第2話

 1、


 あたしは四本の肢(あし)で疾駆する。息が切れるのは、肉体の疲労のせいか精神の興奮のせいか。どちらもか。沈みゆく夕陽を浴びた短いたてがみを風が掻き乱す。獣の姿をしたあたしの鋭い白い牙が唇の間からのぞく。自らの鼓膜が焦げるほどひと声、咆哮(ほうこう)した。(猛って吼えるのは、別に男性だけの特権ではないとあたしはいつも思う。女だって狩りをする生き物なんだし? 人殺しができると思うと、あたしは叫ばずにはいられないのだ。ただの人間とは感覚が違うのは当たり前だよ。化け物と呼びたい奴は好きなだけ呼ぶがいい。あたしは痛くも痒くもない。むしろ是非呼ぶがいいよ)

 あたしは夕陽に焼け焦げ殺されることなく安ホテルの屋上を走りながら、赤い街の陰になった暗い路地裏を視線だけで見降ろす。そのまま躊躇(ためら)うことなく風のなかを突っ切って、襤褸(ぼろ)ホテルの屋上の根元の腐ったフェンスを飛び越える。恐れも迷いもない、ただまっすぐに―――身体の内容物がぎゅんと持ち上がる浮遊感を一瞬感じながら、空中に飛び込んだ身体は風に包まれて落下し、黴臭(かびくさ)い湿ったアスファルトの上に四つの足の裏で数秒で着地する―――爽快な飛び降り運動。両肺の間で赤い心臓が飛び跳ねるように脈打ち、身体じゅうを熱い血潮が満ち巡り、暖かい息で鼻先と弦のような髭が湿る。身体の中身が重くなるような疲れが心地よい。

あたしは弾かれたように駆ける。その後を銃弾が追う。ごみ捨て場の腐った臭いのする浮浪者の死体の上に乗る。その上を跳ね、死体は銃弾を数発浴びても、穴だらけになって萎(しぼ)む音はこの耳は聞きとらない(死んだ身体は風船ではないからだ)。爪を鳴らして跳躍し間合いをつめ、ビルの陰に身を潜めてマシンガンを構えた狙撃手の喉を、首の力を使って(ねじったあたしの頚椎(けいつい)が軋んだ)牙でえぐりとる。硬い筋肉を裂く感触と瑞々しい血液の味が、歯茎の下まで滲(し)みてくすぐったくなる。舌の上にはかすかな鉄味とじゃりじゃりする骨の残骸。破裂するように飛び散る生ぬるい血しぶきを受けてあたしは昂(たか)ぶった。これだ! やった! 思わず叫びたくなる衝動が体中を駆け巡って、思いとどまる。思わずにやけてしまう(あたしはたぶん変態なんだと思う。あたしのこのグロテスクな感性を呪うよ。悲しきかな歪なるこの精神の畸形さ!)。はっは。

(日が暮れたら、あたしの独り舞台だ。あたしは夜眼が利く)  

耀(かがや)く銃弾が慈雨のように熱く狭い路地裏に建つ数ヶ月前までは質の悪い居酒屋やカラオケ屋だった数店舗入ったビルの屋上から降り注いでくる。見上げるまでもなく、あたしはごみ捨て場のごみと見紛うような死体の上を飛び越え狭い壁と壁とを互いに三段跳びで爪だけで登った。その後を追う銃弾が一定のリズムを刻んで踊る。あたしは登りきって路地裏の貸しビルの上から銃を撃っている〈無秩序(サルワ)〉たちの真正面に姿を現し、咆号した。男たちは眼を見開いて銃口をあたしに向けた。戦闘のなかでしか自分を見いだせない不幸な獣たちの眼。乾いた黒い瞳孔の眼。滑るように男たちの手は引き金(トリガー)を引く。

