四畳半開拓日記 10/18


10


 結局、運び終わるのに二時間もかかってしまった。

 腰はまだ大丈夫だ。


「さて、これで準備が整ったな」


「はーい!!」


 サチが元気に返事をする。


「こんなにたくさんのれいしょ、ありがとうございます」


 イトナはうふふと穏やかに微笑んでいる。


「…………」


 カガミは相変わらず、ぶっすーとした顔で睨んでくる。

 やっぱり通学路のドーベルマンにそっくりだな。


「わたしは何をするんですか!?」


 サチがおれの腕を取って、目を輝かせている。

 おれのせいではないが、カガミから視線だけで殺されそうだ。

 委員長の完璧なスケジュールが発表された。


「それじゃあ、今日は明日の植え付けの準備をします。まず先輩とカガミさんで畑を耕して、その間に女性陣で種芋の準備をしたいと思います」


「サチも頑張ります!」


 いやあ、いやされるな。

 もしめいとかいたら、こんな感じなのだろうか。

 と、感慨にふけっている場合ではないな。


「じゃあ、始めようか」


 各自の作業に入った。

 おれは鍬を持つと、カガミと一緒に広大な畑の前に立った。


「……なあ、無理じゃないか?」


「やる気がないのなら、そこで見ておけ」


「いや、そうは言っていないが」


 こうして見ると、一反とはかなり広いものだ。

 そして、山と積まれた肥料と石灰の袋。


「……やるか」


 覚悟を決めると、その一つを抱えた。

 肥料の袋の隅を、ハサミで切る。

 今回は、店員さんの勧めに従って牛糞を採用した。

 素人には臭いがきついが、化学肥料はジャガイモと相性が悪いのだという。

 一つずつやるのは大変なので、まとめて開けておこう。

 すると、カガミが不思議そうに覗き込んできた。


「それはなんだ?」


「ああ、これはハサミだ。こうやって、紙とかを切るんだ」


「ふうん」


「興味あるか?」


「そ、そんなわけはない!」


 そんなに怒らなくてもいいのにな。

 チョキンチョキン、と肥料の袋を開けていく。


「…………」


「…………」


 背中に、カガミの視線を感じる。

 ものすごく感じる。

 振り返って聞いてみた。


「……カガミ。やってみたいのか?」


「そんなわけないだろう!」


 すごく尻尾がぶんぶんしている。

 まるで隠せていない。

 きっと、サチは父親似なんだろうなあ。


「…………」


 ハサミを差しだした。


「えっと、カガミ。おれはこっちの肥料を撒くから、残りを切っておいてくれないか?」


 尻尾がピーンと立った。


「しょ、しょうがないな。仕事を早く終わらせるには、そうしたほうがいいだろう」


 ちょろい。

 ハサミの使い方を簡単に説明して、おれは肥料を撒いていく。

 ちらと見ると、大きな背中を丸めて、一心に肥料の袋を切っている。

 子どものころ、ハサミで折り紙を切るのが妙に楽しかったよな。

 それを見たサチが駆けてくる。


「お父さん、それなに?」


「これはハサミというらしい」


 二人で尻尾をふりふりしながら、肥料の袋を切っている。

 やっぱり父親似だなあ。

 そう思いながら、残りの肥料を撒いていった。


***


 さて、肥料は撒き終わった。

 次に同じように石灰を撒く。

 石灰を撒くのは、ジャガイモと相性がいいからだという。

 もちろん店員さんの受け売りで、ちゃんと意味はわかっていない。

 それが終わったころには、二時間ほど経っていた。

 ここからが本番だ。

 おれとカガミで、鍬を持って構える。

 畑の反対側から中央に向かっていく形だ。


「せーの!」


