四畳半開拓日記 08/18
8
びっくり異世界交流から三日。
正直、これでもかと変わったことはない。
相変わらず通勤ラッシュに
あるいは
まあ、この歳でいきなり怪異だの超能力バトルだのに巻き込まれたところで『主人公に娘の思い出話をして死んでいくモブ』
が関の山だ。
娘いないけど。
「なにをぶつぶつ言ってるんだ?」
水戸部が
「ああ、いや。なんでもない」
うっかり口に出ていたらしい。
さすがにこの妄想は聞かれると恥ずかしいな。
「暇なら飯行かね?」
「ああ、そうだな」
席を立とうとしたとき。
ちょうど、そこに岬がやってくる。
「あ、先輩。お昼行きましょうよー」
でた。
きゃぴきゃぴ岬だ。
「すまん。いま、こいつと行こうって話しててな」
「えー。わたし寂しいなー」
そっと耳元でささやいた。
「……あのことについて、なんですけど」
「ああ、アレな」
十中八九、山田村だろうな。
これはさすがに、会社の同僚の前では言えないか。
「……すまん。ちょっと、岬を優先していいか?」
水戸部は肩をすくめた。
「やっぱり最近、仲いいな。そういう対象じゃないんじゃなかったのか?」
「いや、普通に昼飯行くだけだろ」
下に降りると、岬が訝しげに言った。
「そういう対象って?」
「おまえは異性というより、親戚のお嬢ちゃんだって話したことがあるだけ」
げしっと、なぜか足を踏まれる。
「いや、おれに異性として見られたくないって言ってなかったか?」
「先輩のそういうところがデリカシーないっていうんですよ」
ううむ、女心は複雑だな。
サチくらいシンプルなほうが、おじさんとしては楽なものだ。
「それより、なにか食いたいものあるか?」
「おごりですか?」
「うん、まあ、そのつもりだが……」
そんなにはっきり言われると困っちゃうのだが。
「あっちに新しいお
「え?」
まあ、確かにそっちのほうがおれはいいのだが。
「気を遣わなくていいんだぞ。ほら、おまえパスタのほうが好きだろ?」
なぜか少し距離を置き。
「……女子の好きなものチェックしてるとか引きます」
おれなにか悪いことしたっけ。
「じゃあ、お言葉に甘えて蕎麦にしようかな」
「はい。
「そこまでリサーチ済みか。おまえ、実はおれのこと好きだよな」
「…………」
わりと本気で嫌そうな顔をされてしまった。
店に入り、岬の薦めに従って、ざるの海老天セットを注文する。
「それで、あれからなにか変化は?」
「いや、特にないぞ。おれが帰る時間は、あっちはもう夜だからな」
「なるほど。じゃあ、さっちゃんたちとは会ってないんですね?」
「さっちゃん?」
岬の顔が赤らむ。
「い、いいじゃないですか。なにか問題でも?」
「いや、サチもそのほうが喜ぶだろ」
おれも家族と親睦を深めるために、あだ名を考えたほうがいいだろうか。
特にカガミの警戒心はすごいからな。
まずはフォーマルに、カガミくん。
まるで積年の親友のように、呼び捨てカガミ。
意外に童顔なので、可愛さを強調してカガミん☆。
抜本的イメージ改革を目指してポチ。
……噛みつかれても文句は言えんな。
「先輩。すごく失礼なこと考えてませんか?」
「昔な、うちの近所に大きな家があったんだ。通学中に放し飼いにされていたドーベルマンが、柵の向こうでワンワン
「はあ。それで?」
「でもな、いつも吠えたあと、つぶらな瞳で見つめてくるんだ。もしかしたら、飼い主とあまり触れ合えなくて寂しかったのかもしれない」
