四畳半開拓日記 03/18
3
アパートに帰って、びっくり仰天した。
なんかゲームのモニターが、赤く光っているのだ。
どうなってるんだ。
モニターを見てみると、草原に旦那さんが倒れていた。
その隣で、奥さんが必死に体を揺すっている。
■ カガミ の 体力 が デッドライン を 超えました ■
ずいぶん急展開だな。
「ど、どうすればいいんだ?」
そうだ、この『*』でヒントが見られるはずだ。
■ デッドライン を 超えたら? ■
すぐに対処しなければ、あなたの村の住人は取り返しのつかないことになる
いますぐに『コミュニケート』と『ドロップ』で助けよう
それはわかってる!
でも相手が話をしてくれなかったではないか。
いや、四の五の言っている場合ではないな。
例の『♭』をタッチする。
それが点灯したのを確認して、ゲーム機に話しかけた。
「おい、そこの女の人!」
すぐに、奥さんが反応した。
『だ、誰ですか!?』
「怪しいものじゃない。ちょっと、こっちの話を聞いてくれ!」
ゲームのキャラクターになにを言っているのだ、と思わないでもないが。
この赤い光が、妙に焦燥感を
「なにか必要なものはないか!?」
『…………』
奥さんはしばらく沈黙した。
それからなにかに気づくと、恐る恐る、モニターの下のほうに移動した。
『こ、ここから声が……?』
それで気づいたが、モニターの下方に穴があった。
そこに屈むと、奥さんが穴に向かって話しかけてくる。
『しょ、食糧があれば……』
「食糧か。どうやって手に入れればいい?」
『どうやって、と言われましても……』
ええい、まどろっこしい。
普通のゲームなら『東の塔のドラゴンを倒せば、リンゴの
おそらく、この『コミュニケート』というのはクリアしたはずだ。
では、次は『ドロップ』ということになる。
この『ドロップ』は、具体的にどう操作するんだろうか。
昨日は、コミュニケートと言ったら、この『♭』が現れたはずだ。
ということは……。
「ど、ドロップ。ドロップだ!」
するとモニターに、新しく『⇒』というマークが現れた。
でも、具体的にどうすればいいのか。
いっそ聞いてみるか。
「おい、『ドロップ』というのはどうするんだ?」
『さ、さあ……』
肝心なところで不親切なゲームだ。
「ドロップの意味か……」
ええっと、
あとは雨のしずくとか、そんな意味だ。
でもやっぱり、この場合は……。
「落とす、か?」
ドラッグ・アンド・ドロップ。
データを他のフォルダに落とすこと。
とはいっても、この草原に食糧らしきものはない。
そういえばゲームを起動したとき、これに手のひらをのせてスキャンしていたな。
「……まさかなあ」
夕食のつもりで買ってきた、コンビニの塩むすび。
試しにそれを、モニターの上に置いてみた。
で、それが起こった。
塩むすびが、モニターの上で消えた。
絶句した。
同時にモニターにも変化があった。
さっきの穴の付近に、三角形の大きな米の塊が出現していた。
■ おむすび ■
変哲のない塩むすび
食べると空腹が満たされる
『これは、まさか食糧ですか!?』
それを拾うと、慌てて旦那さんのところへ持っていった。
『これは、いったい……』
『どなたかが、恵んでくださったのよ』
もぐもぐと食べさせる。
モニターの赤い光が青くなり、やがて通常に戻った。
■ カガミ の ステータス が 《通常》 に なった ■
「…………」
慌てて『♭』を再度タッチしてオフにした。
いま起こったことをじっくり考えてみる。
……いや、ほら。
モニターにのせたものが、ゲーム内にデータとして反映されたりとか。
そのくらいのレベルで考えていたんだが。
まさか、物質が落ちていってしまうとは思わなかった。
「……ううむ。いまのゲームはすごいな」
これで『コミュニケート』と『ドロップ』の機能は理解できた。
住人と会話をして、相手の要望を聞く。
そしてゲーム機に置いたものが、ゲーム内部に転送される。
それによって、村を発展させるということだろう。
現代の小中学生たちは、こんな遊びをしているのか。
外に出たがる子どもが減ったのもわかる。
「……なんだか、楽しくなってきたな」
次は、ええっと、なんだっけ。
畑を作らなくてはいけないらしいが、それにはモンスターが邪魔をする、か。
まあ、それは明日からの楽しみに取っておこう。
***
翌日の会社。
よくよく思い返せば、出社時から妙だった。
「せーんぱい。おはようございます?」
「……おはよう」
えらくご機嫌な岬だった。
昨日の気落ちからはすっかり復活したようだが、どうも様子が変だ。
「あ、先輩。こっちの案件なんですけどー」
「ああ。それは面倒だが、こっちの管理から回すことになってる」
「あ、なるほどー。勉強になりまーす」
「そうか……」
ことあるごとに、おれに来るのはどういうことだ。
ずっと隣に引っ付かれていると、仕事がしづらいんだが。
水戸部の視線が痛い。
というか、周囲の視線がぐさぐさ刺さる。
みんななにが起こっているのか気になっているが、聞くに聞けないという様子だ。
ここは岬が課長のところに行っている間に、昼飯に逃げよう。
「あ、先輩。お昼ですか?」
見つかった。
どうやら、おれに忍者の素質はないらしい。
「ごいっしょしまーす」
「……いいけど」
結局、こうなるのか。
コンビニで済ませようと思ったが、相方がいるのではそういうわけにもいかない。
「なにがいい?」
「わたしが決めていいんですか?」
即座にスマホの画面を見せてくる。
なになに『にゃんカフェ・
「実は近くに猫カフェがあるんですよ! ここは飼育が行き届いていて、とてもいい毛並みのネコたちがお出迎えを……」
イヌだけではなく、ネコもいける口らしい。
「いや、ダメだろ」
「なんでですかあ!」
「会社にネコの毛つけて戻る気か?」
「チッ」
いま舌打ちしたな?