 鍬を振り上げて、ドスッと土に刺す。

 なかなかの手応えだ。

 ぐいっとひねって、土をおこした。

 それを何度か繰り返すと、かなり土が細かくなったような気がする。

 試しに手ですくってみた。

 まるで砂場のようにさらさらだ。

 素人なりにいい感じだと思う。

 土が柔らかいほど野菜作りはうまくいくというし、この調子で頑張ろう。


「さて、カガミは……」


 向こうを見て、ぎょっとした。

 わずかな範囲を耕している間に、彼はすでに一列分を耕していたのだ。


「…………」


 ちら、とこちらをいちべつする。

 そして、フッと勝ち誇ったような笑みを浮かべた。


「……ッ!!」


 おれは鍬を振り上げた。

 決してムキになっていない。本当だ。

 ただ、おれは岬に言っていないことがある。

 あのドーベルマンと、おれは柵を越えて戦ったことがある。

 あれは暑い夏の日だった。

 おれの持っていた体操服バッグが、なにかの拍子で柵の中に入ってしまった。

 隙間から手を伸ばせば取れそうだった。

 しかし、そこにあのドーベルマンがやってきた。

 こともあろうに、体操服バッグを奥のほうへと持ち去ったのだ。

 振り返って、ほくそ笑むドーベルマン。

 少なくとも、おれにはそう見えた。

 気がついたときには、おれは決着をつけるべく柵の中へと飛び込んでいた。

 まあ、すぐに見つかって追いだされたのだが。

 ……無知とはいえ、我ながら危ないことをやったものだ。

 とにかく、おれはそういう熱い一面を持つ人間だ。

 この戦いも、負けるわけにはいかない。

 繰り返し言うが、決してムキになっていない。とても冷静だ。


「神さまー。頑張ってくださーい!」


 サチの激励が飛ぶ。

 なんて嬉しい援護だ。

 しかし、同時にカガミが露骨に敵意をきだしにしてスピードを上げる。

 慌てて食らいついていった。


「せんぱーい。無理すると、腰やっちゃいますよー」


 岬が呆れた様子で言った。

 ……だ、大丈夫だ。

 自分の身体のことなら、よくわかっている。

 それに大事なのは作業の質だ。

 スピードを意識しつつも、そこは手を抜かないように心がける。

 ……よし、よし。

 いい感じだ。

 コツを掴めてきた気がする。

 大事なのは土を『切る』ように混ぜ返すことだ。

 向こうを見ると、カガミが「ほう……」と真剣な表情をしていた。

 いまだ情勢は不利だが、この調子で相手の疲労を待つ。

 さすがに体力が無尽蔵ということもないだろう。

 …………。

 ……いい調子、いい調子。

 ………………。

 ………………。

 ……お、なんかキレイな石を見つけたぞ。

 ………………。

 …………だ、だが。


「きゅ、休憩だ!!」


 つい、その場に座り込んだ。

 もう二列分ほど耕した。

 すでに身体が悲鳴を上げている。

 いくら営業で歩いているからと言っても、慣れない作業には限度というものがある。

 大人の理性が、ストップをかけているようだ。

 これ以上はやばい。

 向こうの進捗を確認する。

 カガミはもう四列だ。

 それでも、一向にスピードが落ちていない。

 ケモミミお父さんの体力、恐るべしだ。


「神さま、大丈夫ですか?」


 イトナがやってきた。

 その手には、木彫りのコップのようなものを持っている。

 そこには透き通った水が汲んであった。


「どうぞ」


「あ、ありがとう」


 これは川の水だろうか。

 まあ、いいや。

 いまは一刻も早く、喉を潤したい。


「……うまいな」


 差しだすと、再び水を汲んできてくれた。

 それも一気に飲み干す。

 身体に水分が満たされていく感覚だ。

