうか、普通、外出するのにジャージはないでしょう。高校生ですか」


「ジャージじゃないぞ。ルームウェアだ」


「外出ランク落ちたんですけど……」


 そういう岬は、前回と同じくお洒落な服装だ。

 これも似合っているのはいいのだが。


「でも、今日は畑仕事すると言ったろ?」


 前回の案山子制作では、ずいぶんと汚れた。

 それを踏まえたうえでの服装なのだが、岬はお気に召さないらしい。


「そ、そうですけど、せっかくの休日なんだし、少しは気を遣ってくれても……」


「ホームセンターくらい、部屋着で十分じゃないか」


 やけに食い下がるものだ。

 ……ははあん。

 なるほど、わかったぞ。


「さてはアレだな」


「な、なんですか?」


 途端、岬が顔を赤らめてたじろぐ。

 どうやら図星のようだ。


「おまえ、やっぱり……」


「い、いや、なに言ってるんですか。そんなわけないでしょ。だいたい先輩、たまに自意識過剰っていうか、わたしは別にそんなつもりじゃ……」


「カガミみたいな男がタイプなんだろ? あいつ、けっこう整った顔してるもんな。でも相手は妻子持ちなんだから、そこはわきまえないと……」


「…………」


 あれ?

 なんでそんな死んだ魚のような目で睨むんだ?


「……うりゃ!」


 痛ったい。

 なぜか蹴られてしまった。


「もう、こっちが真面目に服選んだの馬鹿みたいじゃないですか! さっさと行きますよ!」


「お、おう。あ、待ってくれ。ちょ、鍵を……」


 なにが気に入らなかったのか。

 やはり若い子の考えていることはわからん。


***


 その後、二人でホームセンターを訪れた。

 目的は二つだ。

 一つは、畑に撒くための肥料の購入。

 そしてもう一つは、岬と話した『調理設備』の検討だ。


「まずはどっちを見るんですか?」


「そうだなあ。まず、店内から済ませようか」


 つまり『調理設備』のほうからだ。

 まずはガスコンロなどを見てみた。

 キッチンのリフォームなども行っているらしく、けっこう大規模な展示があった。

 二口のガスコンロは、安くて二万程度から。

 三口になると、もう少し高くなる。


「一家なら、このくらいは欲しいよなあ」


「でも先輩。これ、個人で取り付けできるんですかね」


「そういえば、そうだな。業者を入れるわけにはいかんしなあ」


 そもそも異世界って都市ガス?

 それともプロパン?