別にいいけど。
「じゃあ、そっちの普通のカフェでいいですか」
いくらかトーンダウンした声で提案された。
「おう、構わんぞ」
その喫茶店に入り、二人で窓際の席につく。
「で、今朝からなんなんだ?」
「なにがですか?」
「いや、べたべたしすぎだろ。勘弁してほしいんだが」
おれが指導していたのは、あくまで五月まで。
それからは、あまり仕事でかかわることもなかったはずだ。
「先輩を監視しているだけです」
「え、監視? なんで?」
「変なこと口走らないかどうか」
「……ああ、そういうことか」
昨日の公園での惨状は、確かに知られたくないよな。
「おまえが水戸部の悪口叫んでヒール飛ばしてきたことなんて、誰にも言わんぞ」
「わ、悪口っていうか、ちょっと不満を言っただけで。あとヒールはわざとじゃないです」
「そうか。まあ、どっちでもいいけどな」
あのくらい、みんなやってることだろう。
誰かに迷惑かけてるわけでもないし、目くじら立てるようなことでもない。
「しかし、いつもきゃぴきゃぴしてたら疲れるだろ?」
「きゃぴきゃぴ……」
「え、言わない?」
「言わないんじゃないですかねえ」
どうやら
「適当に可愛い女の子やってるほうが、仕事も楽でいいですからね。いまどき真面目に一生懸命やってもダサいですし」
「努力はダサいのか?」
「だって頑張ってるアピールって、うざいでしょ」
「いや、うざいとは思わんが」
「うざいんです」
「頑張るのは褒められるべきことだろう」
「それはあくまで大人の意見です」
「でも……」
ダンッとテーブルを
「わたしは委員長じゃない!!」
委員長だったらしい。
そういえば中高のころは、委員長といえば『教師の手先』みたいな印象だったな。
ついでに、クラス替えしてもあだ名が委員長固定だ。
あの現象には、委員長コンプレックスみたいな名前があってもいいと思う。
「せっかく社会人になって、不名誉な『頑張り屋さんキャラ』から卒業したのに……!」
「それで、微妙に慣れてない感じになってたのか」
なんか、思ったより理由が小さかったな。
それでも、岬にとっては大事なことだったんだろうが。
「というか、おれだって中学のとき委員長だったぞ」
「え、マジですか。
「本当だ。ただし一か月で解任された」
「義務教育のコミュニティで、どうやったら委員長の解任要求が起こるんですか……」
ううん。なんでだろうなあ。
あのときのことは、いまだによくわかっていない。
「確かに、そういう考え方も間違っていないと思う。でも、はっきり言っておまえには向いてないんじゃないか?」
「どうしてですか」
「いい加減な人間ぶってるくせに、中途半端に真面目だからな。あの企画書だって、細部はしっかりしていたと思うぞ。いくら失敗しても、頑張った事実を否定することはないだろ」
「でも、どうせ結果がついてこなきゃ意味ないし……」
意味ない、か。
まあ、そう思うのも仕方がない。
社会とは、努力が等しく報われるようにはできていない。
ただ、完全に意味ないかと言われれば、それは違うだろう。
捨てる神がいれば、拾う神だっているのだから。
「午後から空いてるか?」
「え? まあ、急ぎの仕事はありませんけど」
「昨日、言ったことは覚えているか? おまえにその気があるなら、おれがどうにかしてやる。おまえだって、このまま終わりじゃ納得できないだろう」
「…………」
岬は半信半疑、という様子でうなずいた。
まあ、いまはそれでもいいと思う。
なぜなら人が変われるのは、本当に努力が報われたときだけだからだ。
***
アパートに帰ると、すぐにゲーム機を覗いた。
帰宅したらゲームの状況を確認するのが、すっかり癖になってしまったな。
旦那さんがイノシシと戦っている。
しかし、やっぱり負けてしまった。
イノシシは暴れ回ると、森のほうへと戻っていった。
くそう。人の留守を狙うとは
■ メインクエスト 《畑を作ろう》 進行度:7% ■
まずは食糧を確保するために、畑を作ろう
畑ができたら、村にはたくさんのポイントが還元されるぞ
これでは、いつまで経っても畑ができない。
空腹のほうは塩むすび支援でどうにかなるが、こればかりはどうすることもできない。
なにか、あいつを倒す方法はないものか。
ここで『〓』をタッチ。
まあ、そんなに都合よくヒントが出ているわけが……。
■ 進めなくなったら? ■
ジョブスキルを活用しよう!
