四畳半開拓日記 02/18
2
あの物体はなんだろうか。
見た目に近いものを考えて、テーブルゲーム機に思い当たる。
昭和に
しかし
帰ったら、じっくり見てみよう。
そんなことを考えていると、大きなあくびが出た。
昨日は夢にうなされて眠れなかったから、いまさら眠気がやってきた感じだ。
「先輩。大丈夫ですかー?」
振り返ると、岬がにこっとお人形さんのような笑みを浮かべていた。
「次の会議の資料です。目を通しておいてくださーい」
「ああ、ありがとう」
しかし、彼女はそこに立ったままだ。
「どうした?」
「あのー、先輩にご相談があるんですけどー」
実にきれいな笑顔を浮かべていた。
「次の企画会議のほう、できれば先輩にもご助力いただきたいなと……」
「ああ、それか」
昨日のデータを思い返してみる。
特別、悪いようには見えなかったが……。
「……企画のほうは目を通してる」
「ありがとうございまーす」
「でも、おれはあまり賛成できないな」
途端に顔が曇る。
わかりやすい反応だな。
「ど、どうしてですか?」
きっと、断られるとは思ってなかったんだろう。
昨日の様子から、なんとなくそう思った。
「会社が提携している卸会社に話は通したのか?」
「でも、それだといい感じの資材がなくてー……」
「それでも一応は話を通さないと、会社の信用にかかわる。
「……郷に入れば郷に従え、ですけどー」
そうだった。
なんとも締まらないな。
「とにかく、やめろとは言わない。でも、プランを練り直したほうがおまえのためだと思う」
「…………」
一瞬だけ、ちょっと筆舌に尽くしがたい目つきになった。
それから、またにこりと
「アドバイス、ありがとうございましたー。失礼しまーす」
頭を下げると、オフィスを出ていってしまった。
それと入れ替わりに、水戸部が戻ってくる。
「どうしたん。岬ちゃん、暗い顔してたけど」
「……なんでもない。ちょっと書類を預かっただけだ」
その会議の資料に目を落とした。
とても簡潔にまとめられているし、読みやすいものだ。
書類の間に貼られた、イヌの付箋が可愛らしかった。
「……まあ、よくできているとは思うけどな」
「え、なにか言った?」
「なんでもない」
おれも自分の仕事をやんなきゃな。
***
アパートに帰ったら、畳が元に戻ってた!
……なんてことはなかったし、さらに妙なことになっている。
モニターを覗くと、変なイノシシがいたのだ。
そいつが、地面を荒らして回っている。
例の男が鍬を振るうが、あまり効いてはいないようだ。
好き勝手に暴れ回ったイノシシは、東のほうへと走っていった。
「どこに行くんだ?」
見てみたいが、視界は動かせるのだろうか。
試しに、携帯でやるようにスワイプさせてみた。
すると
「…………」
すいすいと指を広げる動作。
ずいっと画面が拡大された。
指を閉じる動作で、縮小される。
まさかのタッチパネル式だった。
さぞ高価なものだろうな。
地面に埋まっているけど。
「おっと、それよりイノシシだ」
しばらく行くと、広い森があった。
どうやら、イノシシはそこに戻っていったらしい。
■ モンスター に 土地 を 荒らされてしまった ■
なるほど。見たままだ。
「モンスターねえ」
普通の動物と、どう違うのだろうか。
いや、普通の動物をモンスターと呼ぶのだろうか。
それはともかく、このことが、どういう影響を及ぼすのかはわからない。
「この畑を作るっていうのに、影響があるのか?」
つぶやいたときだ。
■ メインクエスト 《畑を作ろう》 進行度:4% ■
まずは食糧を確保するために、畑を作ろう
畑ができたら、村にはたくさんのポイントが還元されるぞ
タッチパネルなうえに、音声認証ときた。
地面に埋まっているくせに、えらく先進的なゲーム機だな。
それとも、いまのゲームは地面に埋まっているのがトレンドなのか?
「むむ?」
そこで、男性に変化があるのに気づいた。
彼の右上に、小さなアイコンが表示されている。
真っ青な顔。
そして、なにかが鳴っているような。
「なんだろうな」
これがタッチパネル式なら、なにか反応が……。
お、男性を触ったら、なにか出てきたぞ。
■ カガミ ■
スキル:獣化の加護B
ステータス:空腹
カガミというのは、名前だろうか。
鏡か火神かは知らないが、格好いい気がする。
いや、
それなら腰に
どうでもいいことに意識が持っていかれるのは悪い癖だ。
「とにかく、こいつを助ければいいのか」
しかし、どうやって?
