四畳半開拓日記 04/18



 翌日の会社。

 岬を連れて、部長のデスクへと向かった。


「……本当に、行くんですか?」


 岬がおなかきりきり状態だ。

 会社の中でも、いつものお人形スマイルの余裕はなさそうだった。


「別にためらう必要ないだろ」


「で、でも、棄却されたばかりなのに……」


「そのほうが印象に残ってる」


「悪印象ですよ! やっぱり、もうちょっと時間を置いて……」


 ええい、まどろっこしいな。


「水戸部を顔だけ野郎と言ってた気概はどうした?」


「わあー! それ言っちゃダメ!」


 両手で口をふさがれた。

 小声で抗議される。


「誰が聞いてるか、わからないじゃないですか!!」


「す、すまん」


 いかん、いかん。

 おれはどう思われようが構わないが、岬はそうはいかないな。


「とにかく、さっさと済ませるぞ」


「わかりました……」


 部長のデスクにやってきた。

 うちの名物女性部長で、名前は佐藤。

 おれの同期でもあるが、いまの立場は月とすっぽんだ。


「お、珍しい顔だねえ」


 佐藤は顔を上げると、なにか含みのある笑みを浮かべる。


「どうしたの?」


「ちょっと、新しい企画を見てほしい」


「メールじゃダメなの?」


「できれば直接、見てほしいんだが」


「ふうん」


 おれの渡した書類に、さっと目を通す。


「……これ、見覚えあるけど?」


「そうか。奇遇だな」


「そっちの新人にも見覚えあるね」


「奇遇だな」


 肩をすくめる。


「棄却した企画を持ちだして、どうしたの?」


「よく見てくれ。まったく同じじゃない」


「いくら修正入れたからって、大筋で棄却したものが通ると思う?」


「それは、新人の主導だからだろう」


 もう一度、企画書に目を落とす。


「ああ、なるほど。山田くんと新人の連名ね」


「そうだ。この企画は、おれが責任をもって最後までアシストする。おれはそつがないことに関しては、それなりだぞ」


「それは知ってるけど」


 しかし、佐藤は首を振った。


「でもダメ。うちで提携している卸会社は、社長とも懇意のところだからね。そこに話を通さなかったのが知られたら、会社の信頼にかかわるんだよね」


「だから昨日、そちらに出向いた。協議の結果、そっちから資材を発注する形に調整している」


「…………」


 佐藤は前回の企画書類を引っ張りだした。

 ネットのカタログを開くと、それと今日の企画書の資材を見比べていく。


「この前のと、だいぶ違うじゃん。これだと、かなりイメージ変わると思うけど」


「そうだな。でも、それなら見栄えも質も折り紙付きだ」


「予算のほうも、問題はなさそうだね。これなら会議に出すのはいいけど……」


 視線をらした。

 まるで蛇のような目で、じっと岬を睨んだ。


「新人はそれでいいわけ? この前の資材に、こだわっているように見えたけど」


 一瞬、たじろいだ。

 それでも岬は、ぎゅっとまっすぐ見返した。


「はい。もう一度、この企画をお願いします」


 佐藤はほほむと、企画書を戻してきた。


「来週、また会議の時間を作る。それまでに、クライアントの個性が見えるようにしておいてね。いまのままじゃ大人しすぎるかも」


「あ、ありがとうございます!」


 岬はそれを受け取ると、慌ててデスクに戻っていった。


「なんかあの子、この前と雰囲気変わった?」


「さあな。元からあんなもんじゃないか」


 なにせ、これまでが無理していたわけだしな。


「山田くん。どんな入れ知恵したの?」


「なにがだ?」


「これ、あの子が自分で決めたことじゃないでしょ」


 返事はしなかったが、佐藤は満足そうだった。


「なにを優先するべきか。自分のお気に入りの資材なのか、それとも自分の意志を曲げてでも企画を成功させることなのか。その取捨選択って、若い世代にとっては意外と難しいんだよね」


