銀髪の悪魔にやられたんでね

とりあえず、すきすきBOTと化した我らがクーカさんを落ち着かせ、もう一度説明した。


「ちょっと実験したいんだが付き合ってくれるか?」

「ん?いいよ!」


 気のいい返事が貰えて結構結構。さて、やりたいこととはセイクリッド・テラーの効力についてだ。いまいち把握できていない。というのも応用方法についてだが。そもそもこの技の使い道が分からない上に使う機会が無い。

 なら身近な人に頼んで使わせてもらって色々使い道を探ることにしよう!という魂胆だ。そもそもこの技自体戦いのみで活躍するんじゃなくて街中で痛い目見せたい時などにも使えそうな気がするんだよな。躾とか。

 クーカに対して少し怖い思いさせるのも気が引けるが……了承を得ているしいいとしよう。


「それじゃ、説明した通りちょっと怖いかもしれんが……我慢な」

「ん!」

「セイクリッド・テラー!」


 視界が光に包まれた。



 000


 いつもの通り文字の書き方を教わった後、森を散策していた。親には止めららる。けれど娯楽は歩き回るくらいしかないのだ。だからいつもは罠のない森を歩いていた。


 いつもと違うルートを歩いていた。クーカの手を引きながら俺が先導し、いつもと違う景色を楽しんでいた。知らない木の実が生っていた。それを俺が毒味してあまりのニガさに顔を顰めるとクーカが心配しながらも楽しそうに笑っていたんだ。

 笑っていることに怒りつつもなんだか楽しくって強くは出れなかった。


 だから足元がお留守になっていた。


 シュン。


 トラバサミだった。


 そんな軽い音と共に、俺の右足首は粉砕した。

 大きな悲鳴を上げた。更に近くに罠があるかもしれないのに地面にへたりこんで脚を触ろうとする。トラバサミを取ろうとする。……取り方が分からなかった。いじる度に途方もない痛みが脳を支配する。痛いということ以外を理解することが出来なかった。歯がくい込んでくる。自分の内部が触られるような感覚を得ることも出来ず、粉砕され、流れ出る血の奥で紫に染まっていく肌をどこか遠くに感じていた。意識が遠ざかっていく。


 そんな時だった。いつもはどこか抜けたクーカが真剣な顔で歩み寄り、刃の横の部分を踏んで解除した。エクストラヒール、クーカがそう呟くと痛みがだんだんと引いていき、現実へと引き戻された。


 バタリ。


 クーカに近寄りって泣きながら感謝を伝えようとした時、とても疲れたような顔で、けど涙は止まっていない。そんな顔で微笑みかけてくれた。


 無事でよかった。


 そう俺の頬に手を添えながら。


 いつもの道でこれからも遊ぼ?


 ちょっと怯えを交えた眼差しで忠告をしてくれた。泣きながら何度も頷いた。


 満足したようにクーカは目を開かなくなった。


 俺は急いで村にクーカを運んだ。その日は寝ることが出来なかった。


 ただの気絶だった。


 クーカが起きたあと回復魔法のことについて聞くとなんか使えたとよく分からない答えが返ってきた。今後も使えそうかと聞くと多分使えないとのこと。自分でも理解していないらしい。



 浮遊感。


「は?」


 目が未だに慣れない中突如として意味のわからない感覚に包まれる。必死に視界を得ようと擦り、慣らす。


 空を飛んでいた。


 否。


 空から落下していた。


 周りは木、木、木。森の中へ落ちようとしていた。真下に目を見やると穴らしきものが見えた。それもとても大きな穴。だが穴の周りには木の根っこのようなものが見えたり、枝が生えてるようにも見える。