 こんな感覚も、高校のときの持久走以来だな。

 たまには悪くない。


「神さまが引いてくださった川のおかげです」


「まあ、おれがやったわけではないが……」


 一応、説明はしたが、やはりピンとは来なかったらしい。

 こっちの世界に、ゲーム機などがあるとは思えないからな。


「そっちの作業はどうだ?」


「ええ、ご覧になりますか?」


 疲れのたまった脚を動かして、岬たちのほうへと戻った。


「先輩。負けちゃったんですかー?」


「う、うるさい。カガミの体力がすごすぎるんだ」


 すると、イトナが困ったような表情になる。


「あの人は、あれでも兵士でしたから」


「じゃあ、こっちでは戦争があるのか」


「はい。いまは収まっていますが、数年前までは激しい争いを繰り返していました」


「それは大変だったな。もしかして、こんなところに住んでいるのも戦争のせいか?」


「いえ、それは……」


 と言いかけて。


「……いえ。何でもありません」


 なにか引っかかるが、これ以上は聞くまい。

 わざわざ、こんなところに住んでいるのだ。

 なにか訳ありのようなことは、この前のやり取りでわかっている。


「でも、よかったじゃないか」


「え?」


 彼女は不思議そうに首を傾げる。


「いや、おれは家族を持ったことがないからわからないが、こうやって三人揃って暮らしていけるなら、どこだっていいんじゃないか?」


 この家族は、とても仲がいい。

 たとえいまは辛くとも、そのうちいいこともあるはずだ。


「……そうですね。お優しい神さまにも出会うことができましたし」


 イトナはしばらく考えて、にこりと微笑んだ。

 なんか、そうやって面と向かって言われると気恥ずかしい。


「あ、ああ。存分に頼ってくれ」


 どすっと背中を小突かれた。

 振り返ると、岬がじとーっと見ていた。


「おいオッサン。人妻ですよ」


「わ、わかってる。茶化すんじゃない」


「先輩こそ、イトナさんみたいな女性がタイプなんじゃないですか?」


「ち、違う。誤解を招くようなことを言うな」


 まったく、最近こいつは本当に遠慮がなくて困っちゃうな。

 そこで、イトナが立ち上がった。


「神さま。お夕食の準備をいたしますが……」


「あ、わたしも手伝います」


 岬もついていった。

 彼女らが小屋に戻ったあと、サチのほうの様子を見る。


「ジャガイモの準備は順調か?」


「はい!」


 見ると、処理された種芋が積まれていた。

 芽の出た種芋の処理。

 小さいものは、そのまま植える。

 しかし大きいものは、芽の数が均一になるように切っておく。

 切り分けたあと日光にあてて乾かすらしく、明日の昼まで干してもらう予定だ。


「それは?」


「切った馬鈴薯は腐ってしまうので、切った部分をふさいでいるんです!」


 なるほど。そのための石灰だったのか。

 店員さんに勧められるまま買ったが、こういう使い方もするらしい。


「よし。おれも手伝おう」


「ありがとうございます!」


 いっしょに切った種芋を処理していく。

 ふと、おれたちに影が差した。


「あ、お父さん!」


「もう終わったのか?」


 見ると、すっかり畑が耕されていた。

 ぜえぜえと荒い呼吸をしながら、おれとサチの間に割り込んだ。


「サチ。お父さんもやるぞ!」


 そんなに対抗しなくてもいいのに。

 そう思っていると……。


「お父さん、神さまの邪魔しないで!」


 ガガーン!

 カガミが崩れ落ちる。


「……おれは、神など認めない!」


 泣きながら畑に戻ってしまった。

 ……うん。

 なんかごめんな?