「おれたちにだって難しいだろ」


「違いないねえ。わたしだって、いろいろ悩むことばっかりだし」


「旦那と離婚したこと、後悔してるのか?」


「……山田くん。普通、会社でその話題持ちだす?」


 かなり本気の声色だった。

 ううむ。デリカシーというのは、なかなか難しいな。


***


 よし、今日も定時で終わった。

 早く帰って、あのゲーム機を確認だ。


「せんぱーい!」


 誰か追いかけてきたと思ったら岬だった。


「お帰りですかー?」


「おう」


「ごいっしょしまーす」


「……おう」


 そのきゃぴきゃぴキャラ、やめてくれないかな。

 なんか背中がかゆくてしょうがない。


「あ、先方との打ち合わせの日取りも、無事に決まりました」


「そうか。それはよかった」


「本当に好きに進めていいんですか?」


「当然だ。成功すれば、おまえの手柄。失敗すれば、おれの責任にすればいい」


「でも、それだと先輩に悪いですよ」


「先輩はそうやって使うもんだ。まあ、失敗しないように口は出すけどな」


「はい。お願いします」


 実際のところ、ここから大きなミスはないはずだ。

 ……たぶんな。


「先輩は、どうしてそんなによくしてくれるんですか?」


「まあ、これといった理由はないが……」


 改めて理由を問われると、言葉にするのはなかなか難しいものだ。


「おれは、おまえが頑張って仕事してくれるとうれしいだけだ」


「え。わたしが、ですか?」


 おい、なんで微妙に距離を取るんだ。


「まあ、おれも昔から仕事なんか適当にやってればいいと思ってた。それなりの暮らし、それなりの稼ぎ。そうして、無駄に疲れることなく生きていくのが性に合っている。でも適当にやってて、楽しいことなんて一つもなかったよ」


「…………」


「だから、仕事を頑張れるおまえのために何かしてやれるなら、それは先輩として誇らしいよ。いまさら昇進など無縁だしな。まあ、こんな人生でよければ、うまく使ってやってくれ」