あなたの村には、他にはない特別な力が宿っているぞ!
出ちゃうしな。
どこからか監視されているのか?
「ジョブスキルか……」
そういえば、最初にそんなことが表示されていたな。
音声認証、音声認証と……。
「ぶ、ぶれっしんぐ、まいすたー?」
待ってました、とばかりに詳細が表示される。
■ ブレッシングマイスター ■
あなたの両手には、祝福の力が宿っている
あなたの生みだした
……眷属?
えらく中二病的なワードだな。
「しかし、眷属を生みだす力がねえ」
おれのこの両手に?
生命線がやたら長いことだけが自慢だったが。
いやいや、馬鹿馬鹿しい。
つまり、このゲーム内での主人公スキルって感じだろう。
どうやってブレッシングマイスターを使えばいいのか。
それらしいコマンドは……、あった。
新しく『∞』マークが出現している。
どうやら、入力したキーワードのアイコンがどんどん増えていく仕様のようだ。
それもおもしろいと思うが、気づかなかったらどうするつもりなんだ。
ラスボス戦でギ○スラッシュを使えんなど、目も当てられんぞ。
とりあえず『∞』をタッチ。
■ ブレッシングマイスター の 使い方 ■
Ⅰ.眷属を作ってみよう
Ⅱ.眷属ができたら、村に与えよう
Ⅲ.眷属の固有スキルによって、村の能力が変化するぞ
Ⅳ.どんなスキルなのかは、作ってみてのお楽しみだ!
だから眷属ってなんだ。
そこがいちばん重要なところだろう。
困ったときの『*』をタッチだ。
■ 眷属 とは? ■
あなたによって生みだされる、意思を持たない物質
あなたは彼らに〝役割〟を与える存在なのだ
……
「なんでもいいのか?」
■ なんでも いいです ■
「食べ物とかでも?」
■ 料理 にも 付与 されます ■
「さっきから会話してないか?」
■ 気のせい です ■
気のせいらしい。
まあ、いまどき携帯ともお話しできるからな。
そんなに不思議なことでもないだろう。
「おれにできる料理といってもな……」
久しく使われていないキッチン。
隅にある炊飯器のコンセントを入れる。
定期的に自炊に挑戦しようとして、すぐに飽きるのだ。
しかし、肝心の米がない。
近くのコンビニに行くと、意外と売っていて驚いた。
帰って米をとぎ、炊飯器のスイッチを入れる。
「よし、あとは……」
待っている間に、仕事のほうを片づけてしまおう。
ノートパソコンを立ち上げて、企画書のフォーマットを開く。
これに、岬からもらったデータを流して、と……。
家で仕事やるとか、何年振りだろうなあ。
二十代のころはもうちょっと頑張っていた気もする。
でもこの
カタカタ打っていると、白米のいい香りがしてきた。
あと十分というところで、コンビニ袋から湯せんの総菜を取りだして火にかける。
いっしょに買ってきた
炊飯器がピーッと鳴った。
さっそく開けると、真っ白な湯気が立った。
いい感じに炊けている。
もしかして、自炊の才能があるかもしれない。
いや、浸っている場合ではないか。
早くしないと、村が夜になってしまう。
しゃもじでご飯をすくい、手のひらの上で転がした。
熱い、熱、あ……!
めちゃくちゃ熱い!!
炊き立てのご飯って、こんな熱いのか!?
「ええい、負けるか!」
えっちらおっちら、丸い形にできた。
塩の瓶を振って、海苔でぐるぐる巻く。
完成だ。なかなかいい。
やはり料理の才能があるようだ。
あと三個ほど作った。
調子に乗って五合いっぱい炊いてしまったが、半分ほどなくなってしまった。
ラップで包んだおむすびを、コンビニのビニール袋に入れた。
モニター内は、うっすらと空が赤らんでいる。
おむすびをモニターの上に置いて『⇒』をタッチだ。
昨日のようにおむすびが消え、ゲーム内部にアイテムとして出現した。
……間に合うだろうか。
気づいてくれ、と祈りながら見つめる。
すると旦那さんが気づいた。
おむすびに近づくと、それを拾った。
■ おじさんのおむすび を 取得 しました ■
余計な文言が追加されていた。
なぜ、おじさんだと知っている?
生命線の長い手相のせいか?
とりあえず、このおむすびをタッチだ。
■ おじさんのおむすび ■
おじさんの手作りおむすび
食べると、住人の基礎ステータスが少しの間アップする
地味だなあ。
固有スキルとかいうから、もっと派手なものだと思っていたのに。
どのくらいで効果が表れるのかは知らないが、これではモンスターは倒せないだろう。
男性はそれを持って、小屋の中に帰っていく。
それを見送って……。
「さて、おれもおむすびを……」
……ううん。
米は硬いし塩辛いし、控えめに言って最悪だ。
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