***


 いち段落がつき、夜になった。

 あとは、明日の植え付けだ。


「それじゃあ先輩。先にお部屋、戻ってますね」


「ああ、いいぞ」


「じゃあ、さっちゃんも行こうか」


「はい!」


 サチが尻尾をぶんぶん振りながらついていった。


「うちの娘がお世話になります」


「いいや。岬が好きでやってることだ」


 今日は、岬の強い欲望……じゃなかった、強い要望で実現したお泊まり会だ。

 今日は最初からそのつもりだったらしい。

 どうりで大荷物を抱えていたはずだ。


「でも、カガミはいいのか?」


「…………」


 ぷいっとそっぽを向いた。


「この人、サチに『ダメならお父さんとは口きかない』


と言われてしまって」


「……ううむ。難しい年ごろだな」


 荷物から、いくつか酒を取りだした。


「神さま、これは?」


「向こうの酒だ。飲めるか?」


「はい! わたくし大好きです」


 尻尾を見るに、世辞じゃないようだな。

 それぞれ興味の対象がわかりやすくていいな。


「口に合うといいがな」


 どれが好きかわからなかったから、コンビニで適当に見繕ってきた。


「ああ、なんて美しいワインでしょうか」


「あんまり褒めるな。安物だぞ」


「そんな、これは素晴らしいものです」


 イトナはうっとりしながらコップに注ぐ。


「素敵な香りですね。ほら、あなたもいただきましょう」


「……そんな得体の知れないものを飲めるものか」


 相変わらずのツンツンである。


「まあまあ。そう言わずに、飲んでくれよ」


「断る。おれはおまえを認めたわけではない」


 やはり一筋縄ではいかないな。


「そうか、残念だな。どっちが飲めるか勝負しようと思っていたんだが」


「なに?」


「まあ、仕方ない。逃げるというなら、おれの勝ちということで……」


 ガシッと缶ビールを掴むと、鋭い爪で強引に穴を開けた。

 それをぐいっとあおると、瞬く間に飲み干す。


「……誰が逃げると?」


 なんてわかりやすい。

 カガミとの接し方がわかってきた気がするな。


「じゃあ、おれのターンだ」


 ぐいっと缶ビールを空ける。


「…………」


 カガミが次の一本を開けた。

 それを、ぐぐっと飲み干した。


「つ、次だ」


「いける口だな」


 しかし、イトナが心配そうに言う。


「あなた……」


「おまえは黙ってろ」


 おれも次の缶ビールを空けた。

 肉体労働のあとは身体にしみる。

 今日は仕事じゃないというのも格別だ。

 でも、もっと冷たかったら最高だったな。

 今度は保冷バッグを持ってこようか。


「ほら、次はどうする?」


「…………」


 なぜか、躊躇ためらいがちに三本目を開ける。

 それを飲もうと持ち上げたとき。


「……うがあ」


 くらり、と身体が傾いた。


「あっ!?」


「あなた!!」


 慌ててカガミの身体を支えた。

 顔を真っ赤にして、ぐったりとしている。

 どうも、酒は弱かったらしい。

 いきなり倒れたので、なにか病気かと思ってしまった。


「もう、この人ったら。いきなり倒れたら、お酒がこぼれちゃいます」


「え。そっち?」


 イトナは缶ビールのほう優先だった。

 美味しそうに、それに口をつける。

 これは筋金入りだな。

 サチがどっち似なのか、いまから楽しみだ。


「しかし、家主がこれでは参ったな」


 いつまでも居座るわけにもいくまい。

 おれもアパートに帰るか。

 そう思ったとき、ワインの空瓶が転がった。


「……んん?」


 これ、さっき開けたばかりだよな?

