四畳半開拓日記 05/18



 サチと会話した日の会社。

 そのことを、さっそく岬に報告した。


「それでな、最近は久しぶりに自炊してるんだよ」


「おむすびを自炊と認めるかはともかく、『おむすびを入れる』ってなんですか?」


「そういえば、おまえのゲームは、おむすびを入れないんだったな」


「普通、ゲームにおむすびは入れないし、鍬も……」


「あ、そうだ。おまえの選んでくれた鍬も喜んでいたぞ」


「……そ、そうですか。よかったです」


「あと、深夜にゲームから女の子が話しかけてきたんだ。起こされたのは困ったが、不思議と悪い気はしなくてな」


「…………」


 なんだか距離が遠いような気がする。

 会話にもいつものキレがない。

 まあ、いつもこんなものという気もしないことも……、あ、佐藤に呼ばれて逃げた。

 昼休憩のころに岬を探したが、すでに出ていったあとだった。

 あのゲームのこと、もっと詳しく聞きたかったのだが。


「しかし、もっとなにかしてやれることはないかな」


 効率は上がったのだろうが、いかんせん一人だ。

 それに、あの男性がどのくらい開墾するつもりなのかもわからない。


「山田くん」


 喫煙室でうんうんうなっていると、珍しく佐藤がやってきた。


「おまえも休憩か?」


「家じゃ吸えないからねえ」


 二人でスパスパしながら他愛ない世間話をしていたが、どうも様子がおかしい。


「……いつもの山田くんだよなあ」


「は? どういう意味だ?」


 すると彼女は、言いづらそうに切りだした。


「えーっと。最近、変なゲームにハマってるの?」


「岬がなにか言ったのか?」


 おれがあのゲームについて話しているのは、彼女だけだ。


「さっき相談されてねえ」


「へえ。ずいぶん懐かれたんだな」


「どっちかって言うと、背に腹は替えられないって感じだったけど……」


 どういう意味だ?


「あの新人、きみを心配してたよ」


「心配?」


「きみが変になったかもって言っててさ。様子を見るように頼まれたの」


「いや、おれは健康だぞ。どういうことだ?」


「詳しくは聞いてないんだけど、家でゲームするために農業の鍬を買いに行くって本当?」


「ああ、そうだぞ」


 佐藤が眉根を寄せた。


「それって、アパートのしきないで畑を耕してるってこと?」


「いや、ゲームだ。室内で使っている」


 だんだんと佐藤の顔が曇っていく。

 おれはなにか、わかりづらいことを言っているのだろうか。


「ど、どうやって使っているの?」


 その質問には、少しばかり困った。

 実際に開墾しているのだか、使用しているのはゲーム内の男性だ。

 おれがやっていることといえば……。


「床下に置くと、ちっちゃい人間が勝手に使ってくれる」


「…………」


 佐藤は渋い顔で、タバコの火を消した。

 なぜか心療内科を紹介されてしまった。

 元旦那と子どもの親権を争ったときに通ったらしい。

 そんなプライベート聞きたくなかった。


***


 そして今日も仕事が終わった。

 おれの気分は軽い。

 なぜなら、明日からは土日だ。

 二日間、ずっとゲームができる。

 知られざる山田村の生態を、いまこそ明らかにしてやるのだ!

 とかテンションを上げていると、水戸部が声をかけてきた。


「山田くぅーん。今月の独身の会に行きましょうよー」


「なにが悲しくて、男と女子会しなくちゃいけないんだ」


 おっさんのくねくね声なんて聞きたくない。


「ちぇ。じゃあ普通に飲みに行こうぜ」


「ああ、そうだな」


 と、携帯にメッセージが入った。

 どうやら岬からだ。


『大切なお話があります。これから、お時間よろしいでしょうか』


 なんだ?

