第8話

第3章: 〈エフ・バースト・オヴ・トロピカルヴェジテーション〉にて



 1、



生きるとは戦うこと。死ぬまで戦いつづけること。なにがあっても、悩んでも苦しんでも、血反吐を吐いても傷だらけになっても、這い蹲っても、あたしは、あたしの道を歩くのよ。生きていく限り、あたしは自分の生を全うしなければならない。あたしは強くたくましく生きるの。あたしは一人でも生きていける。だれのことも信じることができないのなら、あたしは自分の力を頼って生きればいい。

「けだもの! 醜いけだもの女!」夢のなかで彼はあたしを罵倒する。「おまえのけだものくさいところがぼくは耐えられないくらい嫌いなんだ! 知能なしのうす汚い野良猫女! おまえなんかがぼくと対等につきあえると思うなよ! 死んでしまえ!」彼の黒い髪が乱れていて、彼の頬と眼は激昂して赤くなっている。彼は奇麗な顔を歪めて、赤い歯茎をむき出しにして、あたしに唾棄する。彼は倒れたあたしの腹を蹴り続ける。彼の長い脚があたしのみぞおちを蹴るから、あたしは嘔吐してしまう。「汚い女だな、本当に!」彼はどうもあたしのことが嫌いなようだ。たぶんそうだろう。あたしが彼に愛されるなんて、望んではいけないことだったんだ。彼は倒れて吐いているあたしを置いて、去って行ってしまう。あたしは嘔吐物くさい息を吐きながら、立ち上がる。あたしは彼を攻撃しなかった。あたしは彼のことが好きだから。あたしは彼には傷つけられてもいい。彼にはそれを赦してもいい。なんてみっともない女なんだろう。あたしはよろよろしながら歩いて行く。あたしの両手はいつの間にか血まみれだった。そういえばあたしはだれを殺したんだろう。知らないうちに、だれかを殺してしまったんだ。あたしの手の爪は血にまみれている。死んだ人間の血のにおいがする。あたしは振り返る。あたしの後ろには、あたしが殺したたくさんの人間の死骸がごみのように無数に転がっていた。だれかの頭。手。足。指。臓器。血液。あたしはひどい殺人者だ。あたしは吼えてだれかの首を噛みちぎる。あたしは猛って血しぶきがあがるのを悦ぶ。あたしは楽しみのために人を殺す最低なけだもの女なんだ。だれかが泣いて命乞いをすれば、あたしは残酷にもにやにや笑いながら、死ねと言って嬉しがってそいつの願いを赦さない。そいつの脇腹を鋭い爪で切り裂く。あたしの爪を生ぬるく濡らした血を見ると、身体が震えるほど気分が良くなる。そいつの身体から流れる大量の血をもっと見たくなって、あたしはそいつをもっと強く爪で切り裂き、手を高くかざして爪についた生臭い血を眺める。そいつが苦しみだして苦悶の表情を浮かべると、あたしはますます機嫌よく冷酷に裂けた口から牙を剥きだして笑う。人はあたしを傷つけあたしを怒らせたから。あたしはあたしの復讐のためにだれかを殺す。あたしはあたしを見下して笑ったかつてのだれかのことを思い出して、あたしはそいつの白くて丸いぷるっとした眼球を爪で貫いて潰す。あたしは赦さない。みんな死んでしまえばいい。あたしは強い。ざまあみろ、とあたしはそのだれかの死体に唾棄するのだった。



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