 それはさながら世界樹とでも言われるものが、切り株になり、中をくり抜かれたようなもの。だが切り株というのも些か長すぎる。

 地面との距離がどんどん縮まっていく。木の中に入った。


「イギャァァァァァ!!!!?!?」


 顔を下にやれば着実に迫る地面が。1秒、また1秒と死が迫るに連れ、死にたくないと思う心もどんどんと大きくなっていった。


「やだやだやだぁぁぁぁぁ!!!!!!とまれぇぇぇぇ!!!!!」


 駄々を捏ねようと現実は非情だ。命が消えようとしてるのに心臓は動く。トクントクンと時が動いていることを示していた。望んでいるのに。鼓動が止まるのは死を迎えた後なのだから、笑えない。


 ここまでに来たことを思い出していた。頭にクーカの事が流れてくる。珍しい回復魔法を使ったのに俺が勇者なばっかりで脚光を浴びることはなかった。……目立つこと拒んでたしいいのか。


 考え事をした瞬間に直ぐに自己解決。時はまた加速する。


 地面が眼前にあった。


 死ん……


「でぇっ!?」


 だと思った。


 床に落ちる瞬間身体が柔らかいナニカに包まれ、そのまま優しく地面に落ちたのだ。


「あぁ、あああああ!!!生きてるぅ!!!!俺生きてるぅ!!!!!!」


 自分の体を器用に抱いてくねくねと喜びの舞を踊った。

 目の前に広がるのは一本道と広い自然洞窟。木の中なのに洞窟……?緑が基調とされていた。床をよく見れば自分が落ちたところを中心として円形に謎の絵が掘られていた。


 その一本道の反対側を向くと何も無いきどまりだった。けれどその壁は落下地点とは10メートル程距離があり、その間には小さな池が形成されている。綺麗な花々が咲いており、上から光が差していることもありとても神秘的だった。


 地面の絵は図鑑で見た事のある複合魔物、キメラとしか言えなかった。人間の形をベースとして顔がジョーカー。片方の目が抉れており、何かを垂れ流している。右腕がゴツゴツの腕。左が鳥のように細い脚。しかし両の手は爪が伸びておりシャッテングリズリーを彷彿とさせる。足腰は馬のようなもので形成されていた。脚が六本、スレイプニルだ。


 そんなキメラは長い爪にハートを刺しており、それに噛み付いていた。……何故だかその絵を見ると身体が疼いた。


「って、そんなことよりもなんで俺はこんな所に……?」


 どう考えても先程までいた村とは似ても似つかない。どうあがいても転移したとして考えるのが妥当だろう。


 何故……?


 いや、転移する前にしたこととしてはクーカに対してセイクリッド・テラーをかけた事だ。視界が塞がれた状態から落下がスタートした。原因はこれだ。

 恐怖を実現させて……。

 クーカは俺が居なくなることを恐怖している?

 いや、これだとおれはこの世に存在していないはず。だとすると俺が遠くに行ってしまうこと?

 ……ありえる。


 まぁ、いいや。起こってしまったんだ。進んでいこう。


 ランプなどは見当たらない。その癖光る洞窟に訝しんでいると、ゴツゴツの壁に生えているキノコが光源だということに気がついた。ぜひ1つくらい欲しい。盗人猛々しい行動を咎めるものなど誰もおらず、注意する人物が傍に居ないことが悲しかった。それでも好奇心は自制できずキノコの根元へと指が伸びる。触れた……かどうかも分からない。けれどキノコがアクションを起こした。キノコの笠の部分から粉が漂い始める。


「おわっ!?」


 それは通路の真ん中へと集まっていき、やがて人型へと形を成した。どんどん供給されていく粉は留まることを知らず、人型は肉厚になっていく。

 やがてキノコが消え、粉の供給が途絶えたところで人型は自分の手をグーパーと確かめるような動作を始め、辺りを軽く歩き始める。


 警戒をして剣を抜いて構える。しかし、警戒する俺に反して人型はこっちに手を振ってきた。関節のない腕で上から下へとくねらせる。おいでおいで、とでも言うように。


「こえぇぇよ!!!!」


 俺は剣をしっかりと構えて上段斬りをした。人型はずり落ちるようにして、胞子が霧散した。


 そのまま消えた……かと思えばまた胞子が集まり人型を形成する。そして同じように腕をくねらせるだけ。


 怖い、あまりに怖すぎる。

 いつまでも待とうと人型は他に行動を起こすことは無かった。決して警戒を緩めずに近づく。ある程度距離が近くなると人型は満足したように頷き、歩き始めた。俺が止まったまま人型をみているとまた手を振り始めた。……これはとある扉を見つけるまでずっと続いた。



