四畳半開拓日記 01/期間限定で〈書籍版〉をまるっと1冊連載!

七菜なな/電撃文庫・電撃の新文芸

四畳半開拓日記 01/18



やま、塩むすび好きだよなあ」


 昼休みのデスクで、仕事の同僚のが言った。

 会社の向かいにあるコンビニで買ってきたのは、塩むすびとお茶だ。

 袋の中をのぞいたわけでもないのに、よくわかるものだ。


「別に好きじゃない」


「昨日も一昨日もそれ食ってたろ」


「安いからな」


 正直、シャケもツナマヨも昆布も、それほど好きというものでもない。

 どれも同じくらい好きなら、安いものを優先するのは当然だ。


「そういうお前は?」


「今日はみさきちゃんとランチ」


 岬というのは、五か月前に入社したうちの課の新卒だ。

 ショートヘアの、明るい印象の女の子。

 入社してしばらくは、おれが新人教育を担当していたこともある。


「へえ。なにかあるのか?」


「ちょっと仕事の打ち合わせでな」


 すると、そこへちょうど岬がやってきた。


「水戸部さん。そろそろ、いかがですかー?」


「いいよー。じゃあ、行こうか」


「あ、今度の企画会議、サポート引き受けてくださってありがとうございますー」


「いいよ、いいよ。岬ちゃん、頑張ってるもんねえ」


「そんなことないですけどー。でも初めて自分で立ち上げた企画なんで、どうせなら成功させたいかなーって」


「まあ、おれは部長のとうさんとも仲いいし、任せといてよ」


「頼りにしてまーす」


 どうやら、なにかしらの案件のサポートを頼まれたらしい。

 水戸部はこれでも営業成績がいいし、問題なく通過するだろう。


「山田。おまえも行くか?」


「いや、おれは買ってきたからいいよ」


 正直なところ、おれは岬が苦手だ。

 イマドキとでも言えばいいのか、ああいう明るいノリはちょっと引いてしまう。

 まるで感情のない人形でも相手にしているような気分になってしまうのだ。


「じゃあ、行こうか」


「はーい」


 二人は行ってしまった。

 ちょうど昼時なので、残っているやつも少ない。

 微妙に手持ち無沙汰になっていると、さっきの会話が気になった。


「……岬の企画は、どんなやつだったかな」


 確か、概案はすでに回っていたはずだ。

 メールを開いて、そのデータを起こしてみる。

 改めて読み返しながら、もそもそ塩むすびを食べた。


「……ふうん」


 よくできていると思う。

 ただ、少し見通しが甘い気がした。

 会社で提携している卸会社を通していないのは、上の印象があまりよくないだろう。

 若い世代だということを考えると、まあ、わからないでもないが……。


「まあ、そのためのバックアップか」


 水戸部なら、うまく部長を言いくるめられるだろう。

 おれがかかわる案件でもないしな。


「さて、おれは自分の仕事を……」


 そのとき、携帯が鳴った。

 仕事ではなく、大学の友人からだ。

 どうやら、今夜、飲みに行こうというらしい。

 とりあえず、用事もないので『OK』と……。

 よし、送信した。

 あとは今日もマイペースに頑張りますかあ。


***


 大学からの友人のやなぎはらは、都内で洋食店を経営している。

 金髪の兄ちゃんで、おれと違って女子受けのよさそうなイケメンだ。

 まあ、愛想というものは母の胎内に置いてきたような無愛想なやつだが。


「おまえに言われたくはない」


 心を読まれてしまった。

 柳原は不機嫌そうに……、いや、いつもこんな感じか。

 とりあえず、そいつはだし巻きを口にした。


「つまらんな」


「いきなりどうした?」


「普通すぎる。もっとこう、胸が躍るようなメニューはないものか」


「人様の料理にケチをつけてないで、用件を言え」


「用がなくちゃ、飲みに誘えないのか?」


「なら用事はないんだな」


「いや、ある」


 どっちだよ。

 柳原はタバコに火をつけながら、何げなく言った。


さいとうようが結婚するらしい」


「ああ、そうか」


「なんだ。知ってたのか?」


「いや、知らなかった」


「ずいぶんんでたろ」


「もう別れて何年つんだよ」


 正確には、フラれて、だが。

 あのときは驚いた。

 まさか、あっちがそんなふうに思っていたなど、露ほども考えなかったのだから。


「それを報告するために、今日は呼んだのか?」


「それもある」


「じゃあ、もう一個は?」


「最近、調子はどうだ?」


「それ、順序が逆じゃないか?」


 柳原は口角を少し上げて、妙にニヒルな笑みを浮かべた。


「どうだ?」


「別に変わらない。仕事して帰って寝るだけ」


「一人でもできる趣味とか持たないと、老後が寂しいぞ」