あのモンスターを倒せばいいのか、それとも空腹を満たせばいいのか。
モニターを手当たり次第に触っていると、『*』のマークに気づいた。
それをタッチすると、新しい文面が表示される。
■ ヒント ■
このゲームの基本動作は『コミュニケート』と『ドロップ』だ
まずは『コミュニケート』
で住人の要望を聞き入れよう
そして『ドロップ』でアイテムを与えるのだ
なんか出たな。
この『*』は、ヒントをくれるコマンドらしい。
「……でも、具体的にはどうすればいいんだ?」
まずは『コミュニケート』いうやつか。
要望を聞くというのだから、なにかきっかけがあるはずだ。
えいえい。
いくら突いても反応がないな。
さっきのステータスのようなものが、出たり消えたりするだけだ。
「コミュニケート、コミュニケートか……」
そのときだ。
モニターの端に、『♭』のマークが点灯した。
これはまさか、話しかけろということだろうか。
「……や、やあ」
すると、モニター内の男性が振り返った。
頭の上に犬っぽい耳がある。すごくファンタジーだ。
『誰だ!?』
うおっと。声がしたぞ。
すごいゲームだ。
次は、ええっと、要望を聞け、だったな。
「なにかしてほしいことはあるか?」
『……は?』
なぜか不審そうに黙ってしまった。
それから、周囲を警戒している。
妙にリアルな反応だ。
こう、『ここは○○の町だよ』とか聞いてもいないことを教えてくれてもいいだろう。
「おーい。なにかないか?」
『貴様、何者だ!? 姿を現せ!!』
なぜか怒られてしまった。
なんてゲームだ。
そっちが聞けと言ってきたんじゃないか。
「……まあ、いらないなら別にいいが」
この『♭』はどうやって消すのだろうか。
試しにアイコンをタッチしてみると、点灯が消えた。
いくら話しかけても、男性は反応しなくなった。
そこで、モニターの映像に変化が起こる。
草原が、うっすらオレンジ色に染まったのだ。
夕焼けだ。
すると、小屋から誰か出てきた。
やはり二頭身くらいの女性だ。
おそらく、奥さんだろう。
よくわからないが、たぶん美人さんだと思う。
人口は三人と書いてあったから、もしかしたら小屋に子どももいるのかもしれない。
「お、帰るのか」
旦那さんは彼女に連れられて、小屋に入っていった。
しかし、変なゲームだ。
キャラクターに怒られるところから始めるなど、このゲームが人気だとしたらイマドキの若者の感性はよくわからんな。
***
翌日の企画会議は、なんとも後味の悪いものになった。
結論から言うと、岬の企画は棄却された。
修正ではなく、棄却だ。
懸念事項はいろいろ挙げられていたが、新人の主導企画である点が大きかったようだ。
こういう話は、おれも何度も聞いたことがある。
それでも岬は初めての主導企画だったし、落ち込んでいるんじゃ……。
「アハハ。大丈夫ですよー。わたし、全然気にしてませんから」
普通だった。
同僚の女性社員と、きゃっきゃと談笑している。
「ていうか、むしろ大健闘ですよねー。あと一歩だったしー」
「あー、そうかもねー。だって岬ちゃん、ほとんど水戸部さんに任せきりだったもんねー」
……のんきなもんだ。
まあ、考え方は人それぞれか。
それにしても、水戸部のサポートがあっても棄却というのが気になるな。
「わたし、お昼行ってきまーす」
「いっしょに行く?」
「あ、今日はちょっと郵便局の用事しなきゃいけないんでー」
岬はご機嫌そうにオフィスを出ていった。
そういえば、そろそろ時間だ。おれも昼飯にするか。
オフィスを出たところで、水戸部と会った。
「おう、山田。いまから昼飯か」
「まあな。おまえは戻ったところか?」
「いや。今日は外を回ってたから、いま出社したとこ」
「……岬の会議は?」
確か、今日の午前中だったはずだ。
しかし、水戸部は悪びれずに言った。
「あれ、断っちゃってさ」
「ずいぶん乗り気だったじゃないか」
「いや、あんな企画だと思わなくてさー」
「あんな企画?」
「うちの提携先を通してないじゃん。危ないことして、上に
……聞き違いじゃないよな。
「まさか、見てなかったのか?」
「最近、忙しくてさ。まさか新人が、あんなことするとは思わなくて」
……新人だからこそ、という気もしないでもないが。
まあ、こいつにはこいつの考え方があるか。
「そうか。あれは棄却されたらしいぞ」
「あ、やっぱりな。ちょっと気まずいなあ」
からから笑いながら、水戸部はオフィスに入っていった。
「…………」
まあ、おれの気にすることじゃない。
外に出てから、道路をはさんだ向かいのコンビニに入った。
いつもの、塩むすびとお茶だ。
お茶に、期間限定のおまけがついていた。
変な犬っぽいキーホルダーだ。
とても目が死んでいて、お世辞にも可愛いとは言いがたい。
まさか、これが人気があるのだろうか。
いまの若者の感性は、本当によくわからん。
支払いを済ませ、近くの公園に向かった。
オフィス街のただ中にあるその公園は、この時間は散歩のお
少し通りから外れているせいで、それほど人も多くはない。
考えごとをしたいときには、よく利用している。