 直接、言えばいいのに。


「すまん。今日は岬と飯に行くことになった」


「え、岬ちゃんと!?」


 すごく驚かれた。

 まあ、おれでもそんな反応をしたかもしれない。


「最近、仲いいよなあ」


 ……いや、おまえのやらかしたことが原因なんだけど。


「あんな可愛い子が、なんでおまえなんか……」


「そういうんじゃない。なにか相談があるらしい」


「いや、それってそういうことじゃね?」


「悪いが、おれは岬をそういうふうには見てないよ」


「じゃあ、どんな感じよ?」


「進学して疎遠になった親戚のお嬢ちゃん」


「おまえはそういうやつだよなあ」


「たぶん仕事のことだろう。じゃあ、また来週な」


「はいはい。お疲れさん」


 すると、なぜかものすごく生温かい目で見送られた。


「連帯保証人にされないように気をつけろよ」


 余計な心配をどうもありがとう。

 そして駅前で岬と合流すると、言われるまま電車に乗った。


「で、話とはなんだ?」


「それは着いてから……」


「ふうん。まあ、いい。行くところは決まってるのか?」


「ええ。佐藤さんから教えてもらいました」


「佐藤に?」


「はい。先輩のことを相談したとき、教えてくださった場所があるんです」


 なぜおれの話題で飲み屋を勧められるのだろう。

 飲みニケーションを強要するタイプではないつもりなのだが。

 でも、それはそれで楽しみだな。

 佐藤は結婚前、お洒落な居酒屋を回るのが趣味だったらしい。

 あいつが薦める店なら、まず間違いないだろう。


「こっちです」


 電車を降りると、繁華街の細い路地を歩いていく。

 岬は緊張したようにうつむいている。

 相談というのは、よほど難しい案件だろうか。

 彼女が携帯の地図を確認しながら、おれを誘導する。

 飲み屋が乱立する場所から、少し奥まった場所へ。

 なにか有名な店でもあるのかと思っていた。


「……あれ?」


 そこでふと、気づいた。

 ここは、いわゆる『そういう区画』だ。

 飲食店とは違うタイプのお洒落なビルが並ぶ。

 いま通ったところは、宿泊一万二千円で、ご休憩は五千円だった。

 ふと目が合った。

 お互いに、慌ててそっぽを向く。

 ……どういうつもりだ?

 てっきり、仕事かあのゲームの話でもするのかと思っていたのだが。

 そして白い清潔感のある建物の前で、彼女は立ち止まった。


「入りましょう」


「そ、それはダメだ」


「どうして、ですか?」


「だ、だって、おれときみは、ただの同僚だろう?」


「確かに出すぎた真似まねだというのは自覚してます。でも、このまま見過ごしてはおけません」


 ……どういうことだ?

 おれが独身貴族なのを、なぜ岬が見過ごしておけないんだ?


「先輩は確かに格好よくないし、デリカシーないし。でも、人間性は尊敬しています。企画のことだって、わたしはすごく感謝してるんです。……格好よくはないけど」


 大事なことなので二回言われてしまった。

 さっきから微妙に胸にグサグサくるのだが、褒められているということで納得しておこう。


「それは理由として、ダメでしょうか」


「ま、まあ。人によると思うが……」


 つまり「タイプじゃないけどお世話になったからお礼に一回くらいはいいかな」


ということか?

