やることが多すぎるんでね

「……っていい……の?………わよ」

「違う、……から……だ。……ない」

「わかったわ。で、こいつはいつまで寝てるのよ!」


 微睡んでいたが、気絶すればいいと思ってるんじゃないの?という大変失礼な声に目を覚ます。


「したくてしてるわけじゃ!ねぇ……」


 あまりにもな言葉に声を荒げ否定するが頭が痛み語尾が萎む。イテテと頭を抑えながら声を出しながら指輪にシッペをした。


 視界は未だぼやけている。というよりも目を開くつもりもない。目蓋が重すぎる。ふぁ〜と欠伸をするだけでズキズキと頭が痛んだ。あぁ、色々思い返すのも面倒だ、まだ寝てようか。そんなことを考えながら再び枕(•)へ頭をつけた。


 ……ん?枕?


 枕なんてあるわけない。おかしい。そう思って必死に目を開いて上を見た。


「中世……」


 それはカッコいいヘルムをしていた。男なら誰でも憧れるような神秘さを兼ね備えている。


「甲冑ゥ……」


 それは禍々しい瘴気を放っていたはずだった。だがどうだろうか今は蒼い聖気を放っていた。


「男ォォアア!?」


 だが関係ない。一度死を錯覚するくらいのトラウマを植え付けられているのだ。そんな変化など気に留めていられなかった。


 大急ぎで頭から起き上がろうとするが二本の指で額を抑えらた。……あぁ、起き上がれない。どれだけ力を入れて、力んでも起き上がれない。なんなら頭痛が加速し、更に苦しくなる。だが少し温かさを感じた。


 今日俺は何度死を体験しようとしていたんだろう。


「大丈夫です。少し話すだけですので」

「ッ!?」


 くぐもった声がヘルムの奥から聞こえてきた。

 会話ができる!?


「驚いてるようですね。ならば主の意向に添えたのでしょう。初めまして、先代の……召喚獣です」

「先代の召喚獣!?」


 先代というと勇者のことだろう。先代の勇者は召喚の力を持っていたのか。ということはその代事によって勇者の力が違うことになる。もちろん俺は持っていない。あと魔法でも召喚魔法何てものはない。


「さて、私にはあなたの育成をする使命があります。と、言ってもある程度はできてますが」

「育成……?」

「はい。基礎を教えるようにと言いつけられています。そして使命が果たされると私は消えます」

「……なるほど。情報漏洩を気にしてのことか。迷宮にいたのも他人と接触しないためと?」

「ご明察でございます。この迷宮に来たのも当然の結果かと」


 曰く、運命に導かれてるのだと。よく分からない。クーカが何を怖がったのか、そこで変わってくると思うのだが。仮にクーカの実験で何も無かったとしてもその後にでもここに来ることになっていたのかな。


 考えても仕方ない。


「それで何を教えてくれるんだ?」

「……分かりません」


 そう言って中性甲冑男は風化した。


「……は?」


 え?なんで?


「いやいやいや、え?」


 俺はそこにいたはずの砂を掴む。指の間から流れていくだけだ。風に乗って少し飛んでいく。


「基礎を教えるようにと言われたって……」


 あ


「基礎を教えとけよ!じゃーな!で終わったってことか?基礎の中身は中性甲冑男も知らないから伝言ゲームで終わった?」


 そんな馬鹿な……、そんな……まさか……。


「ばーか!」


 絶望してると指輪からそんな声がした。俺は無言で短剣をノコギリのようにゴリゴリとして軽く抵抗をしておいた。





 俺は一体何をすればいいんだろう。辺りの森を見ながらそんなことを呟く。試しにまた迷宮の中に戻ると赤い魔法陣があった。先程までの自分なら警戒していただろう。だがここは勇者育成の塔だという。ならば問題はないのではないか。



 あぁ、ダメだ。黄色いやつで虫溶けてってたわ。関係ないわ。


 だがよくよく観察してみると他と違うことに気づく。この赤い魔法陣は他のと違い魔法陣の少し上まで光が伸びていた。他のは地面に描かれた魔法陣が光っていただけだった。この違いはなんだろう。


 そんなことを考えながら俺は赤い魔法陣の前に来た。


 いいことを思いついたんだ。


「キメラ?今出れる?少し大事な話がしたいんだけど。謝罪もある」

「……仕方ないわね。もう見た目だけなら治ったしいいわよ。私も初めての外歩きたかったし」


 よかった。キメラは外が見えてないようだ。これでキメラが出てきた瞬間魔法陣の上に乗る。実験ができるというものだ。

 指輪が軽く振動する。これが出てきた合図なのだろうか。……いや出てきてないな。なんでだ?

 そんなことを考えていると背後に気配を感じた。


 まさか……!?


「おまっ!?」

「ばーーーか!」


 キメラが俺に向かってタックルしてきた。もちろん俺は魔法陣の目の前にいる。俺は突き飛ばされた。


「イッッッッッターーアアアアイイイィィィイイイイ!」


 なんて頭を抑え、叫び散らかすキメラが一瞬視界に映った。だがそれはほんとに一瞬。


 浮遊感。


 気がつけば俺は「街」にいた。


 通路をたくさん歩く人。走る馬車、屋台で客引きをする声。噂とたぐわぬ建物の並び。俺は街に来たのは初めてだ。初めてだ。だが話で聞いていたからすぐに街だとわかった。


「なんでこんなところに……?まさか」


 転移した?


 二度目だ。クーカの件と同じように浮遊感を感じた。ただ今回は俺が地べたに倒れるようにして転移していた。浮遊感は転移時特有のものなのだろう。


 指輪には何となく存在感を感じる。キメラは俺のことを自分も巻き込むようにして押してきた。だがそばにキメラがいないということは一度きりで一方通行なのだろう。だがキメラは指輪にいる、そこから考えられること。距離が離れると自然と指輪に戻る仕組みなのだろうか。


「失敗ね」

「うるせぇ」


 キメラが落胆するかのように吐き捨てる。自由にでもなりたかったのだろうか。俺はとりあえず拳を握り、建物の角に指輪をゴリゴリと擦り付けた。ぎゃあ!なんて情けない声が聞こえたが無視だ。


 俺が今いるところは路地裏のような場所だ。日当たりも悪く特に人もいない。ただ少し悪臭が漂ってるのは勘弁だ。そこまでひどくないが生ゴミのような臭いがする。


 転移しているところを見られなかったのはラッキーだろう。説明する時にめんどくさくなりそうだし。


「うーん、とりあえずどうしよう」


 やることが沢山だ。




 000




 クラート達の去った迷宮、そこで一つの魔物が座っていた。


「主よ、私は使命を果たしました」


 疲れたように遠く、遠く、見えない天井を見つめる。


「ですが私は不安になります」


 そっと掌を上に掲げた。


「これで正しかったのでしょうか。私にはわかりません」


 そう言って今度こそ、動かぬ鎧となった。






 序章:歯車は狂いだす END

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