情報は急なんでね

昨日訪れたギルドに入ると何故だか違った雰囲気を感じた。あれ、こんなに清潔感あったっけ。こんなに広かったっけ。など。


 キメラに聞いてみたが変わってないとのこと。それを聞いて自分が余程疲れていたことを改めて理解した。そこまで視野が狭くなっていたのか、調子に乗って戦いにいかなくてよかったと胸を撫で下ろす。


 改めて広いギルドの内装を確認すると、デーブル席で一つのパーティーが言い合いしているのを見つけた。行儀が悪いが盗み聞き……する必要もないほどにヒートアップしている。ちょっと見てみよう。


「だから!今まで侵攻されてないんだろ!?そんなの絶対に余裕だって!」

「あーーー!ほんとあんたって何も考えてない!この数百年間ずっと森に居るのよ!?今まで帝国だって討伐隊何回も組んだの!それでも叶わなかったのよ!?」

「その通りだ。あいつは不思議な力を持っている。近くだけで、戦う意思が削げるような不思議な力をな」


 ……は?なんだそれ。恐怖心を煽られるわけでもなく戦意を喪失するのか?そんな魔物がこの近くに?……数百年間も?先輩勇者は何をやってるんだ?


「知ってるさ!けど死人は一人も出てないって話だろ!?この間の迷宮で状態異常無効の魔導具を手に入れたのだって絶対に倒せってことだろ!な!?俺たち勇者になれるかも知れねぇんだぞ!」


 死人が出ていない?こっちは無効化されて相手は何もしないのか?なんだそれは。


「……あっそ。もう好きにすれば?お子ちゃまレード」

「あ゛ぁ゛!?」

「コラ、キーナそういうな。レードはまだ若いんだ。……おいレード、表出ろ。俺に勝ったらついてってやる。だがな、俺にすら勝てねぇんじゃあのバケモンには勝てねぇ」


 顔を青くした細身の男がキザったらしいレードとかいう奴に言う。背中に二つの剣、双剣使いか。レードは剣と盾ね。まぁ、興味はない。

 だがあの口振りからして多分双剣使いはそのバケモンに会ったことがあるんだろうな。


 ちょっと話し掛けてみるか。 


「あのー、ちょっといいですか?」

「……ん?なんのようだ?」

「その、話が聞こえまして。そのバケモノについて教えて欲しいなぁ〜なんて」


 アハハと言いながら情報を貰う。途中レードとかいう奴がキレ始めたが双剣使いが宥めていた。


 曰く、バケモノは魔王の配下の一つ。

 曰く、近寄ると気力が失せる。

 曰く、見た目が悍しい。

 曰く、数百年間その場を動かない。

 曰く、奴が動けば世界が滅びる。

 曰く、奴を遠距離から潰そうとし、帝国が甚大な被害を受けた。


 など。


 甚大な被害については黒い雷がなんだとか。そこまで深いことは分からなかった。これも数百年前の出来事であり噂程度の話のようだ。


 というか帝国に住む人なら全員知ってる話らしい。田舎から最近来たと言えば納得してもらえた。


 そして、一番大事な話。状態異常無効化の魔導具を使って勇者が近寄り討伐を試みたが、無効化できずに戻ってきたことがあったそうな。


「それでな、俺は一度討伐隊に混じったことがあった。だがな、何もすることができなかった。森に足を踏み入れた瞬間、無気力になった。あれは恐ろしかったさ、だが幸い近くにいる魔物ですら無気力状態だったから襲われなかった。足に力が入らない、何の為に倒しに行くのかすらも分からなくなってしまった。それでも、それでも何となしにいかなければならない。そう思って味方を置いていって一人で奥まで向かった」


 そういう双剣使いは震えながら話す。話すのすら烏滸がましいとでも言うほどに、恐怖に取り憑かれていた。


「あぁ、俺は愚かにも一人で向かった。なぜかは分からない。それでも足は進んでいた。そこでな、俺は見たんだ。見ちまったんだ。あのバケモンの顔を。あれは竜ですらない、翼人でもない。なんなんだあの気持ち悪い顔は……!常に口をかっぴらいて、いつでも待っているかのように歯を見せつけてきやがる。長い舌だって遊ぶように俺の目の前で動かしてきやがった。俺は動けないのに……!」


 ついに双剣使いはしゃがんでしまった。頭を抱えながら怯えている。

 だが誰もその話を遮る者はいなかった。周りに依頼を受けに来た人ですら黙って話を聞いていた。受付の人もみんな双剣使いの話を聞いていた。


「……だがな、一番ダメなのはな、バケモノじゃない。そのバケモノの隣にな、居た」

「居たって、何が……?」


 双剣使いの言葉にリードが疑問を口にする。


「……魔王が、いた。魔王ガイディスが!」

「「「なっ!?」」」


 ギルド内で声がハモる。もちろん俺の声も入っていた。……魔王は居たんだ。そう思うと自然に身体に力が入る。絶対に倒さないと。それが、勇者としての使命だ。でもあまり乗り気ではない。まずはクーカに会おう。


 ギルド内は大騒ぎだった。魔王が近くにいたのだから当然だ。今までない以上の声の多さが頭に響く。

 だが双剣使いはまた、ポツリポツリと話し始めた。


「魔王ガイディスはこう言った!


『邪竜ナギラこいつの名前だ。可愛いだろう?』


 ってなぁ!俺は何も言えずただ震えていた!ただ殺されたくなくて蹲っていた!力が入らなくて、力が入らなくて何もできなかった……!だが力があっても何もできなかっただろう!あのバケモノの瘴気は尋常じゃない!」


 ゴクリと誰かが唾を飲む。

 自信を奮い立たせるように声を上げる。蹲り、泣きながら声を上げる双剣使いに、またみんなは聞き込んだ。


「それでも俺は許せないことを一つ言われた。魔王ガイディスは俺ら人間を馬鹿にしたんだ。だが怒りを覚えれたのも一瞬さ。すぐに霧散しちまった」

「な、なにを言われたんだ?」


 レードが震えながら声を絞る。それもそうだろう、先程まで自分が挑もうとした相手が想像以上のバケモノだったのだから。


「アケディアの意味は分かるか?と」

「「「……」」」


 皆一様に顔を怪訝に歪ませる。知らなかったのだろうか。アケディアは怠惰の意味だ。勇者と魔王については詳しく調べていた為知っている。

 だが周りの空気が一瞬にして気まずくなった。


「……教えてくれ」


 レードが口にすると双剣使いが涙と鼻水に濡れた顔で見上げていた。嘘だろ……?とでも言うような顔をしている。


「アケディアは怠惰という意味だ。

 そして魔王は言った。


『この邪竜ナギラは動けば死ぬ。だが動かないナギラは周りに影響を与え続ける。これはな、称号を与えられているからだ。アケディアというな』


 と。それだけなら良かった。だがお前ら、分かるだろう!?アケディア、怠惰っていうのは七つの大罪の一つだ!そして昔話で伝えられていただろう!?七つの大罪のうち、2つは影に消えたと!たが、そのうちの一つの怠惰が!このすぐ近くにいるんだ!」

「「「ッ!?」」」


 最後まで言うと双剣使いは再び蹲り始める。

 その言葉でギルドに緊張が走った。それは七つの大罪に対する、恐れからだ。

 七つの大罪、それは昔話でよく伝わる初代魔王カイトの精鋭軍の名称だった。

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