「確かに、似てるとは思いますけど……」
おお、この海老天サクサクだな。
それでいて身はプリッとしている。
熟練の技が見えるな。
「海老天に感動しているところ悪いのですが、これからどうするんですか?」
「え? ああ、うん。問題はそれだな」
先日、大家さんが帰国した。
さりげなく畳が抜けたことを伝えてみたが、特に不審な態度もなく。
すでに畳を取り換えた旨を告げると、来月の家賃で補?するとのことだった。
「……あれがなんであれ、とにかく一家への支援は続けようと思う」
「そうですか。まあ、わたしも警察に突きだすのはどうかと思いますし」
「すまん。おまえにも迷惑をかける」
「いえ。わたしは別になにも……」
そこで思いだしたように、バッグを開ける。
取りだしたものを差しだしてきた。
なにかと思ったら、初級者向けの料理本だ。
「はい、どうぞ」
「おれに?」
「おむすびばかりじゃ、栄養が偏りますよ」
なるほど、サチたちのためだった。
「気を遣ってもらって悪いな」
「べ、別に先輩のためではないです。さっちゃんたちのためです」
「はいはい。わかってるよ」
なぜか不満そうな顔を向けられる。
いや、おまえの意図を汲んだつもりなのだが。
「とにかく、ありがとう。挑戦してみるよ」
「これで先輩も料理男子ですね」
「三日坊主にならないように頑張る」
そのうち、この礼をしなくてはな。
***
仕事が終わり、アパートに帰った。
予約で炊いてあったご飯を、おむすびにする。
それを抱えながら、山田村の様子を確認した。
■ クエスト を 達成 しました ■
そこには、新しい文字列が並んでいた。
■ 《村人と交流する》 を クリア しました ■
■ 100ポイント を 獲得 しました ■
■ レベル が 上がりました ■
■ 山田 村 ■
◆レベル 4 《 次 の レベル まで 55 ポイント 》
◆人口 3
◆ステータス 高揚
◆スキル ●○○
■ 増築 が 可能 に なりました ■
▼水車
▼水路
▼湯源
■ 以下 から 新しい スキル を 選択 してください ■
▼モンスター出現率ダウン
▼気候変化抑制C
▼作業効率アップ
やった!
よくわからないが、レベルが上がったようだ。
しかし、クエストか。
ゲームで言うなら、隠された条件をクリアしたというところだろう。
まさか、村人と接触することが必要だったとは。
もしかしたら、他にもクエストがあるのかもしれない。
そして新しい項目に注目する。
この『増築』だ。
前回の『増設』とは、微妙に違うらしい。
つまり『川』に関係する施設を増やせるということか。
問題は、これを増やすことで、カガミたちがどういう恩恵を得るのかということだ。
まずは『水車』だ。
揚水、脱穀、製粉などを行う原動機。
食生活の幅が広がるということだろうか。
そして『水路』だ。
水を引くことができるというのは、これからの作業を考えれば非常にありがたい選択肢だ。
冷静に考えれば、『水路』で間違いはないだろう。
──だが!
「湯源かああ……!」
つまりは、温泉だ。
日本人として、この魅力に
ぜひとも設置したい。
そして入りたい!
だが、それが直接、サチたちの利益になるのだろうか。
もしかしたら、向こうには湯に
「す、水路を設置……!」
■ 水路 が 引かれます ■
勝った!
己の欲望に!