 岬はしばらく黙っていたが、そのうち苦笑した。


「では、ありがたく頂戴します」


「うむ。よきにはからえ」


 そこでなぜか、ちらちら見てくる。

 なんか深呼吸して、やけに気合いを入れた。


「あの、先輩。ちょっとお聞きしたいことが……」


「なんだ? 会社でなにか問題があったか?」


「い、いえ。そういうわけじゃなくて、このあと、ご予定、とか、あります、か。とか?」


 なんだ、そんなことか。

 まあ、ないと言えば、嘘になるな。


「今日はちょっと用事がある」


「あ、そうなんですか。もしかして、彼女さんとか?」


「ゲームをしなきゃいけないからな」


 岬がずっこけそうになった。


「どうした?」


「それ用事カテゴリですか!?」


「用事だろう。おまえはゲームしないのか?」


「いや、ちょっとはしますけど……」


 ものすごく大きなため息をつかれてしまった。


「もしよかったら、このあとお食事でも、とか思ったんですけど。あ、今回のお礼に……」


「ああ、そういうことか」


 そういうことなら、ゲームはあと回しだ。


「じゃあ、お言葉に甘えようかな」


「はい!」


 後輩におごってもらうのは気が引けるが、断るのも悪いしな。


「ところで、そんなにおもしろいゲームなんですか?」


「え?」


「あ、いえ。先輩、ゲームなんてしなさそうなので」


 ああ、そういうことか。

 ……そういえば、岬はあのゲームについてなにか知っているだろうか。


「なんでも、村を開拓していくらしい」


「らしい?」


「まだ始めたばかりで、よくわからん。なにもない草原を開墾している」


「ああ。そういうの、わたしもやったことありますよ」


「そうなのか?」


 つまり岬も、あの地面に埋まったゲームを見たことがあるんだな。

 やはり、若いやつらには浸透しているのだろう。


「ええ。苗とか肥料とかを買っておくと、時間が経ったころに実るんですよね。それを収穫して、市場で売って、それで苗を買って……」


たねきに、収穫に、販売?」


 あの畑ができたら、そんなことも可能なのだろうか。

 なんだか楽しみな気がする。


「なあ、おまえのやってたゲームでは、種撒きとかの作業を早めることはできないのか」


「え? ゲーム内アイテムとか、そういうのありますけど」


「それはどうやって手に入れるんだ?」


「クエストをクリアした報酬とか、あと課金コンテンツかな」


「課金コンテンツ?」


「リアルマネー投資ですよ」


 やっぱり、そういうのが必要なんだな。


「よし。じゃあ、課金するか」


「ええ……。先輩、牧場ゲーム経験者から言わせてもらうと、あまり課金はお勧めしませんよ。ああいうのは、ゆっくり時間をかけてやるからおもしろいんです」


「そう言うな。あの調子だと、おれが死ぬまでに村が完成しない」


「うわあ。先輩、それ課金ゲーじゃないですか。他にも無課金のありますよ」


 よくわからないが、金をとることを前提としたゲームということか。

 ゲームなんだから金をとって当然だと思うのだが。


「まあ、どうせすぐ飽きるから」


「気をつけてください。ほんとに借金とか洒落しゃれになりません」


 つい苦笑した。

 まさか、一回りも年下の子に心配されるとは。


「あ、そうだ。岬はそういうゲームの熟練者なんだよな?」


「熟練者かどうかはわかりませんけど、少しなら……」


「じゃあ、ちょっと準備のためのアドバイスもらえないか。自分だけだと、よくわからんことが多くてな」


「それはいいですけど……」


 ちょっといぶかしげな顔になる。


「……ところで、準備ってなんですか?」


「ああ、開墾のために用意しようと思っているものがあってな」


「リアルで、ですか? あ、ウェ○マネーのこと?」


「よくわからんが、まあ、そんなところだ」


 それから、駅前を通り過ぎる。

 確かこっちのほうにあったと思うんだが……。


「先輩。どこ行くんですか? コンビニはこっちですけど……」


「いや、こっちだ」


 駅前のホームセンターに入ると、岬が訝しげに聞く。


「ゲームですよね?」


「ああ、ゲームだ」


 園芸用品コーナーで、目当てのものを物色する。

 あった、あった。

 農業の鍬を手にすると、岬に見せた。


「これを買って、攻略するんだろう?」


「先輩、意味わかんないんですけど!?」


 ……あれ?

 なにか違ったのだろうか。


***


 帰宅だ。

 今日は岬と食事をしてきたので、コンビニ袋はなし。

 このゲームについて熱く語る間、彼女の顔はずっと引きつっていたが。

 なにか変なこと言ったのだろうか。


「さて、ゲームになにか変化は……、おお?」



■ モンスター を 倒した ! ■


 キラキラした文字が、くるくる回っている。

 モニターを見ると、旦那さんがイノシシを解体しているところだった。

 いいところを見逃してしまった。

 やっぱり岬のお誘いは延期してもらうべきだったか。

 しかし、どうしたのだろうか。

 昨日から変わったところといえば……。


「まさか、あのおむすびか?」


 そういえば、ステータスが上がるとか書いてたな。

 その影響だとしたら、おじさんのおむすびはすごい。

 やはり、おむすびはおじさんが握るに限るということか。

 すると、解体を終えたようだ。

 モンスターがいなくなり、代わりにそこに肉が現れていた。

 なんだか、ステーキ肉のような絵柄だ。


■ 食用肉×2 を 獲得 しました ■


 食うのか、イノシシ。

 まあ、ジビエもブームがきていると聞くからな。


「……うん? まだなにか変わってるな」


 解体が終わったとき、そこに新しい文面が表示された。


■ レベル が 上がりました ■


■ 名無し 村 ■

◆レベル   2 《 次 の レベル まで 50 ポイント 》

◆人口    3

◆ステータス 正常

◆スキル   ○○○


■ 村 の 名前 を 決めてください ■

【    】村


■ 以下 から 新しい スキル を 選択 してください ■

▼モンスター出現率ダウン

▼気候変化抑制C

▼作業効率アップ


 レベルが上がったらしい。

 ……どれどれ。

 なにも変わってないじゃないか。

 てっきり、もう一家族くらい増えるものだと思ってたのに。

 ……そして村の名前か。

 決めてくれと言われても、どうすれば決めたことになるんだ?

