幕間:魔王誕生
愚かだ。こいつらは愚かだ。許せない。だから死ね。
心を許した人を殺された。命を賭して護りたい人を殺された。愛した人が殺された。愛した人が殺された。愛した人が殺された!!!!
お前らの勘違いで。
少女が竜に囚われた。そんな依頼だった。
罠だった。
目の前で我の、大切な我の……あぁ、殺したのにまだ殺したい。王の首なんてただのおっさんの首に等しい。こんな策を作ったのは誰だったんだろうな。王宮の人は全員殺した。だからきっと死んでる筈だ。
人間は救えない。
そういう理念で同族を何度も殺してきた。振り上げた手は洗っても洗っても落ちなかった。
とっくの昔に紅く血に染まっている筈。それでも白くしたいのはまだ理性が残ってるからだろう。そう考えて、そう逃げてまた手を汚す。
勘違いするなよ?我は無抵抗な民は殺さない。貴族と歯向かう兵士、後は歯向かう勇者を殺すだけだ。
無抵抗な人を殺しては冒険者として活動していた意味がなくなるからな。
さぁ、我一人に対して王国軍がお出ましだ。1万人?生温い。3万はいるだろう。
そんな光景を城の最上階から眺めていた。座ってたって余裕だ。何一つ恐るるに足らない。我は黒い剣を握りながら俯瞰する。
あぁ、エルフもいるじゃないか。ドワーフだっている。なんだ、王国軍だけじゃないのか。世界が敵だって言いたいのか?
「笑わせるな。そんなカス共が集まろうと」
一つ、手を振り上げる。
手の先に黒い球が生まれる。それは紅い筋が鳴動しており、禍々しい瘴気を辺りに振りまく。
「
一つ、手を振り下ろした。
窓の外に投げたそれは、ふわりとした動作で落ちていく。
地面につくのに時間はかかる。
何秒経っただろう。城は高いから時間がかなりかかる。
そんな悠長なことを考えている間にどうやら到着したようだ。
地面に紅い筋が無数に張り巡らされた。それは前方に扇状。
「ははっ、まさに魔王に相応しい能力だな」
そんなことを寂しげに呟く。
「君たちがこんなことをしなければ使わなくて済んだのに」
目の前で筋が鳴動し始めた。
「あぁ、逢いたいよ。僕もそっちに行きたいよ……」
紅い筋に触れた者が皆、身体から血を吹き出す。
「でも、死ねないんだ」
指を動かすと筋がゾロリと動き始める。逃げ惑う兵士達はぶつかり合い、怒声をあげながら皆一様に血を吹き出した。
「クレア……」
拳を握りしめると目の前の地面が全て紅くなった。勿論生きてる人間なんて誰もいない。
そんな阿鼻叫喚を目の前に愛する人の名を呟いた。
000
「ねぇ、カイト!それも前世の知識なの?」
「ああ、そうだよ。ここをこうやって結んでやると……できた!」
そう言って僕が見せたのは簡単なお守りだった。
「でもそれに似たのうちにあるわよ?……そんな複雑な模様はなかったけど」
ただ木を薄くして、楕円形にやすりをかけて、幾何学模様を描いただけ。そこに穴を開けて糸を通した。ネックレスみたいなものだ。
「前世の知識〜っていうのはまぁ、冗談だよ。本当にあるけどこれには関係ないかな。さぁ、よかったら首から下げておくれよ。特別な魔法を込めたお守りさ」
「……ありがと」
そう言って彼女は喜んでくれた。それに釣られて僕も嬉しくなる。
「じゃあ、魔物討伐頑張りますか!」
「おー!」
000
どうして?
問いかけるが誰も答えは出さない。
なんで?