なにより、ここは灰皿がしっかり設置してあるからな。
「……ん?」
いつも使うベンチに先客がいた。
岬だった。
彼女はコンビニの袋をくしゃくしゃにしながら、微妙な顔でうつむいている。
隣に並べられたサンドイッチとかも、手付かずだ。
「…………」
郵便局は、反対側だったはずだが。
しかし、なにをしているのか。
いや、昼食だというのはわかる。
それでも、こんなところに一人というのは、なんとも彼女らしくはない。
「……まあ、おれには関係ないか」
そう思っていると、異変が起こった。
岬がコンビニの袋を広げた。
すうっと息を吸うと、なんと袋の中に顔を突っ込んだ。
「なにが『きみは若いんだから、もっと場数を踏んでチャレンジしよう』だよこの馬鹿あああああああああああああああああああ!!」
…………。
隣のお爺ちゃんがびっくりしている。
しかし、すぐに見て見ぬふりをしてしまった。
それでも岬は気分が晴れないようで、足に力を込める。
「だから実績作るためにサポート頼んでるんでしょ! だいたい、仕事受けた以上はちゃんとやれよ顔だけ野郎!!」
ぶんっと虚空を蹴る。
そこから、ぴょーんとヒールが飛んだ。
おお、きれいな弧を描いて……。
「いてっ」
おれの腹に命中した。
のんびり見ていたら、避けそびれてしまった。
岬は慌てて立ち上がり……。
「あっ!? す、すみませ──、げっ!」
げっとか。
いや、気持ちはわかるけど。
「荒れてるな」
「い、いや、えっと、これは……」
いつもの可愛らしい笑顔は鳴りを潜め、しどろもどろになっている。
逃げようにも、ヒールの片方はおれの手にあるしな。
「まあ、いいんじゃないか」
「は、はあ?」
「そういう気分のときには、発散したほうがいい。ため込むのに慣れると、あとで面倒だぞ」
「…………」
よっこいせ、と隣に座った。
ううむ、やはりこのベンチがしっくりくるな。
隣に灰皿もあるし、完璧だ。
「え。この状態で、隣に座ります?」
「いや、おれもここで飯食うつもりだったし」
「そ、そうですか」
岬にヒールを渡すと、彼女はいそいそと履いた。
なんとなく居づらそうだが、逃げるのもバツが悪いのだろう。
「先輩って、やっぱり変ですよね」
「そうか?」
「普通、ここはそっとしておく場面だと思うんですけど」
「そっとしていて、おまえのためになるならな」
形だけとはいえ、おれはこいつの教育係だったからな。
「会議の内容は聞いた」
「それで、なんですか。お説教ですか?」
「いや、おれが説教することじゃないだろ。おまえは悪いことしてないし」
誰も悪いことはしていない。
ただ、ちょっと見通しが甘かっただけだ。
「上の言い分も正しいことはわかるか?」
「実績ができるまで、大人しくしろってやつですか?」
「それだ。ええっと、……出る
「なんで疑問形なんですか」
この前みたいに、間違ってたら恥ずかしいからな。
「その杭を打つ姿勢に賛同するわけじゃない。ただ、逆の立場で考えてみろ。予算というのは、会社の共有財産だ。だから会議をして、承認を得るわけだな」
「……はい」
「仮におまえが承認する立場だとして、実績のない新人が、実績のある取引先を無視して企画を進めようとしている。それを、もろ手を挙げて賛成できるか?」
「…………」
岬の頭がいいのは、新人教育の際に知っている。
それでも納得しかねるように、ぶーたれた顔で言う。
「なんか偉そうなこと言ってるけど、結局、先輩も他のみなさんと同じ意見なんじゃないですか」
……そんな顔もできるんだな。
いや、むしろこっちが素なのか。
どうりで、いつもお人形さんみたいな感じがしていた。
「それは違うぞ。周りをうまく使えということだ」
「だから会議のサポートを頼んだんですけど。ていうか、先輩にもお願いしたのに、断るし」
「それは使い方が悪い。そして、使う相手も悪い。おれや水戸部みたいな一般社員が口で言っても、上を説得する材料にはならない」
「じゃあ、どうすればいいんですか?」
「実績のある相手を味方につけて、納得できる数字を提示することだ。そうすれば、上も承認してくれる」
「でも、もうこの企画は棄却されたじゃないですか」
「その気があるなら、手がないこともないぞ」
「本当ですか?」
「おまえが本当にやりたいなら、だけどな」
「…………」
もそ、と彼女はサンドイッチを口にした。
「……あっ」
ふと、岬の視線がおれの手元に。
「そのキーホルダー……」
「ああ、お茶のおまけでついてたな」
そういえば、こいつは犬グッズが好きなようだったな。
「……いるか?」
「いえ。こんな可愛くないの、いりませんけど」
やっぱり可愛くないらしい。
よかった。おれの感性もまだ大丈夫だ。
「いらないなら、捨てていいぞ」
「まあ、どうせなので……」
言いながら、岬はそのキーホルダーを掲げた。
そして、おれと重ねるように視界に収める。
「なんか、先輩に似てますね」
「失礼な」
似てないだろ。
……ちょっとだけしかな。
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