 手を振る人型へ近づくと人型は霧散した。霧散した胞子は不思議な光を放ちながら消えていき、今度こそ復活しなかった。一本道の右側に1つの扉を見つけた。

 もしかしてただの案内人なのだろうか。


 扉に手を触れた。


「あがぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ゛!?!?」


 刹那、身体中に電流が迸る。あまりの痛みに視界がチカチカと明滅を繰り返す。意識は遠のいていった。

 ……その時何かが見えた気がした。





「つつっ……いっ、いったい何が……?」


 重い体を起こして辺りを見回すと知らない場所にいた。

 美しい自然。

 大きな樹が視界に映る。

 その樹の下には当然緑の生い茂る土がある。

 その土は樹を中心にして円形になっており、その円を囲うようにして水があった。

 そして更にその水が円の形になっており、緑の生い茂る土が広がっている。


 俺はその土の上で横になっていた。水をまたいで向こう側の土に座り、足を水につける少女が目に映った。


「おはよう坊ちゃん……ふふっ。皮肉なものだよね」


 ちゃぷちゃぷ。


 銀の髪を揺らし、赤い瞳を細める。楽しそうに脚をばたつかせ笑っていた。


「ほら、こっちにおいで。もちろん濡れないでね。……じゃないと死んじゃうかもよ?」


 ふふふと笑った表情を見せる少女。その背中には翅が生えている。キラキラと薄緑に発光しており背景も相まり、さながら妖精だった。


「濡れるなったって、ジャンプして間に合うかも分かんないしな……」

「そういう力、持ってそうだけど?」

「んなもん……そうか!」



【ホバー】

 3秒間自身の足元へ結界を作る。


 これを使えばっ!!!!

 けど……、エンチャント使うのはなぁ……。







「うがぁぁぁぁぁあ!!!!!いでぇぇぇえ!!!!!」


 絶賛のたうちまわり中。それも少女の隣で。

 そう、渡ることはできたのだ。しかし痛みを代償に。


 ホバーの力を使い水の上を歩き、効果が切れそうなときにエンチャントホバーを使って両足の靴へ付与した。エンチャントの代償は当然2倍のダメージを喰らうことになり、シャッテングリズリーの時とは比にならない痛みが頭を、身体を襲う。脳細胞いくつか死んだのではないだろうか?……冗談でも言わない方が良かったか。自分で言っていて少し恐くなった。


 ぽちゃん。


 背後で音がする。鉛の鎧を着たが如く重い身体を起こし、後ろへ見やる。少女が手を上に振り上げていることから何かを水の中に落としたのだろう。


 水から煙が上がった。


「……は?」


 少女は手を戻し、もう一度何かを投げた。

 それは果実のようなものだった。赤く、丸く。りんごだ。


 ぽちゃん。


 水面に落ちるとクラウンを作りじゅわぁぁぁあ……という音と共に果実は空へ昇り、消えていく。


「えげつねぇ……」

「ふふふ、期待していたんだけれど?」

「なんでだよ!」


 よく笑う少女に少し頬を染める。少し整いすぎていた顔は怖さを感じていたが、笑うと人間味があった。自分より身長は小さい。自分と年齢が近そうという理由も相まり少し意識してしまった。


「ふーん……」

「なんだ!」

「ふふふ」


 心……読まれてないよな?