 ……なんてことだ。

 最近の若者は奔放だというが、岬もそうだとは思わなかった。


「きみの気持ちは嬉しい。でも、きみは若いし、一時の感情に流されるのは……」


 彼女が袖をつかんだ。


「お、お願いします!」


「いや、しかし!」


「失礼なのは承知のうえです。でも、わたしの気持ちもんでください!」


 そんなふうに言われてしまえば、男のおれにはなにも言えなかった。


「わかった」


「……ありがとうございます」


 彼女は涙ながらに礼を言った。

 そんなに一生懸命になるような価値が、おれにあるとは思えなかった。

 しかし、こうなった以上は腹をくくるしかない。

 うしろめたい気持ちを振り切るように、その建物を見上げた。


【 さんないりん メンタルケア クリニック 】


 ……気のせいじゃなければ、佐藤から教えてもらった病院もそんな名前だったなって。


***


 終戦です。

 おれの心病んでる戦線、終戦締結です。

 お医者さまの診断をいただきました。

 それはこの場では、神の言葉に等しきものです。


「これで納得したか?」


「……はーい」


 ぜんぜん納得してなさそうだった。


「なにか言うことは?」


「うわーい。先輩が健康で嬉しいなー」


「おまえ馬鹿にしてるだろ」


 ああ、やれやれ。

 一気に気が抜けたな。


「しかし、病院なら初めからそう言ってくれよ」


「言いませんでしたっけ?」


 言ってないぞ。


「じゃあ、先輩。妙に渋ってたけど、なんだと思ったんですか?」


「え? い、いや……」


 そこでやっと、この病院の立地に気がついたようだ。


「…………」


 その顔が、みるみる紅潮する。

 彼女は小さなかばんを盾にしながら、思いきりあとずさった。


「なんか会話が噛み合わないと思ったら、先輩そんなこと考えてたんですか!?」


「いや、誤解だ。ていうか、この場所ならしょうがないだろ」


「それでも、おかしいと気づいてくださいよ! さっき尊敬してるって言ったの取り消しでお願いします!」


「わかった、わかったから、ちょっと声を……」


 ふと向こうから来たカップルが、笑いながら通り過ぎていった。

 おれたちの間に、とても気まずい空気が流れる。


「あれから、考えていたんだが……」


 おれは慎重に言葉を選んだ。


「おまえのゲームは、鍬を使わないのか?」


「当たり前です!!」


 そんなに怒らなくてもいいのに。


「先輩。なんか、変な宗教とかに引っかかってるんじゃ……」


「そんなことはない。おれは神さまとか信じてないからな」


「でも床下でちっちゃな人間が鍬を振り回してるなんて言われたら、誰だって変になったと思いますよ!」


「いや、振り回しているのは広い草原だぞ?」


「もっと意味わかんないですけど!!」


 また怒られてしまった。


「でも、他に言いようがないんだよ。おまえも見たらわかる」


「じゃあ、見せてくださいよ」


「いいぞ」


 はたと会話が止まる。

 しばらく岬は首をかしげてから、訝しむように聞いてくる。


「……いまの、わたしが先輩のおうちに行く約束っぽくないですか?」


「まあ、うちに来ないと見れないからな」


 岬がまた一歩、後ろに下がった。


「まさか、いつもそういうふうに女の人を連れ込んでいるんじゃ……」


「だから違うと言ってるだろ」


 さっきのいまだから、警戒するのはわかるけど。


「別に見たくないというなら、おれはそれでもいいぞ。ただ、これ以上、おれの頭がおかしいなどと佐藤たちと話すのはやめてくれ」


「で、でも……」


「おれはおかしくなっていないし、言っていることも事実だ。憶測で悪口を言われて、気分がいいはずもないだろ」


「お、憶測なんかじゃ……!」


 根が真面目な岬は、その言葉に乗った。


「わ、わかりました。見ます、見ればいいんでしょう!」


「お、おう。いや、そんなにムキにならなくても……」


「ただし先輩が変なことしようとしたら、ネットで実名を拡散して社会的に抹殺しますから!」


「おまえ怖いな!?」


 ということで、明日は岬が来ることになった。

 彼女を駅まで送ると、おれも帰途に就く。


「さて、部屋の掃除くらいはせんとな」


 その前に、山田村の様子を確認したい。

 朝までに栄養失調で一家がいなくなるとか、控えめに言っても最悪だからな。


***


 帰宅後、山田村を覗いてびっくりした。

 すっかりと地面がならされていたのだ。

 いくら新品の鍬があったからといって、これほど早くなるものだろうか。

 家族たちはそれを囲うように、木の柵を作っている。

 体調の回復した娘さんも、せっせと手伝いをしていた。


「……もしかして、これが作業効率アップの力か?」


 だとしたら、すごいな。

 このスキルを選んでおいて正解だった。