 ううむ。燃料のことを考えると、あまり現実的ではないな。

 いっそオール電化に……、いや余計に無理か。

 いろいろ考えた末、別のエリアにたどり着く。

 申し訳程度の家電エリアだ。


「このガスボンベで動く小さいやつはどうだ?」


「悪くはないと思いますけど、ガス類はゲーム機を通るんでしょうかね」


 確かに、それは検証が必要だ。

 とりあえず、単品販売のガスボンベを購入した。

 これが向こうで使用できるようなら、これを採用しよう。

 それから、店の外エリアに出た。

 ここには園芸や土木系の資材が並んでいる。

 一口に肥料と言っても、かなりの種類があった。

 ぎゅうふんや赤土、化学肥料だのなんだの。


「どれがいいか、さっぱりわからんな」


「とりあえず、店員さんに聞いてみましょう」


 外には店員がいなかったので、結局、店内に戻った。

 サービスカウンターに申しでると、店内アナウンスで担当者がやってくる。


「作物を育てるためには、なにを買えばいいかわからないんだが……」


「なにを植えるのかお決まりですか?」


「それは、必要なことなのか?」


「それはもちろん。作物に相性のいい土づくりから始まりますから」


「土と作物に、相性があるのか?」


「例えば養分をあまり必要としない野菜に養分を与えすぎると、栄養過多で枯れるんですよ」


 そこで困る。


「ちょっとタイム」


「は?」


 慌てて岬と、隅のほうに逃げる。


「おい、なんと言えばいい?」


「わたしに聞かれても。というか、なにを植えるつもりなんですか?」


「カガミたちが故郷から持ってきた、向こうの世界の作物だ。名前とか、よくわからん」


「先輩、そういうのは先に調べていてくださいよ」


「無理だろ。異世界の資料がそうほいほい見つかってたまるか」


「あってもオカルト雑誌になりそうですよねえ」


 難しい顔で考え込み。


「いっそ、こっちの野菜を育てるというのはどうです?」


「あ、なるほどな」


 それは理にかなっている。

 土壌と野菜の相性が大事なら、土壌を向こうの野菜に合わせるより、どっちもこちらのものを持ち込めばいい話か。

 少なくとも、気候などはこちらと変わらなかったはずだ。


「よし、それでいこう」


 向こうで暇そうにしている店員さんの元に戻る。


「すまない。まだ園芸の初心者なんだが、一家三人が主食にできそうなものを育てるなら何がいいだろう」


「しゅ、主食ですか……?」


 店員さんがげんそうな表情で考える。


「お米、いや、でも初心者ができるようなものじゃ……。あ、ジャガイモなら、ちょうど種芋が出ていますけど」


「……種芋?」


 なんだろうか。

 店員さんに連れられて移動する。

 そこには多種多様な、野菜や花などの種が展示してあった。

 その一角に、大きなネットに入った大量のジャガイモが売られている。


「これが種芋なのか?」


「そうです。これを植えて、食用のジャガイモを育てます」


「スーパーで売っているジャガイモとは違うのか」


「種芋は防虫・防病処理がされています。種芋に向かないものを植えると、土がやられたり、他の作物に影響が出る可能性がありますから」


「へえ。じゃあ、家で芽が出たジャガイモは植えないほうがいいのか」


「そういうことですね」


 改めて、種芋を見た。

 男爵、メークイン、キタアカリ。

 聞いたことがあるが、どう違うのか考えたことはなかった。


「岬はどれがいい?」


「え、わたしが決めていいんですか?」


「おれにはよくわからん」


「キタアカリにしましょう。ポテサラにすると、めっちゃ美味おいしいです」


「なるほど。じゃあ、そうしようか」


 ポテトサラダって、家で作れるものだったのか。

 世界には意外な発見がいっぱいだな。


「どのくらい植えればいいのかな」


「広さはどのくらいですか?」


「ええっと、確か、一反というものだったはずだ」


 店員の顔が引きつった。


「あの、趣味でやるのではなく……?」


 岬が脇を小突いてくる。

 そうだった、普通の家庭菜園の広さではなかった。


「趣味でも、やるからには本格的にやりたくてな」


「趣味で一反ですか。豪快ですね」


「ま、まあな。よかったら、いろいろ教えてくれないか?」


 それから、いろいろなアドバイスをもらった。

 肥料に関しては、それほど養分を与えないほうがいいらしい。

 とはいえ、それでも一反分となればすさまじい量だ。

 さすがに持ち帰れないから、宅配サービスを利用させてもらう。

 どうにか交渉して、今日の昼過ぎに届けてもらうように手はずを整える。


「しかし、こうやって見ると、ホームセンターにはいろんなものがあるな」