銃が一斉(いっせい)に吼える。身を躱(かわ)すことよりも、あたしは一秒でも早く新たな殺戮(さつりく)をはじめることを選ぶ。眼球の上、耳の後ろ、左前肢に、被弾し瞬時に肉片が弾ける。どろりとした血が後ろに流れていくが、あたしにはどうでもいいことだった。どうせすぐに回復するのだから。〈無秩序〉たちの首や右腕を噛みちぎり吐き捨てると、地面で足や肘から上や首などの人体の部位がバラバラになって滴る血液とともにワン・バウンドした。まるで踊ってるみたいに見える。悪夢のようだ。黒い影の動きが、脳裏に焼きつく。〈無秩序〉のひとりの左アキレス腱(咥えると上顎に男の足の垢くさい剛毛が当たった)の切断する強く低い音が耳に、牙に感触が残る。がしゅっ。あたしはこの瞬間の感覚がたまらなく好き。気持ちいい。舌なめずりをしたいくらい愛おしくなる。あたしを虜にするこの特別な感情は、幸福感(エクスタシー)、なのかもしれない。両前肢の上から下まで一気に鳥肌が立った。あたしは身をよじりながら眼を伏せつつ微笑みを漏らした。あぁ。いい。最高、素晴らしすぎるわ。他者からはきっと歓喜の笑みに見えるのだろう。あたしはもう、境界線を越えた。ついにイッちゃった人なわけね。はっはっは。不気味? 自分でもそう思うよ。でも非難の眼も絶望の眼も、今は、どうでもいい。なんとでも言うがいいよ。こうなったらあたしはもうだめなんだもの。でもあたしのせいじゃないよ、この感覚に溺れ酔ってしまったら、醒めるまでは決して逃げられないのだ! あたしを見上げる死に逝くものの非難の眼も絶望の眼も、あたしは好き。陶酔してこの感覚に溺れ酔ってしまったら、醒めるまでは決して逃げられないのだ! 甘美なる歓びというのは罪の味がするとよくいうよね。人を殺すのはなんて心地よいことなんだろう。

奇妙な笑いがとまらない。ぞくぞくして身体の内側が熱くなってエネルギーが渦巻いている。上唇を舌で舐める。赤眼を鋭く細める。視界がどんどん鮮明になっていく。あたしの腸(はらわた)は狂喜し、爪先は震え、心臓はストレスで楽しそうに脈打ち、脳みそはアドレナリンで最高に感激している。幸せだ。あたし、ものすごくすごく幸せ。ここが、あたしの居場所なのだと、今日も身体で実感する。口から流れるだれかの血をあたしは舌で口のまわりを舐めてぬぐった。

空が翳(かげ)った。日が完全に沈んだのだ。あたしは顔をあげ首をのばし四肢を踏んばる。向かいのビルの屋上にいる男たちに向かって吼える。喉が焼けるようだ。男たちの黒い夜色の眼。男たちの黒い銃口。あたしはまだ黒い銃弾を恐れないでいられる。それは化け物であること、幸運な才能を意味する。この瞬間だけは、嫌なこともむしゃくしゃすることも他のありとあらゆることも忘れて、あたしは生きていることを噛みしめられる。それがあたしの生きがい。でもそれを認めること、殺戮者であることを肯定するのは、異常者じみている、ように見えるようだ。普通の人たちからみれば。あたしからすれば、“そちら側”の人たちのほうが奇妙で歪で滑稽で不可解な理屈に縛られて生きている不自由で残念な生き物に見えて仕方がない。あたしたちは互いに永遠にわかりあえないもの同士だ。それはなぜか? あたしたちは違う世界にいる生き物だから。あたしたちの間には見えない境界線があるようだ。一生のうちに何度も飛び越えてしまう者、線上で居座る者、畏れて決して近寄らない者、など種類はいろいろあるようだが、境界線のあっち側とそっち側では生態自体がぜんぜん異なる。それ自体は別に不思議なことでもなんでもない。

ひとこと言わせてくれる? 