■ レベル が 上がりました ■


 どうやらレベルも上がったらしい。

 作業が進んで、ポイントというのが入ったようだ。


■ 山田 村 ■

◆レベル   3 《 次 の レベル まで 75 ポイント 》

◆人口    3

◆ステータス 正常

◆スキル   ○○○


■ 増設 が 可能 になりました ■

▼川

▼丘

▼道


■ 以下 から 新しいスキル を 選択 してください ■

▼モンスター出現率ダウン

▼気候変化抑制C

▼作業効率アップ


 新しく『増設』

という項目が増えた。

 この三つのうち、どれかを増やすことができるのだろう。

 まず『川』だ。

 単純に生活が豊かになるのだろうか。

 そもそも周囲に水源も見当たらないし、農業には必要不可欠だ。

 そして『丘』だ。

 よくわからん。

 高い場所でしか栽培できない作物があるとは聞く。

 しかし山ならまだしも、丘レベルで違いなどあるのだろうか。

 そして『道』だ。

 さらにわからん。

 どこにつながるのかもわからないし、試すにはもったいない気がする。

 これも最初から悩むことはなかった。


「川を増設」


 すぐに変化が起こった。

 モニターの映像に、いくつかの赤い線が生まれたのだ。

 どれも北から南に流れている。

 このうちのどこかに設置できるのだろう。


「じゃあ、右から二番目のところにしよう」


 家族の小屋にほど近い場所をタッチした。

 するとその場所に、小さな川が現れる。

 これで水汲みも楽になるといい。

 よし、次だ。

 新しく取得できるスキルに特別な変化はない。

 少し残念だ。

 再び『作業効率アップ』を選ぶと、さらに早くなるということだろうか。

 他の項目については、前回と所見は変わらない。

 よし、ここはさらに早くしよう。

 もしかしたら、畑が広くなるかもしれない。

 この『作業効率アップ』を選択し、今回のレベルアップは完了した。

 そこで家族が小屋に戻っていき、おれも夕食にする。

 いよいよ、それらしくなってきた。

 どんな作物ができるのだろうか。

 まだ見ぬ未来に思いをせながら、おれも布団に潜った。

 ……やっぱり岬との約束、面倒だから断ろうかな。


***


 そして朝になった。

 さて、昼頃に岬が来る予定ではある。

 とりあえず掃除をして、茶菓子でも買ってくるか。

 でも、その前に考えることがある。

 さすがに畳に穴が開いた状態で迎えるのもどうだ。


「あ、そうだ」


 いいことを思いついた。

 最初は隠しておいて、途中でサプライズっぽく見せるのだ。


『あれ、先輩。例のゲームってどこですか?』


『ふっふっふ。探してみろ』


『わーん、見つかんないよう』


『じゃーん。これだ!』


『うわあ、床下からゲームが出てきた! すごい!』


 完璧だな。

 少し頭が悪い気もするが、誤差の範囲だろう。

 そうと決まれば、なにか隠せるようなものを……。

 座布団でいいか。

 穴の上からそれをかぶせて、スタンバイ完了だ。

 コンビニに行って、茶菓子ついでに昼飯も買ってきた。

 それから、軽く掃除機がけをする。

 そのうち岬との約束の時間になったので、駅前まで迎えに行った。


「すまん。待たせたか?」


 声をかけると、彼女は驚いて振り返った。


「あ、いま着いたところです。お疲れさまです」


「会社じゃないんだから、そんなにかしこまるなよ」


「いえ、そういうわけには……」


 相変わらずプライベートは真面目だなあ。

 やっぱり、おれはこっちのほうが付き合いやすい。


「ん?」


 そこで、彼女の服装が目に入る。

 ふわっとしたワンピース系だ。

 胸元のぽんぽんしたネックレスが可愛らしい。

 新卒だけあって、こうしているとまだ大学生で通りそうだな。


「可愛い服だな」


「あえ!?」


 奇声を上げた。


「どうした?」


「い、いえ。まさか先輩からストレートに褒めていただけるとは思わなかったので」


「おいおい、おれの印象はそんなか?」


「『そんな格好ができるなら会社でもしてくればいいのに』とか、微妙に斜に構えた発言でイラッとさせられると思ってました」


「まあ、否定はできんな……」


 よく見ているものだ。

 しかし、いつもの岬という様子でよかった。

 昨夜の一件で機嫌が悪かったらどうしようかと思っていた。


「じゃあ、行くか」


「は、はい」


 ふっふっふ。

 こいつが驚く姿が楽しみだ。


***


「ふうん。意外ときれいなところに住んでいるんですね」


 おれの住むアパートを眺めて、岬が言った。


「おい待て。どんなところだと思った?」


「いえ、先輩のことだから、もっと古そうなところかと」


「半年前までは、確かにそんなところだったな。取り壊しするから出ていけと言われた」