「そうですね。わたし、こういうのをちゃんと見たの、初めてかもしれないです」


 向こうには、土木系の資材が展示してあった。

 家でも簡単に塗れるコンクリートや、日曜大工のアイテムなど。

 手作り庭園のためのレンガなども、こんなに種類があるとは思わなかった。

 DIYという単語も一般的になっているらしいが、こういうものを試してみるのも楽しそうだ。


「……なあ、岬」


「そうですね。わたしもちょうど、同じこと考えてました」


***


 おれたちの視線の先にあるのは、レンガ造りのバーベキュー炉の展示写真だった。


 近所の定食屋でテイクアウトを注文し、アパートに戻った。

 食事をしながら配達を待っていると、岬がゲーム画面をいじりながら言う。


「先輩。この画面、この前と違いますよね」


「そうなのか?」


「いや、自分でやってみないんですか?」


「やってるぞ。ほら、こうやって移動させたり、拡大させたりしている」


 いつものようにスワイプしたり、拡大してみせる。

 しかし、岬は微妙な顔でモニターに触れた。


「この項目、変わってるの気づいてます?」



■ 山田 村 ■

◆レベル   4 《 次 の レベル まで 55 ポイント 》

◆人口    3

◆ステータス 高揚

◆スキル   ●○○


「……なにか変わっているのか?」


「先輩。自分の村でしょ」


「そういじめるな。教えてくれ」


「もう、しょうがないですね」


 岬が指さしたのは。


◆スキル   ●○○


「……あ、なんか違うな」


 以前は『○○○』だったはずだ。

 ○が●に変わっている。

 岬はよく見てるなあ。

 ぜんぜん気にしてなかった。


「これ、なんだ?」


「先輩が知らないのに、わたしが知るわけないですよ」


 正論だった。


「そういえば、これって説明書とかないんですか?」


「ない。そういえば、故障したらどこに電話すればいいんだろうな」


「……保証期間、過ぎてないといいですね」


 まあ、物は試しだ。

 その『●○○』をタッチすると、新しい文面が現れた。


■ ブレッシングマイスター ■

◆ 神さま一号 【発動中】

◆ 未設定

◆ 未設定

▼ ブルペンズ

◆ なし


 どうも『ブレッシングマイスター』の項目のようだ。


「でも、これはどういう意味だ?」


「つまり、一度に三つまでしか発動できないんでしょう」


 なるほど。そのブルペンか。

 ここでスキルを入れ替えることができるようだな。


「そういえば、このゲーム機って結局、なんなんでしょうね」


「わからんから、こうしてるんだろ?」


「もしかしたら、ネットで検索したらヒットするかもしれないじゃないですか」


「あ、その手があったな」


 確か初めて起動したとき、ゲームの名前のようなものも流れた気がする。

 パソコンを立ち上げて、検索エンジンを起動する。

 ええっと、ゲームの名前、名前。

 ……うん。

 まったく思いだせないな!


「先輩……」


「仕方ないだろ。一瞬しか表示されなかったんだから」


 しかし、どうするかな。


「あ、さっちゃんたちの種族で調べたらどうです?」


「おお、それならわかるぞ」


 サチたちは月狼族だったな。

 検索……うーん。

 それっぽいのは引っかからない。

 さすがのグー〇ル先生も、異世界まではカバーしきれないようだ。

 なにか具体的な変化でもないだろうか。

 そう思っていると、チャイムが鳴った。

 予想通り、配送のおじさんだった。

 アパートの前に、大量に積まれた肥料。

 そしてキタアカリの種芋。


「本当に、ここでいいんですかあ?」


「ああ、ありがとう」


 おじさんが帰ったあと、山になったそれを見上げる。


「しかし、こうやって見るとすごい量だな。運ぶのが大変だ」


「…………」


「よし、岬。ここは分担作業を……、岬?」


 いつの間にかいなかった。

 振り返ると、彼女はいそいそと急いで鎖を垂らしている。


「……おい、岬。いや、委員長」


「なんですかー? わたし、真面目な委員長じゃないのでわかりませーん」


「待て! おれ一人で運ばせる気か!?」


「えー。先輩こそ、か弱い女子に力仕事させる気ですかー?」


 そう言うと、さっと靴を履いてゲーム機に飛び込んだ。

 バチバチッと白い光が室内を照らす。


「あ、こら!!」


 しかし、すでに彼女の姿は消えてしまっていた。

 ……ほんと、こういうときだけいい性格してるな。


「まあ手伝ってもらってるわけだし、無理強いはできんな」


 よっこいしょ、と肥料を抱える。


「…………」


 まあ、いざとなれば明日は休みだし。

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