 この前のように、モニターの表面を突いてみる。

 しかし、一切の反応がない。

 もしかして、ペンかなんかで書けということだろうか。

 油性のマジックペンしかないが、これでいいのだろうか。

 しかし、なんて名前にしようか。


「……山田村とかでいいか」



■ 山田村 に 設定 されます ■


 そういえば音声認証だった。

 うっかり書き始めて『山』だけモニターに残ってしまった。

 まあ、いいか。

 そして、いよいよスキルだ。

 この三つのスキルからして、どれも開墾に必要なものらしい。

 まず『モンスター出現率ダウン』だ。

 あのイノシシが襲ってこなくなるということか。

 そして『気候変化抑制C』だ。

 この数日間、晴れの日しか見たことないが。

 そして『作業効率アップ』だ。

 作業が早くなるということだろう。


「どれにしようか……」


 正直、どれがいいのか全然わからん。

 まあ、モンスターが倒せるようになったのなら、ここは早めに畑を作ってもらいたいな。

 さっきと同じように、声に出してみる。


「作業効率アップ」



■ 作業効率アップ を 取得 しました ■


 なるほどな。

 こうして村を強化していくわけだ。

 他には、なにもないか。

 そういえば、この鍬をプレゼントしないとな。

 レベルアップのご祝儀みたいになったな。

 まずは『⇒』をタッチ。

 おむすびと同じように、モニターの上に置いて、と……。

 パアッと白い光が発生して、鍬を飲み込んでいった。

 すぐに旦那さんが気づいて、それを取得した。


■ 鍬Lv2 を 取得 しました ■


 なんか、ちょっと形が変わったぞ。

 なんだか鍬というよりも、武器っぽいな。

 レベルがあるものと、そうでないものに違いがあるのだろうか。

 また別のもので試してみよう。

 あとは予約炊飯しておいたご飯を、おむすびにして投入。


■ おじさんのおむすび を 取得 しました ■


 とても満足だ。

 ちょうど山田村も夜になってきた。


「しかし、今日はいろいろあって疲れたなあ」


 さっさと風呂に入って寝よう。


***


 ……うん?

 ふと、眠りから覚めてしまった。

 まだ真っ暗だ。時計を見ると、まだ夜明け前だ。

 トイレに行って、二度寝しようか。


「…………」


 いま、なんか聞こえたな?

 こそこそ、と、ささやくような声がする。

 近隣の話し声だろうか。

 こんな時間に迷惑なものだ。

 ……いや、待て。これは違うな。

 具体的に言うと、この畳の穴から聞こえる気がする。

 目を向けると、穴から淡い光が漏れていた。

 深夜にあのゲームが動くのは、初めてのことだ。

 よっこらせ、と畳を上げてみる。

 モニターを覗くと、やっぱり動いているようだった。


■ メインシナリオ 《げつろうぞくの少女》 発生中 ■


 なるほど。

 よし、寝るか。

 いまは眠気のほうが強い。


「……んん?」


 モニターの中に、一人の少女がいた。

 それは旦那さんとも奥さんとも違っている。

 新キャラだ!

 おそらく、この子が三人目なのだろう。

 たぶん娘さんかな。

 やはり犬っぽい耳があった。

 ええっと、この少女のステータスを表示して、と……。


■ サチ ■

月狼族の血を引く少女

ステータス:病弱C


 月狼族?

 このゲームの固有名詞だろうか。

 そして、この『病弱C』。

 つまり病弱だったから、家から出られなかったのか。

 でも、どうして出ているんだ?

 そこで彼女の前に小さなほこらができているのに気づいた。

 すかさずタッチだ。


■ 山田村の小さな祠 ■

天から授かったおむすびに感謝して建てられた

豊作の神、健康の神を祭っている


 うっかり神さまデビューしてしまった。

 おむすびだけで神さまとは詐欺っぽいな。


『神さま、いらっしゃいませんかあー?』


 うわ、びっくりした。

 いつの間に『♭』がオンになっていたんだ。

 どうやら、また穴を通じて会話しているらしい。

 んん、コホン、コホン。

 相手はゲームだし、寝起きでも問題ないだろ。


「……なんだ?」


 すると、少女がぴょんと跳ねた。


『神さま! わたしの声に応えてくださったのですね!』


「……うん。まあな」


 正確には起こされたんだが。


『神さま。この度は、素晴らしい授けものをありがとうございました!』


「まあ、元気になってよかったよ」


『はい! わたし、どうしてもお礼を言いたかったんです!』


「それはご丁寧にありがとう」


 そこでモニター内に、日が昇ってきた。

 少女が、慌てたように立ち上がる。


『あ、いけない。お父さんが起きてきちゃう』


「ああ、うん。それじゃあ、心配させないように帰りなさい」


『はい!』


 小屋に戻ろうとしたが、ふと戻ってくる。


『神さま!』


「なんだ?」


『またお話ししてください!』


「うん。いいぞ」


 すると少女は、嬉しそうに走っていった。

 それを見送ってから『♭』をオフ。

 畳を戻して布団に潜る。

 ううん、びっくりしたな。

 あんなゲリライベントがあるとは、やはりイマドキのゲームはすごい。

 まるで本当の人間と話しているような臨場感。


「しかし、目が冴えて寝れんな……」


 ……できれば、次は起きているときがいいなあ。

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