 恐る恐る目を向けると、イトナがうふふと微笑んでいた。

 その手にあるワイン瓶の栓が、きゅぽんと外れる。


「それでは、次はわたくしと勝負ですね」


「……おもしろい」


 今夜は長い夜になりそうだ。


***


 さ、さすがにもう無理だ。

 持ってきた酒も底をつき、最後の一本となっていた。

 一週間くらいで飲んでもらおうと思っていたのに、まさか一晩で消えるとは思わなかった。

 イトナはまったく衰えないペースのまま、最後の瓶を開けた。


「はあ。とても美味しい」


「気に入ってもらえて嬉しいよ」


 毎回は無理だが、また持ってくることにしよう。


「しかし、まだカガミからは嫌われているな」


「あら。そんなことありませんよ。最近この人、すごく楽しそうなんです」


「そうは見えんぞ」


「口を開けば、やれ今日は来ないのか、やれ今度来たら追い返してやると。いつも神さまのことばかり話してるんですよ」


「……へえ」


 ぐおおお、といびきをかいている。

 とても幸せそうな顔だった。


「本当は、この人も気兼ねなく接する友人ができて嬉しいんです。ただ最近はサチが冷たいものですから、ちょっと嫉妬してるんです」


「……ううむ。それはすまないな」


 まあ、年ごろだもんな。

 やはりケモミミ娘も多感な時期だ。


「おしゃべりがすぎましたねえ」


 と、イトナがしなだれかかる。


「……どうした?」


「いけません。少し、調子に乗って飲みすぎました」


「そりゃ、それだけ飲めばな」


 いつの間にか、最後の一本も空になってるし。

 いや、それ自体は構わないんだが……。


「ええっと。ちょっと、近いんじゃないか?」


「…………」


 ぽうっと、潤んだ瞳で見つめられる。

 ワインのせいか。

 その肌から、とても甘い匂いが漂うような気がした。


「申し訳ございません」


「飲みすぎるのは、よくあることだ」


「いえ、そのようなことではなく。神さまが知らないのをいいことに、わたくしどもは甘えてばかりです……」


「知らない? 何を?」


 ふるふる、と首を振る。

 それに合わせて、とても大きな胸が揺れた。


「わたくしにできることがあれば、なんなりとお申し付けください」


「あー、いや……」


 目のやり場に困る。

 こんなところを岬に見られたら、なにを言われるかわかったものじゃない。


「わたくしどもは、ずっと三人でしか暮らしていけませんでした。サチにもそのせいで、幼いころから苦労をかけました」


 ふいに、イトナがそう言う。


「そういえば、親戚とか友人は?」


「故郷は、あの子が生まれたときに出ました」


「それは戦争が原因か?」


「いいえ。わたくしどもは、忌まわしき血筋ですから」


「……どういうことだ?」


「…………」


 んん?

 返事がなくなったな。


「……寝てる」


 肩に頭をのせ、彼女は寝息を立てていた。

 寝言だったのか?

 まあ、それなら構わんが……。


「しかし、これはどうしたもんかな」


 二人とも寝てしまっては、いよいよすることがない。

 今日は帰るか。

 カガミの隣に寝かせて、布団にしている麻布をかける。

 小屋を出ようとしたときに、入り口に頭がぶつかってしまった。


「……これもどうにかしないとな」


 おれがぶつかるのだから、カガミは余計に窮屈だろう。

 やっぱり、この小屋ごと改築できればいいのだが。

 外に出ると、暖かい風が頬をなでた。

 空を見上げると、満天の星だった。

 こんなに眩しいのは、やはり空気が澄んでいるせいだろう。

 そのうち、天体観測とかも楽しそうだ。

 そういえば太陽は二つあったが、月は一つしかないな。

 いや、そもそも月は地球の衛星だ。

 この世界にもあるというのは、とても興味深い気がする。

 ……ううむ。似合わないことを考えているな。

 とにかく、今日はもう寝よう。

 明日もまた、朝から忙しい。

 月明かりを頼りに、穴へと戻った。

 鎖を伝って部屋に戻ると、岬たちの姿がない。


「どこに行ったんだ?」


 ……むむ?

 バスルームから楽しげな声がする。

 どうやら、二人で風呂に入っているようだ。

 あのバスルームでは狭くないかな。

 まあ、本人たちがいいならいいのだが。


「……タバコでも吸うか」


 明日は植え付けだ。

 どれだけできるかわからないが、うまくいけばいいと思う。

 岬からもらった料理本をめくってみる。

 せっかくジャガイモを植えたのだし、それを使った料理を練習してみたい。

 しかし初心者用の料理本に、そんなにピンポイントなメニューは少ない。

 ジャガイモを使った料理ねえ。


「……そうだ」


 スマホを取ると、柳原にメッセージを送る。

 やはり、その手の相談はプロを頼るに限るだろう。

 その返信を待っていると、バスルームに異変が起こった。


「にぎゃあああああああああああああ!?」


 サチの悲鳴だ。

 慌ててバスルームのドアを叩いた。


「おい、どうし……」


 ドアが向こうから開いて、裸のサチが飛びだしてきた。

 シャンプーで頭の上があわあわだ。


「め、目が痛くて見えないですう────!!」


「落ち着け。ほら、こっちにタオルが……」


「ちょ、さっちゃん!? まだ頭を流してな──」


 その瞬間、場が凍りついた。

 おれの視界には、本当の意味で一糸まとわぬ後輩の姿がある。

 彼女もおれの存在は想定していなかったのか、隠すことも忘れて呆然としていた。

 ……ううむ。

 前に胸の大きさをからかったが、それを補って余りあるスタイルだな。

 サチがおれの気配を認めると、慌てて抱き着いてくる。


「神さま、神さま! 変な魔術にかかってしまいました。助けてください!」


「ええっと、そ、そうだな。でも、その前にな……」


 我に返った岬が、バタンッとバスルームのドアを閉める。

 わずかに、空気が震えて──。


「──────ッ!!!!」


 とにかく、ものすごい悲鳴だった。

 ……ご近所さんに通報されないといいなあ。

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