「もしかして、死ぬまで独り身だと決めつけられてるのか」


「結婚の予定があるのか?」


「……そういえば、なかったな」


 結婚の予定もないし、昇進の予定もなかった。


***


 アパートに帰宅したときには、夜の十時を回っていた。

 電気をつけると、四畳半の部屋がある。

 隅に積んだ座布団を丸めて、枕代わりにして寝ころんだ。


「テレビのリモコン……、あった」


 ただいま、という言葉を、もう何年言ってないだろうか。

 振り返ると、なんとも寂しい人生だ。

 学生のときは単位とバイトばかりだった。

 社会人になって、とにかく一人前になることに必死だった。

 唯一、恋人と呼べた相手はすでにおらず、別の誰かと新しい人生を歩むらしい。


「……まったく、そんな報告するなよ」


 本当は少しだけ動揺している。

 いや、その相手に未練があるとかではない。

 ただ周囲が、自分を置いて進んでいくのだと思い知らされる気がした。

 正直、柳原の言葉は笑えなかった。

 もしかしたら、おれは誰も特別な相手を得ることなく死んでいくのかもしれない。

 それは寂しいとは思うが、どうこうするほどのバイタリティもなかった。

 頑張っているつもりだが、うまくいかないものだ。

 会社での、岬の様子を思いだした。

 あんな感じで、要領だけはよく、自分の企画も先輩任せで、肩の力を抜いて生活できたらどれだけ楽だろうか。

 岬のことが苦手なのは、あるいはおれの嫉妬なのかもしれない。

 いつだって、手に入らないものはまぶしく見えるものだ。


「まあ、どうでもいいがな」


 ぼんやりとテレビを眺めていた。

 最近、話題の『旦那の趣味を捨ててしまおう』という企画が流れている。


「……趣味ねえ」


 居酒屋での柳原の言葉を思いだした。

 そういえば、これまで趣味と言えるものがなかった。

 いまでは趣味を探す元気もない。


「……そういえば、子どものころは、大人になったら自分の村を作りたいとか思ってたな」


 もしかしなくとも、あの村開拓テレビ番組の影響だが。

 子どものときは、大人は遠い存在だった。

 しかし自分が大人になってわかったのは、大人も万能ではないということだった。

 自分だけの土地で、自分だけの設備を作るというのは、とてもぜいたくな夢だ。

 例えば釣り堀を作ったり、野球場を作ったり。

 でも現実は違う。

 この四畳半のアパートで、九人対九人の野球は少し窮屈だろう。

 そもそも、そんなに友だちいないしな。


「……明日も早いし、寝るか」


 電気を消して、布団に潜り込む。

 すぐに眠気がやってきて、まどろみの中で。


 ──地面が激しく揺れた。


 地震か、と思ったときには、すでに立ち上がれないほどだった。

 ガタガタと揺れる室内で、必死に頭を守るようにした。

 そういえば地震のときは窓を開けるようにと言われた。

 手を伸ばそうとするが、それすら不可能なほどの揺れだった。

 都心でこんな大きな地震が起こって、どうなってしまうのだろう。

 そう思いながら、揺れが収まるのを待った。


***


 布団の中で目を覚まして、慌てて窓を開ける。

 しかし、町は平然としたものだった。


「……夢だったのか?」


 一気に身体からだの力が抜けた。

 どうやら、悪夢だったらしい。

 昨夜はそれほど飲んだつもりはなかったが、頭が痛かった。

 まだ明け方だが、妙に頭がえて二度寝できる気分でもない。


「……まあ、先に出勤の準備でも済ませるか」


 そう思って、四畳半の部屋を横断しようとしたとき。


 畳が抜けた。


「うわあ!?」


 四畳半の中央。

 ちょうど、半畳分の正方形の畳だ。

 おれの右足が、それをずっぽりとぶち抜いていた。


「……ええっと?」


 リアクションに困っていた。

 痛みはないので、はしていないと思う。

 まるで漫画だ。

 慌てて足を引っこ抜いた。

 畳の下には畳下板があるはずだが、それまでぶち抜くとは驚きだ。

 その穴の向こうに、光るものがあった。

 畳を上げてみると、そこには妙なものが埋まっていた。


「……なんだ、これ?」


 正方形のテーブルのようなものだ。

 サイズは丸々半畳分。

 表面はガラス張り。

 真っ黒なモニターが搭載されていた。

 このアパートに入居したのは、半年前だ。

 こんなものがあるなんて、大家さんから聞いたことはない。

 しかし、これはなんだろうか。

 そっとモニターに触れたとき──。


■ GSKT を 起動 します ■


 そんな文字が、中央に浮かび上がった。


■ 初期化・・・ ■

■ 初期化・・・ ■

■ 初期化・・・ ■


 その文字が、何度か繰り返されたあと。


