第1話 天才勇者、世界への別れ。

壁も天井も、机や椅子にいたるまで、すべてが真っ白な教会。

そこには向き合う男女の姿があった。


アルビノを思わせるような美しい銀髪に、澄んだ碧眼の瞳。

どこか中性的で不思議な雰囲気を漂わせるその男の顔にはいまだあどけなさがのこされていた。

それも仕方がない。

彼は年齢的にはまだ14歳。

子供ではないが大人にもなりきれていない。

たぶん長い人生の中で最も迷い、悩み、立ち止まる時だ。

しかし特別な時でもある。

14歳はそんな不思議な年齢ともいえるだろう。


そしてそんな彼の足元には光り輝く魔方陣が今にも起動しようとしている。

魔法陣を構成している文字列からしてもかなり高度な魔法であることがうかがえる。

それに込められている魔力量もかなりのもの。

魔力の流れに触れてはいないのに魔力酔いを起こしそうだ。


そんな陣地を超えた魔力がこめられた魔方陣の上に立つ少年。

紛れもない、旅立ちの時だ。

この世界は少年が生まれ育った故郷。

未練がまったくないと言えば嘘になる。

沢山の人が、少なくないかかわりを持った人が大勢いる。

それに大切な家族や友人、残していくにはその絆はあまりにも大きい。

だがそれでもやらなければ、行かなければならない。

俺を待っている人が、世界がある限り。

なぜなら俺は神に選ばれしなのだから。

だから、だから、、、、、。


「泣かないで、セシル。僕はこの世界を救ったんだ。この世界にはもう居られない。」


そう言ってセシルと呼んだ女の子に屈託のない笑顔を向ける。


「うっ、ぐす。い、嫌です。世界が平和になってもあなたがいないなら、私にとっては、地獄と変わりません。」


少年を引きとめようと涙を流しながら懇願するセシル。

だが彼女は自分の説得が意味をなさないことを知っていた。

それに一国の王女である自分は国の事を第一に考えなければならないことも、身を持って知っている。

そしてそんな自分の発言次第で簡単に世界そのものが変わってしまう事も、知っている。


「王女様がそんなことを言ったらだめだ。みんな世界が平和になって喜んでるんだよ?。だからさ、みんなを引っ張っていくセシルがそんな顔してたらみんな心配になちゃうよ。いつもみたいにさ、笑ってよ。」


「どうしても一緒には連れて行ってくれないのですか?」


涙にぬれたその顔で懸命に笑顔を作りながら言う。

大好きな彼に笑ってくれと言われたのだ、笑うしかない。

それにきっとこれが最後になる。

ならば涙で別れるよりも笑顔でサヨウナラと言えた方がいいに決まっている。


それに答えを聞く前からセシルは彼がどう答えるのかがわかっていた。

どんなに願ってもそれは変えられない運命だから。

だけど、もう少しだけこの時間を、、、。

永遠とは言いません、どうか一秒でも長く、この瞬間を続けさせてください。


「うん、セシルを連れて行くことはできない。君はこの世界に必要な人間なんだ。それはセシルだってわかってるだろ?ごめん、時間みたい。セシル、元気でね。いつか絶対にまた会いに来るよ。絶対、だ。」


彼の足元の白い魔方陣が一層強く輝く。

正面にいるセシルはその光を直視できない。

彼の姿を最後までしっかりと目に焼き付けていたかったが無理だ、光から目を逸らす。


そして光が収まったころ目を開けると少年の姿はどこにもなかった。

”絶対にまた会いに来る”その言葉を最後に少年はこの世界から旅立ったのであった。



「絶対、ですよ。私、待っていますから。おばあちゃんになっても、たとえ魂がこの身から抜け出ようともあなたを待ちます。さようなら、私の勇者。」





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