 少女は水に足をつけパタパタとしていた。





「それで、貴方がここにいる理由だったかしら?」

「ああ。気がついたらここにいた」


 そう。俺が何故ここにいるのかを知りたかった。扉へと触れ、そこからの記憶がない。転移させられたのか運ばれたのか。わからない。


「うん、知ってるわよ?」

「やっぱりか!教えてくれ!」


 そうだ、俺が目を覚ました時からこいつはここにいた。知らないわけがない。


「きのこ、触ったでしょ?」

「あぁ」

「うん、それが理由ね」

「はぁ!?」

「まぁ、うs」


 オォイ!嘘だろ!?と驚きのあまり捲し立てる。最後の小さな声は耳に届かなかったようだ。


「ちょっと!うるさい!……もう知らない!」


 少女の耳元で大声を出したせいで怒られてしまった。


「はぁ!?なんで怒ってんだ?そんな怒ることじゃないだろ!どういうことなんだよ!?」

「うるさい!うるさい!バーカ!人の話聞かないあなた嫌い!」

「おい!説明しろよ!」


 肩を掴んで揺らす。


「やだ!」


 子供の喧嘩が始まった。





「……説明できないのよ」

「は?まだ根に持ってんのか?」

「違うわよバカ!」

「あぶね!?」


 顔を殴られそうになりぬるりと避ける。この少女、大人ぶっているだけで実は沸点の低いお子ちゃまだった。


「誰がお子ちゃまよ!あなたより何倍も生きてるわ!!」

「心読んだな!?読むなって言っただろ!」


 少女の身体を足の先から頭の天辺まで見る。


 ふっ。


「……はっ!嘘だな!ちんちくりん!もっとマシなus……」


 ぷつんっ。


 何かが切れる音がした。


「ギャーーー!!!!!」

「ノォォォォォ!!!!!!」


 銀髪の小さな獣は奇声をあげる。

 銀髪の小さな獣は俺の髪の毛をしっかりと掴む。

 銀髪の小さな獣は両手を振り回した。

 銀髪の小さな獣は決して許さなかった。


 何処までも子供であった。



「本当に説明できないのよ。だけどね、納得してる部分もあるの。ごめんなさい。本当に教えられないわ」


 私だって教えられるなら、教えてあげたいの。そう言葉を続けた少女は苦しそうな表情で告げる。


 きっとサマになっていただろう。彼女の手に握る大量の髪の毛がなければな!!!

 俺の頭には彼女のかけた不思議な魔法でしっかりと新しいものが生えている。曰く【『植』毛】は得意だと。嬉しいね。今頭に生えている髪の毛は二度と落ちることがないんだって。

 まだ20代ですらないけどな!


「そうか。分かった」


 納得しきれない所が多かった。けれども言えるのは納得した素振りを見せなければ今度こそ全ての毛が消える気がしたのだ。


「ただ、聞かせてくれ。俺は運ばれたのか?」

「……ごめんなさい」

「……」

「ガマン、デキナイ……!ケケケッ!!!」


 目の前からとてつもない威圧感が出現する。





 ……あぁ、そうか。




 背後に途方もない気配が迫る。


「ッ!?」


 瞬きをした瞬間、少女は血塗れになっていた。


 否。


 少女は、少女だった場所にナニかが二つに割れていた。そこには奇怪な倒れ方をしていたジョーカーが、キメラがいた。



 ケタケタと笑う声が背後からする。





『ヤクソク……ヤクソク!!!マモル!コロシタ!!!!!キモチイィ!!!!!!!!!

 ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』




 グシャァ。


 目の前で黒い球体が鋭利な牙を生やした口で咀嚼している。その球体に少し暖かさを覚えた。


「……前の勇者が来ていたのか?」



【緑淵の祠の攻略を確認、宝箱を配置します】



「迷宮……か。危険な目に会うとかだったのかな。クーカ」


 独り言ちるが返事をくれる人はいなかった。

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