惜しいが、湯源はまた今度にしよう。
川があれば、きっとまた設置する機会もあるだろう。
見ると、川から畑を経由するように水色の線が生まれた。
サチが水路を跳び越えて遊んでいる。
喜んでくれているようでよかった。
そういえば、と前回の『増設』の項目を思い返してみる。
あの『道』や『丘』を選ぶと、他の施設ができたということだろう。
すごく気になる。
ケチケチせずに、どんどん増やさせてくれてもいいだろうに。
おっと、そうだ。
新しいスキルを取得しよう。
やはり『作業効率アップ』だ。
カガミの作業効率が上がるようだし、さらに上げておこう。
そのうち、山田村も夜になった。
おれも自分の食事にする。
しかし、料理か。
とりあえず明日、フライパンを買ってきて考えよう。
***
今日も岬と作戦会議という名目の昼食である。
開口一番、文句を言われてしまった。
「なんで湯源にしなかったんですかあ!?」
「いや、優先順位ってものがあるだろ」
「……天然温泉とか憧れるのに」
「そういうの好きなのか?」
「温泉が嫌いな女子はいませんよ」
「え、でも……」
ふと、彼女の胸元を見る。
「肩こりとか、なさそうなのにな」
「おいオッサン。わたしの胸に文句があるなら、はっきり言ってもらいましょうか」
エスプリの利いたジョークのつもりだったが、お気に召さなかったようだ。
「まあ、湯源は次の機会にな」
ツンツン女子の好みはともかく。
次のレベルアップまでに、サチたちにも意見を仰いでおこう。
「でもゲーム機のコマンドで地形が変わるとか、すごいですよね」
「そうだな。おれも見てみたいが、なかなか機会がなくてな」
そもそも、おれが操作するのだから見れなくて当然ではあるが。
「じゃあ、次のレベルアップはわたしにさせてくださいよ。それを先輩が向こうで見ることはできるでしょう」
「おお、その手があったな」
実際のところ、おれ以外の声でも反応するんだろうか。
これは試しておいて損はなさそうだ。
「でも、それならまた、おれの家に来なきゃいけなくなるな」
「もしかして、わたしにはもうかかわらせないつもりだったんですか?」
「そういうつもりじゃないが。……おまえはいいのか?」
「ええ。このまま放っておくのもどうかと思いますし、先輩への借りもありますからね」
「真面目なやつだな。あんなの気にしなくていいのに」
「そういうわけにはいきませんよ」
さすが委員長だな。
まあ、おれはそういう岬のほうが好きだが。
「それで、具体的にはなにをするつもりですか?」
「岬としては、どう思う?」
「ううん。まあ、ゲームとか小説の定番だと、やっぱり冬支度じゃないですか。あの世界に冬があるかはわかりませんけど」
「冬支度ねえ」
まあ、言われてみればそうだな。
お世辞にも、あの小屋は住居として機能しているとは言いがたい。
ならば、改築なり暖房なりの設備も欲しいだろう。
ただ、それはあくまで長期的な目標になる。
現状として、冬に必要なものと言えば……。
「とりあえず、大きな問題は食べ物かな」
食糧の備蓄だ。
しばらくは、おれの塩むすび支援でやれている。
しかし、いつまでもこの状態が続くとは限らない。
あのゲーム機がいきなり出現したように、いきなり消えることだってありうるのだ。
そのときに、現状のままでは家族の行く末は火を見るより明らかだろう。
「そうですね。いくら先輩が未婚の自由人だからって、金銭面にも限度があるでしょうし」
「……肩こりの件は悪かった。許してくれ」
すっかり根に持たれてしまったな。
「それと農業と同時進行で、彼らの身の回りの設備を整えたいと思う」
「具体的には?」
「わからん」
「先輩」
「いや、そうは言っても、サバイバル経験などないんだ。なにを優先するかなど、おれにわかるはずもないだろ」
「そんなんじゃ魑魅魍魎が跋扈する世界を切り抜けられませんよ?」
「やめろ。やめてくれ」
昨日の聞いてたのか。
「ちなみに、岬はなにが必要だと思う?」
「そうですねえ。わたしなら、火の元の設備が整っていると嬉しいですね」
「つまり、料理ってことか?」
「はい。あそこ、お世辞にも調理環境がいいとは言いがたいですよね。もう少し整っていたら、イトナさんの負担も減らせるでしょうし」
なるほど、一理ある。
確かに設備の
小屋に燃え移って火事になったら、なけなしの住居すら失いかねないからな。
「それじゃあ、週末にでも見に行ってみるか」
「あ、それじゃあ、ついでに持っていきたいものがあるので……」
……おや。
「な、なんですか?」
「いや、手伝ってくれるんだなって驚いてるだけだ」
「はあ? さっき、手伝うって言ったじゃないですか。迷惑ならしませんよ」
「そんなつもりはない。ありがたいと思っている」
これまで苦手だったが、こうしてみると案外わかりやすいな。
「おまえ、実は優しいよな」
「さっちゃんと会うには、先輩の家に行かなきゃいけないでしょう。そういうの、ほんとキモいので勘弁してください」
ううむ、素直じゃないやつだ。
こうして、山田村改造計画がスタートしたのだった。
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