普通の基準から逸脱していることは聖者も異常者も同じなんだ、ってこと、を。ただベクトルの向きが違うだけなんだ。要するに、どっちの方向へどれだけ平凡から超越できるかということだ。ただ度を越して頭がおかしかろうが、神のように崇拝されていようが、〈特別〉であることには変わりはない。化け物であることは、幸運な才能だと思うから、いまあたしは嬉しくなってしまう。だから有頂天になっているときは、大事にする。気分がいいときには、それで済む。ほかのことはすべて忘れてしまえるその瞬間だけは、あたしは生きていることを噛みしめられる。それがあたしのささやかな生きがい。普通の人。あたしを否定し、見たくもないと眼を逸らしたり、こちらに入ってくるなと拒んだり、これ以上かかわることを恐れて追い出したりする多くの人たち。ならば強者であることを誇示すれば、そんな普通の人はあたしの前に命乞いをして平伏すのか。きちがいなあたしが、力を得れば、普通の人はあたしをどういうふうに認識し、扱おうとするだろうか。ますます畏れられ、特別なものを見る眼で見られるかもしれない。そうなったら、あたしはまるで神のよう? 神にでもなったつもりでも、あたしはきっと血なまぐさいにおいがしてうす汚く醜いだろう。あたしはますます憎まれ疎まれ石を投げつけられるだろう。そんなもの、神聖な存在なんかじゃない。とり繕っても、擬態しても、装っても、あたしはたぶん奇麗な聖者にはなれない。普通の基準から逸脱していることは聖者も異常者も同じなのに。この差はなんだ? この違いはなんなんだ? ねえ? 

この街は昔は〈エルドラド〉、黄金の理想郷と呼ばれる街だった。それから繁栄の滅んだ廃墟街〈ゴーストタウン〉になり、悪魔や化け物や魔物や犯罪者や流浪者や脱獄者が住むようになった。黄金の街は、いまでは〈ゲヘナ〉、地獄、と呼ばれている。ゲヘナには、普通の人間はいない。〈ゲヘナ〉に好き好んで棲むのは、頭のおかしい奴か悪魔みたいな奴しかいない。ちなみにあたしはその両方ともだが、あたしはそれに関して、特に問題も違和感も抱かない。あたしは〈ゲヘナ〉で、殺しができれば別に文句は言わない。ユニルフがどこからか拾って来て依頼を受けた仕事を、あたしがこなしているだけだ。あたしはユニルフに雇われて、オフェンダーファミリー〈無秩序(サルワ)〉を潰しにここへ来た。不良少年犯罪組織〈無秩序〉にはなんの怨みも面識すらないけど、仕事だから、死んでもらう。

〈ゲヘナ〉では、本当に強いものだけが生き延びることができる。〈ゲヘナ〉で生きるためにもっとも相応しいものたちだけだが〈ゲヘナ〉が本当に必要とするものだけが、存在することができる。弱いものや余計なものは生き残れずに死んでいく。だから、あたしたちは、〈ゲヘナ〉で生きていくために、他者を蹴落とすために、殺しあわなければならない。

呼吸をする鼻先が遠くの空気から混じった“怖い”という思いのにおいを嗅ぎとった。恐れの感情はだれの心をもわしづかみにし身体を震わせ、感覚を麻痺させる。だれかのこころで発生して空気中に放たれたそのにおいが、遠くにいるあたしの心にダイレクトに届いてみぞおちで重く共鳴して響いている。あたしは恐れを受けとるけど、あたし自体は別に恐れていない。だから自分の心に入り込んできた恐れが他者のものであることがはっきりと自覚でき、なおかつ自分とはそれが別個の存在であることがわかるから、なんの影響もない。どんなに押し殺しているつもりになっている男たちからでも、あたしにはちゃんと怯えは伝わってくる。空気を通して。呼吸に混じって。〈ゲヘナ〉では、いままでもたくさん怖い眼にあってきたんだね。いろんな怖かった記憶があたしの心のなかにも入ってくるよ。見たくもないけど。死ぬのが怖いの? 当たり前じゃない。よーく、わかってるよ、そんなこと。みんな怖がるもの。大丈夫よ。あたしは優しい声で微笑みかける。だから、死ね。だから、殺す。あんたたちが怖がっているのを見たいから、殺してやるのよ。あたしは人間が大嫌いなの。あんたたちのことをだれが好もうが憎もうが、あたしには関係ない。それとこれとは別な話なのよ。お気の毒様。運が悪かったのね。あたしはすべての人間を殺してやりたいほど憎んでいるの。あんたたちを殺せるのは、とても幸せだわ。あたしはあんたたちが死ぬのがとてもうれしい。あんたたちが死ねば、この世界中にうじゃうじゃ蠢いている人間のほんの少しが死んだことになるんだもの。それはとても素敵なことだ。あたしを迫害した人間たちへの復讐の証なんだから。これから死に逝くあなたたちに、あたしはあたしの怨みをぶつけて、あなたたちを滅ぼしてあげる。