■ 手のひら を スキャン してください ■


 その文面と同時に、手のひらの模様が映しだされた。


「……ここに、合わせろってことか?」


 言われるまま、その模様に右手を重ねる。

 モニターが一瞬だけ白く光った。


■ スキャン が 完了 しました ■

■ 適性 ジョブ を 検索中・・・ ■

■ 適性 ジョブ を 検索中・・・ ■

■ 適性 ジョブ を 検索中・・・ ■


 数十秒後。


■ ジョブ を 選択 してください ■

▼ドラゴンライダー

▼シャーマン

▼ブレッシングマイスター


 この三つから選べということか。

 やはり男子としては、ドラゴンライダーという単語は非常に捨てがた……。

 いやいや、ちょっと待て。

 なんとなく進めてしまっているが、これはおかしいんじゃないか?

 まずは状況の確認が優先だろう。

 そのためには、まずは警察に……。


「……まあ、いまのところはいっか」


 どうせ死ぬわけでもないしな。

 大家さんもちょうど海外旅行とかで、いまは電話が通じないし。

 さて、どれにしようか。

 やはりここはドラゴンライダーに……。


「……ううむ」


 しかし三十代男性がドラゴンライダーというのは、なかなか度胸がいる。

 例えば、お見合いの席を想像してみろ。


『ご趣味は?』


『ドラゴンライダーを少々……』


 ふざけているのか。

 そもそもドラゴンライダーをかじった経験が、結婚においてステイタスになるものか。


■ ブレッシングマイスター を 選択 しました ■


 日和ってしまった。

 まあ、あとで変えることもできるだろう。


■ 出現ポイント は アニマ共和国 に 設定されます ■


 途端、丸い図形が現れた。

 なんだかジャガイモのような形だ。

 それが三分割されて、左の枠内に『ANIMA』

と書かれていた。

 その『ANIMA』の右下に、赤い光が点滅している。


■ チュートリアル を 開始 します ■


 チュートリアルが開始されてしまった。


■ 名無し 村 ■

◆レベル   1 《 次 の レベル まで 10 ポイント 》

◆人口    3

◆ステータス 正常

◆スキル   ○○○


■ ゲーム の 目的 ■

あなたは小さな村を手に入れた

そこに住む人々の生活を、あなたの手で発展させよう


■ レベルアップ を 目指しましょう ■

あなたはいくつかの方法により、村にポイントを蓄積させることができる

そしてポイントによって、あなたの村はレベルアップが可能になる

レベルが上がるほど、あなたの村はその恩恵を受けることになるだろう


■ ジョブスキル を 活用 しましょう ■

あなたの村の住人には、いくつかの試練が待ち構えている

それらを乗り越えるために、ジョブスキルを活用しよう


 ……うん。

 意味がわからんな。

 とにかく、これがなんらかのゲームであるのは伝わる。

 おっと、さらに画面が変わった。


■ まずは 畑 を 作りましょう ■

あなたの村の住人は、誰からの支援もない状態だ

まずは食糧を確保するために、畑を作ろう

畑ができたら、村にはたくさんのポイントが還元されるぞ


 その文面を表示して、モニターが明るくなった。

 そこに、妙なものが映っていた。


「草原と、小屋と……」


 ちっちゃい人間だ。

 ちっちゃい人間だ!?

 ……変なテンションになってしまった。

 モニターに映った草原を、ちっちゃい人間が歩いていた。

 しかも、自分たちのような人間ではない。

 人形のようにずんぐりとしていて、どんぐりのような形なのだ。

 二頭身か三頭身というのか。

 おっさんらしい男性(だと思う)が、ぼろぼろのくわで地面をおこしている。

 どうやら、畑を作ろうとしているらしい。

 でも見るからに粗悪品の鍬で、土がおこせるのか怪しい。


「これが最初の工程ということか……」


 試しにモニターに触ってみるが、特に反応はなかった。

 持ち上げようとも試みたが、びくともしない。

 このゲーム機、かなり深く埋まっているようだ。

 とりあえず、様子を見てみよう。

 なかなか鮮明な映像だ。

 草原をなでる風など、かなりリアリティを感じる。

 さっきの文面から言って、この男性の手助けをしろということらしい。

 しかし、どうやって手伝えばいいのかわからないな。

 その意味を考えていると、ふと時計が目に入る。

 いつの間にそんなに時間が経ったのか。

 気がつけば、出勤の時間になってしまっていた。


「やばい!」


 この物体のことも気になるが、いまは仕事に向かうことが優先だ。


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