「それ、いいんですか?」


「おれとあと一部屋しか埋まってなかった。代わりに引っ越しの代金を負担してくれた」


 まあ、決定してから出るまで一か月もなかったが。


「し、失礼しまーす」


 岬がそろそろと入ってくる。

 まだ警戒されているようで寂しいが、それもここまでだ。

 なぜならここで、おれの潔白が証明されるのだから。


「それで、例のゲームって?」


 きた。

 確かプランはこうだった。


『あれ、先輩。例のゲームってどこですか?』


『ふっふっふ。探してみろ』


『わーん、見つかんないよう』


『じゃーん。これだ!』


『うわあ、床下からゲームが出てきた! すごい!』


 よし、イメトレは完璧だ。


「ふっふっふ。探してみろ」


「わかりました」


 そう言って、ちゅうちょなく部屋の真ん中にある座布団を上げようとする。


「お、おまえ! どうしてわかった!?」


「いや、だって先輩がずっと床下にあるって言ってたらしいじゃないですか」


 そうでした。

 岬が座布団を外した。

 畳の穴が現れる。


「うわ、なんですか。畳に穴が開いてるじゃないですか!?」


「そうなんだよ」


「そうなんだよ、じゃないですよ。新しいの用意しましょうよ」


 そういえば、そうだな。

 この時期はまだいいが、寒くなったら大変そうだ。

 明日、業者に連絡してみよう。


「じゃあ、早くそのゲームを見せてください」


「……よし、驚くなよ」


 予定は狂ったが、いいだろう。

 実物を見れば、きっと驚くはずなのだから。


「これがそのゲームだ!!」


 バッと床下を覗き込んだ。



 人間の腕が伸びていた。

 一瞬、部屋が冷たい静寂に包まれる。

 床下から、少女のものらしき細い腕が伸びているのだ。


「……ひっ」


 それを呆然と見ていた岬が、大きく息を吸い込んだ。


「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」



 つんざくような悲鳴。

 その場で腰を抜かし、バッグをぶんぶんと振り回す。


「や、やだ、来ないで!!」


「ちょ、待ってくれ。おれも混乱している。ちょっと、落ち着け、ぐふっ!?」


 ちょうどバッグの角が、おれの顔面にヒットした。

 岬は涙目で、殴る蹴るの大暴れをしている。

 スカートがめくれて、青い下着が覗いていた。

 思わぬ眼福だ。

 いや、後輩の下着を鑑賞している場合じゃないだろ。


「な、なにかの間違いだ! ちょっと、落ち着いて話を聞いてくれ!」


「……………………」


 岬の手が止まった。


「な、何が間違いだって、言うんですか!? こんな趣味の悪い驚かせ方をするなんて!」


「いや、これは玩具とかじゃなくて……」


「じゃあ本物だって言うんですか!?」


「いやいや! そういう意味でもなくて……」


 だから頼むから、キッチンの包丁を持って警戒しないでほしい。

 そのとき、床下から伸びる腕に変化が起こった。

 ぴくりと動いたような気がした。

 岬もそれに気づいたようだ。


「う、動きませんでした?」


「そ、そうだな」



 ばたばたばたばた!!


 急に腕が暴れだした。

 おれたちは部屋の隅に跳びのくと、抱き合うような体勢でそれを見つめる。


「せせ、先輩。これ、なんですか?」


「な、なんだろうな。ちょっと、おれにもわからん」


 もしかして妖怪でも住んでいたから、割と格安なのかな。

 そんなことを思っていると、あることに気づいた。


「……あのゲーム機から出てきているのか?」


 その腕に近づいた。

 そっと触れてみると、確かに握り返してきた。

 ええいままよ、と思いきり引っ張る。

 真っ白な光が生まれ、みるみるうちにれんな顔つきの少女が現れた。


「せ、先輩。その子は?」


「いや、おれも混乱しているのだが……」


 年のころは、十五歳くらい。

 褐色の肌を持つ娘さんだ。

 端整な顔立ちで、将来は美人さんになるだろう。

 ファンタジックというか、牧歌的な服装をしていた。

 彼女はきょとんとした表情で周囲を見回している。


「え、ええっと。きみは?」


 ぱちくり、と瞬きしたあと。

 少女の目に、じわあっと涙が浮かぶ。


「神さま! お会いしとうございました!!」


「ぐふううううう!?」


 胸に飛び込むと、思いきり頭突きをかましてくる。

 そのまま押し倒される形で、床に転がった。

 呆然とする岬と、目が合った。


「み、岬。聞いてくれ」


「なんでしょうか」


「これ、実はゲームじゃないな?」


 岬はものすごく疲れた顔でため息をついた。


「……ずっと、そう言ってます」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る