できるのなら一番あんたたちの眼が長時間怖がっているのが見える方法で殺してやりたいものだ。でもゴミのような輩といちいちそんなふうに戯れるのも馬鹿らしいからね。それこそこの世のあちこちにゴミが散らかっているからいちいち拾って歩くのも馬鹿みたいだ。ボランティアじゃあるまいし。あたしはできるならこの世ごとすべてまとめて滅ぼしたいと思っているのよ。きっと美しいと思うね。この世のすべてを一瞬にして滅ぼすところを、あたしはこの眼で見てみたいんだ。この世だけじゃなくても別にかまわないけど、人間たちが価値があるというものすべてを、あたしは破壊したい。破壊行為が大好きなんだ。破壊行為はとても美しいことだ。人間たちが高貴、神聖、稀少、愛して愛されているものを壊すことは、あたしの生存の証。あたしであることの証明。破壊衝動のなかにあたしの生命を見出し、破壊行為のなかに、あたしの存在意義を見出す。

人間たちにとって大事なものであればあるほど、それを失った人間の眼に浮かんだ苦しいような驚いたような色が見れる。それを見るのが愉快なの。信じていたもの、なくてはならないものを失った、あの途方に暮れた悲しそうな顔をみると、ぞくぞくするほど高ぶってくる。虐めて虐めて虐め倒して、絶望しきってあたしの前にひれ伏した奴を殺してあげて呼吸を止めてやるのがいいの。あたしはそのとき完全に勝者で、達成感を感じられる。なにかすごくいいことを成し遂げた最高な気分に酔いしれることができる。あたしはあんたたちが死ぬのが見たいの。あんたたちを殺したくて仕方がない。言ってること、わかるかしら? あたしはあんたたちを殺すたびに気持ちよくなれるの。あたしはあんたたちを殺すために存在すると言ってもいいくらいだ。あたしはあんたたちが悲鳴を上げるたびにその声を聴いた瞬間に、そのゴミのような人間に対してぶつけた分のあたしの怨みが報われて燃え尽きるのを感じる。だから、大事にされている人間、価値があるといわれている人間、あたしが大きな怨みをぶつけられるほどの人間であればあるほど、あたしがその人間を殺したと認識した瞬間に、あたしの怨みは燃えて大きな歓喜に変わるのだ。さあ、あたしに声を聴かせて頂戴。もっと血しぶきを撒き散らして頂戴。あんたの死と引き換えに、あたしの魂を焦がすほど火をつけてくれる?

あたしを畏れて脅える者に対して、あたしは暴力で以って殺して命を奪う。そう、あたしはそんな卑劣で最低な存在なんだ。うぅん? それってのはお互いさま、かな? 弱き人間、はかなき人生の宿命?

