勇者の証は便利、なんでね

パロす

序章:歯車は狂いだす

守るものがあるんでね

 今日もいつも通りクラートと遊んでいた。ただ違うのは昨日聖剣を抜いたことだ。


 300年も昔に勇者が誕生している。勇者が無事に魔王を討つことが出来たその時、ナラート王国で盛大なパレードが起こったそうだ。そのあと聖剣はこの村の地へ刺し、祠が新しく作られた。


 なんでも元からこの村の地に聖剣が刺さっていたとのこと。この村が出来たのはその聖剣の加護を受けたいとばかりに何も無いこの僻地へ人が集まった結果だ。


 今の村長は大喜びだった。自分の村に勇者が現れたのだから。……言っていないが、普通の人間は聖剣を抜けない。拒否されてしまうのだ。


 ただ隣を歩いているクラートはそんなことはどうでもいいと言わんばかりに、聖剣をスっと元に戻した。


そう、勇者の証である聖剣をだ。


村長が驚いて絶句しているのを指差しで笑っていた。私も可笑しくって笑っちゃった。

そのあと数時間に渡り説教を受けたがどこ吹く風とクラートは聞き流し、最終的に船を漕いでいた。説教が長くなったのは言うまでもない。



 さて、今は腰に普通の鉄剣を携えているクラートと村の外を散策している。村の外には当然魔物が出てきて危ない。けれども村の狩人が狩りをしている為出会うことも少ない。……そう思っていた。


「勇者ってめんどくさいよなぁー」

「えー?なんで?」

「いや、魔王討伐しないといけないんでしょ?ほらめんどくさい」

「でも世界が平和になるよ?」

「いや、世界とか関係ないし。俺の中じゃこの村が世界だし」

「ふぇ?」


 ……よくわからなかった。


「てか今魔王なんているの?全く情報入ってこないんだけど」

「わかんない!」

「だーよねぇー!てかたしかクーカ回復魔法使えただろ?お前僧侶な」

「ふぇぇ!?!?!?」

「ハーッハッハッハ!死なば諸共なのだよ!!!」


 クラートは本当に困る……。そうやって振り回して。でも……嬉しい。今みたいに幼馴染で、仲間でいられるから。


「さて、じゃあクーカはもっと回復魔法を練習しないとなー!俺は剣術を、だけどな!」

「ん!」


 そんなのほほんとしていた会話は突然の来訪者に乱された。散策している森の茂みからヌルりと影が現れた。


「グガァァァ!!!」


 両の手から鋭い爪を伸ばし、こちらに見せつけてくる巨体。暖かそうで鋭い体毛を伸ばしたその身体からは鉄の臭いを香らせている。鼻腔をツンと刺激する歩く臭害。デフォルトで害悪な訳ではなく、生きていく上で浴びた血液によるものだった。紅く、怪しく光るその目には私達は肉塊にしか見えていないのだろう。涎を垂らしながらどう調理するかを考えているように見える。


 尻尾は丸いんだなんて、可愛らしいところもあるんだね、なんて口が裂けても言えないだろう。その醜悪な顔を見れば。


「ひっ……」

「……クーカ、下がれ」


クラートから初めて聞く冷たい声。どこまでも冷たい。私に向けられていないはずなのに少し怖く感じた。


「で、、でも!聖剣が……!!」


そう、クラートは勇者の証である聖剣を持っていない。物語で聴いた勇者だと聖剣がなければ力が弱まる。否、聖剣の力があるからこそ敵と渡り合えるのだ。クラートが剣の練習をしていたのは知っているがこの熊相手だと気休め程度にしか思えない。


それに加えてクラートは今ほぼ生身なのだ。軽く革装備をしてるとはいえあの鋭利な爪を見たら毛程の役にも立たないことは分かる。


「さがれぇぇぇぇ!!!!!」

「ひっ!?」


 クラートの人生で初めての怒号を聞き、自身へ戦力外通告を渡されたと悟った時には悲しさが溢れた。だがそれよりも目の前の熊への恐怖心が勝っていたのか私は考える間もなく必死で木の影に隠れた。顔をひょいっとだし、戦況を伺う。肝はよく座っていると思う。

 クラートへ熊の爪が迫る。腰から抜いた剣で爪をいなそうとする。しかし爪へ当たった鉄剣の先は爪により斬り落とされる。


剣が先に負けると分かっていたのかクラートは後ろへすぐにしゃがむようにしてバックステップを踏んだ。どうやら避けられたようだ。


000



「は、ははっ。マジかよ。これがシャッテングリズリーか……」


 体勢を立て直し、そう呟いた瞬間熊の身体に黒い流動体が纏わりついた。それは刺々しい鎧へと姿を変える。


「……相性って大事だよな」


 クラートがそう呟くと徐ろに手を熊へと突き出した。


「ディスペル」


 そうクラートが呟くと熊に纏わりついていた鎧が霧散していく。


「グガァ!?」


 呆けた熊の首へクラートは鉄剣の刃が迫る。この絶好のタイミングを見逃す勇者はいないのだ。


 ガキィン!


「いってぇぇぇ!!!!硬すぎんだろ馬鹿じゃねぇの!?」


 無念にも甲高い音共に跳ね返されていた。


 ……やばいかも?

なんて内心で考えたがクーカが見ていることを思い出す。怯むな、俺は出来る。少なくともここでへばるようじゃ【勇者】なんてただのおままごとだ。


「なんてな!これでも俺は【勇者】なんでよ!」


 自分を奮い立たせるようにして鼓舞する。もちろんクーカの不安を払拭させる目論見もある。再び対峙した時、グガァ!!!と大きな声を上げ鋭利な爪がもう一度迫ってきた。


「調子に乗るなよ……!魔物がぁ!」


 クラートは少し渋るような顔をしたがそれも一瞬。相手を魔物と認めると気分が高揚していく。決意を固め【力】を使うことを決めた。そう、【勇者の力】を。


「いくぞ」


 大きく後ろに下がり、横に振られた爪の範囲から逃れる。


「エンチャント……」


 剣の腹に指を置く。

 ドクンッと心臓が赤く脈を打つ。


「セイクリッド・テラァァァァァ!!!!」


 瞬間、眩い閃光が一体を包んだ。

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