なんたって【俺】なんでね
光は消え、視界は戻る。
ただ、その視界には先程まではいなかったはずの1匹の熊が増えていた。それも戦っていたシャッテングリズリーより一回り大きい。
だが俺は怯えない。なぜなら……
「グ、グガァ!?」
あいつが怯えているからだ。
「ゴガァァァ!!!!」
一回り大きい方の熊は、先程まで戦っていた熊に抱きついた。怯えていたはずの熊はされるがままに抱きつかれ、そのまま力が抜けたようにへたり込む。
「がぁ」
熊は震える手を大きな熊の後ろへ回した。そのまま抱きしめあっていた。
その間に足音を立てないようにして後ろに回り込む。
移動する前に見たが、戦っていた方の熊の顔には先程までの醜悪な顔は浮かんでおらず、野生を感じない目をしていた。どちらかと言うと喜んでいるような顔だろう。
まるで再会を喜ぶかのように。
だが、もちろんそのまま放置なんてしない。
「隙ありィィィ!!!!!!」
先程までの毛の抵抗はなんだったのかというぐらいあっさりと剣は首を断ち切った。そう、これこそが勇者の証のひとつ、【エンチャント】の力だ。
【エンチャント】
自分の持つスキルを何かに付与する。付与している間は自身の身体能力を大きく底上げし、使用後に身体中に大ダメージを負う。
そして効力が消えたのか一回り大きかった熊は消えた。きっとそもそもこの世に存在しなかったのだろう。存在していたものであればこのままここにずっといるはずなのだから。これが【セイクリッド・テラー】の力だ。
【セイクリッド・テラー】
眩い、高圧的な光が相手が根底から恐れるものを実現させる。相手がこの技に恐れを感じると一定時間後、効果は消える。
さて、熊が消えてしまった。
……いやだ。
あれはもう嫌だ……。
足の裏がピリピリとしてきた。
前兆だ。
アレがくる……。
「あああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!いでぇぇぇぇ!!!!!!いでぇぇよぉぉお!!!!!!!!」
頭の中から殴られているかのような形容し難い痛みが渦巻く。ガガガガという大きな音が頭から離れない。腕だって脚だって潰れたように痛い。全身が痛みで侵されていく。内臓ですら絞られるような感覚に陥って気が狂いそうだ。
ただ、救いは声帯は無事なことだろう。痛みを声ですら吐き出すことが出来なくなったら俺は……。考えたくもない。
そんな時、木の影からクーカが走ってくるのが見えた。
……情けない姿は見せたくないな。だが今はもう、我慢できなくもない痛みだ。この代償はすぐに終わる。初めだけがめっちゃくっちゃ痛いのだ。
000
「く、クラート!?」
頭を抑えながら呻く彼へ駆ける。熊の死骸がなんだ。悪臭がなんだ。そんなことよりも心配だ。
「怪我したの!?大丈夫なの!?」
「も、問題ないな!ハッハッハッ!」
剣を杖代わりにしながら立ち上がる。私はそんな逞しい姿を座り込みながら見ていた。目の前で支えている膝が笑っていた。……虚勢なのは一目瞭然だった。
「クーカ、聖剣なんて要らないんだぞ。なんたってクーカを守るのは勇者じゃなくて【俺】だからな!勇者として守らないといけない、なんてわけがないんだ」
強い、そして明確な意思を持った眼が私を見据える。世界に2人だけのような、虜になってしまったように錯覚した。顔に血が昇るのを自覚しながらも必死に目を合わせた。
「クーカを冷たくさせるなんてことは絶対にしない。俺が!ここに!誓うぞ!」
「……〜〜〜ッ!!!!」
「グハッ!?」
座った状態から勢いよく胴へ飛び込んだ。クラートが地面に尻から落ちる。胴へ匂いをつけるように、マーキングするように顔をウリウリ押し付けた。どうしよう。好きすぎる。こんな守られて、強くて、カッコいいなんて。好き好き好き好き。
「……好き!」
「ヒョェヘェエッ!?」
「好き!大好き!」
「アバ!?バババ!!バーー!?!?」
好き!
村へ戻って熊を討伐したことを宣言した。結局臭すぎて食えたものではないと燃やして埋めた。燃やしても臭かった。病原体になるよりはマシだという話だ。こんな僻地で流行り病が起きるなどごめん被るそう。
クラートが熊を綺麗に倒したことで勇者が現れたんだという自覚が湧いてきたのか村は大変賑やかになった。しかしクラートはめんどくさいそうで家に篭っている。私はそのクラートの隣でべったりと甘えた。
村は非常にテンションが下がっていた。親からもほら!いきなよ!と言われていたがなんで?どうして?攻撃をクラートが始めてしまい、結局親は折れていた。
子供っぽい。
……好き。
「好き」
「お、おう」
「好き」
「そ、そうなんだな」
「好き」
「……」
「好きー!」
「ンギャヒャアッ!」
クラートに抱きついてその匂いを堪能する。小刻みに身体を揺らし、マーキングをすることを無意識にしていた。
「ごほんっ!えーーーーーっ」
「……」
「ごほんっ!えっと、あの、その」
「……」
「あの、あのね、そのね」
「……」
「き、聞いてますか?く、クーカさん?」
「好き」
「ああ、もうダメだね」
ぎゅっ。
そう言いながらも抱きつく私に手を回してくれた。それは緊張しているのか震えていて、とてもウブなもの。力の込め方がわからない。腫れ物を扱うようなその優しい探りながらゆっくり力を込めていくクラートにどんどん心酔していく。
初めて……?初めて抱きつかれた!
「〜〜〜っ!!!!」
「ヌビャァンッ!?つ、強いから!どっからそんな力出してんだっ!?」
「ごほん!今回はちょっと実験してみたいんだが、いいか?」
「すき」
「ハイ」
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