問いかけるが誰も答えは出さない。
だが僕は分かってる。
僕のせいだと。
目の前には気絶した彼女が眠っている。どうやらお守りが彼女を守ってくれたようだ。
【絶対防御】
神様からのチートスキル、初撃を必ず防いでくれるその力を付与したお守りだ。だがもうお守りは効果を果たさない。
だから僕は飛び込んで彼女を引き寄せた。
近くには暗黒甲虫がワラワラと湧いていた。さっきまでいなかったはずなのにどうしてだ。
「なぁ、その少女は大丈夫なのか?」
後ろから声がする。今回一緒に依頼を受けたガルドさんだ。
今回の依頼はギルドが緊急依頼として出した、村に魔物が大量発生したことを解決する依頼だった。
依頼は8パーティーで受けた。そのうちの一つのリーダーがガルドさんだった。
依頼の魔物は皆屠った。
安心して一日村でお世話になり、宴をした。
さあ、帰ろう。
そんな時に予想を遥かに凌駕することが起きた。それは暗黒甲虫だ。こいつは異様な防御力を誇り、攻撃はタックルのみだが鋼すら余裕で曲げてしまう。それが大量に発生した。……今ここで。
というのも語弊だ。最初は1匹だけしか現れなかった。だが、誰もそのことに反応できず、彼女がタックルを受けて気絶してしまった。ダメージは防げたが勢いまでは消せなかったようだ。
気絶した後、一瞬の静寂を得て皆で暗黒甲虫を潰した。
だが潰した瞬間30を超える暗黒甲虫が現れたのだ。
普通何もないところから現れることなんてないのだ。それに暗黒甲虫はこんな平野に現れるはずがない。だがそんなことを考える暇もなかった。
1匹を全員で潰すのにかなり時間がかかった。もう無理だと絶望した。
彼女が目を覚まし、混乱していた。状況を説明し、理解してもらった。だが状況打破なんてできなかった。
僕が転生者で神にチートスキルを与えられた。それだってこんな数の暴力には勝てない。大魔法を味方が使っても倒せなかったんだ。
なんてのは建前だ。状況打破なんて余裕だ。だがこの力を人の前で翳すのは躊躇われる。それ程に恐ろしい力だからだ。
だがそんなことを言ってる暇もないようだ。
命を救えるなら!
ここで全てがおかしくなってしまった。
「【魔物隷従】」
僕はそう言って暗黒甲虫共を従える。
「動くな、二度と攻撃するな。火の中へ飛び込め」
そう言って村で昨日宴をした時に作ったキャンプファイヤーへ飛び込ませた。
「ふぅー」
「これで解決ですかね」
そう言って笑った。
みんなも笑って、すげーっていってくれる筈だ。
そう思っていた。
だけど違った。
みんな僕のことを恐れていた。
腰を抜かす人だっていた。
一人が声を上げた。
「ま、魔王だぁああぁぁぁ!!!!!」
逃げていく。
ギルドの仲間が逃げていく。
あぁ、なんでだろう。どうしてだろう。
僕は悪いことなんて何一つしてないのに。
みんなが恐れて逃げていく。
ただ、助けたかったのに。
逃げていく。
僕は脚のチカラが抜けてしまった。重力に負けて膝をつく。
そんな僕の目にはもう誰も残っていない。そう思っていた。
だけど彼女は残ってくれた。
「カイト、また助けてくれたんだね」
そう言って微笑む。彼女は少し震えていた。
「僕は……僕は……助けたかっただけだった」
弱々しい声を上げる。酷く震えていた。彼女の耳に届いたのかすらもわからない。
だが彼女は僕のことを抱きしめた。
「うん、わかってる。カイトは優しいもんね」
「ぼくは、魔王なんかじゃない!悪いことなんかしてない……!」
背中に回された手が優しく撫でてくれた。
「大丈夫だよ。カイト」
「クレアあぁぁぁ!!!」
酷く、醜く泣き叫びながらクレアを強く抱きしめた。
『魔王の証を手に入れました』
魔王、それは魔物を操り悪虐非道を繰り返す悍しい存在。神話の話だ。カイトは小さい頃から読み聞かされ、だが、転生者であるが故にその名を少し甘く見ていたのかもしれない。
名前を出すのも憚られる存在。
だが、カイトは現状打破できるのはこの力しかなかった。他の力はまだカイトが弱い故に効果を発揮できなかった。
そしてその日から魔王とクレアの逃亡劇が始まった。
これが魔王の生まれた時代、そして勇者が生まれた時代だ。
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