あたしは体勢を低くして、力を蓄えて大きく跳んだ。真正面から飛び込んでいくあたしに銃弾の出迎え。身体にいくらか被弾しても、銃弾の軌道を読んで、額や心臓に当たらないように体をひねって――急所は回復に時間がかかる――着地し再び跳躍する。〈犯罪組織(オフェンシヴ・ファミリー)〉の〈無秩序(サルワ)〉の戦闘員たちの皮膚と血管を爪で切り裂き(男たちの肉片ははじき飛び血液と悲鳴を撒き散らす)牙で筋肉と骨を噛み砕く。それでも果敢に腰を抜かすことなく逃げ出すことのない賞賛に値する獲物(ゲーム)たち。あたしは敬意を表すために素晴らしい最期(死)を与えて、生(苦しみ)から解放しよう。最後に一人立って残っていた男が膝から崩れ落ちた。五階の屋上から背中を下にして地面に落ちていく。哀れな犠牲の男の眼に灯っていた闘志の砕け散った瞬間を、優越感を滲ませ笑って見送ってやった。あたしは別にあんたに同情しない。悦んで死んでいきなさい。地面に派手に激突して頂戴な。せめて花のように赤く散って地面を飾れ。

 さて。すべての〈無秩序〉を制圧すると、あたしは首を振った。後ろ足で立ち上がり背中をそらすと衝撃吸収クッションの役目をする肉球がまだあたたかな血だまりを踏んだせいで(いたるところに血だまりができていた)血が散って爪がぬるく濡れた。さっき撃たれたところはもうすでに回復しつつある。獣人の生命力、運動能力は人間とは比べ物にならない。それだけが獣人にだけ与えられた神からの賜物。突き出すように伸ばした前足がほっそりとした長い指の手へ変わり、頭部の黒い毛並みはさらさらした黒髪に、背筋がさらに伸びて、獣の首の下方から規則正しく整った背骨の形が灰色のシャツの上からでもうっすら見えている。めきめきと伸びていく筋肉や関節や身体自体が軋む音が耳朶に触れた。毛皮が退いて白い皮膚へ、胴体はなめらかな腰をつくり、後足が細く引き締まった人間の足、が出てきて人間の身体を形づくり人間に戻る。黒髪は血にまみれ、ワックスのように固まりつつある。鋭い紫色の眼の色彩がだんだん漆黒へトーンダウンしていく。熱狂の時間はもう終わり。獣は人に戻る。獣の化け物は普通の人間になる。人間の姿は、獣より不自由だけど、あたしが異端であることは嫌というほど知っているから、しばしのお別れ。あたしはいわゆる〈獣人〉。ちなみにたぶんあたしは猫科。眼が大きくて、尖った鼻が小さいし、獣の割には小柄だからだ。〈獣人変化能力者〉はこの〈ゲヘナ〉にも存在する。御伽噺じみた能力を発揮するまほうつかいたちや、異形の化け物たちはいたるところに潜んでいる。

獣人が獣の姿になることなど、造作もない。服を着替えるよりも手軽で自然で手間がかからない。毎日の生活のひとつ、日常行動のようなものだ。

あたしは自分が異端であることを嫌というほど知っている。獣人を嫌う人はたくさんいる。だから眼は普段は黒くしておかなければならない。あたしは〈無秩序(サルワ)〉たちの返り血のついたパンツのポケットからヴァイヴが鳴っている携帯電話に気づいた。口のなかに残る血を地面に吐き捨てた。相手がだれかはわかりきっている。掌のなかで携帯電話があたしに早く出ろと呼ぶ。相手はユニルフだろう。あいつに飼い犬のように呼び出しベルで命令をされるなんてね! 猫は気まぐれなんだ。呼ぶと来ないけど、呼ばないと来る、ってだれかが言ってたっけ。あたしはこんなちっぽけな電話に頼らなければ生きていけないようだ。自分の仕事も生命も、この携帯電話がなければ繋がらないというわけか。気に入らない。あたしは顔をしかめた。変な気分だ。ユニルフごときのせいであたしがこんな気分になるなんて、ね。不意に手のなかの携帯電話をこのまま握り潰して壊してしまいたくなる。平穏も、安定も、調和も、大嫌いなんだ。あたしが好きなものは、破壊。それだけ。

あたしは電源を切った。このままここからどこか遠くへ向かって投げ捨ててしまおうか。屋上の上で、あたしは振り返った。太陽はとうの前に沈んでいた。黒々とした闇に覆われる前の、生き血のように鮮やかな夕日を思い出して、あたしは携帯電話が壊れるほど強く握りしめた。










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